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6.不機嫌な王妃
アンリーゼは王妃の部屋に呼ばれ、お茶を頂いていた。部屋の中は緊張感が漂い、空気が張り詰めている。
先に口を開いたのは勿論王妃だ。アンリーゼから声を掛けるなどあってはならない。
「昨晩は随分と熱い夜を過ごしたようね」
「いえ……そのような……」
恥ずかしがるアンリーゼに、王妃はピシャリと冷たく言い放った。
「部屋を掃除したメイドからちゃんと報告が上がっているの。ベッドが初めて乱れ、血染みがついていたと」
アンリーゼは何がそんなに王妃の機嫌を損ねてるのか理解しようにも難しかった。自分は正式な王子の妃で、普通ならば王子夫婦の夜の営みは血筋を残す行為として歓迎される出来事だが、王妃は明らかにその事に腹を立てている。
「確かに昨晩は王子殿下と夜を共に致しました。しかし、私達は夫婦ですので、何もおかしなことではないかと」
「まさかベルローズがあなたに手を出すとは想像もしなかったけど、あれも男だったということね。あなたの意見ももちろん間違ってはいません。ですので、国王と話してあなたから書類にサインを貰っておくことにしました」
王妃は部屋の隅で待機していた王妃の侍女を呼び、アンリーゼの前に羽ペンと書類を置かせた。
その書類には、もしベルローズとアンリーゼの間に子供が生まれても、継承権は与えないというものだった。
「サインを」
「王妃様、私は継承権があろうとなかろうと構いませんが、この件はベルローズ様はご存じなのですか?」
王妃は眉間に深い皺を寄せてアンリーゼを睨みつけた。
「ベルローズは、そもそもこの結婚で子は作らないと誓っていたのだ!!」
「……そうなのですか……?」
王妃は羽ペンをアンリーゼの前に押し出した。アンリーゼは戸惑いつつも羽ペンを手に取ると、動きを止めて考えを巡らせる。
(本当に白い結婚だったのね……)
最初からこの結婚に愛は期待していなかったが、それは二人のこれからの関係である程度改善でき、愛ではなくとも私達らしい信頼関係を築ければと密かに期待していた。だが、この結婚に関して自分の知らない所で色々と決められていたと思うと、裏切られていたような気持になり、胸が苦しくなった。
アンリーゼは書類の署名欄に羽ペンを走らせた。
「王妃様……子供が必要なかったのなら、なぜ王子殿下の結婚相手を探されたのですか?」
王妃はアンリーゼの質問に信じられないといった風な表情を見せ、表情だけでそんな事もわからないのかと言っていた。そして、面倒くさそうにアンリーゼに言葉にして答える。
「年若い王子が独り身だなんて、世間体が悪いからに決まっているでしょう。あの子だけの問題ならまだしも、あの子の評判はソアンの将来に関わりますからね」
アンリーゼは唖然とする心を必死に表情に出さないように努めた。
書類にサインが終われば、さっさと王妃の部屋から出され、アンリーゼは自室へ戻ろうと廊下を歩き出す。まだ頭は整理されず、胸はチクチクと痛んでいたが、ふと向けた視線の先にソアン王太子がいた。彼はこちらに全く気付いておらず、誰かとこそこそと話していた。
アンリーゼは咄嗟に物陰に隠れ、ソアン王太子を観察する。すると驚いたことに、彼が嬉しそうに会話をしていた相手は、アンリーゼの侍女のシーラであった。
(昨晩の出来事は、確実にシーラが関わっている……まさか私が王妃から叱られるよう、陥れたのかしら……?)
アンリーゼは物陰から姿を現し、堂々とした歩みで二人に近づいて行った。
「とても仲がよろしいのね」
アンリーゼの姿を見たソアン王太子は、咄嗟にシーラの背後に隠れようとしたが、すぐにシーラに手前に押し出された。
「これは、アンリーゼ様。もう王妃様とのお茶会はお終いにされたのですか?」
「ええ。良かったら、三人で散歩でもどうかしら?」
「承知いたしました。ソアン様もよろしいでしょうか?」
「……シーラがいるなら」
三人で庭に向かい、少し歩いたら、池のそばに建てられているガゼボで休憩する事にした。シーラがお茶の準備をすると言ってその場を離れようとすると、ソアン王太子もついて行こうとする。だが、シーラに止められ、ソアン王太子はしぶしぶアンリーゼとともに席についてシーラの戻りを待った。
「ソアン様、やっとお話が出来ますね」
「……ええ、そうですね」
ソアン王太子はアンリーゼとは視線を合わせず、ぶっきらぼうに答える。
「ソアン様の好きな遊びは何ですか?」
「……特に」
会話は完全に一方通行で、アンリーゼは何かを聞くのをやめて、ソアン王太子をしばらく観察してみた。
彼はいつもどこか不満そうで、視線を遠くに向けている。今もアンリーゼを見ることはなく、頬杖をついてずっと城の方を眺めていた。
「シーラが……大好きなのですね」
ソアン王太子の頬から一瞬添えていた手のひらが離れる。
「ソアン様、私の事を無理に母だと思わなくていいのです。ただ、お友達になって貰えませんか?」
「友達……?」
ソアン王太子は完全に警戒した表情ながらも、やっとアンリーゼの目を見た。アンリーゼは心の中でしめたと喜び、目と言葉に力が入る。
「そうです。私とお友達になってくだされば、こうして頻繁にシーラとも過ごせますよ。王太子にとってメリットしかないでしょ?」
「それって……あなたの目的は?」
「頭の良い王太子ならわかるでしょ? 私はこの城に味方がいないのです。王太子が友達になってくださったら、どれだけ心強い事か」
王太子はアンリーゼを見つめたまま黙り込んだ。口を開こうとした時、ちょうどシーラがティーセットを持った使用人達を引き連れて戻ってきた。
先に口を開いたのは勿論王妃だ。アンリーゼから声を掛けるなどあってはならない。
「昨晩は随分と熱い夜を過ごしたようね」
「いえ……そのような……」
恥ずかしがるアンリーゼに、王妃はピシャリと冷たく言い放った。
「部屋を掃除したメイドからちゃんと報告が上がっているの。ベッドが初めて乱れ、血染みがついていたと」
アンリーゼは何がそんなに王妃の機嫌を損ねてるのか理解しようにも難しかった。自分は正式な王子の妃で、普通ならば王子夫婦の夜の営みは血筋を残す行為として歓迎される出来事だが、王妃は明らかにその事に腹を立てている。
「確かに昨晩は王子殿下と夜を共に致しました。しかし、私達は夫婦ですので、何もおかしなことではないかと」
「まさかベルローズがあなたに手を出すとは想像もしなかったけど、あれも男だったということね。あなたの意見ももちろん間違ってはいません。ですので、国王と話してあなたから書類にサインを貰っておくことにしました」
王妃は部屋の隅で待機していた王妃の侍女を呼び、アンリーゼの前に羽ペンと書類を置かせた。
その書類には、もしベルローズとアンリーゼの間に子供が生まれても、継承権は与えないというものだった。
「サインを」
「王妃様、私は継承権があろうとなかろうと構いませんが、この件はベルローズ様はご存じなのですか?」
王妃は眉間に深い皺を寄せてアンリーゼを睨みつけた。
「ベルローズは、そもそもこの結婚で子は作らないと誓っていたのだ!!」
「……そうなのですか……?」
王妃は羽ペンをアンリーゼの前に押し出した。アンリーゼは戸惑いつつも羽ペンを手に取ると、動きを止めて考えを巡らせる。
(本当に白い結婚だったのね……)
最初からこの結婚に愛は期待していなかったが、それは二人のこれからの関係である程度改善でき、愛ではなくとも私達らしい信頼関係を築ければと密かに期待していた。だが、この結婚に関して自分の知らない所で色々と決められていたと思うと、裏切られていたような気持になり、胸が苦しくなった。
アンリーゼは書類の署名欄に羽ペンを走らせた。
「王妃様……子供が必要なかったのなら、なぜ王子殿下の結婚相手を探されたのですか?」
王妃はアンリーゼの質問に信じられないといった風な表情を見せ、表情だけでそんな事もわからないのかと言っていた。そして、面倒くさそうにアンリーゼに言葉にして答える。
「年若い王子が独り身だなんて、世間体が悪いからに決まっているでしょう。あの子だけの問題ならまだしも、あの子の評判はソアンの将来に関わりますからね」
アンリーゼは唖然とする心を必死に表情に出さないように努めた。
書類にサインが終われば、さっさと王妃の部屋から出され、アンリーゼは自室へ戻ろうと廊下を歩き出す。まだ頭は整理されず、胸はチクチクと痛んでいたが、ふと向けた視線の先にソアン王太子がいた。彼はこちらに全く気付いておらず、誰かとこそこそと話していた。
アンリーゼは咄嗟に物陰に隠れ、ソアン王太子を観察する。すると驚いたことに、彼が嬉しそうに会話をしていた相手は、アンリーゼの侍女のシーラであった。
(昨晩の出来事は、確実にシーラが関わっている……まさか私が王妃から叱られるよう、陥れたのかしら……?)
アンリーゼは物陰から姿を現し、堂々とした歩みで二人に近づいて行った。
「とても仲がよろしいのね」
アンリーゼの姿を見たソアン王太子は、咄嗟にシーラの背後に隠れようとしたが、すぐにシーラに手前に押し出された。
「これは、アンリーゼ様。もう王妃様とのお茶会はお終いにされたのですか?」
「ええ。良かったら、三人で散歩でもどうかしら?」
「承知いたしました。ソアン様もよろしいでしょうか?」
「……シーラがいるなら」
三人で庭に向かい、少し歩いたら、池のそばに建てられているガゼボで休憩する事にした。シーラがお茶の準備をすると言ってその場を離れようとすると、ソアン王太子もついて行こうとする。だが、シーラに止められ、ソアン王太子はしぶしぶアンリーゼとともに席についてシーラの戻りを待った。
「ソアン様、やっとお話が出来ますね」
「……ええ、そうですね」
ソアン王太子はアンリーゼとは視線を合わせず、ぶっきらぼうに答える。
「ソアン様の好きな遊びは何ですか?」
「……特に」
会話は完全に一方通行で、アンリーゼは何かを聞くのをやめて、ソアン王太子をしばらく観察してみた。
彼はいつもどこか不満そうで、視線を遠くに向けている。今もアンリーゼを見ることはなく、頬杖をついてずっと城の方を眺めていた。
「シーラが……大好きなのですね」
ソアン王太子の頬から一瞬添えていた手のひらが離れる。
「ソアン様、私の事を無理に母だと思わなくていいのです。ただ、お友達になって貰えませんか?」
「友達……?」
ソアン王太子は完全に警戒した表情ながらも、やっとアンリーゼの目を見た。アンリーゼは心の中でしめたと喜び、目と言葉に力が入る。
「そうです。私とお友達になってくだされば、こうして頻繁にシーラとも過ごせますよ。王太子にとってメリットしかないでしょ?」
「それって……あなたの目的は?」
「頭の良い王太子ならわかるでしょ? 私はこの城に味方がいないのです。王太子が友達になってくださったら、どれだけ心強い事か」
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