魔法省を悩ませる謎の病は私の力が原因でした

さくらぎしょう

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5.オーケという人

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「最後の一箱です!」

 チラシを挟んだ冊子をウジェナさんのもとに持って行った。

「あぁーん、その冊子かあ……何日もそれだけやらせてて申し訳ないんだけど、それね、使わない事になったの。だから、倉庫に戻しておいて」

「はいっ! 倉庫に戻してきます!」

 笑顔で返事をした私を見たウジェナさんは、いつもの甘い小悪魔フェイスを、一回り年を取ったかのような渋い顔に変化させた。

 一箱といえど、さすがにこれを持って長距離は歩けないので、台車に乗せて倉庫へ向かう。
 エレベーターのボタンを押そうとすると、背後から長い腕が伸びて来て先に押した。

「手伝う」

 腕の主は課長だった。

「いえ、台車で運ぶだけなので、一人で十分です」
「いや、手伝う」
「いえ、お気遣いなく」
「まあ、そう言わず」

 チーンッとエレベーターが開き、中に乗っていた人達が早くしろよと言いたげな顔でこちらを見ている。仕方ないので、課長とそのまま乗った。

 一階まで降りると、倉庫のある場所まで台車を押していく。

「なあ、なぜ魔法で台車を動かさない?」
「魔法が苦手なんです。下手に杖で動かそうものなら、何が起こるか私にもわかりません」
「それは……」
「ブスで、病気があって、魔法も満足に使えない。それが私です」
「そうか……」

 課長は私の目を見ようとしなかった。どういった表情や声を掛けていいかわからないといった様子か。私のことを知る人は大体こんな顔を向けるから、慣れているし、嫌だとも思わない。そういうものなのだ。

 そういえば、ラミからはこの表情を向けられていないどころか、彼はまっすぐに私を見ていた。
 ラミの様な人に会えたのは幸運だ。それだけでここに来た甲斐がある。

「何か嬉しそうだな? まあいい、俺が魔法で動かしてやる」
「いえ、私の仕事ですので。魔法を使うのも体力が消耗しますし、どうぞ他の大切な案件のために温存してください。これくらいは、非魔法で十分ですよ。庁舎の上から下までなんて、運ぶ時間も非効率というほどでもないですし。ダイエットにもなってラッキーなくらいです」

 そう言って私は自分のお腹を叩いて見せた。

 倉庫まで着くと、入口前に美女が立っているのが見えてくる。美女はこちらに気づくと表情を明るくさせ、課長に向かって手を振りだした。

「オーケ!」
「ああ! ヤーナじゃないか!」

 課長が美女に向かって名前を読んだ時の表情は、まるで忠犬が主人に会えたかのような、尻尾を振った喜びの表情だった。

「課長って、そんな表情出来たんですね」
「え? どんな顔だ?」

 真っ赤になった顔で焦る課長を見て、課長はヤーナさんが好きなのだとわかった。
 美人でスタイル抜群のヤーナさんが、こちらに駆け寄って来ると、緩いウェーブのかかったキャメル色の長い髪が揺れるたび、フローラル系のエレガントな香水の香りがした。耳や首元には小ぶりのさりげないアクセサリーがついていて、オフィスカジュアルなファッション誌に出て来るモデルのような人だった。

「オーケ、倉庫に来るなんて珍しいわね」
「ああ、新人教育中だから」

 ヤーナさんはちらっと私を一瞥したように見えたが、すぐに視線は課長に戻った。一応、話題に上がったので、新人のこちらからご挨拶をさせていただく。

「初めまして。生活課に配属されました、プルム・サンシャインです」

 姿を隠す系の魔法は使っていないはずだが、ヤーナさんには私が見えないようだ。彼女は課長にだけ笑顔を見せながら、二人だけの会話を始めた。

「ねぇ、オーケ? 今夜は?」
「ああ、仕事が終わったら行こうか」
「嬉しい! じゃあ、仕事が終わったらいつもの場所で待ってるね」

 ヤーナさんは軽く課長の指を握って愛らしい表情で数秒見つめてから、名残惜しそうに職場フロアに戻って行った。
 きっとどうでも良い事だが、最後まで私は空気だったようだ。何魔法なんだろう?

 課長を見れば、すでに姿の見えなくなったヤーナさんの去っていった方角を見て、まだ手を振っていた。

「課長、鼻の下が伸びてますよ」
「サンシャイン、口が過ぎる」
「失礼しました。でも、ヤーナさんという人への想いがだだ漏れてます」
「ヤーナは交際相手だ。俺は彼女を愛してるし、結婚も考えている。だだ漏れて何が悪い」
「誠実な彼氏さんなんですね」
「まあな」

 課長と一緒に重量のある段ボールを二人で持ち、倉庫の中に入れた。

「私の我儘で魔法なしで運ばせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、実はこういうのも好きだ。あまり周りには言ってないが、科学界の生活に興味があってね。趣味であっちの物を集めてる。だから、非魔法というのも、興味がある」
「そうなんですね。科学界……確かに魔法のない世界なんて、不思議ですよね。箒がなかったらどうやって長距離を移動するんでしょうね」
「車、バイク、電車、飛行機、色々なものがある。俺の家のガレージには科学界のバイクがあるんだ。いつか運転してみたいが、この世界ではさすがに走らせられないな」
「なぜです?」
「変人だと思われる」
「思わない人もいますし、思う人には思わせておけばいいんじゃないですか? きっとその人にも絶対に周りから見たら変だと思う部分が一つや二つありますよ」

 課長はきょとんとした目で私を見たかと思えば、急にぷっと笑い出す。

「ああ、そうだな。じゃあ、俺に勇気が出たら、バイクを動かそう」
「その時は乗せてください! 私も興味あるので!」
「アホか! 乗せるならヤーナだよ!」
「ああ、確かに」

 課長と二人で笑ってしまった。

「入局してから……しばらく申し訳なかった」
「はい?」
「課の者達がお前を冷遇しているだろ? 私も正直いい上司ではなかったし、今も怪しい」
「課長は良い上司ですよ。後悔した事を、こんなにすぐに変えようと行動する。それに、私へ謝るにはかなり早すぎませんか?」
「そんな事はない。実は最初にサンシャインの採用と配属を聞いた時、一年しか在籍せず、周期的に熱が出る者と聞いて、正直戸惑った。だから課の者に丸投げしてしまった。だが、私がそんな態度だったせいで、彼らはサンシャインに不要なことばかりさせ、からかうようになってしまった。こうなったのは、立場のある私が最初に君を蔑ろにしたからだと深く反省している。君に、謝りたいと思っていたんだ」
「課長……だから、謝るのが早すぎます。まだ仕事も人間関係も始まったばかりです。私、身体は弱いですが、忍耐力と精神力はある方ですよ」

 いつも眉間に皺を寄せている課長が、今は眉を下げて私を見ている。

「ああ、そのようだ。頼もしすぎて、サンシャインにぴったりの仕事を見つけたよ」
「ぴったりな?」
「私の補佐だ。ちょうど誰かに助けてもらいたいと思っていたんだ」
「任せてください! どんな事でもやってみせますから」

 課長は片手を私の目の前に差し出してくれた。

「オーケだ。俺は心を通わせないとバディは組めない。ぜひ、そう呼んでくれ」
「なるほど。それでしたら遠慮なく。よろしくお願いします、オーケ」






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