魔法省を悩ませる謎の病は私の力が原因でした

さくらぎしょう

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20.ゴング

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 新しい週が始まると、オーケは未だかつて見たことがない程、だらしない状態になっていた。前髪をおろして目元を隠し、いつもピシッと決めていたスーツも、今はどこかよれている。
 そして何より、オーケは自席ではなく私の席に来てぎゅうぎゅうに二人でつめながらパーテーションに隠れて仕事をしていた。

「あの……オーケ、私が狭いです……」
「痩せろ」
「あ、それセクハラですよ」
「健康を気遣っただけだ」
「自分の健康を気遣ってください。ものすごく不健康そうですよ。何があったんです?」

 オーケは動かしていた手を止め、ぬぅ~っと首を回して私に顔を向ける。前髪で隠れた目が私をじっと見ているのがわかった。

「……なんか……お前……つやつやしてない?」
「へ?」
「もしかして……恋人でも出来たか?」
「ヒェッ」
「まじか」

 オーケは一気に机の上で脱力し、スライムと化した。

「いーなー……」
「え? まさか」
「ヤーナと終わったよ」
「え……」
「ラミの言った通りだった。直接本人に話を聞きに行こうとヤーナに連絡せずに直接彼女の家に行ったら、ばったり浮気現場に鉢合せしたよ」
「あー……でも、ほら、別れは新しい出会いと言いますよ」
「俺はもう恋なんてしない……」

 このままこの席でスライムと一緒にいてもジメついて仕事なんて捗らないので、昼休憩にはだいぶ早いがオーケを無理矢理引っ張って庁舎外のラモモ・カフェに行った。
 オーケの食べたがっていたボロネーゼを頼み、料理が出来るまでひとまずコーヒーを飲んで待った。

「今日は庁舎食堂じゃないんだな」

 私はオーケの一言にギクリとしたが、すかさず笑顔で返す。

「だってオーケがここのボロネーゼ食べたがってたじゃないですか。元気を出して欲しいんです」

 オーケは何も疑わなかったようで、私を見て瞳を潤ませる。

「サンシャイン……お前って……めっちゃいいやつ」

 突然、ふわりと甘い胸を高鳴らせる香りが鼻をかすめた。

「今週は食堂に来てくれないんだね」

 顔を横に向ければ、ラミがスーツ姿で立っており、にこりと微笑んでから私の隣に座ると、挨拶代わりに頬に優しくキスをしてきた。

 オーケはぼんやりとこちらを眺めている。

「いつの間にそんな親密な挨拶交わす仲に? ……あっ!!」

 ラミは意味深な笑みをオーケに向け、私の肩にスッと腕を回した。

「くそっ! そういう事か!! サンシャイン、お前ラミに会うのが気まずくてここに来たんだな!! 俺の涙を返せ!」

 すると、今度は濃厚な薔薇の香りが漂い始める。

「ラミ」

 声の主に顔を向けると、そこに見知らぬ背の高い美人が立っていた。長く美しい黒髪は艶があり、涼しげな目元は少し垂れ目で、ぽってりとした唇と口元のほくろが合わせて色っぽい。歳は二十代後半か三十歳前後だろうか。成熟した大人の女性の色気を存分に出していた。

「こちらにお邪魔してもよろしくて?」

 フェロモン姉さんは声も艶っぽく、オーケに隣の空いた席に座っても良いかと確認する。

「は……はい」

 惚けたオーケの隣にフェロモン姉さんは座ると、彼女は長い足を組む。タイトスカートから伸びるつるんとした生足は、まるで後光が差しているかのようだった。

「姉さん、なんでここに?」
「「姉さん!?」」

 私とオーケはラミの言葉に目を丸くした。姉さんと呼ばれたフェロモン姉さんはカバンから名刺を取り出して私とオーケに渡す。

「ヘイデンスタイム商社科学界支店長シェニア・シャロンド・ヘイデンスタイム……ヘイデンスタイム!? 支店長!?」

 オーケはのけ反りながら隣に座るラミの姉を見つめ、それからラミに慌てて確認する。

「まてまて、お姉さんの名前がヘイデンスタイムってことは、まさかラミも……なんだよな?」
「フルネームはラミ・シャロンド・ヘイデンスタイムですけど、後継ぎは姉さんですし、あんまり関係ないですよ」

 私もやっとラミの謎の富豪っぷりに納得がいった。ヘイデンスタイム商社をこの国で知らない者はいない。創業者一家は、かつてこの国に存在した国王家の流れを汲むフローゲン公爵家で、血筋も立派な国の経済を支える財閥企業である。

「あー……だからあんな一等地にタウンハウスがあるのね……」

 ラミは私に笑って見せる。

「あの家は我が家のタウンハウスで、僕がここで働くことになったから使わせてもらってるんだ」
「おいラミ、関係なくはないだろ。実家がヘイデンスタイムって……ってことは、ラミは貴族なんだろ?」
「貴族なんて、今の時代じゃどうでもいい称号でしょ。それに我が家の爵位は姉さんが受け継ぐし」
「どうでもよくねーよ」
「どうでも良くないと言えば、プルムの周期性発熱症候群が治せるかもしれないんだ」

 私の病状などそこまで興味が無いと思っていたが、意外にもオーケは声を弾ませて喜んでくれた。

「それは良かった! そういえば、最後に持病で休んでからだいぶ経ってるけど、ここ最近は発病してないのか?」
「あ、この間の週末に発熱したんですけど、ラミのおかげで週明けまでには解熱したんです」
「ラミのおかげって?」

 オーケの質問で私の顔から火が出た。

「プルムは魔水晶と同じ振動が出せるのに、それを封印されているので、封印で抑えきれなかったものが溢れ出て熱が出ているんだと思います。なので、僕が振動吸収したら熱は引きました」
「振動吸収ってどうやってするんだ?」

 オーケの質問に私は思わず両手で顔を塞いでしまう。

「振動の流れを感じ取り、自分の身体に引き寄せるだけです」
「引き寄せる?」
「ええ、手の平を相手に向けるだけでも、振動を引き寄せて吸収できます」

 そのラミの発言に一番驚いたのは私だった。

「ええええっ!?」

 思わず口元を触ってしまった私をシェニアさんは見逃さなかった。

「あー……そういうことぉ~。ラミも隅に置けないわねぇ……」
「ん? どういう事です???」

 オーケは自分を除いた三人の視線だけで交わされる会話にキョロキョロと顔を動かして答えを求めている。

 シェニアさんは長い人差し指を唇に添え、流し目でオーケに合図する。シェニアさんからは色気が駄々洩れていて、確実にオーケはシェニアさんの意図する事とは別の事を妄想している。
 
「ちょっと、あなた理解なさった?」
「え? あ、はい、また恋が出来そうです」
「は?」
「え?」

 とにかくオーケがスライムから人型に戻れて何よりだった。だが、鼻の下を伸ばしたオーケに金切り声が上がる。

「ねえ!! どういうこと?! 人の事あんだけ責めたくせに、おかしくない?」

 私達の斜め後ろの席に、なんとヤーナさんと仲間達がいた。ヤーナさんは怒り心頭で、バンっとテーブルを叩いてから、ヒールをカツカツ鳴らしてこちらのテーブルに向かってくる。

「何この女は? 本当はこの女がいるから私と別れたかったんでしょ? 私はフラれるんじゃなくて振る側の人間なのに、こんな女のために人のこと悪者にして、しかも人前で恥かかせて振るとか、オーケもとんだクズね」

 オーケはおろしていた前髪をかき上げて立ち上がり、ヤーナさんを睨みつけた。その気迫に少しだけヤーナさんは怯むが、強がるように腕を胸元で組んで背中を反り、オーケを睨み返す。
 二人は間にシェニアさんが座っている事も気にせず、その頭上でゴングを鳴らした。

「この女性は今知り合ったばかりだよ。それに、人前でって、浮気相手のあの男の前でお前を振ったことか? そりゃ、ざまあねえな。俺はお前と違って複数人なんて愛さねーから一生その恥の意味は分かんねーよ。俺の愛はたった一人の女だけに捧げ尽くすものなんだよ」
「サラトゥースなんて田舎でくすぶってるから女性経験が少ないだけでしょ」
「は? 誰のためにサラトゥースから出なかったと思ってんだ?」
「何言ってんの? あなたに出るだけの実力がなかっただけでしょ。大人なんだから、あれもこれも人のせいにしないで」

 オーケの額から血管が切れる音が聞こえた気がした。これはヤバいと思った瞬間、シェニアさんがスッと二人の間に立ち上がる。
 ヤーナさんよりも背の高いシェニアさんは、同じように腕を組んで見下ろした。

「安っぽい」
「何この女っ!?」

 シェニアさんは一言でヤーナさんに会心の一撃をくらわす。

「あらやだもうこんな時間」

 シェニアさんはそう言いながら、これ見よがしに腕をヤーナさんの前で振って腕時計を見る。

「それ……この間発売されたばかりの入手困難な……」

 シェニアさんは腕を耳元まで動かすと、美しい黒髪をさらりと耳に掛ける。現れたのはキラリと光るダイヤだった。

「ヴァ……ヴァンケリの超人気ジュエリー……」

 そして最後にくるりと振り返り、オーケの首に両腕を掛け、周囲の憧憬や嫉妬心を掻き立てるような、愛に溢れる甘い視線をオーケに向ける。オーケは狼狽えながらも、シェニアさんの腰に手を回し、彼女の計画に乗った。

わたくしの愛も、たった一人の男性だけが享受できる特別なものなの」

 シェニアさんはオーケの首に腕を掛けた状態で、顔だけヤーナさんに振り返る様に向ける。

「だから……私の愛は安物なんかじゃなく、この上なく価値のあるものなのよ」

 ヤーナさんは憤慨し、素早く首を動かしてなぜか私をキッと睨んでくる。

「覚えておきなさいよ……」
「え? わっ、私???」
「ブスも、その貧乏料理人も、オーケも……皆、許さないから!!」

 ヤーナさんは席に戻ることなく、そのまま大股歩きで店を出て行った。

 そしてオーケは、シェニアさんの腕が首元からおろされてもなお、彼女の腰に回した自分の腕はしばらく離そうとしなかった。


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