グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

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7.始まってしまった私の近衛生活

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 なぜこのようになってしまったのか……。

「ユリアス・グローヴァー、配属は皇太子直属衛班である」

 朝霧が立つ早朝の訓練場に声が響いた。まだ混じり気のない澄んだ空気は、シンッと静まり返った濃紺の近衛兵の集団の中で、スカーレット色の私へ辞令をよく響かせた。

「はいっ!」

 私も、返事をするしかなかった……。

 時を戻せば先週の話。

 皇太子殿下と皇太子直属衛班、略して直衛のお三方と森へ向かった日のこと。

 射撃訓練のテストで、最初は問題なく十発中四発は的から外していた。

 皇太子殿下含む四人の表情は明らかに期待外れといった様子だった。

 首尾よく近衛兵になることなくこのまま帰されると安心していた矢先、森の中から突然皇太子殿下に向かって三匹の狼が襲い掛かって来た。

 あまりに突然の出来事で、それでも直衛の三人は素早い動きで銃を構えたが、テスト中で既に銃を構えている私の方が動きが早いに決まっている。

 条件反射で狙い撃ちしたら見事に三発で仕留めてしまった。

『採用』

 ダレン皇太子殿下は抑揚のない声でそう一言呟き、その日のテストが終了した……。

 ちなみに、帰り際に殿下の直衛お三方が嬉しそうに「狼を準備しておいてよかったな」と小声で話していたことに私は気づいていた。

「おい、ユリアス、聞いてるのか?」

「え?」

 現実をまだ受け止めきれずボーっとしていたら、その間に朝礼が終わっていた。

 ダレン皇太子殿下と直衛のお三方が私をぐるりと取り囲む。

「朝礼はとっくに終わって皆持ち場に向かった。ユリアスにはまずこれからの生活拠点となる宿舎自室の確認をしてもらう」

「しょ、承知いたしました」

「ついて来い。荷物はすでに運び込まれているはずだ」

 近衛隊は既婚や特別な事情がない限り、基本は宿舎での共同生活だ。

 つまり、近衛を除隊するまでほぼユリアスとして生活しなくてはならない。

 アリステアは今頃公女アリスとしてマイルースの王女のもとに挨拶に行ってるのだろう……。

 マイルース王室か……。

 あの、くせの強そうなエルダンリ王太子が、嫌でも思い出されるな……。

 宿舎の殺風景な廊下を、ダレン皇太子殿下や近衛直衛のお三方のうしろについて歩く。
 皇居横にあるため、見栄えを整える必要があったので建物外装は立派だったが、やはり中に入れば兵士の宿舎。
 有事に大勢の兵士が動きやすいよう、廊下には無駄なものは置かれていない。
 窓の並びも一見無秩序に見えて、ちょうど死角になりそうな廊下位置の向かいには必ずある。

 廊下の窓に映る自分の姿は、今は男性ユリアス。

 月白色の緩いウェーブがかかった長い髪、背は女性の時より15センチ伸びて180センチ。

 自分で言うのもなんだが、見目は悪くない。

 むしろ、サウスエンドシアターの二枚目役者にも負けないくらい女性ウケの良い甘い顔だと思う。

 男として生きていくとしても、正直そのことだけなら別に構わない。

 そうではなく、長子の私が男として生きていくと決定した時点で、長子相続の法律でフレスラン公のすべては長子長男となる私一人が相続することになってしまう。

 あれは、アリステアが相続すべきもの……。

「おい、何を難しい顔をしてる。ついたぞ」

「え?」

 案内された部屋は、開かれた扉の奥にシンメトリーにベッド、机、クローゼットが配置された質素な部屋だった。

 それはいい。そうじゃない。

「二人部屋……」

 ……完全に抜けていた。

 新兵が個室なはずがない。

 フレスラン公国の海軍にいた時は、自国だったゆえにこの特殊な身体に不便のないよう取り計らわれていた。

 だけど、普通は共同部屋。入りたての兵士に二人部屋ということだけでも破格の待遇なのだろう。

 北部の冷気、亜麻色の髪のリュシアンが淡々と喋る。

「説明が必要な家具もございませんので、次の部屋へ行きましょう」

 大柄のテオが少し屈みながら、廊下から部屋の中をのぞき込む。
 くせ毛のダークブラウンの長い前髪から僅かに見える目元が、興味津々に部屋の中を見つめている。

「へー、殿下のお立場でも俺達と同じ質素な部屋なんですね。てっきり貴賓室だと思ってました」

「どうぞ殿下ではなく、仲間としてユリアスと呼んでください」

「え? ああ、そうか、ユリアス公子殿下・・ですもんね。今俺が殿下と言ったのは、公子殿下ではなく、ダレン皇太子殿下のことです」

「ダレン皇太子殿下? でもこの部屋は私の部屋では?」

 私は目を丸くしてダレン皇太子殿下の方に顔を向けた。
 殿下は仏頂面で私を見降ろしている。

「私がルームメイトでは不服か?」

「殿下がルームメイトですか!?」

 またもダレン皇太子殿下の前で上擦った声を上げてしまった。こういうところはアリステアの動じなさを見習いたい。

 小柄なエミルが、オレンジ色の短髪頭を大きく反り返して大笑いしている。

「ユリアスは反応が面白いなあ! でもまさか殿下とルームシェアするなんて誰だって思わないよね」

「エミル、ユリアス公子殿下だ」

「え? リュシアン、だって今ユリアスはテオにユリアスって呼んでって言ってたよ?」

「エミルには言ってない」

「いえいいんです、リュシアン様。ぜひ皆さん私のことはユリアスと」

 傍観していたテオが鬱陶しいダークブラウンの前髪を手でかき上げると、現れた顔の全貌は想像以上に美青年で、穏やかで落ち着いた大人の顔をしていた。

「じゃあ、ユリアスも殿下以外の俺達のことは気軽にテオ、リュシアン、エミルと呼んでくれよな」







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