グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

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6.近衛採用試験に私は落ちたい

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 私ユリアスと弟妹ていまいアリステアの性別はまだ揺らいでおり、男であり女でもある両性だ。

 フレスラン公爵家だけに遺伝される特徴で、両性生殖腺を持ち、性別確定までの期間を自在に性転換《変容》できる。

 一応、神話的な公爵家に伝わる言い伝えがある。
 性別によって相続問題が変わるこの地上で、神が選んだグローヴァー家がフレスランの土地を守り続けられるようにと、月の女神を使者としてフレスランに使わし、能力ギフトをくださったのだと。

 ここからは史実で、古い時代、グローヴァー家の一人が偶然変容する様子を人に見られてしまい、人々に悪魔の化身と罵られ、恐れられ、嫌悪され、そして虐殺された。
 まだ大陸諸国が帝国として結びあう前の時代、各地諸侯の領地だけでほぼ全てが完結するような閉鎖的で排他的な時代。
 異質な存在は人々の鬱憤を晴らす格好の餌食で、攻撃され、排除される対象に容易になり得た。

 それ以来、この能力はグローヴァー家と宮廷で働く一部のものにしか共有してはいけないという掟となった。

  グローヴァー家は子供が生まれると、対外的には男女の双子が産まれたと伝える。そして、性別が確定したあとは、消滅した性の人物は病で亡くなったこととして周知した。

 ちなみに私達はユリアス、ユリア、アリステア、アリスの四つ子ということになっている。
  
 今日は朝からユリアスの姿で身支度を整え、帝都のタウンハウスから一人馬車に乗り近衛の駐屯地まで赴いていた。
 近衛兵採用にあたり、身体や実技のテストを受けなくてはならない。当たり前だ。

 帝都トラットリアの皇居と城壁で隔てるだけで、敷地は繋がっている近衛駐屯地。
 ダレン皇太子殿下自ら案内してくれる近衛駐屯地は、訓練場だけでなく近衛兵の宿舎もある。
 彼らが街に出られない日でも駐屯地内で事足りるよう、レストランやバー、それにちょっとした娯楽施設もあった。

 さすが帝国近衛兵。充実している。

「ユリアスはフレスラン公国の公子である上に推薦人が私だから、本来受けるべき身体検査などは免除、試験も私の用意したものだけで採用できる。だから形式的なテストと思って身構えなくていい」

 いや、しっかりテストして落として欲しい。

 ダレン皇太子殿下が案内してくれた場所は、野外訓練場を越えた、駐屯地内の端の端。
 塀の中にあるとは思えない森の入口だった。

 軍服を来た兵士が三人が立っており、こちらに向かって敬礼していた。

 あの見慣れない制服は、やはり近衛だったのか。

 近衛兵の基本の制服は紺色の上下に帯剣か、銃身の長いライフル銃の装備だが、あの三人は金の刺繍と一部黒色の切り替えがあるといった趣向を凝らしたスカーレット色のフロックコート。ズボンは白で、黒のロングブーツ。

 腰に巻いているのは太めのベルトで、銃弾を入れるポーチと銃を納めるホルスターが付いている。
 そしてそのホルスターにはまだ帝国でも一部の者しか持てないような、片手で扱えるほど銃身の短いリボルバー銃が入っていた。

 三人の兵士だが、一人は快活そうなオレンジ色の短髪の青年で、笑顔も太陽のよう。

 背は180は欲しいと言われる近衛兵にしては低いので、おそらく入隊許可のボーダーである175センチあたりだろう。

 うってかわって二人目は筋骨隆々でかなりの大柄。

 ダークブラウンのくせ毛が無造作に伸びていて目元がうっすらしか見えない。

 わずかに見える鼻筋と唇の形は整っており、フェイスラインはシャープで適度にエラが張っていて美しい。

 三人目の男はよく覚えている。

 足を痛めた私をダレン皇太子殿下が空いていたドローイングルームに連れて行ってくれた際、皇太子殿下と最後まで一緒にいた気品漂う亜麻色の髪の近衛兵だ。

 肩くらいの長さの絹のような髪をひとつ結びにし、少年と大人の狭間のような中性的な顔立ちは、万人が認める美青年だろう。

 背はアリステアより僅かに低いくらいだから、182~3センチくらいだろうか。

「待たせた。こちらが、フレスラン公国のユリアス・グローヴァー公子殿下だ」

 ダレン皇太子殿下が三人に私を紹介すると、次に私に三人を紹介する。

 最初に紹介してくれたのは、ドローイングルームでずっと一緒だった亜麻色の髪の近衛兵。

「北部スウェルド辺境伯領出身のリュシアン・ベルネイ中尉。北部の戦士の血を引くだけあり、剣術は誰よりも秀でている。そして、頭の回転も早い」

 紹介されたリュシアン中尉が儀礼的な笑みを浮かべて会釈する。
 アリステアの醸し出す雰囲気に少し似ていて、氷の貴公子といった感じか、北部の冷気のように目は笑っていない。

 ベルネイの名は貴族や王族では聞いたことはなく、私が学び足りなかっただけかもしれないが、皇太子殿下からも彼の家の爵位の紹介もなかった。

 であればやはり貴族ではなく平民ということだろうが、佇む空気は高貴さを感じた。

「そしてこちらがテオ・デルマリス中尉。インダルシア自由都市出身で、実家は大農園を経営する商家だ。この放蕩息子は家業も継がずに帝国兵に志願して身体を鍛えてばかりいたから、私に目を付けられて近衛に入ることになってしまった」

「殿下が俺の身体能力を買って引き抜いてくださったでいいでしょ。言い方が間違ってますよ」

 胸筋隆々の大柄な男性は商家の出ということで平民のようだけど、随分皇太子殿下と気安い様子。だけど、嫌味っぽさはなく、むしろ微笑ましい。

「そしてエミル・スライアン少尉。彼は体格は兵士の中では小柄だが、弓の命中率が非常に高い。その腕を見込んで今は銃士として活躍してもらっている」

「お目に掛かれて光栄です、ユリアス公子殿下。私はマイルースの遊牧民出身で、大草原での生活のおかげか視力がとても良いんです。それに、弓も幼いころから部族の嗜みとして身近にあったので」

 エミルの横に立つ筋骨隆々のテオが、彼の肩を抱え補足してきた。

「ユリアス様、エミルはこう言ってますが、遊牧民は遊牧民でも、エミルの父親はマイルース国教会の大神官です。大神官は国内各地に祝福と教え、そして恵まれない者へ支援を届ける為、遊牧生活をしている立派な方なんですよ」

「それは立派な……マイルース王国と言えば、確か信仰心の篤い国だと」

「他国と比べれば多少熱心なところはありますね。そうそう、デビュタントとしていらしていたユリアス様の妹君が我が国マイルースの女神の姿によく似ていて、驚きの余り魅入ってしまいました」

「アリスですか?」

「えっと、そのようなお名前だったかな……? すいません、ちゃんと心に留めておくべきことなのに、魅入りすぎてお名前までは失念してしまいました……」

 エミルが首を傾げて記憶を手繰り寄せていれば、ダレン皇太子殿下が真顔で答えた。

「ユリア嬢のことだろ。お前たちは私がユリア嬢を抱えて部屋を出る時一緒についてきたのだから」

 私の女性名を聞いたエミルはパッと目を輝かせ、合致した記憶に喜ぶ。

「ああ、そうです! その名です! 殿下もユリア様が部屋に現れた時、その美しさに固まって魅入っていましたね」

 エミルの屈託のない笑顔と発言に、なぜか空気が凍り付き、すかさずリュシアンがエミルの肩を叩く。

「おい、エミル余計な私語は慎め。
 皇太子殿下、近衛の仕事もあります。いつまでも自己紹介をされていないで、さっさと公子殿下の腕を確認致しましょう」

「ああ、そうだなリュシアン。では、全員森へ」

 目指すは見込み違いの不採用。ここは、バレない程度に何発か的を外すつもりだった。


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