グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

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17.今は侍女じゃなく、心のまま

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 ユリアが戻るまで、ボンパルト伯爵がダレン皇太子殿下に準備してくださった部屋で待機していた。

 サフィー王女は今夜はダレン皇太子殿下と初めて踊り、ゆっくりと互いについて理解を深め合い、語らい過ごすだろう……。

 お目付け役達が距離を保って見守っているから、そこまで親密にはなれないだろうが。

 ……想像して、少し笑ってしまった。

 さて、この部屋、何もすることがなく暇だ。
 暇過ぎて腹まで減ってきた。

 舞踏会会場に行って、そこに並べられた必要最低限の食べ物を皿に取ったらすぐ部屋に戻れば問題ないだろうか。

 とりあえず廊下の様子を伺ってみるか。

 扉に耳をあてて外の音を確認する。

 特に人の往来の様子は無い。

 それもそのはず。ここは皇太子の待機部屋。特別に許可された者しか近づくことは許されていない。

「人がいるわけなかった」

 背筋を正し、一人自嘲ぎみに笑いながら扉を開ければ、廊下に立つサフィー王女の姿が目に飛び込んで来た。

「ユリアス様? ……ではないわよね???」

 あまりの驚きにサフィー王女の問いかけがまったく頭に入ってこない。心臓は飛び跳ねたまま治まる気配もなく、ただただ王女の姿を見つめていた。

「スカーレット色の近衛の制服だから、ダレン皇太子殿下の直衛で間違いないわよね?」

 サフィー王女はそのエキゾチックな堀の深い顔を前のめりに私に近づけ、ぱっちり二重のダークブラウンの瞳で凝視してきた。

「ユリアス様にそっくりだけど、よく見ればまったく似ていない。むしろ、あなた……アリスにそっくりね」

 鋭い眼差しにたじろげば、どんどん顔を近づけてくる。

「フレスラン公国の方? もしかしてアリスのご兄弟? ねえ、何かおっしゃって」

 後ずさった時に足がもつれ、咄嗟に何か掴もうとしたら、サフィー王女も咄嗟に手を伸ばしたので、即座にその手を掴んでしまった。

 そして、サフィー王女を抱き止めながら、尻もちをついた。

 今、彼女は私の腕の中に収まっている。
 生まれて初めて、パニックになった。

「だ、だ、大丈夫ですか!? お怪我は、お怪我はないですか?」

 私の胸にその美しい顔をうずめていたが、もぞもぞと可愛らしく動き出せば、大きな瞳を見せて私を見上げた。

「私は大丈夫です。あなたはお怪我無い?」

「ええ、私のことはどうぞお気になさらず。今、起こしますね」

「あ、いえ、自分で立ち上がれるから、少しそのままで……」
「そんなわけには……」

 結局二人で同時に立ち上がろうとして、サフィー王女のドレスの裾を互いに踏んでしまい、今度はサフィー王女が私を押し倒すような形で二人で床に倒れ込んでしまった。

「ご、ごめんなさい。私ったら、やだ、どうしよう、す、すぐに立ち上がりますからっ!」

 いつもは理知的な彼女が、私の上で顔を真っ赤にしてあたふたしている。
 その姿が可愛らしくて、こんな貴重なサフィー王女の一面を誰にも見せたくなくて、つい彼女を抱き止めた時に腰に回した手に力を入れてしまった。

「え……」

 私を見つめるサフィー王女は、その心臓の音が聞こえてきそうなほど、頬を染め、目を潤ませた。

 もっと、彼女に私を意識させ、こんな表情をさせたい。

 湧き上がる欲は、私にいつもの冷静さを取り戻させた。いや、これは冷静とは言わないのかもしれない。

 欲が暴走し始めて、狡猾になり始めている。

「落ち着いて。大きく膨らんだスカートでは起き上がるのが大変です。ここは私に任せてください」

 私はサフィー王女の瞳からその炎が消えてしまわないように、目を逸らすことなく、彼女を抱き寄せ、真横へとゆっくりと転がり、彼女を床の上に寝かせた。

 立ち上がって、彼女に手を差し伸べれば、やっと彼女も立ち上がることができた。

 だけど、まだ彼女の手が私から離れる気配はなく、私も離す気がない。そう伝えるため、見つめたまま少しだけ指に力を入れれば、彼女は私が望む通りの可愛らしい反応を見せてくれる。

 互いにしばらく見つめ合ったまま、何も言葉を出せなかった。

 このまま、彼女を離したくない……。

 ずっと彼女から欲しかった視線は、これだった。

「お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」

 サフィー王女の質問は簡単なもの。それでも私ははぐらかした。

「密室で男性と二人きりでいる姿を見られては大変です。すぐに付き添いの者達の元へお戻りください」

「付き添いを探しているの。アリスよ。アリス・グローヴァー。知り合いなんじゃ……いえ、その容姿、血縁ではなくて?」

 別に、名前など名乗れば良いだけなのに。

 すでに彼女の兄、エルダンリには名乗っているのに。

 なのに、彼女を前にすると、喉元が締め付けられた。

 ——私は、アリスとして生きなくてはいけない。

 頭に浮かぶのは、ユリア。

 堂々と、正当な継承者ユリアス・グローヴァーとして、フレスラン公国を継承して欲しい。

 どうか、愛されていることに気づいて、幸せに生きてほしい。

 私が男の性を選べば、ユリアは間違いなく女の性を選び、継承順位一位を私に差し出す。

 廊下から足音が聞こえてきて、サフィー王女が慌て出す。

 扉がノックされれば、彼女から私の手を強く握りしめてきた。

「サフィーよ。私はサフィー。どうか、覚えておいてください」

 扉が開くと、そこにはユリアを抱き上げたダレン皇太子の姿があった。
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