17 / 18
17.今は侍女じゃなく、心のまま
しおりを挟む
ユリアが戻るまで、ボンパルト伯爵がダレン皇太子殿下に準備してくださった部屋で待機していた。
サフィー王女は今夜はダレン皇太子殿下と初めて踊り、ゆっくりと互いについて理解を深め合い、語らい過ごすだろう……。
お目付け役達が距離を保って見守っているから、そこまで親密にはなれないだろうが。
……想像して、少し笑ってしまった。
さて、この部屋、何もすることがなく暇だ。
暇過ぎて腹まで減ってきた。
舞踏会会場に行って、そこに並べられた必要最低限の食べ物を皿に取ったらすぐ部屋に戻れば問題ないだろうか。
とりあえず廊下の様子を伺ってみるか。
扉に耳をあてて外の音を確認する。
特に人の往来の様子は無い。
それもそのはず。ここは皇太子の待機部屋。特別に許可された者しか近づくことは許されていない。
「人がいるわけなかった」
背筋を正し、一人自嘲ぎみに笑いながら扉を開ければ、廊下に立つサフィー王女の姿が目に飛び込んで来た。
「ユリアス様? ……ではないわよね???」
あまりの驚きにサフィー王女の問いかけがまったく頭に入ってこない。心臓は飛び跳ねたまま治まる気配もなく、ただただ王女の姿を見つめていた。
「スカーレット色の近衛の制服だから、ダレン皇太子殿下の直衛で間違いないわよね?」
サフィー王女はそのエキゾチックな堀の深い顔を前のめりに私に近づけ、ぱっちり二重のダークブラウンの瞳で凝視してきた。
「ユリアス様にそっくりだけど、よく見ればまったく似ていない。むしろ、あなた……アリスにそっくりね」
鋭い眼差しにたじろげば、どんどん顔を近づけてくる。
「フレスラン公国の方? もしかしてアリスのご兄弟? ねえ、何かおっしゃって」
後ずさった時に足がもつれ、咄嗟に何か掴もうとしたら、サフィー王女も咄嗟に手を伸ばしたので、即座にその手を掴んでしまった。
そして、サフィー王女を抱き止めながら、尻もちをついた。
今、彼女は私の腕の中に収まっている。
生まれて初めて、パニックになった。
「だ、だ、大丈夫ですか!? お怪我は、お怪我はないですか?」
私の胸にその美しい顔をうずめていたが、もぞもぞと可愛らしく動き出せば、大きな瞳を見せて私を見上げた。
「私は大丈夫です。あなたはお怪我無い?」
「ええ、私のことはどうぞお気になさらず。今、起こしますね」
「あ、いえ、自分で立ち上がれるから、少しそのままで……」
「そんなわけには……」
結局二人で同時に立ち上がろうとして、サフィー王女のドレスの裾を互いに踏んでしまい、今度はサフィー王女が私を押し倒すような形で二人で床に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめんなさい。私ったら、やだ、どうしよう、す、すぐに立ち上がりますからっ!」
いつもは理知的な彼女が、私の上で顔を真っ赤にしてあたふたしている。
その姿が可愛らしくて、こんな貴重なサフィー王女の一面を誰にも見せたくなくて、つい彼女を抱き止めた時に腰に回した手に力を入れてしまった。
「え……」
私を見つめるサフィー王女は、その心臓の音が聞こえてきそうなほど、頬を染め、目を潤ませた。
もっと、彼女に私を意識させ、こんな表情をさせたい。
湧き上がる欲は、私にいつもの冷静さを取り戻させた。いや、これは冷静とは言わないのかもしれない。
欲が暴走し始めて、狡猾になり始めている。
「落ち着いて。大きく膨らんだスカートでは起き上がるのが大変です。ここは私に任せてください」
私はサフィー王女の瞳からその炎が消えてしまわないように、目を逸らすことなく、彼女を抱き寄せ、真横へとゆっくりと転がり、彼女を床の上に寝かせた。
立ち上がって、彼女に手を差し伸べれば、やっと彼女も立ち上がることができた。
だけど、まだ彼女の手が私から離れる気配はなく、私も離す気がない。そう伝えるため、見つめたまま少しだけ指に力を入れれば、彼女は私が望む通りの可愛らしい反応を見せてくれる。
互いにしばらく見つめ合ったまま、何も言葉を出せなかった。
このまま、彼女を離したくない……。
ずっと彼女から欲しかった視線は、これだった。
「お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
サフィー王女の質問は簡単なもの。それでも私ははぐらかした。
「密室で男性と二人きりでいる姿を見られては大変です。すぐに付き添いの者達の元へお戻りください」
「付き添いを探しているの。アリスよ。アリス・グローヴァー。知り合いなんじゃ……いえ、その容姿、血縁ではなくて?」
別に、名前など名乗れば良いだけなのに。
すでに彼女の兄、エルダンリには名乗っているのに。
なのに、彼女を前にすると、喉元が締め付けられた。
——私は、アリスとして生きなくてはいけない。
頭に浮かぶのは、ユリア。
堂々と、正当な継承者ユリアス・グローヴァーとして、フレスラン公国を継承して欲しい。
どうか、愛されていることに気づいて、幸せに生きてほしい。
私が男の性を選べば、ユリアは間違いなく女の性を選び、継承順位一位を私に差し出す。
廊下から足音が聞こえてきて、サフィー王女が慌て出す。
扉がノックされれば、彼女から私の手を強く握りしめてきた。
「サフィーよ。私はサフィー。どうか、覚えておいてください」
扉が開くと、そこにはユリアを抱き上げたダレン皇太子の姿があった。
サフィー王女は今夜はダレン皇太子殿下と初めて踊り、ゆっくりと互いについて理解を深め合い、語らい過ごすだろう……。
お目付け役達が距離を保って見守っているから、そこまで親密にはなれないだろうが。
……想像して、少し笑ってしまった。
さて、この部屋、何もすることがなく暇だ。
暇過ぎて腹まで減ってきた。
舞踏会会場に行って、そこに並べられた必要最低限の食べ物を皿に取ったらすぐ部屋に戻れば問題ないだろうか。
とりあえず廊下の様子を伺ってみるか。
扉に耳をあてて外の音を確認する。
特に人の往来の様子は無い。
それもそのはず。ここは皇太子の待機部屋。特別に許可された者しか近づくことは許されていない。
「人がいるわけなかった」
背筋を正し、一人自嘲ぎみに笑いながら扉を開ければ、廊下に立つサフィー王女の姿が目に飛び込んで来た。
「ユリアス様? ……ではないわよね???」
あまりの驚きにサフィー王女の問いかけがまったく頭に入ってこない。心臓は飛び跳ねたまま治まる気配もなく、ただただ王女の姿を見つめていた。
「スカーレット色の近衛の制服だから、ダレン皇太子殿下の直衛で間違いないわよね?」
サフィー王女はそのエキゾチックな堀の深い顔を前のめりに私に近づけ、ぱっちり二重のダークブラウンの瞳で凝視してきた。
「ユリアス様にそっくりだけど、よく見ればまったく似ていない。むしろ、あなた……アリスにそっくりね」
鋭い眼差しにたじろげば、どんどん顔を近づけてくる。
「フレスラン公国の方? もしかしてアリスのご兄弟? ねえ、何かおっしゃって」
後ずさった時に足がもつれ、咄嗟に何か掴もうとしたら、サフィー王女も咄嗟に手を伸ばしたので、即座にその手を掴んでしまった。
そして、サフィー王女を抱き止めながら、尻もちをついた。
今、彼女は私の腕の中に収まっている。
生まれて初めて、パニックになった。
「だ、だ、大丈夫ですか!? お怪我は、お怪我はないですか?」
私の胸にその美しい顔をうずめていたが、もぞもぞと可愛らしく動き出せば、大きな瞳を見せて私を見上げた。
「私は大丈夫です。あなたはお怪我無い?」
「ええ、私のことはどうぞお気になさらず。今、起こしますね」
「あ、いえ、自分で立ち上がれるから、少しそのままで……」
「そんなわけには……」
結局二人で同時に立ち上がろうとして、サフィー王女のドレスの裾を互いに踏んでしまい、今度はサフィー王女が私を押し倒すような形で二人で床に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめんなさい。私ったら、やだ、どうしよう、す、すぐに立ち上がりますからっ!」
いつもは理知的な彼女が、私の上で顔を真っ赤にしてあたふたしている。
その姿が可愛らしくて、こんな貴重なサフィー王女の一面を誰にも見せたくなくて、つい彼女を抱き止めた時に腰に回した手に力を入れてしまった。
「え……」
私を見つめるサフィー王女は、その心臓の音が聞こえてきそうなほど、頬を染め、目を潤ませた。
もっと、彼女に私を意識させ、こんな表情をさせたい。
湧き上がる欲は、私にいつもの冷静さを取り戻させた。いや、これは冷静とは言わないのかもしれない。
欲が暴走し始めて、狡猾になり始めている。
「落ち着いて。大きく膨らんだスカートでは起き上がるのが大変です。ここは私に任せてください」
私はサフィー王女の瞳からその炎が消えてしまわないように、目を逸らすことなく、彼女を抱き寄せ、真横へとゆっくりと転がり、彼女を床の上に寝かせた。
立ち上がって、彼女に手を差し伸べれば、やっと彼女も立ち上がることができた。
だけど、まだ彼女の手が私から離れる気配はなく、私も離す気がない。そう伝えるため、見つめたまま少しだけ指に力を入れれば、彼女は私が望む通りの可愛らしい反応を見せてくれる。
互いにしばらく見つめ合ったまま、何も言葉を出せなかった。
このまま、彼女を離したくない……。
ずっと彼女から欲しかった視線は、これだった。
「お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
サフィー王女の質問は簡単なもの。それでも私ははぐらかした。
「密室で男性と二人きりでいる姿を見られては大変です。すぐに付き添いの者達の元へお戻りください」
「付き添いを探しているの。アリスよ。アリス・グローヴァー。知り合いなんじゃ……いえ、その容姿、血縁ではなくて?」
別に、名前など名乗れば良いだけなのに。
すでに彼女の兄、エルダンリには名乗っているのに。
なのに、彼女を前にすると、喉元が締め付けられた。
——私は、アリスとして生きなくてはいけない。
頭に浮かぶのは、ユリア。
堂々と、正当な継承者ユリアス・グローヴァーとして、フレスラン公国を継承して欲しい。
どうか、愛されていることに気づいて、幸せに生きてほしい。
私が男の性を選べば、ユリアは間違いなく女の性を選び、継承順位一位を私に差し出す。
廊下から足音が聞こえてきて、サフィー王女が慌て出す。
扉がノックされれば、彼女から私の手を強く握りしめてきた。
「サフィーよ。私はサフィー。どうか、覚えておいてください」
扉が開くと、そこにはユリアを抱き上げたダレン皇太子の姿があった。
0
あなたにおすすめの小説
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
悪役令嬢として断罪された聖女様は復讐する
青の雀
恋愛
公爵令嬢のマリアベルーナは、厳しい母の躾により、完ぺきな淑女として生まれ育つ。
両親は政略結婚で、父は母以外の女性を囲っていた。
母の死後1年も経たないうちに、その愛人を公爵家に入れ、同い年のリリアーヌが異母妹となった。
リリアーヌは、自分こそが公爵家の一人娘だと言わんばかりにわが物顔で振る舞いマリアベルーナに迷惑をかける。
マリアベルーナには、5歳の頃より婚約者がいて、第1王子のレオンハルト殿下も、次第にリリアーヌに魅了されてしまい、ついには婚約破棄されてしまう。
すべてを失ったマリアベルーナは悲しみのあまり、修道院へ自ら行く。
修道院で聖女様に覚醒して……
大慌てになるレオンハルトと公爵家の人々は、なんとかマリアベルーナに戻ってきてもらおうとあの手この手を画策するが
マリアベルーナを巡って、各国で戦争が起こるかもしれない
完ぺきな淑女の上に、完ぺきなボディライン、完ぺきなお妃教育を持った聖女様は、自由に羽ばたいていく
今回も短編です
誰と結ばれるかは、ご想像にお任せします♡
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
その国が滅びたのは
志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。
だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか?
それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。
息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。
作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。
誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる