グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

文字の大きさ
18 / 18

18.私が心を許せる相手

しおりを挟む
 
 ダレン皇太子殿下は、私を抱きかかえながら、手首だけ動かして部屋の扉をノックする。

 だけど中にいるはずのアリステアから返事はなく、二人で顔を見合わせた。

 ダレン皇太子殿下は動かせる手でドアノブを回し、肩で扉を押し開けた。

 私を抱いたまま部屋の中に入ろうとすれば、そこにはアリステアとサフィー王女がいた。

 密室で、王女が男と二人きり……。

「サフィー王女? なぜここに?」

 ダレン皇太子殿下はこの状況でも動じることなく、淡々としている。

「殿下も、なぜユリア公女を?」

 サフィー王女も未来の夫が別の女を抱きかかえていても、特に気にしていない様子。

「彼女が足を怪我しているからだ。先に彼女をソファに降ろしてもいいかな?」

「それは大変! ええ、もちろんです」

 私だけが、無駄に気にして気を遣っている。

「で、殿下、私はもうここで大丈夫ですから、どうぞ降ろしてください」

「気にするな、あと少しだ」
「そうです。遠慮なさってはダメ。ソファまであと数歩なんですから、そのままダレン皇太子殿下に連れて行ってもらうべきです。私は手当の者を呼んでまいります」
「サフィー王女、彼女をソファに降ろしたら、一緒に行きます」

 ダレン皇太子殿下とサフィー王女は恐ろしく息が合っている。

 ダレン皇太子殿下が私をソファに降ろしたら、二人は部屋を出て行った。

 二人寄り添い合い歩く姿。あれが正しい姿だ。

「手当を受けるまでは変容して元に戻れませんね」

 アリステアが溜息をつきながら、私の隣にドサッと座った。アリステアには珍しく、苛立ちを隠していない。

「そうね、このまま待つしかないわね。
 あー、それにしても一番見られたくないサフィー王女に見られてしまったわ。もし王女が誤解していたら、アリスの時に上手く誤解を解いてちょうだい」

「あの二人は政略結婚なんですから、別にお互いに愛人がいたって何とも思わないと思いますよ」

「愛人なんかじゃない! 変な誤解があればダレン皇太子殿下が結婚生活で困ることになるかもしれないじゃない」

 アリステアはじっとりと面倒くさそうに私を見た。

「はい。アリスに戻ったらそれとなく聞いて、誤解があれば解いておきます」

 私は釘をさすように強く言う。

「お願いね」

 結局いつもの姉弟きょうだい喧嘩。

 成長と共に口論が増え、こんな喧嘩の仕方に変わってしまったのは、いつからだっだか……。

「ねえアリステア……まだ女性として生きたいと思ってる?」

「え……?」

 ふいに尋ねた質問に、アリステアは軽く驚いていた。

 しかし、私を見ているようでどこか遠い視線をこちらに向けながら、それこそふいに私に微笑みをかけてきた。

「もちろん。ですから、ユリアがユリアスとして生きて、フレスランを継いでくれれば私は助かります」

「私にフレスランを与えようとして言ってない?」

 図星だろう。

 だって、アリステアは感情を隠した表情に切り替えている。こういう時は、かなり動揺しているのだ。

 アリステアは一息間を開けてから、真剣な表情を見せた。

「私には、好きな人が、いるんです」

 絞り出したような声だったが、その目は紛れもなく真実を語る瞳で、言葉にはその想いの温度が含まれていた。

 私も、その感情を知っている。

 私の心の中でダレン皇太子殿下への想いがぶり返してきた。

 女として生きたところで、報われる相手ではない。だけど、せめて彼の瞳には女性として映っていたい。

 アリステアには、こんな苦しみを与えたくない。

「では、私がユリアスとして生きる。フレスランを継承することを許して欲しい」

 アリステアは静かに微笑む。大人びた、アリステアの微笑み。

「もともとあなたが継承権第一位です。私の許可はいらない。堂々と、フレスラン公になればいいんです」

 アリステアは微笑んでいるのに、そしてその言葉も心からのものだと思えるのに、言葉の最後に目を逸らされた気がして、一抹の不安を覚える。

「もし……私が万が一男性を選んだら、それでもユリアはユリアスとして、フレスランを継承しますか?」

 私はアリステアの手を握り、真剣に答えた。

「どちらを選んでもいいのよ、アリステア。あなたが心から女性になりたいなら、私があなたが心配しないよう、あなたの故郷フレスランを大切に受け継ぎ育みます。もし男性として生きたいなら、私に遠慮することなく、フレスランの全てを相続して欲しい。私は性別にこだわりがないから、女でも男でも構わない。本当に望むことを教えて」

 少しの沈黙のあと、アリステアは握る私の手を優しくポンポンと叩いた。

「ユリア、フレスランをお願いします。私は女性になりたい」

 ちょうど部屋の扉がノックされ、ダレン皇太子殿下だけが戻ってきた。

「サフィー王女には舞踏会に戻って頂いた。お前たちが二人きりで着替える必要があると思って、湿布と包帯だけ貰ってきたぞ」

「お気遣いありがとうございます。では、着替える時に湿布を巻きます」

「それがいい。では、私も舞踏会に戻っているから」

 殿下が去った後、アリステアと共に変容し、互いの服を交換して、それぞれの日常に戻って行った。




しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...