グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

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9.侍女の部屋の扉は閉めないで

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 サフィー王女の侍女生活は奇妙なものだった。

 一日のほとんどの行動を共にするのは仕方ないにしろ、夜は内扉を開いた状態で眠りにつかなければならなかった。

「夜が怖いから」

 と、言われれば断れず、しぶしぶ毎夜二つの部屋を繋げる中扉を開け放ってベッドに入った。

 だがサフィー王女は夜が怖いといいながら、ベッドに入れば即座に眠る。

 中扉が開いていれば眠れるということなのだろうか?

 とにかく自分も眠ろうと目を瞑れば、異様に聴力が研ぎ澄まされてしまう。

 寝言ほどではない、サフィー王女の寝息に混じる「んんっ」と言った色っぽい声に反応せずにいられなかった。

 耳が隠れるほど布団を引き上げ、眠気が来るのを祈りながら待つ。

 しかし、夜の静寂が、無駄に隣の部屋のわずかな寝返りの音さえこちらに届ける。

「んん……はアっ……」

 サフィー王女の熱っぽいうなりに飛び起きてしまった。
 意志とは関係なしに、男性へと変容しようと身体がうずきだす。

 耳を塞ぎ、必死に女性のままの姿を保とうと身体に念じ続けた。

「はぁ……はぁ……ううっ」

 ちょっと……色気というより、苦しそうな気がする。

 指と指の間を少し広げ、サフィー王女の部屋の方へ耳を澄ませた。

「うう……水を……」

 ベッドを飛び降りて、中扉まで駆け寄る。

「サフィー王女殿下、いかがなさいましたか。入ってもよろしいですか」

「ううっ」

 只事ではない唸り声に、サフィー王女からの返事も待たずに王女の部屋の中へと突き進んだ。

 ベッドに駆け寄れば、真っ赤になったサフィー王女の顔にびっしりと冷や汗が浮かんでいる。
 すぐに手を額にあてれば、かなりの熱が上がっていた。

「すぐにお水をお持ちします。それと、医者も」

 サフィー王女の部屋から使用人部屋へと続くベルを鳴らし、必要なものを持ってこさせた。
 深夜であったが医者も呼ぶことが出来、なんとか事なきを得る。

「こまめに水分を取らせてください。脱水のサインを見逃さないように。それと、部屋が必要以上に冷えてしまうので、あの内扉は閉めた方がいいですね」

「わかりました」

 医者の言葉にサフィー王女がうつつの中で必死に声を上げる。

「だめ……侍女の部屋は開けておいて……絶対に閉めないで……お願いよ」

「しかしサフィー王女殿下」

「お願い……閉めないで」

 医者にすがるサフィー王女を見て、胸が締め付けられた。

 サフィー王女は一人の部屋がよほど怖いのだろうか……。

 サフィー王女が医者にむかって伸ばした手を、私が両手で包むように握り返し、目線を合わせるようにしゃがんだ。

「ご安心ください。内扉は閉めますが、私が朝までお側で看病させていただきますので」

 熱の高さが伺える赤い顔で、サフィー王女は苦しそうに眉間に皺を寄せながらも、必死で微笑み返してくれた。

「それなら安心だわ……」

 よほど安心したのか、サフィー王女はそのままパタリと眠りに落ちる。

 医者や使用人達も部屋を出て、それぞれの帰る場所へと戻って行った。

 侍女の部屋に続く中扉を閉じ、サフィー王女のベッド横に椅子を持ってきて座る。

 タオルで汗を拭い、こまめに体温を確認してしばらくは過ごした。
 サフィー王女は高熱で小刻みに目覚めてしまい、そのたびに水を飲ませるが、なかなか喉を通さない。

 時間が経つにつれ、汗を拭う回数が減っていることに気づく。
 しかし額に手をあてれば、熱が更に上がっており、唇は乾燥して青白い。

「脱水症状……」

 寝かせてあげたいが、サフィー王女を起こして水を飲ませようとコップを口元に持って行く。
 だが、朦朧としている彼女はすでにコップから水を飲み込む力もなくなっていた。

「サフィー王女殿下、少しでもお飲みください」

 必死にコップから飲ませようとするが、何度やっても唇の端から水が垂れて、喉が動いている気配がない。

 急いで使用人室のベルを鳴らすが、深夜に医者を呼ぶほどバタついたせいで熟睡してしまっているのか、返事がない。

「まずい」

 残る手段は一つしかなかった。

 コップの水を自分の口に含むと、唇をサフィー王女の唇に重ねて流し込んだ。
 サフィー王女の喉元がごくりと動き、上手く行ったのがわかると、何度もそれを繰り返す。

 ある程度水を飲ませることが出来たら、サフィー王女の口から垂れてしまった水をタオルでそっと拭った。

 唇の色に血色が戻り、寝息もすやすやと穏やかになり始める。
 額に手を当てれば、熱もだいぶ下がっていた。

 ひと山越えた手ごたえに、どっと疲れが出て後ろに倒れるように椅子に座り込んだ。

 心労と寝不足と疲労で、ただ茫然とサフィー王女の寝顔を見つめ続ける。

 こんなに美しい女性と唇を重ねたのに、看病に必死すぎて感触すら覚えていない……。

 今は取り繕う気力がない。

 もったいないことをしたと思う自分を素直に受け止めた。

 間もなく夜明けとなる。
 太陽が昇り、部屋に光が差し込めば、今は隠せないだだ漏れの私の感情は、簡単に読み取られてしまうだろう。

 サフィー王女のおでこにキスをする。

 これは、お母様のおまじない。

 相手を思っているようで、実はひとりよがりなおまじない。

「女の私に……唇を重ねるだなんて……」

 返ってきた返事に心臓も肩も跳ね上がる。

「……アリス、嫌なことをさせてしまい、ごめんなさい……」

 ベッドに横になっているサフィー王女の顔が、私の座る方へと向いて目が合った瞬間、身体中の血液が一気に冷たくなっていくのがわかった。

「起きていらしたのですか……」

「朦朧とする中で、あなたが必死に私に水を飲ませてくれたのはちゃんとわかってた」

 もう終わった。

 そう思った時……。

「身を挺して尽くしてくれる姿が嬉しかった。女同士で唇を重ねるなんて、しかも感染する可能性もあったんだから、すごく嫌だったはずよ。
 今も、あなたがくれたおでこへのキスが、まるで母親のように温かくて胸に響いた……。
 回復できたのはあなたのおかげ。私もあなたを大切にするわ、アリス」

 私を見つめながらふんわりと微笑んでくれたサフィー王女は、窓から差し込む朝日に照らされて眩すぎた。

 お母様のおまじないは、やはり効く。

「もったいないお言葉です」

 心がほぐされるように微笑んでしまった。


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