追放された最強聖女は、街でスローライフを送りたい!

やしろ慧

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2巻

2-1

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   プロローグ 始まりは、春の風


「久々に戻ってきたけれど、王都はにぎやかね!」

 私――リーナ・グランは空に向かって両手を上げて、大きく背伸びをした。
 王都の地図でいう中心には、祝祭や式典で使われる広場があり、その広場を大きな道がぐるりと囲んでいる。
 初代国王の名を冠した美しい広場では、祝日の今日に相応ふさわしくあちこちに出店が並び、人と活気にあふれていた。
 背伸びをして一息ついた私は、その様子を物珍しげに見回した。王都に来たことは何度もあるんだけれど、こういった観光的なことをするのは初めてだ。

「貴女も元気ね。先週戻ってきたばかりなのだし、少しゆっくりしたらいいのに」
「だって今日はいい天気だし!」

 私は同行者の魔導士――フェリシアにこたえた。アンガスの街から王都に帰還してようやく一息つけたのは、帰還から三日が経った頃だった。
 私は大陸の中央に位置するこのハーティアという王国で治癒師をしている。治癒師とは、人をいやすことができる異能を持つ人の総称だ。
 つい最近まで、この能力を活かして同じ孤児院出身の勇者シャルルとパーティを組み、魔物が出るというアンガスの街のダンジョンへ派遣されていた私。
 だが魔物と出会って負傷をした挙句あげくに、シャルルと仲違なかたがいをし、パーティを追放されてしまった。ひどい扱いに腹を立てた私は、彼らのことは全て忘れて、街でスローライフを送りたい!
 ――なんて思っていたんだけど。
 そう、うまくは事が運ばないらしい。
 アンガスの街でギルドの最上階に間借りしつつ、可愛い猫二匹と楽しい生活を送っていたのは、ほんのつかの間。
 私を追放したシャルル一行と、彼らのパーティに新しく加わったカナエという女性に不穏な動きがあると告げられ、私は彼らのあとを追った。
 パーティメンバーはダンジョンの魔物にひどい目に遭わされ、シャルルは魔物に体を乗っ取られていたことが判明した。
 結局私の力が足りずに、シャルルとカナエ、それからシャルルを乗っ取った魔物を取り逃がしたのは……二週間ほど前のこと。
 私はアンガスで再会したもう一人の幼馴染おさななじみで、国王の私生児でもあるアンリ・ド・ベルダン伯爵と共に王都へ戻ってきたのだった。
 そして今は、元冒険仲間のフェリシアの家に居候いそうろうをさせてもらっている。

「気分転換は必要よね」

 その意見にフェリシアも同意してくれたので、私達は出店をのんびりと観察しながら歩く。
 広場の中央にある野外の劇場に人だかりができていた。二人でのぞくと、初代国王の建国をテーマにした劇が上演されている。
 ハーティアの国民なら誰もが一度は見たことがあるものだ。
 初代国王が聖剣で敵の軍を追い払い、悪い魔物も殺して王妃様を救い出し、彼女と幸せになる。

「ハーティアに恵みを!」

 国王役の役者が高々と剣をかかげて宣言する。ちょうど魔物を倒したところらしい。黒い毛むくじゃらの着ぐるみが舞台の上に転がっている。
 観客は一斉に拍手し、わあっと歓声が沸く。
 王妃役の女性が国王役に駆け寄った。

「ああ、陛下。助けていただきありがとうございました。どうか私を救ってくださったように、この国の民もお守りください……!」

 こうして悪者を倒した王様とお姫様は、いつまでもいつまでも平和に暮らしました。
 そういう話なのだ。
 誰もが知っている建国の歴史だけど、本当はどうだったのかなあ。
 午前中ずっと広場を散策し、気分転換できた私は、フェリシアに聞いてみた。

「フェリシアは午後は仕事だよね? 私もいつまでものんびりはしていられないし、図書館にでも行こうかなと思っているんだけど……」
「図書館?」
「アンガスの伝承について少し調べてみたいなって。フェリシアの権限で王立の図書館に入れてもらえたりするかな?」

 フェリシアはそれなら、と言って紹介状を書いてくれた。
 王宮付き魔導士の紹介状があれば王立の図書館にも入館できるらしい。私はフェリシアにお礼を言って、図書館へと向かった。


 たどり着いた図書館は地下にあり、ひんやりとしていた。
 ちょうど昼食時だからか、貸出カウンターらしき場所は無人だ。探している本はどこにあるかな? と書架しょかを眺めていたら、背後から呼び止められた。

「お嬢さん、何かお困りですか?」

 振り向くと品のよい青年が立っていた。金の髪は明るく目立っているけれど、瞳の色は周囲が暗くてよく見えない。
 職員さんだろうかと思いつつ、私は彼に紹介状を差し出した。

「魔導士フェリシアの紹介ですか。貴女のお名前は?」
「リーナ・グランと申します。古書を閲覧えつらんしたいのですが」

 私が事情を話すと、彼は「ああ、それなら」と奥の部屋を示してくれた。

「聖女と名高いリーナさんが、歴史にもご興味をお持ちとは」

 青年は私を知っているようだった。

「聖女だなんてとんでもない」

 その呼び名に私はあまり相応ふさわしくない。ただ、他の人よりちょっとばかり治癒が得意なので、一部の人からは『聖女』と呼ばれている。
 青年の表情には、好奇心だけで邪気はないけど、なんだろう……距離感も遠慮もないな。
 私が「えへへ」と笑って誤魔化ごまかせば、青年はにっこりと微笑み、それ以上は深入りせず目当ての本の場所を教えてくれた。

「ご親切にありがとうございます」
「いいえ、リーナさん。またいずれお会いしましょう」

 またいずれ?
 何か引っかかる言い方だなと思ったけど、彼はさっと姿を消してしまう。
 私は気を取り直して本棚の林に足を踏み入れ、その日は一日中、アンガスの歴史書探しに没頭した。


 次の日。
 午前の勤務を終えたフェリシアはため息をつきつつローブを脱いだ。
「昨日も思ったけれど、久々の出勤は半日だけでも疲れるわ」と簡素な部屋着をまとって髪を下ろした姿は、同性から見ても色っぽい。
 私は王都に家を持っていない。以前シャルルと王都にいたときは国教会が用意してくれた屋敷に宿泊していたんだけど、なんとなく戻る気になれずにいたら、フェリシアが私を家に誘ってくれたのだった。
 フェリシアの屋敷は王宮から少し離れた閑静かんせいな高級住宅街にある。二階建ての建物で、一階には大きめのリビングとキッチンやお風呂、それにフェリシアの部屋と可愛らしい庭がある。二階には寝室が二つあり、私はその一つを借りていた。
 古いから安かったのよ、と言いつつも内装はリノベーションされていて全く古さを感じさせない。さすが王宮魔導士、リッチだなあ。

「いつまでも居候いそうろうじゃ悪いし、ギルドに登録しようかなあ。王太子殿下にいつ会えるかもわからないし」
「ギルドに登録する前に、王太子殿下から王宮勤めをしないかってお誘いがあると思うけど?」
「それは遠慮したい、です。……きっと魔物のことでお叱りを受けると思うし。とはいえ、会わなくちゃいけないんだよね……」

 私はちょっとため息をついた。
 アンガスであった色々なことのご報告を、早くしてしまいたいな。そしてシャルルを探しに行きたい……その手がかりがあるかはわからないんだけど。
 しかし、『シャルルの仲間ではないただの治癒師』の私には、王太子殿下への謁見えっけんの順番などなかなか回ってこない。
 周囲から聖女って言われても、やっぱり私は平民だもんね、とちょっと胸の辺りがチクリとする。
 アンリ、ちゃんと王太子殿下とお話しできたかな。
 私生児とはいえ弟だから、約束なんか取り付けなくてもすぐに会えるだろうけど……

「王太子殿下はお忙しい方だから。でも明日か明後日には会えるわよ」
「うん! どんな方か楽しみだな」

 私は内向きになりそうな気持ちを振り払うように、元気に返事をした。
 無駄に時間があるのはよくないな、うだうだ考えてしまう。

「お昼ご飯にする?」
「あら、作ってくれるの?」
居候いそうろうの身ですから。なんなりと、マダム!」
「そうねえ、何をお願いしようかしら」

 フェリシアは何事においても器用な人だけれど、料理だけは壊滅的に苦手だ。
 じゃあ、準備を……と思ったところで、コツコツと硝子ガラスまどから音がした。
 そちらを振り返ると、窓辺に綺麗な青い鳥がちょこんと止まり、紙をくわえて待っている。

「……伝令だわ」

 フェリシアが窓を開けると、青い鳥はふわりと飛んできて彼女の長い指に乗る。その鳥がキラキラと光って霧散むさんしたかと思ったら、代わりに一枚の紙が現れた。

「わあ! 綺麗」

 初めて見る魔法に私が感動している横で、フェリシアはこめかみに手をあてている。

「上司からの呼び出しよ。確かに綺麗かもしれないけれど、前時代的な呼び出し方は勘弁してほしいわ。石版タブレットがあるんだから、そちらで連絡すればいいのよ!」
「えー、情緒があっていいのに」
「非効率的なのは嫌いなのよ!」

 フェリシアは紙をぐしゃりと握り潰した。
 苦々しげだなあ。手紙を送る方法がどうとかよりも、送ってきた相手のことが苦手みたいだ。

「リーナ、ごめんなさい。上司のところへ行かなきゃいけなくなったわ。よければ貴女も来ない?」
「え? 私?」

 王宮付きの魔導士であるフェリシアの上司って……!

「王太子殿下の、直属の部下の一人よ。……貴女に会いたいみたいなの。お昼を一緒にどうか、って……」

 フェリシアは脱いだローブを再び羽織はおり、はあっとため息をついた。

「私が屋敷に戻ってくるタイミングを見計らって、鳥を送ってきたんだわ……まさか、この屋敷を監視しているんじゃないでしょうね? どこかに、監視の術が……?」

 なんかブツブツ言いつつ、一気に疲れた様子を見せているぞ。フェリシアの上司ってどんな人か興味があるな。

「行きます!」

 こうして私はフェリシアと共に、思わぬ形で王宮(の外れ)に出向くことになった。



   第一章 新たな出会い


「王都の魔導士団って、どんな団体なの?」

 王宮へ向かう道すがら、私はフェリシアに尋ねる。
 彼女は王太子殿下が束ねる魔導士の集団のうちの一人なのだ。
 フェリシアはちょっと肩をすくめてみせる。

「魔導士の団体と言っても、三十人はいないのよ。近衛このえ騎士団や飛竜騎士団ドラゴン・ナイツの半分にも満たない、少ない集まり」
「少数精鋭なんだ?」
「と言えば聞こえがいいんでしょうけどね? 王立の魔導士団はそもそも王族の……さらに言うなら代々の王太子殿下の私兵なの」

 フェリシア達の直属の上司は王太子殿下、すなわちアンリの兄上だと聞いている。

「王太子殿下がおおらかな方だから、私達はおおむね自由にさせていただいているわ。……悪い人達ばかりでもないけど、変わり者が多いのが難点なのよね……」

 なんだか聞き捨てならないセリフだ。
 私が不安げな表情で美魔女を見つめると、フェリシアは苦笑のような、もしくは悪戯いたずらを仕掛ける前のような、なんとも複雑な笑いを浮かべた。

「言っておきますけどね、リーナ。私が貴女とシャルルの同行者に選出されたのは、王都にいる魔導士の中で一番常識的かつ温厚だからですからね?」
「……は、はい」

 フェリシアは温厚で素敵な人だけど、ちょっぴり浮世離れはしている。
 そのフェリシアが一番、常識的なのかぁ……

「王都の魔導士は皆、変人ですから! 何を見ても驚かないでちょうだい」
「……は、はーい」
「ついでに言えば、私の上司が一番変態だから」
「変態」
「命令じゃなかったら、絶対会いに行きたくないわ!」

 ぷりぷりと怒るフェリシアにすさまじい不安を覚えつつ、私は王宮の東門をくぐった。国王陛下やそのご家族の住む離宮から少し離れたところにある、こけむした二階建ての煉瓦れんが作りが魔導士の詰所らしい。

「王宮のこんな外れにあるの? 騎士団の宿舎の近くにあるのだとばかり」
「……上司に会えば理由がわかるわよ」

 不安だけど、どんな人なのか楽しみだなあ、と思って建物を見上げる。
 フェリシアが二階の左端にある大きめの窓を指さした。そこだけ改修したのか、壁も窓も新しい。

「あそこが、我らの代表がいる部屋よ」
「さすがは代表の執務室だね! 他の部屋とは壁の色が違うし、窓も大きい!」
「……あー、それはね。別に代表だから違うわけじゃないのよ」
「へぇ? そうなの? じゃあなん……」

 で?
 と私が問う前に、建物から大声が聞こえてきた。大声というよりまるで悲鳴と怒号だ。

「おいっ! また団長がやらかしたぞ!」
「伏せろっー! 伏せろーっ! 全員退避ーーっ!」
「きゃーーー! また予算がーーーっっ!!」

 私は「へっ?」と言いつつ声がする方を見た。

「リーナ! 危ない! 伏せて!」
「うえええ!?」

 フェリシアの豊かな胸に押し潰されるように、私は草むらに転がる。
 耳をふさいで! と誰かが叫んだ。
 何ごとぉ!? と思いつつも慌てて耳をふさぐ。


 ドオオオオオオオオオン!!


 爆音が響いて、爆風で飛ばされそうになる。
 ドンっ! ドンっ!
 小さな爆発音が背後から聞こえた。ひいっ! 何これ!!
 三十秒ほどまぶたを閉じてから、恐る恐る辺りをうかがう。するとフェリシアが団長の部屋だと教えてくれた場所を中心に、壁ごと部屋が吹っ飛んでいた。
 そこからは魔導書だったとおぼしき紙が、まるで雪のようにヒラヒラと舞っている。
 私は目を丸くした。
 建物の惨状にもびっくりしたけれど、その部屋からふわりと飛ぶかのように、小さな人影が舞い降りてきたからだ。
 ――人が飛んでいる?
 小さな人影はあごに手をあてて、ゆっくりと地面に着地すると、砂を払うかのような仕草で服のあちこちについていた火のを払った。

「……うまくいかないなあ、火力の調整を間違えた? いや、鳥を呼ぶタイミングを誤ったのか? 鳥がまだ若すぎて、火のコントロールができずに暴発したのかな? これがもう少し成熟した鳥だったなら……!」

 ブツブツと意味不明な言葉をつむぐ人影に、フェリシアが頬を引きつらせ、ついで目を吊り上げた。

「レストウィック!」
「ああ、フェリシア、よく来たねー」
「よく来たねじゃないでしょう! なんなんですか、これは!」
「君が聖女を連れてくるっていうから、歓迎の意味を込めて、火の鳥を召喚しようとしたんだよ。失敗しちゃったけどね、はっはっは!」

 聖女って私!? この惨状って私のせい!?
 青くなった私の横で、フェリシアは青筋を立てて怒っている。

「馬鹿言わないでください! 団長! 貴方じゃあるまいし、初対面で霊獣を呼び出されて嬉しい人間はいません! 死人が出たらどうするんです!」

 団長!?
 私はフェリシアと対峙たいじしている小柄な人物をまじまじと見つめた。銀色の髪に緑色の瞳、そして尖った耳。少年に見えるけれど、世慣れした視線だけは年齢を誤魔化ごまかしようがない。
 エルフだ。しかも多分、純血の!
 驚く私をよそに、団長……レストウィックと呼ばれた彼は真顔で頷く。

「大丈夫だよ、フェリシア。我が王宮魔導士団は全員、素晴らしく危機管理能力が高い。みんな火傷一つ負っていないだろう?」

 その言葉に、私の背後にいる二人組の男性がぼそぼそと抗議する。

「……好きで危機管理能力が高くなったわけじゃない」
「あんたがいつも、気まぐれに殺人的な実験をするからでしょうが!」

 私はあらためて魔導士達の詰所を見つめた。
 あちこちに修繕の跡があって、しかもそれが団長の執務室の辺りに集中しているのは……レストウィックさんが今みたいな危ないことをするから、か。

「また! また修理が必要じゃないですか! 予算なんてないのに!」
「大丈夫だって。予算がなくなったら坊やの個人資産から捻出ねんしゅつすればいい」
「坊や?」
「王太子だよ、フェリシア」
「不敬なことを言わないでください」

 にぎやかに言い合う二人を横目に、私はつま先を前に向けた。
 首を傾げて、建物を観察する。

「……どうかした? リーナ」

 気づいたフェリシアが問いかけてきたので、私はニコッと笑ってみせた。

「復元! できるかも!」
「リーナ! 貴女、そんな大掛かりな魔法を使ったら魔力が……」
「大丈夫。今壊れたばっかりだもの。そんなに魔力は消費しないよ」

 私は簡易的な陣を建物の前に描く。
 本当は、建物をぐるっと囲んで描くのがいいんだけどな!
 レストウィック団長は私の動きを興味深そうに見るだけで、止めはしなかった。
 私は二人に背中を向けると、印を組んで呪文を唱えた。
 手の中と、足下の魔法陣が淡く光る。

復元せよリストレーション

 私の声にこたえて、爆風で散らばった煉瓦れんが欠片かけらが宙に浮き上がる。魔導士達が呆気にとられているのを視界の端にとらえながら、私は命じた。

無垢むくなる石よ。りし時の姿を思い出せ。復元せよリストレーション!」

 すぐに元通りになった壁を見上げて、ヨシと頷いてから、上機嫌で振り返った。
 ギャラリーから感嘆の声と拍手が起こる。
 私はどうも! と笑顔を振りまき、心配そうなフェリシアに『大丈夫』と手を振った。
 魔物の魔力の影響で、大掛かりな復元をしても魔力の枯渇こかつは感じない。
 レストウィック団長が少し、口の端を吊り上げた。
 なんだか満足そうなんだけど……わざと壊した、とかじゃないよね? 若干じゃっかん不審に思いつつも、ニコリと微笑まれてつられてしまう。

うわさには聞いていたが、貴女の魔力はすごいものだな。招きに応じてくださって礼を言うよ、聖女殿」
「お招きいただきありがとうございます、レストウィック団長」

 私達はとりあえず、友好的に握手を交わした。

「遠慮なくくつろいでくれ、聖女リーナ」

 復元した執務室に通された私は、お茶をごちそうになることにした。
 しかし、足の踏み場もないなあ!
 所狭しと並べられた、本、本、本……!
 ブックタワーが何箇所もできていて、無事なのはソファの周りだけ。すごい部屋だな。
 フェリシアは慣れているのか平然とし、エルフの少年(に見える)レストウィックも一人分だけ空いたスペースに器用に座っている。
 全部魔導書なのかなーと思いつつきょろきょろ見回していると、小さな物音がした。
 ギコギコと音がして……楕円形だえんけいの陶器を二つ縦に繋げたような人形がこちらに向かってくる。

「人形が自動で歩いているの?」
『コンニチハ、オ客サマ』
しゃべるんですか!?」
「ちょっと特別製でね、さあ、お客様にお茶を出すんだ」
『ハイ、マスター』

 人形は、先が三つに分かれた手のような器具を使って、器用に給仕をしてくれる。

「わあ! すごい。これは魔力で動いているんですか?」
「そう、体は魔鉱石まこうせきでできているんだ。何故か僕の秘書はすぐ辞めてしまうことが多くてねー? 仕方なく、この人形に雑事をさせているんだ」

 ロボットみたい!
 かっこいいなあと観察する私の横で、フェリシアが眉間みけんしわを寄せている。

頻繁ひんぱんに爆発する執務室をお持ちの方なんて、秘書に逃げられて当然です。それで? レストウィック、私を呼び出したのはなんの用件ですか?」
「アンガスでの諸々もろもろを報告してほしかったんだよ、君の口から」

 少年(仮)は、しばらく遠くにいたのでね、と付け加えた。

「ご報告が遅れて申し訳ありませんでした」

 フェリシアが彼に説明するのを隣で大人しく聞いたあと、私はアンガスの魔物のこと、それから姿を消したシャルルとカナエのことも説明した。
 レストウィックは私達の話を聞いて、ふぅんとあごに指を添えた。

「人の意識を乗っ取る魔物ねえ。厄介だな」
「そういうことができる魔物なんて、本当にいるんでしょうか……」

 私が首を傾げると、彼は笑った。
 幼い外見に反して緑の瞳は皮肉げで老成している。
 レストウィックが片手を上げると、ロボット……と呼んでいいのかわからないが、給仕人形がとことこと歩いてやってきた。手にはお盆を持っている。


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