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8.
12-14
しおりを挟む言いながら、富樫は腕に掛けていた央翔のビジネスバッグを受け取る。
「しっかりと柚井様だけを、離さずに抱き締めていてください。今は坊っちゃまのお心が通じていなくとも、いずれは受け入れて下さいます 」
背中を叩いて、中央の大階段から二階へと促す富樫は、「なぁに、時間はございますから 」とにこやかに笑った。
◆◆◆◆◆◆
強い喉の渇きに気付いて、真祝は目覚めた。
まだ、辺りは暗い。自宅ではないふわふわの布団と枕に、ここはどこだろうと思いながら慣れない目で周りを見回すと、大きな窓の側に佇む背の高い人影を見付ける。
二海、人……、いや、違う!
「く、が……?! 」
声を発して、それが酷く嗄れているのに驚く。 喉が痛くて咳き込む真祝に、月明かりを背にした央翔が駆け寄って来た。
「真祝さん! 大丈夫ですか?」
パシッ……。
部屋に乾いた音が、部屋に響いた。
「?!」
驚いた表情の央翔が、叩かれた手を自分に戻す。
「触、るな…… 」
思い出した、ここは久我の屋敷だ。この夜に起きた出来事を一気に思い出し、真祝はズキンと痛む 蟀谷を押さえた。
「……っ 」
「真祝さん……っ 」
心配そうに近付いた央翔に、「触るなって、言ってんだろ! 」と真祝が制す。けれど、央翔は構わずに真祝を抱き締めてきた。
「離せよ……っ 」
央翔が腕の中でもがく真祝に、「暴れないで 」と囁く。
「心配したんです、すごく 」
その柔らかい優しい声に、鼻の奥がツンと痛くなった。
「全部、お前のせい……だ 」
細く見えるくせに、思ったよりも逞しい胸を、効かないと分かっていながら拳で叩く。
「お前が、お前が俺の前に現れなきゃ、こんなことには…… 」
報われなくても、友達としてでも、二海人の側に居られた。あの清廉潔白な男が自分を裏切るだなんて、それ程自分が迷惑な存在だったなんて知りたくなかった。好きな人を恨む感情なんてものを持ちたくはなかった。
「俺は、お前を許さない 」
「はい 」
素直な返事に、自分の気持ちが軽く思われている気がして、カチンとくる。
嫌だと言ったのに、無理矢理暴いて、開かされた。あの行為で、この男は俺を自分のモノに出来たと思っているのだろうか?
「お前、分かってねぇだろ 」
「分かってますよ。許されないと知っています 」
「そんな、簡単に言うな! 」
「真祝さん、聞いてください 」
抱き締める腕の力が、きゅっと強くなった。まるで大切な宝物を包み込む様に。
「どうしても欲しくて堪らなくて、貴方の気持ちを無視して番にした。この事実はずっと消えないし、俺が一生背負っていかなきゃならないことだ。だけど、後悔はしていないです。俺は貴方をΩの呪縛から解き放ってあげられた、それが俺以外では絶対に嫌だった。俺は今迄、αに生まれてきてこんなに良かったと思ったことはありません。」
声が震えている気がして、顔を上げれば、泣きそうな顔をした央翔が真祝を見つめていた。微笑おうとしたのか、少しだけ口元を歪めたけれど、視線は反らさない。
「憎まれたって、恨まれたって、それでも俺は真祝さんと居たいんです 」
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