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井ノ上

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アレッシオ・ロマンティ 11

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人に助力を乞うというのが、まず自分らしくない行動だ、とアレッシオは振り返る。
食材という食材を食べ尽くし、さらに未知なる出会いを求め、美食の道を歩きはじめた。
美食のため、死地同然の場所に踏み込んだことも一切ではない。
けれど、誰かと共闘関係を結んだことは、一度としてなかった。
人としてズレている自覚はあった。その自覚が、他者に対して冷めた考えしかできない自分の性格に繋がっていると、アレッシオは自己分析していた。
避けていたつもりはないが、誰かとなにかをする、という機会を持たないできたのは、その性格のためだろう。
新田大吉は、その点、アレッシオとは対極の男だった。
だから、見ていて飽きないのかもしれない。次になにをするのか、もっと近くで見ていたいとも思う。
今年、三十になった。
一人でする食事に、飽きてきたのだろうか。
海底都市、常夜街バロム・シティに住まう吸血鬼の王が、世界最古の酒を所持している。その話が舞い込んだとき、大吉の顔が思い浮かんだ。
大吉には、無意味な嘘をついてしまった。
フェンガーリンに顔繫ぎを頼みたいから大吉に接触したのではない。フェンガーリンの助力を口実に、大吉を仕事に誘ったというのが、本音だった。
大吉の母親が篤い病であったのは偶然だが、それがなければ仕事は断られていた。
大吉の前では言えないが、母親が病を得ていたのは好都合だった。
「なぜでしょうねえ」
アレッシオは、側塔に囲まれた主城内部を探索しながら、ひとり呟いた。
素直に、誘えなかった。それがなぜなのか、ここ数日考え続けていた。
目的の酒を大吉たちと分かち合えば、自分の内面に生じている変化の正体がわかったりするのだろうか。
地下に降りた。城内はどこも照明器が設置され明るかったが、地下は真っ暗だった。夜目が利くようになるのを待ち、奥へと進んだ。壁に棚が並び、無数のボトルが寝かせてしまわれていた。
酒蔵だったが、それらしいものはなかった。
あと、酒が置いてあるとすれば、王の私室くらいしか思い当たらない。
アーチ状の階段を上がっていき、最上階に到達した。
廊下を、武官の風体をした男が塞いだ。大振りの剣を腰に佩いている。初日の会談の席にいた、王直近の吸血鬼だ。
「ドブ臭いと思ったら、ネズミが忍び込んでいたか」
アレッシオは手首の動きで、ジャケットの袖口に仕込んだナイフとフォークを抜き、手の内に潜める。
「見逃してもらえないでしょうか。王へ不敬を働くつもりも、この街の秩序を荒らすつもりもないのデス。ただ、最古の酒だけ分けてもらえれば大人しく立ち去りマス」
「王の城を無断で物色している。これが既に、万死に値する不敬」
言い訳の余地はなかった。見逃してくれと、本気で言ったわけでもない。言ってみただけである。
「『フォークtoナイフ』」
フォーク、ナイフの順で繰り出す。武官は躱そうともせず、アレッシオの首を鷲掴んできた。
「屠殺隊から報告は受けている。食器で交互に触れるという条件で、敵の身体を有無を言わさず切断する技だろう。しかし吸血鬼である俺には無意味よ」
首をへし折ろうと力が籠められる右手を、切断した。
「む」
血も出ない手首の断面に、武官が怪訝な表情を見せる。
「痛みはないデショウ。そのかわり、再生もシマセンが」
「報告と違うな」
「能力が一つとは限りマセンよ」
正確には、同じ一つの魔術ではある。フォークとナイフで触れる順番を入れ替えることで、殺傷性の有無を選択できる。
傷を与えると回復されてしまう吸血鬼が相手では、非殺傷性の『フォークtoナイフ』の方が有効なのは心得ている。吸血鬼を相手取るのは、はじめてではない。
アレッシオは武官の首を獲りにいく。
「調子に乗るなよ、人間」
武官が片腕で鞘を払い、剣を担ぎ構える。切っ先が天井を抉るのも構わず、うち下ろす。大振りの剣撃を見切るのは造作もなかった。腕部と胸部に、フォークとナイフを当てる。
武官の首が落ちる。首を失った身体は、糸が切れた操り人形のように頽れた。
喚き散らす武官の首を廊下の隅に蹴り転がし、最奥の部屋の入口に到達した。
絢爛な刺繍が施された布が、間仕切りのためにかかっていた。
玉座のある広間から、一本道でここまで来た。王の私室で間違いなさそうだった。
中には革張りのソファと卓があり、壁には豪奢な織物が飾ってある。その下に、年季の入った酒樽が横置きされていた。
コックを僅かに捻り、手の甲に垂らす。香りを確かめ、舐めてみる。奥深く、複雑な味がした。二千年近く熟成された酒は角張ったところがまるでない。いつまでも舌の上で転がしていたい欲求に、アレッシオは襲われた。
「どうだ、我の酒は」
常世の王カムリが、堂々とした裸体を晒したまま奥の間から出てきた。間仕切りの布の隙間から、大きな寝台と、そこに横たわる女の白い肌が窺がえた。
王の私室に王がいるのは、なにも不思議なことではなかった。
深く考えず、ここまで来てしまった。どうにも自分らしくない。地に足がついていないような、どこかふわふわとしている感じが、ずっと付きまとっている。
アレッシオは再びナイフとフォークを手にし、全身に気を漲らせた。
娯楽のように食事をする。しかし食事の本来の意味は忘れていない。食事は命を奪い、命を繋ぐ行為だ。
フォークとナイフで突きかかる。
吸血鬼は総じて、回避に不慣れだ。太陽の光を別とすれば、あらゆる外傷が致命傷にならない。
やはりカムリも、アレッシオの攻撃を避けようとしなかった。
『フォークtoナイフ』で、カムリの首を切断する。
術式が、発動しなかった。条件を満たせていなかったのだ。
「なかなかよい品だな」
カムリは、アレッシオの右手が握ってたままのナイフを、しげしげと見つめていた。
カムリの大きな手が持っていると、アレッシオの右手は精巧な作り物に見えた。
手首の先を失った右腕から、血が噴き出してくる。
アレッシオは膝を折った。腕の傷を脇で圧迫する。
カムリの手刀で右手を奪われた。カムリの手にある、アレッシオの右手の傷口は、『ナイフtoフォーク』で切断したかのようにきれいな切口をしている。
「命も惜しくないほどの生きがいがあるというのは、羨ましいことよ。我は、無縁だった」
カムリは、親が子の頭を撫でるように、アレッシオの頭に手をやった。
ふと、なぜ大吉に無用な嘘をついたのか、わかった気がした。
真っ直ぐに誘うのが気恥ずかしかった。ただ、それだけだった。
最古の酒でなくてもいい。大吉と、酒を酌み交わしたい。
しかし、それは叶わないだろう、とアレッシオは思った。
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