指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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The adult is sly, and pretends to be gentle

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 ベッドサイドの床で、モモセはウルドにしなだれかかる形で座っていた。広い窓からは朝日がいっぱいに射し込み、部屋の広さも相まってモモセの心許なさを増幅させた。室内を白く満たす光が怖くて、モモセは男の胸元に額をこすりつける。彼はやさしく、なだめるように薄い服越しにモモセの背を撫でた。

 広い場所は、嫌いだ。どこに身を隠せばいいかわからない。

「ふ、う……」

 ぎゅっと傍にいる人にしがみつく。モモセを甘やかしてくれるこのベゼルはとてもおだやかで、気持ちがよかった。絶対的な人の保護下に入っていると安心感。ひとりきりだったはずのモモセは、このような感情を抱いたことがなかった。

 ほてっているせいでだるい身体を持てあまし、完全に預けてしまう。とろとろに溶けている思考の中で、モモセは先ほど暖かい湯に放り込まれたことを思い出した。花の香りのする泡が、身体中をくまなく辿っていったこと。ただそれは一瞬身体に浮かび上がった記憶で、脳にまで情報としていかなかったのは、さいわいか。

 ここまで無防備なのを始めウルドは心配したものだった。すでに他の男に、自分のものであるはずのこの躯を暴かれているのではないか。自分のように、眠っている状態であるのを好機と捉えて。ベゼルとは便利なもので、階級が下であればあるほど覿面に効く。モモセは最下位と言えばまだ聞こえがいいが実際はその枠からも外れた名もなき賤民である。第二位の貴族階級を持つウルドが<神世の言語>を使ってモモセのベゼルに働きかけ、好きにするのは容易だった。もちろん、幸いにも混血にも関わらずベゼルの才のあるモモセはその出自、貴族階級の父と第一位の神官階級の母を持っているだけあってそうそう簡単に屈することはないだろうが。

 とはいえ、スラム出身だ。身売りはひとつの商売である。モモセの拒絶ぶりから自分から身を差し出すことこそなくとも、不可触民であれなにか間違いがないとはいえない。ただでさえ、両親から受け継いだ美しい容姿があるのだ。

 なによりそれはすべてウルド自身に跳ね返ってくる言葉だったのだけれども。

 ウルドがモモセを見つけて、一番にしたことがその確認だった。

 しかし躯に訊いてみる限り、そのようなことはなかった。口遣いはたどたどしく、蕾は固く貞淑なままだ。他人の跡はない。男は安心して、自分の味をこの仔どもに教え込めばよかった。

 意識のあるときないときの差に、彼はそっと笑いを零す。己の下種さなら、先刻承知している。

 しかし多少ベゼルの後押しがあるとはいえ、この子どもは寝汚い。スラムよりはよほどだろうが、無意識化という条件下のみであるとしても、ここまで無防備に甘えられるのは複雑だ。大人は優しいばかりではないのである。

「――今日のことで確信した」

 前触れなくそんなことを言い出したウルドの台詞に、モモセはようやく覚醒の一端を掴んだ。

「ッ!」

 一気に目を覚ましたモモセは何よりも先にベゼルを発動させようとしていた。無論それはウルドによって容易く止められる。結局、モモセは混乱に紛れて何を確信したかは聞かずじまいになった。

 彼の独り言は、寝ぼけているときのモモセは声をかけるまで完全には起きないという観察結果が続く。

「コントロールする方法を、いい加減教える必要があるな」

 モモセよりはるかに高位にあるウルドは、無言のうちにあっさりとモモセのベゼルを屈服させる。いくらくやしくてもそれが現実だ。

「おとなしくしてな」

 そう言う男の手には不釣り合いな、華奢な櫛が握られていた。よもや自分用ではあるまい、嫌な予感を裏付けするように、ウルドが手を伸ばしたのはモモセの髪だった。

「だから! 止めてくださいッ!」

 威嚇するモモセをまるで気にした様子もなくウルドはモモセの手首を掴み、自分の足の間に座らせる。

「せめて手袋とか!」
「必要ない」

 にべもないウルドに、振り返ったモモセは更に喚いた。腕を振り払い、男に詰め寄る。

「っだいたい! おかしいとは思わないんですか!? あなたは貴族でおれは不可触民で!」
「――俺がしたいんだからいいだろう?」
「だってどう考えても変だ!」

 ――は、ウルドは軽く口端を持ち上げた。

「――だったら、お前が俺に逆らうのもおかしいな」

 今までのどこか優しげな言い口を潜め、ウルドはゆったりとその言葉を吐き出した。苛立たしかった。言ってはならないとわかっていても、止まらない。まっさらな本能のまま振る舞えるときは、触れられることによろこぶくせに。

 言葉は例の奴隷商人を思わせる高圧を内包していて、敏感に反応したモモセは律儀に躯を跳ねさせる。

 ――確かにウルドの言う通りだった。モモセは彼が何も言わないのをいいことに、散々男に甘えてきた。ウルドは命令しない。自分が金で買ったものに対して、権利を振りかざさない。どころか、とても大切に扱ってくる、モモセはつい錯覚してしまっていたのだった。

 ウルドの一言でモモセは冷水をかけられた気分になった。

 震えている子どもに気付いても、男は止めることができなかった。硬直するモモセを、服の上から手つきばかりは優しく触る。肩の丸みを確かめ、背中、腰、尻から内股を撫でさする。モモセは躯を強張らせた。服の下へ、手が差し入れられたからだ。しかし抵抗はない。抵抗してくれ、心中で男は呻いた。でなければ俺は、止まれない。

「今まで、誰かにこうやって触られたことはあるか? お前の肌を直接触り、可愛がり、その温度を知った男は?」

 ひっそりと己だけで確かめて納得していたはずの男は、それだけでは足りなかったのだと気付く。

 緊張した肌の上に、ゆっくりとウルドはてのひらを這わせた。膝立ちのモモセの躯を引き寄せ、密着した状態でてのひらは薄い胸をさまよっていく。モモセは高まる熱に何度も首を振った。

「っ、い、いない……っ、――あなた、だけ、ッ」
「――嘘は、」「ついてないッ」

 モモセは悲鳴じみた鋭い声を上げた。行き場を失っていた腕が、ウルドを首にしがみつく。

「おれみたいな動物に触る物好きなんて、あなたくらいしかいない――――っ!」

 ごめんなさい、ごめんなさい、とうわごとのようにモモセは繰り返した。触らせてしまって、穢してしまってごめんなさい。モモセにとっては犯されるかもしれないという恐怖よりも、そちらの方が強いのか。

(謝るというのなら、俺の方だろう、)

 無言で男はモモセから離れ、乱してしまった衣服を整えてやる。
 いまだ震えている仔どもの手をウルドは改めて取り、背中を抱いて座らせた。
 しばらくはじっとしたまま、動かなかった。
 やがて疲れた声音で男は語りだす。

『聖典、放逐記、――貴族の男と、平民の女があった。男は女を孕ませ、女は仔を産んだ。仔は混血であった。仔は父の証を持たず、父はこれを厭われた。父はこれを忌児と決め、触れることを禁じられた。
 男は父に謝した。男は赦された。女は父に謝した。女は赦された。仔は父に謝そうとしたが、父はこれをお赦しにはならなかった』

 それはこの国の誰もが知っている神話の一節。

 不可触民が差別されている理由。

 <神世の言語>で紡がれる低い韻律は、ただ静かだった。モモセは伏し目がちに自分の手の甲を見つめ、小さく訊ねた。

「何て言ったんですか」

「――神なんぞくそくらえ」

 絶大なベゼルをその身に宿す人間とは思えない台詞に、モモセは目を見開いた。しかし顧みようとしたモモセを、続く言葉が押し止める。

「お前は余計なことだけ知っているな。混血だろうと忌児だろうと不可触民だろうと、俺にはどうでもいいことだというのに」

 髪に櫛が通される。頭の天辺から、腰まで。床に流れ込むほどモモセの髪は長い。丁寧に洗い上げられた髪は、すんなりと梳かれるに従って解けていく。スラムにいたころはあんなに汚れにまみれて、くすんでいたのにもうその名残はどこにもなかった。

「嫌なら、嫌でもいい。俺を嫌いだというのなら、そう言ってくれて構わない。だがそうではないだろう? 不可触民だからというどうすることもできない理由で、俺を拒絶するのは止めてくれ」

 垂れた耳まで丁寧に弄われ、それにモモセはどうしようもなく心地よさを感じた。そうだ。実際、嫌、では、ないのだ。けれど不可触民である、それが一番、この世界で大きな理由。

 モモセは掠れる男の声を聞いた。

 だからモモセ、と。

「早く俺に慣れろ」

 この期に及んで、ウルドが出したのは命令ではなかった。乞われている、とモモセは思った。三階級も上の貴族が、卑しい不可触民に。本当のウルドはただ髪に指を絡めているだけだというのに、まるで後ろから縋りつかれているようだった。

 これは初めて一緒に過ごした夜に、覗かせた雰囲気によく似ていた。追求してみたい気もしたが、安直に触れれば手酷く火傷をする気配を肌で感じていたため、モモセは結局保身に走った。そんな自分が情けない気もしたが、モモセに今、他人を気にかけている余裕はなく、第一それは彼のせいなのだった。

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