異世界アジノ乇卜

なか

文字の大きさ
20 / 40
君のための新食感

【SIDE テレコ】使命

しおりを挟む
 テレコ・ピンクブラッド・エクシミリティはミーチュリア王国の第一王女である。

 歴代屈指の美姫とされ、その名声は国中に響き渡っている。肩に乗せたメビルリムザとともに国のアイコン的存在だ。

 城下町の視察をすればテレコは皆の視線を奪い、たくさんの感嘆の声を受ける。

「テレコ王女だ! ああ、今日もなんて美しいんだろう。メビルリムザ様もいる!」
「文武両道、魔法の天才。いったい神はどれほど彼女を贔屓するのかしら」
「どうか世界をお救いください! 我らが姫よ!」

 それぞれの国民の表情を見れば、どれほどミーチュリア王の政治が上手くいっているかがわかる。我がことのようにテレコはそれが誇らしい。

「お、王女様!」

 テレコの乗っていた馬車の前に、一人の少年が転がり出てきて両膝をつき、頭を下げた。
 不敬だぞとの声が飛び交うが、テレコはにっこりと微笑んだ。

「いいよ、気にしないで」

 馬車から降り、そして頭を地面に擦り付ける少年の前にしゃがみ込んだ。

「どしたん?」
「……あ、あの、どうかお助けください。ハーム山道に魔物が出ております。ハーム山道は交易に重要な場所で、父は昨夜から討伐に行ったのですが、か、帰ってこないのです」

「そっかぁ」

 テレコはただ頷くが、しかし肩に乗った使い魔は喚きだした。

「小僧が、そんなことはテレコに頼むべきじゃないぬ! 討伐失敗は自己責任だぬ!」

 メビルリムザはぴょこぴょこ角を突き出しながら少年を叱りつけた。

「昨夜のことであればもう手遅れだぬ!」

 使い魔の直接的な言葉にテレコはため息をつくが、優しい表情をして顔を近づけ耳元で囁いた。

「もうダメかもね」
「——い、いえ、ですが」
「期待しないで」

 少年の顔は青くなり、そして涙さえ流し始めた。

「しし、失礼いたしました。そ、その、ええと……テレコ様の、貴重なお時間を……」

 ふらつきながら立ち上がり、少年は立ち去ろうとする。
 その肩を、テレコはつかむ。少年が振り返る。

「勘違いしないで。見てきてあげるって言ってんの」
「テレコは優しすぎだぬ」

 テレコは一歩、二歩と歩を進めると、それに応じて体が空気に解けゆくのを感じる。民衆は歓声を上げるが、それを最後まで聞くことはできない。

 転移魔法テレポート

 それはテレコのもっとも得意な大魔法だ。
 霧のように溶けたテレコは、次の瞬間にハーム山道のゴツゴツした岩場に降り立つ。確かにそこは魔物の気配が充満している。
 近くにダンジョンがあるにしても、この気配は異常な気がした。気配を頼りに歩みを進めると、すぐにそれを発見した。

羽蜘蛛ストリングバグだぬ」
「けっこうデカいわね」

 無数の複眼が一斉にテレコを捉えた。
 その魔物は巨大な羽虫だ。ただし蜘蛛のような粘着性の糸で罠を作り、縛り付け、生きたまま餌を保管する性質を持つ。

 霧地帯で目視しづらい糸を魔力をもって確認し、テレコは触れてみた。

「うわぁ、めちゃネバ」 

 指から糸を引き、ベタベタしてテレコはゲンナリした。

「糸は触らない方がいいぬ」
「知ってる」

 糸には羽蜘蛛ストリングバグの魔力が流れており、触れたものの魔力を遮断する。糸を引き剥がそうとすればするほど絡まり、そのまま繭のように包まれてしまう。羽蜘蛛ストリングバグはそのまま動かなくなった対象を、生きたまま四肢より喰い千切る。

 テレコはその場所から離れようとするが、しかし糸は強力な粘性と圧倒的な強度を誇り離れられなかった。

 大きな羽音を立てながら、八本足の魔物が飛んできた。
 口元はよだれがダラダラで見ているだけで気分が悪くなる。

「この魔物って餌を保管するんじゃないの? なんで腹ペコみたいな顔してこっちくんのよ」
「タイミングじゃないかぬ?」

 動きの封じられたテレコに、魔物の大口が迫った。

 ただし無数の牙は空を切った。ガチンと高い音が鳴って、羽蜘蛛ストリングバグ
はあたりをキョロキョロと見渡した。

「教えてあげる。君の弱点」

 テレコは複眼の死角に立つ。
 不思議そうに羽蜘蛛ストリングバグは振り返る。

 振り返ったときにはすでに、テレコの頭上には巨大な火球ミニチュア・サンができている。

「糸に魔力が通らないことだよ」

 テレコの指先の一振りで、火球が羽蜘蛛を飲み込んだ。
 羽が焼かれ、それでも自分の体を守ろうと懸命に糸を巻きつけるが、それが間に合うことはない。

 焼け爛れた匂いが立ち上る途上で、他の魔物と同様に光の粒となって消えた。

「ふぅ」
「余裕だぬ。さすがテレコ」

「そりゃこのレベルの魔物ならそうでしょ」
「ところでベタベタはどうしたんだぬ?」

「ああ、あれはね」

 羽蜘蛛ストリングバグの糸は触れると粘着質で魔法も通さない。それは魔術師にとっては致命傷になり得る攻撃だが、しかし転移者テレポーターにとっては逆だ。

「転移魔法《テレポート》でくっついてこないから楽ちんだったよ。服とかメビルリムザとか、魔法が通るから一緒についてこれるわけでしょ? 糸は違うから」

 何せ魔法を通さない糸はついてこない。
 湯浴みで落とす必要もないから楽だな、とテレコは思った。

「さ! 探しちゃおう。さっきの男の子の、お父上」
「平民には強い魔物だったぬ。厳しいんじゃないかぬ?」

「いや、平気だと思う」

 テレコがそう思ったのは勘ではない。
 なにせ、羽蜘蛛ストリングバグは空腹だった。羽蜘蛛《ストリングバグ》の食事は数日おきなので、いま空腹なのであれば先日行方不明の男は生き餌として保存されている可能性が高い。
 さらに、気配から見るに羽蜘蛛ストリングバグは付近で圧倒的に強いだろう。であれば他の魔物が羽蜘蛛ストリングバグの餌に手をつけることもない。

 テレコは五分もかからず、繭のような何かが置いてある岩場を発見した。

「ほら、やっぱり!」

 そして糸を切り裂き中身を見ると冒険者の男が入っていた。
 意識こそないが、息はある。

 テレコは男に触れつつ、転移魔法テレポートで街に戻った。
 群衆はまるで時でも止まっていたかのように、テレコが移動する前と変わらず集まったままだった。

 特に少年は、もしかすると一歩も動かなかったのかもしれない。
 同じ場所で同じように不安げな表情を浮かべていた。

「この人、あなたのお父上であってる?」
「…………はい」
「大丈夫。生きてるよ」

 テレコが回復魔法をかけてやると、気を失った冒険者の男の目が開いた。

「あれ……ここは……?」
「ほら、ね」

 少年は大粒の涙を流した。
 そして、周りの観衆たちも歓声をあげる。

「テレコ様! なんて素晴らしいんだ!」
「勇者様だ! 我らが姫こそが、勇者様に違いない!」
「この国にテレコ様がいることは、どれほど幸せなのだろう!」

 テレコは少年に向かって言った。

「じゃあ、そういうことだから」
「ああ、あの……ど、どんなお礼をすれば良いか……」

「別にそんなのいいんだけど、でもじゃあ、あたしを崇めること」
「そんなこと自分で言うもんじゃないぬ」

 メビルリムザがうるさいけれど、テレコは言いたくなってしまう。

「いい? これからあなたの勇者も、聖女も、偶像アイドルも、姫も、ぜんぶあたし」

 少年はぽかんとしていた。
 しかし慌てたように、何度も首を縦に振った。

「他のみんなもわかったわね! あたしを崇める限りにおいて、この国は守ったげるから!」

 再び起こる地響きのような歓声を一身に受け、テレコはほと走るような快感を得た。

 これでこそ、テレコ。
 コンバレト屈指の大国、ミーチュリアの第一王女。

 そして、ここに集まる領民はすべてテレコのもの。
 だからこそ、守ることもまた責任。

 ——君が勇者となって世界を救うんだよ

 だからその声は、正しい。
 なぜなら彼らを救うのは絶対に自分の役割だから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

木を叩いただけでレベルアップ⁉︎生まれついての豪運さんの豪快無敵な冒険譚!

神崎あら
ファンタジー
運動も勉強も特に秀でていないがめっちゃ運が良い、ただそれだけのオルクスは15歳になり冒険者としてクエストに挑む。 そこで彼は予想だにしない出来事に遭遇する。 これは初期ステータスを運だけに全振りしたオルクスの豪運冒険譚である。  

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...