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リディアはゼドと出会う

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「ベッド……でかいな……窓……でかいな……もう、なんか、全部でかいな」

 広い。広すぎる。
 リディアは青ざめた顔で、シャンデリアのぶら下がった部屋を遠い目で眺めながら、部屋の入口で立ちつくしていた。
 ブルームバーグ伯爵家も貴族だから、それなりに自室は広かったが、砦の貴族らしく機能性を備えたシンプルな装いだった。だが王城の部屋はそれとはまったく趣が異なる。贅をつくされた、部屋自体が一つの芸術作品のようだ。調度品に至るまで、どこもかしこも人を魅了するための造りになっているのだ。

「頭痛くなりそうだ……ここまでの道のりも長かったのに」

 婚約を受け入れてから、なんとまだ一週間しかたっていない。
 承諾の返事を出したところ、国王ゼドからすぐにお呼びがかかった。「リディアが来られるならすぐにでも。迎え入れる準備はすでに整っているから」と、故郷を惜しむ間もなく召喚されてしまったのだった。

 ブルームバーグ家は国境に位置するから、王城までは飛ばして三日もかかった。
 腰と尻の痛さでどうにかなりそうだ。

 使用人に聞いたところ、この落ち着かない部屋が今後、自室になるらしい。逆に心身疲弊しないだろうかとリディアは不安になった。

 ちらりと後方を見る。廊下の向こうで遠巻きに、使用人たちがリディアを見ていた。

(視線が痛い…しばらくはこれだろうな)

 こんなことなら、せめて仲のいい使用人でも連れてこればよかっただろうか。といっても、特別仲のいい使用人は思いつかないのだが。
 野原を駆けずりまわり、貴族から領民までみんなと仲良くしていたリディアだったが、狸親父に誰か連れていきたい使用人はいないのか、と聞かれたときに答えることができなかった。
 それどころか、友達もたくさんいるのに、最後に会いたい人もいなかった。
 薄情だと思われるだろうか。けれどリディアだってそんな自分驚いたのだ。

 もともと何にも執着せず、囚われず、風のように生きてきたリディアだったが、振り返ってみれば、大切な物や人が何一つないことに、この引っ越しで気づいてしまった。
 今まで楽しく、どんなものにでも興味を持ち、活発だったはずなのに、実は寂しい人間なのではないかと、ふと思ったのだ。

 だからリディアは一つだけ、この婚約に期待している。
 婚約者というのは、生涯を共にする人のことだ。恋愛とは相性が悪いリディアだが、もし奇跡が起きれば、この婚約で一つでも大切なものを、一人でも大切な人を作ってみたい。

(せっかくの婚約だ。私も、誰かを世界で一番大好きだと言えるようになってみたい。世界で一番大好きだと言われるような関係を築いてみたい)

 そう願掛けをしながら、部屋に入ろうとしたところだった。
「入らないのか?」
 不意に後ろから声がかかった。
「あ、ああ。申し訳ない。ちょっと豪華すぎて、とまど、った……」

 声を失った。
 一目でゼド・ラウエルスだとわかった。
 深海のような群青色の切れ長の瞳が美しい。さらさらしたブロンドの髪はオールバックになっていて、彼の視線が余すとことなくこちらを突き刺す。そして形の良い顎に通った鼻筋。どこを切り取っても、噂以上の美形だった。
 何よりも人々を畏怖させる存在感に、見惚れるを通り越して、感嘆する。

 これは確かに、社交界の婦女が虜になるわけだ。

「お初にお目にかかる。ヴェルメニア帝国国王ゼド・ラウエルスだ。ようこそ王城へ。リディア」
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