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第3話「ベリー姉妹と妖精たちのSFF」
しおりを挟むパステル調の優しいピンク・ブルー・グリーンの門を、外側から内側へと逃げ込むように3歩、大股の早歩き、吸っていないはずはないのだが実感として呼気ばかりの鼻息荒く通過してから、硫黄は足を止め、一度大きく息を吸って、深く深く吐いた。
そして、辺りを見回す。
全体的にパステルカラーで統一されているが形はまちまちの、最高でも4階建までの商店の並ぶ町。そのバラバラ感が逆にオモチャ箱の中のようで可愛らしい、ゲームとしてのSFFの最初の町、
(…マカロンタウン……)
硫黄が、この町を訪れたのは、ベータテスト終了後、アバターのデータはそのまま引き継ぎつつ始まった正式サービス初日にあらためて訪れて以来なため、ゲーム外の時間でも丸3年前、SFF内の時間では途方もなく昔のことになるはずなのだが、記憶の限り、全く変わらない。
(…まあ、そういうものか……。カヌレ村だって、バッグを作ってもらって以来、アプリコットのクエストで久し振りに行っても変わってなかったし、ログインする度にほぼ毎回行ってるシュトレンだって、いつ行っても同じだもんな……。それと……)
硫黄は、カヌレ村村長のラムと四次元バッグ職人をはじめとする、時間を置いて何度か目にする機会のあったNPCたちの姿を思い浮かべる。
(町ばっかじゃなくて、あの人たちも変わらないよな……)
SFF内の時間では何百年も経っているほどの時間を空けて再度目にしても、その外見は全く変わらない。
(妖精だからな。寿命が長くて、年をとるのが極端に遅いのかも……? それか、そもそも年をとらない? ……いや、生きてるんだから、それは無いか。初老の人は生まれた瞬間から初老とか……? )
と、硫黄は、そこまでで一瞬、思考を止めた。急に気になったのだ。
(オレは……? )
と。自分がどのように年をとっていくのか、と。
考えても全ては憶測にすぎないが、怖くなった。
NPCは妖精だから年をとるのがゆっくり? アバターは当然、年はとらない。しかし、今の自分は完全にアバターと同じわけではない。このSFFの中に、意識だけが入っているのか体ごと入っているのかでも違ってくるだろうが、もしかしたら、SFFの中の時間で1日過ぎると普通に1日分の年をとって、外の世界へ戻れた時、その重ねた月日があまり多くなると、自分だけ周囲の同い年だった友人に比べ年上みたいになっているのでは? 父や母よりも、下手すると祖父母よりもずっと年上みたいになっているのでは?
(とにかく早く帰るしかない。この考えが合っているなら、逆浦島太郎だ……! )
硫黄は、もうひとつ深呼吸をしてから、ベリー姉妹のいるはずのマカロンタウンオフィスへと歩き出した。
SFFをゲームとして初めてプレイするにあたって、SFF公式サイトのトップページからアカウント登録ページへ進むと、そこからは、ベリー姉妹と2体のマスコットキャラが案内をしてくれる。案内に従いアバター等の設定を済ませ、ベリー姉妹には引き続き付き合ってもらってチュートリアルを終えて、いざフィールドへ出た時、そこはマカロンタウンだったため、姉妹のいる場所はマカロンタウンであると見当はついていたし、それは、姉妹に会うことを勧める際にラムの口からも「マカロンタウンの」と出たので間違いないと証明されたのだが、チュートリアル以降ゲームとしてプレイしている時に姉妹に会うには、常に画面上にあるヘルプのアイコンを選んでクリックするだけで済み、その詳しい居場所は知らなかったため、ラムに聞いたところ、姉妹は「タウンオフィス」の「観光課」に勤めているらしく、日の暮れる頃までなら、そこにいるということだった。
四次元バッグの中に常に入れてあるマップで確認したところによると、タウンオフィスは、たった今くぐって来たばかりの門から正面に奥へと続く商店街を抜け、右手の坂を登った先にある。
マップに従い歩く商店街は、ようやく夕方の黄味を帯び始めていた。
カヌレ村からの道中、半分を過ぎた辺りから頻繁に出くわすようになった見たくない場面から目を背け走っているのに近い速度で歩いていたため、また、そこにいる魔物はレベルが非常に低いため大丈夫なはずだが間違って襲われ戦闘にならないよう避けていたこともあってか全く戦闘にならず余分な時間を一切とられなかったため、思っていたよりも早めに到着したのだ。
大勢のNPCや、初心者と思われるプレイヤーで賑わう商店街。内容の聞き取れない多くの声が、ガヤガヤと耳に流れ込んでくる。その表情も、実に豊か。
(…声……。表情……。やっぱり、そうか。今まで会った人たちが特別だったワケじゃない。これが、普通だもんな……)
商店街を通り過ぎ、右手側のゆるやかな坂を登りきると、目の前に現れたのは、きちんと手入れの行き届いた公園。
正面奥には大きな噴水。すぐ足下にはパステルカラーの細かなタイルの小道が無駄に蛇行しながら奥へと続き、その両脇には芝生が広がって、芝生の上、ところどころにパステルカラーのベンチ。広い敷地をグルリと囲うパステルカラーの柵の手前の花壇では、優しい色合いの花々が咲き誇っていた。
マップに従って来たはずが間違えたのかと思ったが、ゲームとしてSFFを始めた時にチュートリアルを終了して最初に見た景色はこんな感じだったと思い出し、小道の先に、チュートリアルに付き合ってくれたベリー姉妹のいるタウンオフィスがあると確信して進む。
すると、少し行っただけで、坂を登りきった地点からは噴水に邪魔されて見えなかったパステルピンクの2階建の建物が見えた。きっと、あれがタウンオフィスだ。
近づくと、建物はやはりタウンオフィスで、入口のガラス扉の右側の壁に、「マカロンタウンオフィス」とあり、その下に、窓口受付時間や閉庁日、1階2階各フロアに配置されている課の案内が書かれている。
入口を入ると、外観と同じくパステルピンクを基調としたフロア。
すぐ右手には「総合案内」と書かれたカウンターがあり、キチンとした身なりで感じの良い20代後半くらいの女性が立っている。
直接行けるのであれば行ってもよいのだろうが、入口に書かれている案内では、ベリー姉妹がいるとラムが教えてくれた、目指す観光「課」は無く、観光「庁」が2階にあるということしか分からなかったため、これは聞いたほうが早いだろうと、
「すみません」
硫黄は、総合受付の女性に声を掛けた。
すると女性は、明らかに硫黄に向けて驚いた表情を見せた。
(? …何だろ……? )
首を傾げつつ、相談に乗ってほしいことがあるので観光課のベリー姉妹に会いたいと、「課」の部分を小さく聞こえるか聞こえないかくらいの声の大きさで続ける硫黄。
女性は、
「かしこまりました」
笑みをひとつ作って返し、カウンター上に置かれていた小さな紙にペンを走らせ、ペンを置いてから、手元のベルをチリンと鳴らす。
直後、背後に気配を感じて、見れば、硫黄と同じ年頃の、オフィスの職員だろう、やはりキチンとした身なりの感じのよい少年が、いつの間にか立っていた。
女性は、たった今書いたばかりの紙を二つ折りにし、少年に渡す。
受け取った少年は、すぐ横の階段を上って行った。
もうひとつ笑みを作り、女性、
「少々お待ち下さい」
言われて、待つ態勢に入るべく、近くに椅子でもないかと視線を動かす硫黄。しかし、椅子を見つける前に、階段を下りてくる少年を見つけた。
(早……っ! もう戻ってきたっ? )
その手には、持って行った紙とは大きさから別物だと分かる、二つ折りの紙。
カウンターの前まで来て、女性に渡す。
渡された紙を開いて視線を落とし、一拍置いて紙に頷いてから、女性、三たび笑顔を作り、
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
そして、その場で待機していた少年に視線を向けた。
少年は視線を受け止め、頷く。
少年に案内され、硫黄は2階へ。
2階の廊下を奥へと進んで行くと、他のドアに比べて少し大きめの立派なドアが2つ並んでおり、うち1つには「市長室」、もう1つには「観光庁」と書かれたプレート。
(…ああ、入口の案内の観光「庁」でよかったんだ……。「課」はラムさんの間違いか……。まあ、どっちでもいいけど……)
少年は観光庁のほうのドアをコンコンコン。
すると中から、
「どうぞ」
落ち着いているが明らかに少女のものである声。
少年、声を受け、
「失礼します」
とドアを開けて、
「こちらへ」
硫黄を通すと、自分は廊下側にいながらドアを閉める。
(っ!? )
何となく少年も一緒に部屋へ入るような気になっていた硫黄は、閉まっていくドアの隙間に向かって慌てて、
「あっありがとうございましたっ」
そこへ背後から、
「あなたは一体、何者ですか? 」
廊下から聞いた室内からの「どうぞ」と同じ、冷たく感じるくらいに落ち着きのある少女の声。
振り返ると、赤色の髪を後ろでひとつにキッチリとまとめたヘアスタイルの、吊り上がり気味の目を持つ14・5歳くらいの少女。赤だが渋めの色合いのベスト、中に白のブラウスを着て、正面のドッシリとした木製の机の向こうから、真っ直ぐに硫黄を見据えている。
硫黄の位置からは見えないが、ひとつにまとめてある髪は後頭部でお団子。ベストと同色で膝丈のタイトスカートをはいていると思われる、この少女こそ、
(クラン・ベリー……)
間違いない。硫黄が訪ねて来た相手であるベリー姉妹の姉のほう、クランだ。
そして、机の手前の高級そうな応接セットの革のソファに、もうひとり。
明るめの赤髪を耳より上の高さで緩く2つのお団子にし、目の形が垂れ下がり気味であるためかクランよりもかなり柔らかな雰囲気をもつ、クランと同色でほぼお揃いだがスカート部分がフレアスカートになっているものを着た、ベリー姉妹の妹のほう、ラズ・ベリー。
紅茶らしき温かそうな飲み物を飲み、クッキーをつまんで、ゆったりと寛いでいる。
硫黄の存在など全く気に留めていない様子のラズ・ベリーとは対照的に、クランの目は、見るからに硫黄を警戒していた。
受付の女性は硫黄に驚いていたが、そちらの理由は、女性が少年に持たせた紙を書いている時に盗み見て分かっていた。
大したことではない。実際、女性は最初に硫黄が声を掛けた時に驚いた表情を見せて以降、少年のほうは初めから、ごく普通と思われる態度で対応してくれた。
本当に、大したことではない。ただ、タウンオフィス内は通常、プレイヤーが入らない場所であるというだけ。入らないというか、入れない。しかし立ち入り禁止というワケでもない。おそらく、ゲームとしてプレイしている時に開かない設定になっているドアの類だろう。例えば、カヌレ村村長・ラムの家の玄関と書斎のドア以外の全てのドアがそうだ。SFFをプレイしていて最初に立ち寄ることになる内部にもドアのある大きな建物であるため興味本位で片っ端から開けようとしてみたので確かだが、ゲームとしてプレイしていた時には開かなかったのに、昨日、硫黄は書斎以外の部屋に、普通にドアを開けて入っていた。
本当に、本当に大したことではないと思っていたのだが、
(「何者」って……。何だか、スゴイ言われ方だな……。一応、チュートリアルで暫く一緒に過ごしたり、あと、何回かヘルプ機能で質問に答えてもらったりしたことがあって、面識は確かにあるんだけど……。まあ、リアルでも、たった2・3回行っただけのファミレスの店員さんが自分のこと憶えてくれてるとか、まず無いし……。そっか、そういうことじゃなくて、あの受付のお姉さんが驚いたのとは何か別の理由で、こんな目で見られてるのかな……? )
「人間族は、ここへは入れないはずなのですが」
(…同じ理由だ……! …そんなに大きな問題なのか? さっきの2人の態度からは、全然そんな印象は受けなかったんだけど……)
そう思い、聞くと、
「少なくても私は、そう捉えています」
(…そう、言われてもなあ……)
「それに、今まさに交わしている、この会話。人間族は『はい』と『いいえ』しか仰らないでしょう? それも、限られた場所で限られた時だけ。他は一切。
物事を伝える役割の妖精とのコミュニケーションも、話しかけるのではなく、その前に立ち止まって、伝えてほしそうにしているだけ。決まった場所以外で話しかけても聞こえていないのかスルーされますし。
でも、あなたは違う。本当に、何者なの? 」
「そう…『何者』とか言われても、実は、私にもよく分からなくて、そのことも含めたことで、SFFの案内役であるあなた方に相談に乗っていただきたくて、こちらへ伺ったんです」
「自分のことが分からない? 」
クランは静かに、だが確かに、その目に驚きの色を浮かべ、それから、ひとつ息を吐きつつ軽く目を伏せ、
「私は、からかわれているのかしら? 最近、多いのです。人間族からお便りで寄せられる、SFFで遊ぶ上で全く関係の無い質問」
(お便り……? もしかして、ヘルプの質問は、SFFの中では手紙の形で届くのかな……? )
クランの言葉を、
「あー、姉さまとラズは一緒にお風呂に入るのか? とかねー」
ラズがクッキーで口をモゴモゴさせながら補足する。
(…何だ!? その低俗の質問! いや、妄想するのは勝手だし、それを絵に描くのも自由だし、オレは、その絵を見て喜んでる人間のひとりだけど! 本人にそんなふうに聞くなんて、例えばイタズラ電話をして「パンティ何色? 」とか聞いて相手の反応を楽しんでるのと一緒だろ!? 同じプレイヤーとして恥ずかしいっ! )
と、そこまでで、硫黄はハタと気付いた。
(……って、オレ、そういうのと同類だと思われてるっ? )
慌てる硫黄を他所に、伏し目のまま溜息まじりに続けるクラン。
「ま、そのような質問をしてくる輩の考えていることは、『ギャラリー』に展示されている絵を見れば分かりますけどね」
「うん。姉さまとラズが一緒にお風呂入って、体を洗いっこしてる絵とかあるよねー」
(…「ギャラリー」……? もしかして公式サイトのTOPページにある投稿スペースの「ギャラリー」? 確かに、そういうイラストもあるよな。もっと過激なのとかも……。オレも楽しませてもらってるけど、こっちの世界でも見れるのか……? )
「100歩譲って、私とラズが共に入浴している絵は良いのです。実際にしていることですから。せっかく近くにいるので互いに自分では届きにくいところは手を貸し合いもしますからね。
でも、ある意味としてのそれ以上……キスをしていたりとか、獣の毛繕いのように互いの体を舐めあっていたりとか、通常のスキンシップでは触れないような部分に触れ合って頬を赤らめ息遣いを荒くしてだらしなく乱れている様子とかを描かれるのは不快でしかないのですよ。
人間族の文化は私には分かりませんから、もしかしたら人間族は、そうして女性同士、しかも姉妹でそのようなことをするのは当たり前で悪気は無く、仕方のないことなのかもしれませんが……」
そこまでで、クランは顔を上げ、カッと硫黄に強い視線を向けた。
「けれど、質問の人のものは悪気でしょう? 全く必要の無い質問ですし、あなたに至っては、何を仰っているのか自体分かりません。
困るのです。おかしな質問が増えて、そのようなものに煩わされている現状に加えて、更に、これまで入れなかったはずの場所にまで入って来られて、これまでの人間族らしくなく普通に話しかけてこられては、私どもの生活が立ち行かなくなってしまうと容易に想像できるので。
SFFへ遊びに来て下さる人間族の方々の夢を壊してしまうようですが、特にその部分を売りにしているわけではないので言わせてもらいますと、私どもにも生活があるのです。SFFで人間族の方々と関わっているのは、あくまで仕事なのです。
人間族がどのように年齢を重ねていくのかも、やはり私には分かりませんが、私ども妖精と同じであると仮定した時に、外見を見る限りでは、皆さん、そこそこの年齢を重ねているように見えますし、遊びとは言え危険を伴わないわけではないSFFを楽しまれている以上、大人か大人に近い年齢のはずでしょう? もちろん、そのくらいのことは理解してくださっていると思っていたのですが、買い被りでした。これは文化や習慣の違いなどでは……」
(……)
硫黄はイラッとした。
「……オレ、まだ、『何者』かとか聞かれても自分でもよく分からない、としか言ってないんだけど」
声に出したつもりは無かった。急にクランが喋るのをやめたことで、彼女の言葉を遮る形で声を発していたことに気付いたのだ。
ハッとし、口を押さえた硫黄だが、好き勝手言われて頭にきていたし、そもそも話をするために来たのだし、やっとマシンガンのような言葉の弾丸が偶然だが止み、今ならば聞いてもらえると考え、続ける。
「とりあえず、聞いてくれない? たった今、人間族のことについて『分からない』って言葉を、短い間に2回も言ったよね? 分からないなら、憶測で悪く言わないでよ。それに、その悪印象のもとに人間族って一括りで目の前にいる人を断じるのも」
「あなたは違うと? 」
「オレもそうだけど、ひとりひとりが、だよ。あんた……クランさんには同じように見えても、ひとりひとりが、ちゃんと個性を持った存在だし、SFFをプレイしてる人は比較的年齢層が高くて女の人も多いから、クランさんに迷惑をかけるようなヤツは、本当にごく一部。そいつらだって、状況がそうさせてるだけで、実はクランさんの期待するような大人かも知れないし、オレだって……いや、オレはもともと他人の迷惑になるようなことはしないけど、今の状況だからこそ余計に、一人称を『私』にしたりなんかして、大人な喋り方と態度を意識してたし。ついさっきまで。
……あんまり行儀よくしてても、そこにつけ込んで好き勝手言われるだけだから、もうやめたけど……」
と、そこへ、ハアッ、と、クランの大きく息を吐く音。硫黄の話は遮られた。
「分かりました。伺いましょう。……と言うか、そもそも伺わないとは言っていません。受付からあなたがいらしたことを伝えられ、聴取する目的で、この部屋へお呼びたてしたのですから。
ただし、あなたの話は、ほぼ話などしていない現時点で既に、理解不能な部分が多すぎますので、整理するために一問一答形式をとってよろしいですね? 」
頷く硫黄。
頷き返したクランからの最初の質問は、
「あなたは、人間族で間違いないですか? 」
初っ端から難しい質問が来たな、と思った。
(…どう答えればいいんだ……? )
少し考えてからの硫黄の答えは、
「SFFの中では」
「……何だか微妙な答えですね。SFFの中でない場所では何なのですか? 」
「人間(にんげん)」
「SFFの中にいる人間族は、全員、その人間ですか? 」
「オレの知るかぎりでは」
納得したように頷くクラン。続いての質問は、
「あなたの名前は? 」
「SFFの中ではエスリン。本名は洋瀬硫黄」
「SFFの中では本名でない名前を名乗っているのですね。人間族は皆さんそうですか? 」
「ほとんどの人がそうだけど、本名のままの人もいるよ」
「分かりました。では次に、あなたの性別は? 女性、でよろしいですね? 」
硫黄は、ちょっと答えに詰まった。
クランについて、性的マイノリティに対して良くない意味で敏感であると感じていたため。本当は男なのに女性の格好をしていることで、この会話が自分にとって不利な方向へ行ってしまうのでは、と。最悪、ここまでで話を聞いてもらえなくなるのでは、と。
しかし、自分がもとの世界へ帰るために、クランにとって何が重要な情報となるか分からないため、たとえどんな小さなことでも嘘は吐くべきではないと考え、おずおずと、彼女の顔色を窺うように、
「いや、男です」
自然と敬語になってしまいながら答える。
「そうですか。では、次は……」
(は? )
あまりにもあっさりと受け取られ、驚く硫黄。
硫黄が驚いたことに気付いたようで、クラン、
「何か? 」
「オレが男だって聞いて、驚かないのかな、って」
「驚くべきことなのですか? 人間族とはそういうものと理解したのですが」
「『そういう』? 」
「私ども妖精の場合の性別による外見の特徴と人間族のそれとは違う、と」
(あ、それ、どうなんだろう? オレは勝手に、同じだって思い込んでたけど……。
クランさんとラズさんは「姉妹」ってくらいだから2人とも女性……っていうか、それ以前に、さっき、自分たちのことを指して「女性同士」って言ってたか……)
「…えっと……。ちなみにオレをこの部屋へ案内してくれた人は? 男性? 女性? 」
「彼は男性です」
「受付にいた人は? 」
「女性です」
(それって、同じなんじゃ……? )
「今聞いた人たちの性別と外見だけで判断すると、妖精も人間も性別による外見の特徴って一致してる感じだよ」
硫黄は、そこで一旦、言葉を切り、クランの顔色を窺いつつ付け加える。
「オレは男だけど、女性の格好をするつもりで、この格好をしてるし」
クランは驚いた表情。
「不快に、させた?」
ひたすら顔色を窺いながらの硫黄の問い。
「分かりません。あなたが女性の格好をしていることに関しては私や他の妖精に特に害があるように思えないので、現時点で不快になってはいませんが、何らかの悪意を持って、その格好をされているのですか? 」
「好きだからしてるだけで悪意は無いけど、結果的に、オレを女性だと思ってる人間の男が色々とプレゼントしてくれたり、女性だと思っているからこそ仲良くしてくれてる人間の女性がいて、男のほうはオレ的には別に構わないんだけど、女性のほうは、その子との関係が壊れちゃうかもしれないと思うと本当は男だって言い出せなくて、騙し続けてる感じになってて……」
「まあ、その程度であれば、相手の方のほうにあなたへの好意があってのことですし、当人たちから騙されたと被害の訴えが特に無ければ、こちらとしては問題とするものではありません」
(…よかった……)
「ところで、その女装の技術は、魔法ですか? 声は男性の声に聞こえますが、外見は、どう見ても女性にしか見えないのですが……。
本来のあなたが、ごく一般的な男性の姿をしているとして、そこまで見事に異性になりきるなど大変なことなのでは、と」
「魔法じゃないよ。選んだだけ」
「選ぶ……? 確かに、当SFFで遊んでいただく上で、普段の御自身とは違った存在になりきっていただいたほうが楽しめるのではと、受付の段階でSFF内での職業を決めていただいて、その選択に応じて、こちらで衣装を用意していますし、それなりの対価を払うことで後からカスタマイズも可能。そして、今、あなたの身に着けられている物が、こちらでご用意した魔法少女の衣装をカスタマイズされた物であることは見てすぐに分かりますし、ヘアスタイルも、有料のガチャの景品にあったものと分かりますが、その選んだ物や当てた物を身に着けただけ……? 」
クランは、納得のいっていない様子で、独り言のように続ける。
「もともと、かなり女性っぽい外見だったのでしょうか……? 」
「いや、もともとのオレは、どっちかって言うと男っぽい外見だよ。そのままじゃ、とてもじゃないけど女装なんて似合わない。
それが、こんなふうに完全に女性だと思われるくらいの仕上がりになってる理由はさ……」
硫黄が本当は男でありながら女性の格好をしていること自体はクランは不快に思わないと知り、一度は緊張が解けていた硫黄だったが、この理由に関しては、顔色を窺わずには無理だ。
「…気を、悪くしないで聞いてほしいんだけど……」
「何でしょうか? 」
「オレたち人間にとって、SFFはゲームなんだ」
「はい。私どもとしても、人間族にはSFFを魔物退治というゲーム性の高い場として提供しています」
「…そうじゃなくて……」
どう説明したらいいんだろ……? 難しいな……と、悩む硫黄。
「…何て言うか……。人間にとってのSFFは架空の世界っていうか……。人間の世界に存在する企業が創り出した世界なんだ」
「架空の世界、ですか……。そうなると、当然、そこに暮らす私どもも架空の存在ということになりますね? 」
呟くようなクランの小さな質問に頷く硫黄。
それきり、クランは黙り込んでしまい、硫黄は、
(…ああ、やっぱ傷つけたかな……? )
硫黄がもとの世界へ帰るための相談にのってもらう上で、SFFがゲームであると伝えることは必要なことなのだが、クランが傷ついたのではと気にして、その気持ちを探ろうと、それまでよりも更に注意深くクランの顔を窺う。
しかし、クランの表情は、これまで会話していた間と全く変化が無い。
ややして、クランは小さく息を吐き、口を開いた。
「それを聞いて、合点がいきました。私は、私ども妖精とあなたがた人間族の関係について、勘違いしていました。勘違いをして勝手に怒っていました。けれども、仮に、あなたの仰っていることが真実ならば、と」
(「仮に」って……。信用無いな……。…まあ、実際に生きて普通に生活してる自分が実は架空の存在だなんて話、すんなり信じるほうが、どうかしてるけど……)
「私は、私ども妖精スタッフに対する人間族の態度が酷いと、常識・良識の無さに腹を立てていたのですが、そもそも、種族こそ違えど同じ生きている者同士、ではなかったのですね。
私が人間族にとってSFFが何であるかを知らなかったように、あなたのほうも、妖精にとってSFFが何であるかご存知ないと思われますので付け加えますと、私ども妖精にとってSFFはテーマパークです。職場であり、生活の場でもあります。
SFF……スウィーツフェアリーファンタジーは、国土の大半を占めるテーマパークの名称。国の名前は『スウィーツランド』といい、テーマパークSFFを柱とした観光立国です」
(…へえ、テーマパーク……。だから、『当SFFで遊んでいただく上で』とか『ゲーム性の高い場として提供』とかいう言葉が出てきたんだな……。
自分にとってがゲームだから、そっちとゴッチャになってたのか、違和感無く聞き流しちゃってたけど……)
「話が少し逸れてしまいましたが、それで、SFFが人間族にとって架空の世界であることと、あなたに女装が似合うことと、どのような関係が? 」
「あ、うん。それは、人間がSFFで遊ぶ時の方法のせいなんだけど、人間はSFFで遊ぶのに、自分の生身の体でSFFの中へ来るわけじゃないんだ。
人間の世界には、パソコンって機械があって、その機械を通じて、体はもちろん意識も完全に人間の世界にいながら、パソコンの中に作った自分の分身的なキャラクター……アバターっていうんだけど、そのアバターを操作して遊んでるんだよ。
で、最初にSFFで遊ぼうとした時、そのための登録をするでしょ? そこで名前と性別を聞かれて、『女性』って答えると、もう、その時点でアバターは女性の姿になる。聞かれて答えるのは本当の名前や性別である必要は無いから、オレは、名前はエスリン、性別は女性って答えて、この、女装の似合う外見になってるってワケ」
「なるほど、分かりました」
「ただ……」
「ただ? 」
硫黄は、話の流れ的に丁度良いため、一問一答形式に戻ることで別の方向に話が行く前にと、本題を切り出すことにした。
「SFFの中の時間での昨日の夕方頃までは、オレも、今の話の中の人間たちと同じで、人間の世界にいながらにしてSFFを楽しんでたんだけど、今は、それとは確実に違う状態にあって、実は、そのことで相談に……って言うか、もっと素直に言うと、助けてもらえないかと思って、あんたたちベリー姉妹なら、SFFの中にいる人の中では他の誰よりもSFFのことを知ってそうだし、カヌレ村のラムさんにも、そう勧められたから、訪ねて来たんだ」
「他の人間と確実に違う状態というと、つまり、今、私の目の前にいるあなたは、本来は直接SFFに来ることの無い、人間の世界からアバターという傀儡を操っている生身の存在。そして、直接SFFに来たことは望んだことではないので、私とラズならばSFFに詳しいと思い助けを求めるべくここへ来たということですね? 」
「うん。正確には分からないんだけどね。意識は確実に今、ここにあるけど、体のほうはどうなのか、とか。
何にしても、ゲームの中に入っちゃったとか、信じられないかもしれないけどさ」
「いえ、むしろそれが通常ではないことが驚きなのですが……。
それで、私どもに求める助けというのは、人間の世界へ帰りたい、ということでしょうか? 」
頷く硫黄。
クランは頷き返し、暫し考える様子を見せてから、
「まだ、あなたの話を完全に信用したワケではありませんが、とりあえずは、あなたが何者であるかということは分かりましたし、残念ながらあなたを助けることは私やラズでは無理ですので、質問はここまでにし、あとは全て長官にお任せしようと思います。
長官の許へご案内しましょう」
立ち上がって、硫黄のほうへと歩いて来つつ、応接セットの脇を通り過ぎざま、ソファのラズに、
「少しの間よろしくね、ラズ。まあ、どのみち、あと数分で終業時刻だけれど」
「はーい」
ラズの、ちょっと面倒くさそうな返事を聞きながら、硫黄は、あれ? と思った。
最初のチュートリアルもそうだが、その後ヘルプ機能を使って質問する時も、24時間いつでもOKなはずなのだが、勤務時間など決まっているのだな、と。
もっとも、SFFの外……人間の世界とSFFの中では時間の流れ方が違うため、人間の世界の目線でいくと、ベリー姉妹は、例えば朝に仕事が始まって、あと数分で終業時刻を迎えるならば、数分毎に仕事と休みを繰り返していることになるワケで、休んでいる時間にたまたまアクセスしようとしてつながらなくても、「あれ? 不具合かな? もう少し待ってから、もう一度やってみよう」と思うだけだろうし、実際、自分もそんなことがあったような気がするな、と、ちょっと考えただけで自己完結出来てしまったが……。
硫黄のすぐ隣までやって来たクランは、ドアのノブに手を伸ばして開けつつ、
「こちらへ」
クランに連れられてやって来たのは、タウンオフィスの庭の噴水。
表側に回り、噴水を囲う低い柵にあった小さな突起にクランが触れると、それがスイッチになっていたようで、水が止まり、止まった水の向こう側からドアが現れ、クランの立っている正面部分の柵だけが下がって地面に収まった。
その柵の下がったところを通り、ドアを開けるクラン。
ドアの向こうは、様々な色が交ざり合い揺らめく、天井も床も無い空間。あまり長く見ていると気持ちが悪くなりそうだ。
「これは? 」
「これは『空間移動装置(ゲート)』と言います。同じくこの装置のある場所へなら、どこへでも一瞬で行ける便利な物です。
これを使用し、スーパーモンブランにおります長官の許へ行きます」
(…でも、これって……。もしかして、テレポと同じようなものなんじゃ……? )
そう思い、聞くと、
「はい。誰もがテレポを使えるワケではございませんので。私も使えないですし。
それに、テレポでは一度行ったことのある場所でないと行けないですからね。
……何か、問題でも? 」
硫黄は、自分は普段、人間の世界からアバターを操っている時にはテレポを使うが、例えば傷薬が酷く沁みたことなど、SFFの中に直接入ってしまってから感じた多くの違いを踏まえ、テレポを使うことを避けて、カヌレ村からマカロンタウンへも徒歩で来たのだと説明した。
クラン、小さく頷き、
「そうですか。仕方ないですね。10日ほどかかることになりますが、歩いて向かいましょう。
今夜は宿直室にご宿泊ください。先程の彼が今日の宿直なので、何かあれば彼に。私は明日の朝、迎えに参ります」
言いながら、先に立って戻ろうとするクランの背中を、硫黄、
「…あっ、あのっ……」
呼び止める。
足を止めるクラン。
「オレは、クランさんのことも、他の妖精の人たちのことも、架空の存在だなんて思ってないから」
SFF内の時間で言うところの昨日の夕方からこれまで、まだほんの数人だが、ゲームとしてでなく直接向き合って会話をしたりして、そう思った。
それだけは、どうしても伝えておきたかった。
「そうですか」
背中のままで答えたクランの声からは何の感情も感じ取れなかったが、伝えられさえすればよかったので、硫黄は満足だった。
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
セクスカリバーをヌキました!
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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
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これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
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その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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