日焼け防止魔法を吸血鬼姫様のために

黄崎うい

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1章 アマリリス姫様

20話 医者-2

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 眼鏡をかけてどうだというわけではなく、ただ掛けるだけでツユが見やすくなるほどまで魔力がレンズに流され、視力検査ではそれをはかるのだ。ツユは渡された眼鏡をかけて口を嫌そうに歪ませながら魔力が流されのを待つ。

「まあ、そんなに悪くはなってないな。じゃあいつもの薬と羽用の死滅剤出しておくからツユは外で待ってろ」

 アテンマはツユが掛けている眼鏡のレンズが魔力の調整を終えたことを確認すると、どのくらいの魔力が使われているのかを診た。自分の眼鏡を上にずらして顔を近づける。自分の眼鏡を通すと魔力量がよくわからなくなるらしい。

 アテンマはツユにカプセル状の薬と小さな壺を投げて渡した。コントロールはいいのだが、突然投げるのだからツユは落としそうになる。ケイジュが何とかフォローし、何も地面に落ちなかった。

「いつも通りとりあえず視力の低下を抑える薬と羽の細胞が再生するのを防ぐ薬な。眼鏡はやるから睨んでないで早く出てけ、用法は守れよ」

 アテンマは自分が言いたいことだけ言った。腹はたったが、ツユは仕方ないと立ち上がり黙って出ていった。

 これからケイジュの腕から毒を取り除き、血を止め、何事もなかったかのように傷を塞ぐのだが、ツユはそれを見ていることが苦手だ。痛みは実際無いらしいのだが、見ているだけで痛々しい。しかし、それだけではない。

 ツユはマジリではあるとはいえ、吸血鬼だ。多くの出血を伴うその治療を何もせずにただ見ているのは困難だ。齧りつけるのならば、そうしているだろうし食べられるのであれば肉ごとツユの腹の中だろう。それをしたくないツユは外で大人しく待つ。

「あーもう、やだ。気分悪い」

 眼鏡を掛けていると目の前にはいつもは絶対に見ることができない景色が広がる。いつも見えていればそうは思わないのだろうが、慣れていない景色は見えすぎていて気味が悪い。

 ツユは眼鏡をはずし、そのまま床に投げ捨てる。ツユの力ではレンズが割れることなどないから安心してポイだ。

 手を噛み噛みして気持ちを落ち着かせる。吸血鬼としての習性なのかツユだけがおかしいのか自分でも何でも肉の固さを傷つかない程度で噛んでいると心地よいのか落ち着く。時々噛み切るまではいかないにせよ強く噛みすぎて血が滲まなければもっと良いのだが、少し痛いくらいならば気にせず噛んでいる。

 咀嚼をするように繰り返し、食べてしまわないように優しくツユは左手の親指の付け根辺りを噛む。

 ガリッ

「痛っ……」

 歯に骨が引っ掛かった様な小さな音がしてツユは口から手を離す。腹が立っていて強く噛みすぎたのか歯が食い込み、血が細く垂れている。それに気づいて初めて痛む。だが、この程度の痛みならばどうもしない。どうせすぐ治るからとツユはまた噛み始めた。

 カミカミガリカミ

 ガリガリガリカミ

 カリカリガミカリ

 骨が削れる音がするが、お構いなしに噛む。流石に少し痛いと思い始めたが、落ち着くのか絶対に口を離さない。

 埃っぽいソファに座り、カリカリガミガミと噛み続ける。痛い痛いと手が震えるが、口の中に広がる自分の血の味を味わい続ける。

 ポタッポタッと流れる血が服に垂れる。それにもツユは気がつかない。

「ツユ! 」

 十数分が過ぎただろうか。アテンマがツユの腕を引っ張り、口から引き剥がした。

「俺は甘噛み程度にしておけっていつも言っているだろ」

「そうだよツユちゃん、傷が残ったらどうするんだよ! 服もすごく汚れちゃってるし」

 アテンマがツユの腕を掴んだまま言うと、ケイジュも叱るようにツユの口元を自分の手で拭きながら言う。二人とも怒っているようだ。それもそうだ。二人が診察室から治療を終えて出てくると、ツユが口から血を流して自分の腕を噛んでいるのだ。何度か見たことのある光景ではあるが恐ろしいものだ。

「……ごめん」

 ケイジュとアテンマの心配そうに怒る顔を見てツユは眉を下げて謝る。

「疲れてんのか? 治るとかの問題じゃないんだ、服は汚れるし癖にするのはよくない。噛むのは食事の時だけにしとけ」

「ツユちゃん、噛みたくても自分の腕はダメだよ。良い固さのぬいぐるみまたあげるから、お願いだからこんなことしないで」

 少し心配性な二人はツユに言ってから二人してツユの頭を撫でた。既にツユの腕の傷は何も残ってなどはいないが、服に垂れた赤黒い血を見ると二人は焦っているようにも見えた。

「これ着てけ。それを外で見られると厄介だろ」

 アテンマが服の上から羽織れる物を貸してくれた。ツユは元気のない顔でそれを羽織る。血も隠れるし、まあまあ似合う。一度帰るまでの間ならば何も変わらないだろう。

「ツユちゃん、帰ろうか」

 治った手をツユに差し出し、ケイジュは言う。

 さっきまで噛んでいた手でその手を握り返し、アテンマに言う。

「それじゃ、アテンマ。ありがとね」

 普通ではない元気ない声で、いつも通りに笑おうとしながら。それにアテンマは優しく手を振って送った。

「……まったく、あのお嬢様のお相手は大変だな」

 ツユとケイジュが出ていって手を下ろしたアテンマは、ケッと面倒そうに目を歪ませて言った。こんなんだから態度が悪いと言われるんだ。
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