わがまま令嬢の末路

遺灰

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序章

第三話 決意

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「ここにお前との婚約破棄を宣言する!」

 周りの目線と興味が一斉に私に向くのが分かった。好奇心や嫌悪感を孕んだそれらに足が竦んだ。
 それまで流れていた音楽も、そこら中から聞こえてきた会話も、一切の雑音が示し合わせたように消えた。周りの"観客"も相まって、まるで自分が舞台に引きずり出されたような錯覚すら覚える。

「な、なにを、仰ってい」
「黙れ!」

 婚約者であるその人の怒声に、身体が大袈裟に跳ねた。それを不愉快そうに一瞥する彼は、その隣にいる女生徒の肩を大事そうに引き寄せた。
 婚約者の私には、一度だって自分から触れたこともないのに。

「貴様が彼女にした仕打ちは全て聞いた。大人しく縄につけ」

「ですが、私は……!」

「お前の言い訳なぞどうでもいい!そんなに否定したいのなら、これらの証拠はなんだ?!」

 彼が証拠と呼んだ他の生徒からの証言を集めた紙が宙を舞った。
 華々しい断罪ショーの幕開けだった。

 彼が声高々に聞かせる私の悪行の中には私が知らぬものもあった。
 確かに私は彼女に王子から離れるようにキツくものを言ったり、呼び出してこれ以上近づくなと牽制したりした。他の生徒が彼女に意地悪するのも、見て見ぬ振りをした。
 でも私は彼女の私物を破ったり、魔法で攻撃なんて一度もしてない。直接的な危害を加えるなんてリスクの高いことをやるわけがない。

 否定したくても、彼は私が言葉を発するのを許してくれない。

 何もできなかった。

「それでも、私は……」

「では、先日彼女が階段から落ちた時、お前は何をしていた?あの時、階段から彼女を突き落としたのはお前だろう!」

 心臓がドキリと高く脈を打った。
 数日前のあの出来事。婚約者の彼やその他の取り巻きから、あんなにもハッキリとした憎悪を向けられたのはあれが初めてだった。

 でも、違う。
 私は何もやっていない。

「それは……!」

「お前は、この期に及んで言い逃れをするのか!俺は確かにこの目で見たぞ!お前が彼女を階段の上から見下ろしている様を!」

「でも私は、彼女を突き落としてなんていません!」

 そう、あの時。
 私は彼女に踊り場で呼び止められたのだ。
 私は婚約者のいる殿方に付き纏う彼女が個人的にも好きではなかったし、これ以上変な噂を立てられたら堪ったものではなかったので、さっさとその場を離れようとした。

 それなのに、

『彼にこれ以上付き纏うのはやめてください。彼は私が好きだと言ってくれました。彼をもう苦しめないで!』

 なんて、言ってのけたのだ。あの女は。
 その言葉にカッとなった私が勢いよく振り向けば、それに驚いた彼女は「きゃっ!」と声を上げて後ろに下がろうとした。
 足場のない後ろに。

 そしてそのままーーー。

 そこに"ちょうど良く"通りがかったあの人と他の取り巻きの方々が彼女を抱きとめ、事なきを得た。
 彼らは私に鋭い視線を寄こした後、直ぐに彼女に甘い言葉を囁き、彼女の大事が最優先だと言って彼女を抱えてその場を後にした。

 いや、鋭い視線、なんて優しいものではなかった。
 敵意ですら優しく思えるほどの明らかな"殺気"に、私はもう取り返しがつかないことを悟った。

 もう私は彼の婚約者でいられない。

「お前との婚約は今ここで正式に破棄する。私の婚約者は、愛してる女性は彼女だけだ」

 彼の腕の中で震える彼女と、その彼女を大事そうに抱き締める彼の姿は、まるで一枚の絵のように思えるほどお似合いだった。

 お邪魔な虫は私の方。
 悪かったのは私だけ。

 これが"悪役令嬢"である私の末路。

「第二王子の妻となる者にした仕打ちは許されるものではない。この罪人を捕らえよ!」

 そうは言っても私は侯爵令嬢。
 自分より高位の人間に対する無礼な行為を恐れた近衛兵達の動きは遅かった。

 これならまだ私の話をする猶予がーーー。

 そう思っていた私の腕を捻り上げたのは、彼女の取り巻きの一人であった。本来なら公の場で女性に手を挙げるなど、到底許されるものではない。
 ましてや私より下の爵位の者が許可なく私に触れるなど、あってはならないことなのに。

 しかし、この行為を許しているのは王族であるあの人だ。

「待って、待ってください……!」
 近づいてきた兵たちが私に縄を巻く。

「話を聞いてくださいっ、どうか」
 私を会場の外に無理やり引いていく。

「お願い…いや、嫌よ、離して!」
 私の叫び声は閉まる扉の音に打ち消された。

 その後は乱暴に馬車に乗せられ、着いた先は王族や貴族専用の牢獄だった。
 服を脱がされ、装飾品を取られ、無様に床に転がされる。

「へへっ、第二王子も悪い人だな」
「貴族様を味見できるなんてなあ」
「流石育ちが良いだけあって美味そうだ」
「金を貰ってるんだから、これは仕事さ」

 下卑た笑みを浮かべて私を連れてきた男達がこちらに手を伸ばす。
 妙に準備がいいと思ったら、あの人はこれらを全て用意していたのか。金を使ってまで、私にこんな目に遭ってほしかったのか。

 いくらなんでもおかしい。
 王は知っているのだろうか?父は認めたのだろうか?

 絶望と恐怖で歯がカチカチと鳴る。
 私は蚊の鳴くような声で「いや」「やめて」と呟く事しか出来なかった。男たちの手が私に触れる、その瞬間ーーー

「何を、している」

 男たちの後ろから掠れた声がした。

「な、なんだお前は!」
「おい!コイツは……」

 男たちの手が遠ざかっていく事に安心した私は、後ろの男に視線を移す。
 背は私を囲む男たちより高く、身体つきはまるで騎士のように引き締まっていて、顔を隠す様な布からは金の瞳が男たちを睨みつけていた。

「罪人は、俺の、管轄下だ」

 斧を片手に自分たちを見下ろす彼にたじろいだ男たちは、私と彼に蔑んだような目を向けて、文句や唾を吐きながら逃げていった。

「チッ、汚らわしい人喰いめ」

 男たちが去り際にそう言っていたが、その時の私はそれが処刑人の蔑称だとは知らなかった。

 ただーーー

「……大丈夫そう、だな」

 そう呟いて息をつく彼の瞳を見て、無性に泣きたくなったのを覚えている。

 今なら分かる。
 彼の瞳は今まで見た誰のものより優しくて、暖かくて、"私"を見てくれていた。それに安心した私は眠る様に気を失ってしまった。

 ***


 馬車は嫌いだ。

 どうやらあの時の出来事はトラウマとして私の心に根付いているらしい。馬車に乗せられたあの時の心境は、言葉にするのも嫌になる。
 窓から見える景色を眺めるのは好きなので、気分転換に彼と初めて会った時を思い出しながら流れる風景をぼうっと見ていた。

 私がこれから向かうのは婚約者である彼の家、つまりは王宮だ。気分は断頭台に向かうそれだが。

 本当は嫌だ。行きたくない。
 自分を殺した相手に好き好んで近づきたがる人がいるだろうか。いや、いない。もしいるのなら私はその人の正気を疑う。

 それでも貴族として生まれたからには家の駒として生きるのは決まっているし、それに抗うことは出来ない。準備ができるまでは、ね。
 それに私の立場は貴族の中でも上位。あの子を手に入れる上で爵位や権力はとても重要になるだろうから、この利点を逃す手はない。

 そちらが私を利用するなら、私も存分に利用させてもらおうじゃない。

 あの子をあの牢獄から連れ出すには課題が色々ありそうだが、諦める気は毛頭ない。目の前にある希望を手放すなんて、もう出来ない。
 必ず、あの子と夢見た未来を、勝ち取って見せる。

「その為なら、私の身なんて安いものだわ」

 ぽつりと零れた呟きは宙に溶け、誰の耳にも届くことはなかった。

 ***

 王宮はいつ見ても壮大で、美しく、まるでこの国を表したかの様だった。
 貴族や王族は富に溢れ、平民や下民は貧困に喘ぐ。どこの国でも変わらない現実を、ここに来る度に再認識する。

 私はとても幸福な人間だ。今も昔も変わらずそう思う。

 生まれてこのかた腹を空かせた事はなく、気持ちよく安心して眠れるベッドがあり、勉学を受けることが出来る。
 平民に生まれればこうはいかなかっただろう。朝から晩まで働いて、時にはそれでも金が足りず、道端で物乞いをする者だっている。

 しかし、噂で聞いたが隣国では最近新しい取り組みとして平民や下民にも無料で勉学を教えたりするなど、様々な変革が行われているところもあるようだ。
 噂といっても私が聞いたのは学園時代なので、今はまだそんな噂はない。

 あの子を手に入れたら隣国に逃げるのもやぶさかではないかな。

 父に連れられながら歩くこと数分、着いた部屋で待つこと数十分。
 私はあの子との未来や可能性を考えることで気を紛らわせていた。

(そう言えば、覚えているのは私だけなのかしら)

 周りにいる人達は誰も戸惑ったような様子もなく、ただ当たり前の日々を過ごしている。そもそも私が処刑される事を知っていたら私の親は同じような条件では婚約をしないだろう。
 別に私のためとかではなく、もっと利益が得られるような契約を結ぶはずだ。

 でも、そうか。次に会った時は初対面の可能性もあるのね。
 他の人達から忘れられるのはどうでもいいが、あの子の記憶から消えてしまうのは、少し……いいえ、とても寂しい。

 それでも、あの子が覚えていなくても、私は覚えている。彼との会話も、彼の瞳と声も、彼との思い出はちゃんと私の中にある。
 彼が私を覚えていようといなかろうと、些細なことだ。

 あの子との約束を、必ず果たしてみせるわ。

 私の胸に灯る希望は日に日に強くなっていく。あの子が存在する限り、今度は絶対に挫けたりしない。

 自分を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。どんな困難であろうともあの子との未来の為に乗り越えてみせるわ。
 決意を新たに前を向けば、丁度良くそこへノックの音が数回響く。
 私と父は急いで立ち上がりドアの方に身体を向ける。

 そこから入ってきたのは小さな私の婚約者だった。赤みがかった金髪をして、新緑の瞳はキラキラと輝き、きっちりとした正装でその身を包んでいる。
 彼と共に来た王の隣で背をピンと張ってこちらを見ている様は、小さいながらに王族の気品を感じる。

 私は父と共に彼らに向かって最上級の礼をして、挨拶を口にする。王の許しが出たら顔を上げて、座るように言われたら座る。
 この場では王が絶対で、彼が全てを決める。

「では相違ないな?」
「はい、確かに」

 そうして彼らは子供達の婚約を決める契約書にサインをする。私達も自分の名前をそこに書き記す。こうして私達は正式に婚約者同士となった訳だ。

 問題はここからだ。

「さて、公務はここまでだ」

 王の言葉で周りの雰囲気が変わるのが分かった。さっきまでとは比べ物にならないくらい"柔らかい"空気だ。

「随分と大きくなったじゃないか!私のことは覚えているかな?と言っても会うのは赤子の時以来か。いやしかし、やはり彼女の瞳はお前に似てるな!とても可愛らしいじゃないか」

「そうだろう?流石私の娘だ。目に入れても痛くないさ」

 矢継ぎ早に表情をコロコロ変えながら楽しそうに話す王に対して、同じく楽しそうに返す自分の父親は、なんでも学園時代からの友人だそうで。
 こうして公の場以外では対等な立場で話をするらしい。

 初めて聞いたときはビックリしたものだ。なので私は演技でも一応驚いた振りをしておく。

「はは、驚いたかい?わたしと王様は友人なんだ。いつもはこうやって話しているんだよ」

 父は私の頭を優しく撫でながら悪戯っぽく笑う。前世(と呼んでもいいか分からないが)ではあまり父と話す機会がなかった。彼は多忙で国外に出ることも多かったからだ。

 確か私と第二王子が婚約を結んだ後、父は数年ほど海外で過ごす筈だ。
 王が政治に積極的な我が国では、宰相である父は主に外交で王を支えている。父がほとんど家に居ないのはこの為だ。

 父が不在の時は家で一番偉いのは母になり、私は彼女の監視下で厳しい教育という名の折檻を毎日受ける事になる。考えただけで憂鬱だわ。

「さて、子供達にも二人だけの時間がいるだろう」

 来た。
 私は王の言葉に一人身構える。私の記憶が正しければ、この後に続く言葉はーーー

「庭園に茶の準備がしてあるから、そこでゆっくり話してくるといい」

 そう、これだ。これからが問題だ。
 私の本当の戦いは、今から始まる。

 あの第二王子、婚約者との二人っきりの時間。果たして私は耐えられるのだろうか。ーーーこの身を震わせる恐怖と憤怒に。
 しかし、これを乗り越えれば私の地位は確固たるものになる。
 母に啖呵を切った手前、こんな所でしくじる訳にはいかない。

 先導する従者と王子の後に続きながら、私は覚悟を決めて庭園への道を歩んだ。


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