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序章
第十二話 才能
しおりを挟む義弟の能力を見れば分かるだろうが、彼はいわゆる"天才"である。
魔法術も剣術も、座学だって、義弟は昔から優秀な成績を残していた。
私が先に始めたことでも、義弟はすぐに私よりも上達して遥かに優れた結果を出す。
母はそんな彼を溺愛し、何かある度に「姉として恥ずかしくないのかしら」「もっと弟を見習いなさい」と私を追い込んだ。
義弟が才能のある子供だったこともあって、母の私の将来に対する不安が悪化したのだと今ならわかる。納得はしませんけど。
だけど、なにも知らない前世の私は母の寵愛を受けられる義弟が羨ましくて、妬ましくて……なにより劣等感に苛まれることしかできない惨めな自分が嫌いだった。
しかし、私が義弟を嫌っているのはこれが理由ではない。
理由は単純明快。シンプルに彼の性格が悪いから。
いえ、悪いなんてものではないわ。あれはもう腐っていると言っても過言ではない。
授業中もそうでしたけど、彼は遠回しに自身が相手よりも優れていることをちょくちょくアピールしてくることがある。
言及すれば「なにをそんな細かいことを」と言われるようなことだが、それが積りに積もればかなりのストレスですし、それに怒れば「嫉妬している」と周りが彼を庇って嗤う。
義弟は自分が周りよりも優秀であることと、自分より出来ない者を見下すことに快感を見出している節がある。
それでも表の顔がいいので、彼の本性が暴かれることはない。
「今日は僕、先生にたくさん褒めて頂けました!」
「すごいのね、母としてとても誇らしいわ」
「君にこんな才能があったなんてね。これなら安心して家を任せられるよ」
その日の夕食の時間。義弟が今日の出来事を両親に報告する。
それは傍から見れば微笑ましい光景だが、実際は義弟が遠回しに私をネタに自分の格を上げているだけである。
気にし過ぎだとか、自意識過剰だとか、言われてしまうかもしれないですけど、性格が悪いのは真実ですわ。
『こんな単純で簡単なことなのに理解できないんですか?』
『僕が姉さんだったら恥ずかしくて顔を上げられませんね』
『特別に僕が教えて差し上げてもいいですが、姉さんの頭では理解できるかどうか……あ、っと!すみません、始める前から決めつけてしまって』
『自分が不出来だからといって才ある可憐な彼女に嫌がらせなんて、見苦しいですよ?』
などなど、前世で私を小馬鹿にする発言は数知れず。
前世の義弟は完全に私のことを格下認定していましたから、人目につかない所では私を嗤うことでストレスを発散させていたようです。
まあ、事実私は彼よりも劣っているので、何も言い返せませんでしたし。
ああ、そう言えば義弟もあの女の取り巻きの一人だったわ。
義弟も初めのうちはあの女を平民出の男爵令嬢だと馬鹿にしていた、というか眼中にすらなかったはずだったけど。
義弟もいつの間にか彼女の虜になっていた。いったい何があればあの義弟が他人にあそこまで惚れこむことになるのか、皆目見当もつきませんわ。
そもそもあんなに大勢の男性から一斉に想いを寄せられるなんておかしいのではなくて?
なにか変な薬でも使ったのかしら、と私が不穏な想像をしていれば義弟は楽しそうに声を上げた。
「お姉様は今日は気分が優れなかったのですか?」
「そうなのかい?」
来ると思ってましたわ。
こちらを気遣うような口振りで私に話を振るところは流石としか言いようがありませんわね。
なら、私がすることは一つ。
「いいえ、特に調子が悪いことはありませんでした。
改善するべきところがまだまだたくさんあるだけです」
特に否定をせずにありのままの私を受け入れればいい。
否定をしても誤魔化しても、墓穴を掘るだけですわ。そもそも両親からの評価はどうでもいいですし。
こういった輩は出来るだけ無視して関わらないのが正解だわ。
「そうか。では何か困ったことはあるかい?」
「いいえ、特には。授業はとても楽しいです」
義弟がつきまとってくるのは面倒ですけど。
余計な一言はお肉と一緒に飲み込んでしまえば、口内は幸せで満たされる。
父も「それなら良かった」と嬉しそうにするだけで、特になにか思っているわけではないようだ。
母も私がだいぶ図太くなったおかげか、心配することも少なくなったし問題がないように見える。
ただ、義弟だけがつまらなそうにしていたのを私は見逃さなかった。
***
夜、皆が寝静まったころ。
私は人気のない廊下を歩いていた。
昼間に今日の改善点を紙に記す際に使った万年筆をどうやら図書室に置いてきてしまったようで、忘れないうちに取りに行くことにしたのだ。
うっかりしてましたわ。
別に思い入れのある品と言う訳でもないけれど、道具は大事にするべきよね。
あくびを噛み締めながら歩を進めていれば、背後からギィと扉が開く音がした。
「こんな時間に何をしているんですか?」
そこには義弟が自室から出てくる姿があった。
心臓が飛び出るかと思いましたわ……オバケじゃなくてよかった。
ドキドキと早い鼓動を刻む胸を撫でおろしながら、なんでもない表情を作ろうとしたが、結果としてそれは失敗に終わった。
「もしかして、お目当てはこれですか?」
そう言って義弟が懐から取り出したのは私の万年筆だった。
驚きで目を丸くする私に義弟はクスリと笑う。底冷えするような冷たい笑みに、私の体は硬直するように強張った。
「返してほしいですか?なら、」
「いいえ、いらないわ。あげる。おやすみなさい」
別にペンは他の物を使えばいいですし、義弟に関わるリスクに比べたら万年筆の一本や二本なんて安いものだわ。
今までありがとう、万年筆。貴方のことは忘れないわ。
私は彼の言葉に被せるように早口にそう捲し立てると、その場から足早に去る。
「待てよ」
ところがどっこい、去れませんでしたわ。
私の腕を義弟がしっかりと掴んでいるのを視界の端に捉えながら、私はしぶしぶ義弟と目を合わせた。
暗いせいか彼の瞳も夜の海のように真っ暗だった。
「僕に嫉妬するのはやめてくださいよ?迷惑ですから」
なにをいっているのかしら?
私の何を見て嫉妬していると思ったのかは知りませんが、私はさっさと寝たいわ。
健康的な精神と肉体は充分な睡眠に宿ると教官も仰っていましたし。
「ええ、分かったわ。それじゃあ」
話は終わりだとばかりに義弟の手を払おうと私は腕を振る。
しかし義弟の手は以前として私の腕を掴んでいた。
・・・。
もう一度同じように腕を振る。離れない。
三度目の正直とばかりに腕を振る。離れない。
今度は試しに腕を引いてみる。それでも義弟の手は離れない。
全っ然、離してもらえないのですけど。
え、なにがしたいのこの子…ちからつよ…
眠気でぼんやりとしてきた頭が義弟の奇行に若干の気まずさを感じている。
彼の行動の意味が分からずに困惑していれば、彼がフッと鼻で笑った。
「そうしていれば少しは可愛げがありますね」
前世でも今世でも失礼な人ね。
ジロジロと値踏みするようにこちらを見る義弟の目的が分からないし、馬鹿にされるだけなら時間の無駄なので帰りたいわ。
あの子以外の人間は心底どうでもいいけれど、嫌味を言われたりちょっかいを出されたりしたら不快な気分にはなるものよ。私だって人間だもの。
目の前でコバエが飛んでいたら鬱陶しいでしょう?
それと同じで、私にとってあの子以外のほとんどの人間なんてみんな虫みたいなものよ。不快じゃない人はたぶん蝶かなにかだと思うわ。
「昼間の鍛練は、ずいぶんとお粗末なものでしたね。
あんな出来では将来苦労するのでは?」
「そうね、私もそう思うわ」
だから今こうやって将来苦労しないために頑張っているんじゃない。
きっと義弟と私じゃ価値基準が違うのね。話はこれで終わりだわ。
義弟は私が無感情に彼に同意したからか、グッと言葉を詰まらせた。
だけど、すぐ余裕そうな顔を取り繕うように口の端を吊り上げる。
「才能がないのに何故そんなに必死になれるのか……
凡人の思考回路は僕には理解できないな!」
私の反応が悪かったからか、煽りがお粗末になってきたわね。
自分より劣ってる奴が悔しそうにしないのが気に食わないのかしら?
いつも自分が見下している人種にこんなにも必死になって……なんだか滑稽で笑えてくるわ。
「貴方にも理解できないことがあるのね」
クスリ、と笑い返せば義弟はカッと顔を赤くした。
あら嫌だわ。自分は散々人を嘲笑っていたくせに、いざ自分が煽られるとこうも簡単に怒るなんて。
「お前が努力したってどうせ僕には勝てない!
才能のない愚図は地べたに這いつくばっているのがお似合いなんだよ!」
鼻息荒く言ってやったと言いたげな顔をしている義弟。
本当にくだらない。なんで義弟は私がわざわざ私の人生を義弟に勝つために消費すると思っているのかしら。
自分の生き方は自分で決めるわ。
「手、離して下さらない?」
私がなにもリアクションを見せずに、呆れていることが義弟の逆燐に触れたらしい。
義弟の手に力が込められて掴まれている腕が痛い。
私は自分の眉間に皺が寄りそうになるのを耐えるために深いため息を吐く。
「お前は、なんなんだよ…!」
「あなたは確かに天才だわ。きっと私が
一生を掛けて努力したって貴方より優れることはないでしょうね」
私が静かにそう言えば義弟は余裕のなかった様から一変して、勝ち誇ったような顔をする。
「なんだ、分かっているではないですか」
「でも、それがなんだというの?
私が劣っていることは私が諦める理由にはならない」
私が諦めればあの子はどうなる?
あの薄暗い牢屋だらけの場所に一生閉じ込めておく気か?
出自だけで疎まれ蔑まれる一生を、あの子に送れと?
そんなことは絶対に許されない。
約束したのだから。
義弟をまっすぐに見つめて言えば、彼が息を飲むのが分かった。
義弟が大人しくなったのを良いことに私は続けて口を開く。
「私は貴方に勝つために生きているわけじゃないの。
貴方の自尊心を満たす道具でもない」
静かに、けれど、はっきりとそう告げれば義弟は一瞬だけたじろいだ。
先ほどまで特に抵抗もしないで大人しくしてた奴がいきなり動いたから驚いたのね。
その隙に私が腕を振れば、義弟の手は簡単に離れていった。
「私が努力するのは私のためよ。
他人からの評価も嘲笑も、どうでもいいわ」
義弟は確かに優秀だわ。
しかし、それがなんだというの?
彼が優秀なことなど私には関係がない。私の人生にはあの子がいれば、それでいい。
私は私の人生のために努力をしているだけ。義弟が私を追い抜こうが、遥か先から私を見下そうが知ったことではないし興味もない。
どうだっていいのよ。勝手にやっていればいいわ。
私は私がやるべきことをやればいい。
他人の評価も、期待も、失望も。そんな邪魔なもの、私の理想に必要ないわ。
どうせ全部捨てることになるんだから。
「そんな、もの……どうせお前の努力なんて意味がないに決まってる」
「そんなこと、言い出したらキリがないわ。
私は私ができる最大限の努力を、私の理想のためにする。それだけよ」
数秒ほど義弟を見つめたが彼がなにも言い返さないので、私は話が終わったと見なして踵を返した。
私が廊下を曲がっても、義弟が口を開くことはなかった。
***
「はあ、何がしたかったのかしら」
未だに痛む腕を見れば、少しだけ赤くなっている。
まったく、レディの身体になんてことをしてくれたのかしら。
軽く治癒魔法を施せば、痕は光の粒と共に綺麗に消え去った。
そのまま眠気に身を任せるようにして私はベッドに勢いよくダイブする。
深く息を吸えば、長いため息が出た。
私のことなんて放っておいてくれたらいいのに。
今はなんとか誤魔化せているだけで、本来は魔力量しか取り柄のないつまらない人間だもの。
面倒なことにならなければいいのだけど。
まあ、無理でしょうね。
努力が実を結ばなかった時。正直に言えばその時が来るのが怖い。
それでも努力はやめないわ。あの子に会うまでは絶対に諦められないもの。
私はシーツに包まって、あの子の夢が見れるように願ってから目を閉じた。
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