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序章
第十八話 魔法
しおりを挟む私にとって魔力制御は大きな課題の一つ。
一般的に使う魔力が多ければ多いほど、魔法の制御は難しくなる。
流れる魔力は川のようで、普通に流れている分には我々に恵みをもたらしてくれるけれど、ひとたび水の量が増え溢れかえれば、全てを押し流す濁流と水害になり得る。
魔法も同じ。正しく使えれば恵みを、間違えれば時には死を、私たちに与えるもの。
前世の私は流れる水を制限することで洪水を防ぐように、魔力を制限して魔法を使っていた。けれどそれでは魔力の持ち腐れもいいところ。
今世では流す魔力の量を徐々に増やして慣れることに重きを置いていた。川を少しずつ大きく、広くしていく感じだと思う。
川に瀬や淵があるように、魔力も流れる際は真っ直ぐだったり曲がったりする。その流れに慣れるのも大切なことだわ。
魔法を発現する際に魔力の流れが乱れると、魔法は上手く発現しない。それどころか暴発や暴走してしまう恐れがある。魔力制御はその乱れを極力抑え、魔力が溢れないように、ちゃんと流れて魔法として発現できるようにする大切な基礎。
私は期待と緊張で高鳴る胸を落ち着かせるように大きく深呼吸をすると、私の中にある魔力に神経を集中させる。
中心にあるそれを少しづつ解いて身体全体に流していく。
出来るだけ速く、けれど焦らず。一定の速さを保って丁寧に。
ほぼ全ての魔力が身体を巡る感覚は、どこか懐かしく、穏やかな気持ちにさせてくれる。
そうして魔力が安定したところで、私は呪文を唱えて魔法を口にする。
「《豪雨》|《レインストーム》」
すると私の頭上には大きな水の塊が現れ、ぎゅっと縮小したと思った次の瞬間、弾けた。
そして弾けたそれらは雨となって辺り一帯に降り注ぐ。
雲一つない空から降り注ぐ雫に太陽の光が反射して幻想的な光景が広がる。
その一方で、ざあざあと音を立てながら一面を水浸しにして洗い流す雨を見て、やはり魔法は使い方次第で恩恵にも災厄にもなり得るのだと理解した。
ここが庭じゃなくて良かったわ。
ドレスが水を吸って重くなるのを感じながら、私はそんなことを考えていた。
***
時は遡ること数十分前。
私は今日も変わらず教官と義弟と共に、いつものように魔力制御に精を出していた。そんな私を見守るように、教官はこちらをじっと見ている。
最近では前世より多くの魔力をずっと楽に制御が出来るようになっていた。以前の私は魔力を制限すること自体にかなりの意識を割いていたので、今の方が断然に魔力を扱いやすい。
魔力の量を制限して過多にならないように調整しつつ制御するよりも、全ての魔力をちゃんと制御できるようにする方が、元来ひとつのことに集中するのが得意な私には合っている。
貴族はどれだけ多くの種類の魔法や威力が大きい魔法が使えるかがステータスに関わって来るから、前世では魔力制御よりも魔法を一つでも多く学ぶことを優先されていた。
そう考えると、今この教官に師事できていることはとても幸運だと思える。
彼は私の『実戦でも動けるようになりたい』という願いを汲んで、魔法をしっかりと発現させるために重要な魔力制御の訓練を優先した。
前世の記憶と優秀な教官のおかげもあって、私は一年足らずでここまで魔力制御の精度を上げることが出来たのだ。
「魔力量が多いとは聞いていたが、本当に多いな」
教官は私を見ながらそう呟いた。
多くの魔力を宿す人は自分の魔力を集中すれば感じることが出来る。けれど他人の魔力は魔法が発動する前後ーーつまり魔力制御時のように体内で魔力を"練って"から魔法として"放つ"までーーにしか感じることができない。
感じると言っても人によって感じ方は様々で、肌がピリピリしたり、背筋に冷たいものが走るような感覚や圧迫感などがある。
でも稀に教官のように他人の魔力を視覚で捉えることが出来る人がいる。
そういう方たちは、相手のだいたいの魔力量や相手が魔法を放つタイミングなどを知れるので戦いでは有利だ、と教官が仰っていた。
「にしても、上達したじゃねえか。もしかすっと騎士団の奴らより上手いかもな!」
がっはっは!と豪快に笑う教官に、嬉しいと思いつつも、それはそれでどうなのかしら……と騎士団の未来に少しの不安を覚える。
まあ、教官のように優秀な人材が沢山いるでしょうし、そう簡単に崩壊したりはしないと思うけれど。
それにしても、前世では考えられないほどの上達っぷりだわ。
前世の記憶のお陰で魔力制御を四六時中できる余裕があることもそうだけど、魔力を視ることが出来る教官のアドバイスが大きいのだと思う。
どのタイミングで私の魔力が乱れるのかを"視る"ことが出来る彼からの指導は、とても的確で為になる。本当にありがたいわ。
私が心の中で教官に感謝していれば、彼は「よし!」と何かを思いついたように膝を叩いた。
「魔法、使ってみるか?」
「え」
確かに魔力制御は安定してきたけれど、まだ魔力の七割程度しか出していないし、失敗してしまうかもしれない。
私が少し不安に思っていると、教官は「ま、無理にとは言わねえさ」と肩の力が抜けるような言葉を掛ける。
もし失敗することがあってもこの人となら、何となくだけれど、大丈夫だと思えた。
「使ってみたいですわ」
私が意を決してそう言えば、彼は「待ってました」と言わんばかりに二ッと笑って母に外出許可を取りに行った。
義弟もついて来ようとしたが、教官のもし万が一のことがあったら嫌だし責任を取りたくないという言葉で留守番が決定した。危うく教官に拍手を送るところでしたわ。
開けた土地に行くために私は教官の馬に乗せられた。
「舌ァ、噛むんじゃねえぞ」
「……?、はい」
家の門を抜ける時に教官にそう言われた私は、首を傾げつつも返事をした。そんなこと言われなくても噛まないわよ、と高を括っていた私が甘かったですわ。
後ろから教官に支えられているとはいえ、前世で経験した乗馬よりも断然速く走る馬に、私は目が回りそうになっていた。あの子と乗った馬も、ここまで速くはなかったわ。
自分が風になってしまったのではないかと錯覚してしまうほどのスピードで、馬は地を駆けていく。
乗馬ってこんなに高度なものだったかしら?!
最初の数分はそんなふうに思っていたが、しばらくするとそれにも慣れてきて、周りを見れるくらいには余裕が出てきた。それにしても教官の体躯が素晴らしいですわ。この揺れでも全く意に介していないようですし、背中から感じる安心感がすごい。
すごい速さで流れていく景色、耳元でごうごうと鳴る風、体に感じる圧。
でも嫌いじゃない。どこか心地いい感覚と爽快感に、気付いたら私は笑っていた。
***
そうして無事辿り着いた先で、私は教官に見守られつつ初めて大きな魔法を使ったのだった。
「ははっ、すげえじゃねえか!」
教官は雨で濡れた前髪をかき上げながら笑う。
小雨になってきた雨粒たちの中にいる私に近づいた彼は、ふっと柔らかい眼差しで私を見た。
「よく頑張ったな」
まるで自分のことのように嬉しそうに、そして誇らしげに私の頭を撫でる教官に、不覚にも目頭が熱くなる。まるで胸の奥からなにかが湧き上がってくるような感覚がして、私は無意識に服を強く握りしめた。
この人は、自分の教え子の成功を心の底から祝福してくれる人なのね。
ちゃらんぽらんに見えて、真っ直ぐで熱い人。この人が炎の騎士団長だと言われたら納得してしまうかもしれない。実際は氷の騎士団長らしいけれど。
「私がここまでこれたのは教官のお陰です。本当に感謝してもしきれないですわ」
私は教官への感謝を示すように、最大限に丁寧な礼をする。
教官は軽く「どーいたしまして」と答えるが、少し照れたように目を逸らしていた。そんな彼に私は真っ直ぐ向き直る。
「でも、まだまだこれからです。これからもビシバシとご教授くださいませ」
これからに期待して挑戦的に口角が上がる私を見て、教官も面白そうにニヤリと笑う。
「本当に貴族の嬢ちゃんらしくねえこった。
……ここまで来たんだ、とことんやるぜ」
「はいっ」
色々なことが出来るようになればなるだけ、あの子を守る術が増えていく。尊敬する教官も我が事のように喜んでくれる。喜ばしいことばかりで楽しくなってくるわ。
私にとって大きな課題の一つだった魔力制御をクリアした私は、次に来るであろう魔法訓練に思いを馳せる。
次はどんなことが出来るようになるのかしら。
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首を長く長くしてお待ちしてます^_^
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