あんなこと、こんなこと

近江こうへい

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【こぼれ話】それぞれの、あんなこと、こんなこと

2.【有川・社会人一年目/冬】二月の茶番劇 ②

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 テレビを消して、笑いをこらえながら俺も移動する。
 指定されたクローゼットは、寝室と俺の仕事部屋とをつなぐ形のウォークスルータイプで、作り付けの小さな机が七瀬の部屋みたいになっている場所だ。
 帰宅した時に玄関の死角にこそこそ隠してた紙袋を取りに行ったんだろう。多分、七瀬は玄関の横にある仕事部屋を通ってくる。俺は鉢合わせしないように寝室側からクローゼットに入って照明をつけると、仕事部屋の方に背を向けて七瀬を待った。

 そういえば、母親以外からチョコをもらうのなんて初めてだ。
 暗黒の中高一貫男子校時代には本命チョコを夢見たりもしたけど、そんなのはきっと都市伝説なんだと思うことにして以来、自分には関係のないイベントだと思って割り切ってたのに。
 ……これ、今すぐ井田に自慢したい。ああ、でも。どうせあいつもバレンタインにかこつけて宇山と何かやってるか。

 そんなことを考えてたら、わざとスリッパの音を立てるような小走りが背後から近づいてきた。
 振り向くと、七瀬が左手で胸元を押さえてハァハァと肩で息をしている。急いで走ってきた演技……なんだろうけど、七瀬の本気のハァハァは見慣れすぎていて、これは嘘だとすぐに分かった。
 尻まで隠れるロング丈のトレーナーの裾に巻き込むようにして、右手で何かを隠し持っている。

「あっ、有川くん待った? 急に呼び出したりしてごめんね?」

 ……いや、どした。
 裏声まではいかないけど、地声よりはかなり高めだ。しかも棒読み感がすごい。
 笑わないように気を付けながら、とりあえず俺も合わせてそれっぽいことを言ってみる。

「あー、大丈夫。俺も今来たとこ」
「そっか、よかった。えっと、それでね、あのね」
「うん」

 そういうキャラ設定なのか、言葉遣いがやたらかわいらしい。
 これは多分、校舎裏に呼び出したとか、そんな感じの設定だ。もらったカードのイメージと合わせると、女子中学生とか女子高校生とか……。つか、なんで女子。
 もじもじと服の裾に隠した物を両手で何度も持ち直して、俺と目を合わせないようにしている七瀬の次を待つ。
 残念ながら壊滅的に演技が下手くそだし、設定はどうあれ、実際は一八〇センチ近い身長の大人の男だ。元々、女顔ですらない。服だって、全身黒い俺の部屋着のままだ。学生の頃よりも短くした髪型のせいで男っぽさは増していて、仮に演技がうまかったとしても違和感しかない。んだ。けど。

 ……やばい。俺の七瀬は何やっててもかわいい。

 普通に考えたらこんな素人演技に乗せられるわけもないのに、変な緊張で胸が苦しくなってくる。
 固唾かたずをのんで次のセリフを待っていると、「えっとね、あのね」なんて棒読みで言いよどんでいた七瀬の顔が、うつむいたままじわじわと赤くなってきた。

「うー、えっと……あのな。あの。えっと、あー……、ちょっと、ちょっと待って」
「……七瀬?」

 大丈夫かそれ。すっかり地声で素が出てんぞ。
 もう終わりかと思ってちょっと近づこうとすると、その動きを制するように七瀬が両手で何かを差し出して、思い切り頭を下げた。

「あっ、有川くん! ずっと好きでした! 俺と付き合ってください!!」

 目の前の小さな包みを反射的に両手で受け取ったものの、返すべき次のセリフが出てこない。こういう展開は予想してた。こんなのはこの茶番に用意されたセリフだって分かってる。だけど。

 ず っ と 好 き で し た 。
 付 き 合 っ て く だ さ い 。

 ──何だこの破壊力。
 言葉のひとつひとつを咀嚼そしゃくすると、一瞬止まっていた鼓動が遅れを取り戻すようにどくどくと脈打ち始めた。
 俺は毎日何度も七瀬に好きだって言ってるし、七瀬も三回に一回、いや、五回に一回くらいは返してくれる。それなのに。

「有川……? え、マジで引いてる?」

 すっかり演技を忘れた七瀬が、そろそろと頭を上げながら様子をうかがうように俺を見る。受け取ったまま固まっていた両手を俺が下ろすと、近づいてきた七瀬がその袖をつかんで、視線から隠れるように俺の左肩に額をうずめた。

「七瀬」
「いや、だってさあ。なんかもっとこう、おもしろい感じになるかと思ってたんだって」

 俺より頭半分低いだけの七瀬がいつもより小さく思えて、いつもより慎重に、ぶつぶつぼやいているその頭を右手で抱き寄せた。

 俺たちがいつ付き合い始めたかっていうと、その辺はかなり曖昧だ。一緒に暮らすイコール付き合う、だった気もするけど、気持ちだけならもっとずっと前からそういうつもりだったし。
 友達だったのに流れで生のちんこ突っ込んだのが最初で、好きになったのはその後で、それが特別な意味だって自覚したのなんてそれから先で。
 順番、っていう意味じゃ、俺らはかなりいろいろとおかしい。

「……七瀬くん」
「……何」
「俺、さっきの返事まだなんだけど。付き合ってください、の続き」
「ん。あ、じゃあ一旦離れて」

 自分でひっついてきたくせに、相変わらず切り替えが早い。するりと距離を取られて行き場をなくした右手が寂しい。
 俺は七瀬のこだわり設定に沿うべく、名残惜しい気持ちで苦笑いしながら一歩二歩と後ろに下がって、やっとOKが出たところで口を開いた。

「俺も。……俺も、七瀬くんが大好きです。末永く、よろしくお願いします」
「えっ、嬉しー。ありがとー」

 いや、だからなんでそこでまた棒読み。感動してそうなセリフなのに、抑えきれないのか顔はにやにや笑ってるし。
 ……まあ、七瀬が満足したならそれでいいか。
 今度こそ茶番は終わりで、俺は七瀬の背中に両腕をまわしてそっと抱きしめた。

「七瀬ありがとな。すげえ嬉しい。……つか、これ結構本気で恥ずかしいんだけど」
「それな。あー、もう何これ。こんなんマジで二度とやんねえ」
「よく言う。自分でやっといて」

 額をひっつけて、今さらおかしくなってきて二人でくすくすと笑い合う。
 吐息のかかる距離にある七瀬の唇。自然とそこに吸い寄せられそうになって、だけど、寸前で思いとどまった。
 普段はあんなにエロいくせに、七瀬は長年こじらせてたせいか、まだこういう中学生みたいなイベントに憧れてるようなとこがある。
 茶番でも何でも、これは多分七瀬の夢見てた告白シーンのはずだ。だからこそあんなにずっとそわそわしてたんだろうし、「おもしろい感じになるかと思った」なんて、どうせただの照れ隠しだろうし。

「あー……、これ、開けてみていい? お茶入れよっか。紅茶と緑茶どっちにする?」

 いつもより多めに抜いておいたのに、これ以上はちんこがちそうだ。腕をほどいてリビングに戻ろうとすると、七瀬が立ち止まったまま俺のパーカーの裾を引っ張った。

「え、ちょ、有川」
「ん?」
「いいけど、なんでしねえの?」
「いや、だって付き合ってすぐにキスとかしたらおかしいだろ」

 付き合うなんて考えもしなかった時に七瀬を輪姦まわした俺が言うのもおかしいけど。

「は? その設定まだ続いてんの?」
「え、続けねえの?」
「……もういいんじゃね?」

 初めての告白。初めての恋人。初めてのキス。初めてのセックス。
 告白して両想いになった二人のは、つつましやかに手つなぎデートとかじゃねえのかよ。
 経験し損ねた青春を取り戻したいならいくらでも俺が付き合ってやるのに、仕掛けた本人がその邪魔をする。わざとじらしてその反応を楽しむのもいいけど、今日だけは素直にその細腰を抱き寄せた。
 せめて初めてみたいに触れるだけのキスをした俺に、七瀬が慣れたキスを返す。その先はどちらからともなく深く長くなって、もう止められなかった。

「七瀬、かわいい。大好きだよ」
「ん……、俺も」
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