50 / 53
【こぼれ話】それぞれの、あんなこと、こんなこと
14.【宇山・社会人五年目/春】answer 愛の言霊 ②
しおりを挟む◇
「なあ、これって浮気したことにはなんねえの?」
最後にシャワーを浴びた七瀬が、バスルームから出てくるなり理不尽なことを言った。
ええー、今さらー。さっきまで俺のちんこでアンアンあえいでたくせに。俺と有川に輪姦されて中イキしまくってたくせに。
ていうか、俺の尻には二代目の井田型ディルドを挿れてたから、間接的には井田だって参加してた。アホみたいな理屈だけど、これ井田には絶対通じるよねって思ったら思わず笑ってしまう。
「七瀬はいいんですー。つか、浮気も何も、別に俺ら付き合ってないからね?」
「あー、はいはい。そうでしたそうでした」
七瀬は当然のように有川に部屋着を着せてもらいながら、いいかげんな相づちを打った。
俺は勝手知ったるキッチンで適当に選んだ紅茶を入れて、でかいL字型ソファの端っこでくつろいでいる。カフェインが苦手な七瀬のために、有川が取りそろえたデカフェの茶葉は、その時の気分でより取り見取りだ。
暇で他にやることもない連休も後半に入って、一人でこいつらの部屋に遊びに来た俺は、久しぶりに井田抜きで七瀬とHした。
だって、ここに来ること以外に思い付かなかったんだから仕方ないよね。プライベートでも連絡を取り合う程度に仲のいい同期はいても、まあ、休みの日にまで会いたいとは思わないし。
一人遊びにはもう飽きた。
連休の前半には、普段は行かない映画館や美術館にも行ってみたけど、見た後に話す相手がいないのはつまらなかった。話題のお店でごはんを食べたって、なんだか一人じゃ味気なくてただの栄養補給みたいな感じだし。バッティングセンターやジムなんかの身体動かす系は、向いてないというか二度目はもういいかな、って感じだったし。服はショップ店員より井田に相談して買いたいし、むしろ、買わなくても一緒に試着して回りたい。
「そーいえばさあ。井田っていつまで忙しいわけ? つか、連休にも来ねえとか、あいつ何やってんの?」
ソファの上、七瀬が有川の隣でうつぶせに寝そべりながら、俺が深く考えないようにしてる違和感をあっさりと口にする。
「あはは、ほんと何やってんだろねー。もしかしたら、今頃またどっかで女の子と」
「あー、井田に限ってそれはないって」
……浮気なんかは全然疑ってない。だけど、俺が適当に茶化して流そうとしたら、なぜか有川が食い気味に割って入ってきた。
「つか、ほら。異動の内示が出たって言ってたし、残務整理とか引継資料作ったりとか、多分そういうので忙しいんだろ」
「え」
「マジか。めんどくせーな」
何それ。そんなの俺は一言も聞いてない。
ていうか、七瀬は有川に頭を撫でられてあっさり考えるのを放棄したけど、異動ならもう二か月も経ってるのはおかしい。
普通、異動の内示は引っ越しがなければ半月前、あれば一か月前とかだ。
井田が忙しくなったのは三月に入ってすぐで、もし長引いたら四か月くらいはそんな感じかもっていう話だった。四か月も前の内示なんて、結婚してたり子供がいたりする場合でもほとんど聞いたことがない。
「もしかして、海外転勤?」
思わずつぶやくと、有川が七瀬の髪を梳いていた手を止めて俺を見た。思いがけないことを聞いたっていうよりは、気付いた俺に驚いたっていう感じだ。
いやいやいや、嘘でしょ?
でも、これは絶対何か知ってる表情だ。それくらい分かる。大体、個人事業主の有川が、転勤の準備がどういうものか知ってる口ぶりも不自然だったし。七瀬も気付いた。
「……え、マジで? 海外? 有川、お前何か知ってんの?」
眉間にしわを寄せて起き上がった七瀬に疑うような目を向けられて、有川が長くため息をついた。
聞けばそれは、お金の大好きな井田が飛びつきそうな話だ。
行き先は、タイ。
経済成長が加速して人件費は高くなる傾向にあるものの、まだまだ物価は日本に比べれば安い。あっちの高級住宅街にある社宅には無料で入れて、治安だか交通網の関係だかで、通勤は会社の手配する送迎車。年に一度の帰国費用も会社が負担する。
そんな感じで生活費が抑えられる上に、給与は日本の水準プラス海外勤務手当が付くから、行けばかなりの額が貯蓄できるらしい。
──って、何、それ。内容が具体的すぎて否定もできない。
「ええー、俺そんなの全然聞いてないんですけどー」
わざとふざけた調子でへらりと笑ってみたけど、心臓がばくばくとうるさい。自分の声なのにどこか遠くに聞こえる。
なんで? 聞いてない。転勤っていつから? 井田がいなくなるって嘘でしょ? ていうか、なんでそんな大事なこと……。
「あのさ宇山。でもあいつ、落ち着いたら自分で話すって言ってたし。もうちょっとだけ待ってやって」
「は!? 落ち着くまで待てとか……、有川!」
「わあ、七瀬。いいからいいから」
「だってさあ! だってこんなん、お前が一番に知ってなきゃおかしーじゃん!」
ああ、うん。ほんとそれはそう。そう、なんだけど。なんとなく頭にモヤがかかったみたいに現実感がない。
「……まあ、別に付き合ってるわけでもないしね」
それに、俺よりもなぜか七瀬の方が動揺して怒ってるのを見たら、逆に冷静になれた。ここで怒るのも何か違う。待てって言ったのだって、どうせ井田の方なんだろうし。有川が悪いわけじゃないのに、俺のせいで仲のいい二人がけんかすんのも嫌だ。
「それにほら、何か事情があるなら仕方ないんじゃん?」
手元のスマホで、井田の会社の組織図を検索する。
あ、ほんとにあった。タイ事業本部。所在地、バンコク。時差は二時間か。だったら、電話で話したりはできるかも。井田にその気があれば、だけど。
「……なあ、今日泊まってく? 寝るとこソファーしかないけど。あ、それか一緒でよかったら三人で寝る?」
いつの間にか俺の隣に座ってた七瀬が、俺の袖を遠慮がちに引いた。
……ええ。なんで七瀬がそんな泣きそうになってんの。
有川はどした、って思ったら、ラグの上に正座して、何か言いたげに口を開きかけて、閉じて。意を決したように俺を見た。
「あのな、宇山」
「あー、平気。ありがと」
有川が何か言いかけたけど、これ以上は無理だ。今は受け止めきれる自信がなくて、へらりと笑って受け流した。
◇
俺が聞いたことは井田に言わないように、頭が整理できるまでの約束で、とりあえず二人には口止めしておいた。有川は「早く井田と話せよ」って念を押してきたけど、そんなのできる気がしない。あの場では物分かりのいいふりをしただけで、本当はまだ全然納得なんかできてないのに。
だって、なんでなんだよ。毎晩電話してて、なんでそんな大事なこと俺に言ってねえんだよ。俺が恋人じゃないから? それとも、俺はもう親友ですらなかった?
考えないようにしてたけど、本当はちょっとおかしいと思ってたんだよね。だって、どんなに忙しくたって、その気になれば会えない距離じゃないのに。
気のせいじゃなく、俺は井田に避けられてたのかもしれない。俺はちょっと顔を見るだけでもいいから会いたいって思ってたし、井田も同じ気持ちでいてくれてるって信じてた。だけど、もしかしたらそうじゃなかったのかもしれない。
七瀬と有川への気持ちが恋愛感情なんかじゃないように、井田への気持ちも、友情と性欲だけなら楽だったのに。
腹が立つような寂しいような、堂々巡りの感情に出口がなくて胸が詰まる。今すぐ井田の胸ぐらをつかんで、どういうことだ、って本当は問い詰めてやりたい。
──だけど結局、その夜も次の夜も、「おやすみ」の電話で井田にそんなことは言えなかった。
だって、井田が言い出せないでいるのは、きっと今みたいな関係を終わらせる話だ。もう仲直りHができないかもしれないのに、けんかなんてできるわけがない。
井田には結婚どころか女の人の気配もなかったから、いつの間にか完全に油断してた。曖昧な関係のままでも、このままずっと俺のそばにいてくれるような気がしてた。
本当は遠くになんて行ってほしくない。ずっと俺のそばにいてほしい。
……でも、いつかは来るはずの終わりのタイミングが今なら。井田がそう決めてしまったなら、もう仕方がないよね。転勤なんて終わり方は想定外だったけど、きっとあれは出世コースだし。井田の親友を自称するなら、どうにもならない文句を言って困らせたら駄目だ。今は苦しくても、ちゃんと気持ちに折り合いくらいつけらんなきゃ駄目だ。
次に井田に会う時までには、平気なふりくらいできるようになってなきゃいけない。
俺とこんな関係になったことを間違いだったとは思われなくて済むように。普通の親友に戻って、いつか、「あの頃は楽しかったな」って笑い合えるように。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる