19 / 23
大人のよそいきランチ
しおりを挟む親も私も結構な歳になったが、いまだに家族ぐるみの付き合いが続いている方が何人かいる。
そのうちの一人がYちゃんだ。
彼女は私より一つ下なのにとても賢い上に思慮深く、ぽやぽやしている私の方がよっぽど妹のような関係だったと思う。
また、Yちゃんのお母様はいつもはきはきしていて行動力のある人だった。
よくお泊りさせていただいたし、里帰りにもご一緒させてもらったり、年末に親戚で集まる餅つきにも参加させてもらったりと、思い出は尽きない。
そんなYちゃんのお母様が闘病の末今年の春に亡くなった。
間が悪い私はせっかく知らせを受けたのに風邪をひき、葬儀に出ることが出来ず不義理なままだ。
申し訳ないなとおばさまのことを色々と考えているうちに、ああ、私は彼女から体験する機会をたくさんもらっていたのだなと気が付いた。
その一つが、『大人のよそいきランチ』だ。
あまりにも昔のことなので、記憶がおぼろげ(おばさまごめんなさい)なのだが、多分始まりは私たちが小学校高学年もしくは中学に上がるころの春休みだったと思う。
私と母はとあるレストランへ招かれた。
おばさま、Yちゃん、そして母と私。
女四人のランチだ。
ちょっとよそいきの服を着て、膝には布のナプキンを載せ、しゃんと背筋を伸ばしてコース料理を食べる。
これが、おばさまからの『体験』の贈り物だった。
三学期終了お疲れ様、次の学年も頑張ってねという激励の意味が込められていたと記憶しているが、Yちゃんはおそらくもうとっくに経験済みだろうから、半分は私のために設けてくれた席だったのだろう。
高級ホテルのようにカトラリーがずらりとテーブルの上に並べられているような敷居の高い所ではなく、初心者に優しい家庭的な小ぢんまりとしたお店と配慮くださっていて。
決められた順に一皿一皿色々な趣向を凝らされた料理をゆっくり出されるランチは、私にとって初めての経験だった。
緊張しながらも、ちょっと大人になった気分でその時間と料理を楽しんだ。
初めてはハーブをふんだんに使った創作イタリアンだったような気がする。
なぜ『初めて』とするかと言うと、その後しばらく毎年春休みになったらこのランチ会が開催されたからだ。
先日電話で話をしてみて私とYちゃんの記憶から掘り出されたのは、割と近くにあるイタリアンと、川の上流に向かって車を走らせたのどかな風景の中にポツンと佇むフレンチの二店のみ。
他にもあったはずなのに、何年続いたのかすら思い出せない。
私の勘では私たちが高校を卒業するあたりまで催してくださったのではないかと…思われる。
一度は夜にフレンチを食べたような記憶がなんとなく頭の隅でもやもやしているけれど、これはまた別件だろうか。
こんな恩知らずな私をお許しください。
ただ、あの経験は本当に貴重なもので、格別の贈り物だったと今でも思う。
日常から離れてヨーロッパの香りのする料理を頂く。
これを早いうちに経験するとちょっと世界が広がるような気がする。
母はとても勉強熱心で色々な料理を作ってくれたけれど、それはあくまでも家庭料理。
食材も調味料も普段ある物を使って作られる。
私の暮らした地域は小学生のころくらいまではオリーブオイルなどはまだ一般的な食材ではなく、イタリアンやフレンチの敷居をまたいで初めて口にできるものだったように思う。
とにかく、ありとあらゆるものが初めましての連続だった。
立ちのぼる香りも、盛り付けや彩り、そして味も。
あと、このようなお店でのふるまいやマナーのようなものを実地で覚えさせてもらったようなものだ。
教養の一つをおばさまから授かったのだと、この年になってようやく気付いた。
当時の私は小食で。
さらには思春期真っただ中。
自己肯定感が低い上にとてもとても不器用で怠惰。
まあとにかく色々挫折して、早く地球が滅びないかなとばかり考えていた。
それでも、キラキラした料理の数々を口に入れて味わううちに、ふと、一年間身体にまとわりついていたものが剥がれ落ちるのだ。
小娘のひねくれた感情なんぞ、料理人渾身の一皿であっけなくどこかへ飛んで行ってしまう。
美味しいものを食べたら、または美味しいと感じることができる状態ならば、まあこの先も何とかなるということも、知らず知らずのうちに脳に植え付けられていたらしく、ゆっくりと開花していった。
おかげで今、なぜか中世以降のヨーロッパの食生活についての本を集めてはその味に思いを馳せつつファンタジーを書いている。
それに、気が付くと食に対する好奇心がかなり強くなり、知れば知るほど楽しくなってきた。
そのようなわけで、怠惰な性根は変わらないけれど、とりあえず地球に呪いをかけることはなくなった。
あの『大人のよそいきランチ』は、返す返すもとてつもない贈り物だったのだ。
おばさま。
ありがとうございました。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる