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調教と絶対服従
「貴方は病弱を理由に学校教育を受けさせてもらえていないでしょう。だから結婚式までの間に教師をつけることを条件に婚約を結んだの。もちろんその教育費も結納金に上乗せしてね」
「そうだったのですか……」
この国では貴族の子弟のほとんどが十二歳から六年間、首都にある貴族と豪商などの有力者のための学校に在籍する。
婚約者のアーロンは校内の敷地で寮生活をしているし、フィリスの妹のケイティも家から通学している。
「まあ、アリス・ウエスト伯爵夫人の素行からして、おそらく結納金のほとんどを着服するだろうと予想していたのだけど、まさかパーカーがまだこの国で教師をしているとは思わなかったの。ごめんなさい」
「どうか頭をお上げください。ブルーノ伯爵夫人に謝って頂くようなことは何も」
「いいえ。ダリルから聞いたわ。太ももから膝の裏側が傷だらけだと。パーカーの仕業でしょう」
首都を出た初日から、侍女の介助で湯舟に入っている。
その時に見たフィリスの身体の状態を彼女が侍女長へ報告し、さらにグィネス夫人へと伝わったのだろう。
家を出ることが決まった日から体罰はぴたりと止んだが、簡単に治る程度ではない。
隠し通せるわけがないのだ。
「いえ……その。私があまりにも出来が悪いので……」
「アリス夫人もその場にいたわね?」
観念してフィリスは頷く。
「はい」
「正直に言うわ。フィリス嬢。私はなるべく早く貴方をこちらで過ごしてもらう算段で、わざと教育に口出ししたの。どうせアリス夫人はわざと安くて程度の低い教師を雇うだろうから、そこをつく予定だったのだけど、裏目に出てしまって」
継母アリスは当初、結婚式までの猶予期間である一年を屋敷で家族とともに過ごさせたいと、両家の当主及び当主夫人のみで行った婚約締結の場で涙をぬぐうふりをして訴えたそうだ。
グィネス夫人にはわかっていた。
フィリスに関わる金銭の請求をさらにしたいがために手元にとどめるのだと。
「パーカーは過剰な体罰が露見して処罰を受けた過去があり、常識のある家庭で雇われなくなったけれど、妾の子たちの教師として暗躍していたようね。これも『やり過ぎて』厳罰を受けて、国外逃亡したものと思っていたのだけど、楽観しすぎていたわ」
「厳罰を受けたのですか」
「ええ。貴方を教える時も多分同じ手口だったと思う。言うことがコロコロ変わったのではなくて? 所作も座学も教えられた通りのことをやっている筈なのに、数時間後には『そんなことは教えていない、頭が悪い、物覚えが悪い、性格も悪い。お前は駄目な人間だ。生きる価値もない』などと長時間にわたり罵られ、手加減なしの暴力を振るうのが彼女のやり方よ。食事も睡眠時間も罰として抜かれたでしょう?」
フィリスは息をのむ。
その通りだった。
まるでその場で見ていたかのようにグィネス夫人は語った。
「そうやってね。心身ともに疲弊させて、自分で考えられなくなるようにするのが目的なの」
こうして正妻もしくは継母の子よりもはるかに劣った、価値のない人形が出来上がる。
優秀であってはならないから、間違った知識ばかり飢え込む。
そして絶対服従させるために必要な『調教』を得意とするパーカーは、己の嗜好も併せて懐も潤った。
「ただ、貴方の場合は長年エマに教わった正しい知識がしっかりと根付いていた。だから無意識のうちにそれが出ているの。私の見立てでは、ほんの少し手を加えるだけで貴方は伯爵夫人として社交の場で堂々と渡り合えるようになるでしょうよ」
「エマは……。元気だったころの母が、専属侍女たちに淑女教育を受ける時間を設けていたと言っていました。いつかは嫁ぐことになるだろうからその時に困ることがないようにと」
当時、学校へ行かせてもらえない経済状況の貴族の子女を幾人も母は雇っていたらしい。
「なるほどね。実は、貴方のお母様と昔お会いしたことがあるの。ティルダ・ウッドワード子爵令嬢。才媛で有名だったのよ。それにとても思慮深い人だった」
エマ以外で初めて。
フィリスは生前の母の話を聞いた。
「そう……だったのですか」
「それでね。おそらく、ティルダ様が手配していた教師の師匠にあたると思われる方を、これからあなたの教育をしてもらうためにお呼びしたわ。私も、娘たちも教わったから信頼のおける人よ」
グィネス夫人が呼び入れた女性は、白髪の気品のある女性だった。
「グレイス・ベルン夫人。貴方を善き方へ導いてくれるでしょう」
「お心遣い、ありがとうございます、ブルーノ伯爵夫人。これからどうぞよろしくご指導ください、ベルン夫人」
フィリスが頭を下げると、グィネス夫人は笑った。
「まずは、私をお義母様と呼んでもらう事から始めましょうか」
フィリスの本当の学びが始まった。
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