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肖像画の回廊
カツン、カツ……ン。
靴音が響く。
フィリスが立ち止まり見上げた先には、大きな肖像画があった。
現当主キャメロンとグィネス夫人、そして一人息子のアーロン。
フィリスの婚約者である。
椅子に座って無造作に足を組むキャメロンは、顔合わせの時に会った時のまま、粗野な風貌そのままだ。
傍らに立つグィネス夫人は今と変わらず聖母のように美しいが、椅子の背に手をかけて立つアーロンはすらりとしているが顔立ちに幼さが残っている。
アーロンが学校へ進学し寮生活を始める前に画家に描かせたのだと、最初にここへ案内した執事が言っていた。
つまりは、五年ほど前。
彼の明るい金髪と整った顔立ちはグィネス夫人譲りだが、瞳の色はどうやらブルーノ家の遺伝を継いだらしい。
そして、アーロンの上に三人の姉がいるはずなのに、なぜか一枚も飾られておらず、不思議に思って執事に尋ねると「みなさま、もうよその家に入られたので……」と、どこか奥歯に物が挟まったような返事だった。
確かに、自分と母の肖像画はウエスト家にない。
どこの家にも簡単に説明できない事情はあるだろう。
更に足をすすめると数枚先の場所に先代の肖像画があった。
顎をびっしりと栗色の髭が覆っている。
まるでタピスリーで見かける獅子のようだ。
そんなところががキャメロンと、よく似ている。
正面を見据える胸像の前に立ち、フィリスはじっくりその絵を見つめた。
更に回廊の奥へ進むとブルーノ家に連なる人々の肖像画が壁を埋め尽くしている。
多少の違いはあるけれど、彼らには共通点があった。
「アースカラー……」
青色と黄色の混ぜ合わせが織りなす不思議な色。
虹彩の色が緑で中心のを金色にも見えるヘーゼルで縁どっている。
それがブルーノ家の証らしい。
フィリス自身も若草色の瞳で、どうやらウエスト家が栄えた頃の祖の瞳の色だったらしく、継母が妹と弟を産んだ後も籍を抜かれず、とどめられた理由の一つだ。
この国では瞳の色で貴族の証と考える風潮がある。
もし、フィリスの瞳が珍しい色でなかったなら、秘密裏に売り飛ばされていただろう。
ジェスは温かみのあるブラウンの瞳だった。
つまりは。
「でも」
誰も、何も言わない。
尋ねてはいけないことなのだ。
今はまだ。
いや。
この先、フィリスに知ることがあるのだろうか。
「アーロン様」
一度も会ったことのない、書類上の婚約者。
署名すら、父とキャメロンの代筆だった。
夏が来て、首都の学校では長期休暇が始まった。
それなのにアーロンは、領地へ戻ってこなかった。
代わりに先日手紙が一通、グィネス夫人の元へ届き、学友の招きで避暑地へ滞在することになったと言う。
相手は侯爵家の子息で立場上断れないと書いてあったそうだ。
グィネス夫人は、この夏にアーロンとフィリスを会わせて親交を深めさせるつもりだった。
しかし、アーロンは休暇の終わるぎりぎりまで避暑地で過ごし、領地に寄ることなく寮へ戻ると知らせてきたのだ。
彼は戻ってこない。
これからもきっと。
フィリスがここにいる限り。
彼にとってこの婚約は不本意で、解消を望んでいるようだと手紙を届けに来た侍従の報告を、フィリスは耳にしてしまった。
会ったことのない婚約者に嫌われるのは辛くない。
没落寸前の学のない名ばかりの令嬢と結婚しろと突然言われて、うなずけるはずがない。
彼は美しく、由緒正しく財力もあり、前途洋々な伯爵家の令息なのだ。
本来ならば、もっと良い縁談があったはずだ。
愛する息子の帰りを待ちわびていたであろうグィネス夫人に申し訳なくて、フィリスは消えてなくなりたい気持ちでいっぱいだった。
靴音が響く。
フィリスが立ち止まり見上げた先には、大きな肖像画があった。
現当主キャメロンとグィネス夫人、そして一人息子のアーロン。
フィリスの婚約者である。
椅子に座って無造作に足を組むキャメロンは、顔合わせの時に会った時のまま、粗野な風貌そのままだ。
傍らに立つグィネス夫人は今と変わらず聖母のように美しいが、椅子の背に手をかけて立つアーロンはすらりとしているが顔立ちに幼さが残っている。
アーロンが学校へ進学し寮生活を始める前に画家に描かせたのだと、最初にここへ案内した執事が言っていた。
つまりは、五年ほど前。
彼の明るい金髪と整った顔立ちはグィネス夫人譲りだが、瞳の色はどうやらブルーノ家の遺伝を継いだらしい。
そして、アーロンの上に三人の姉がいるはずなのに、なぜか一枚も飾られておらず、不思議に思って執事に尋ねると「みなさま、もうよその家に入られたので……」と、どこか奥歯に物が挟まったような返事だった。
確かに、自分と母の肖像画はウエスト家にない。
どこの家にも簡単に説明できない事情はあるだろう。
更に足をすすめると数枚先の場所に先代の肖像画があった。
顎をびっしりと栗色の髭が覆っている。
まるでタピスリーで見かける獅子のようだ。
そんなところががキャメロンと、よく似ている。
正面を見据える胸像の前に立ち、フィリスはじっくりその絵を見つめた。
更に回廊の奥へ進むとブルーノ家に連なる人々の肖像画が壁を埋め尽くしている。
多少の違いはあるけれど、彼らには共通点があった。
「アースカラー……」
青色と黄色の混ぜ合わせが織りなす不思議な色。
虹彩の色が緑で中心のを金色にも見えるヘーゼルで縁どっている。
それがブルーノ家の証らしい。
フィリス自身も若草色の瞳で、どうやらウエスト家が栄えた頃の祖の瞳の色だったらしく、継母が妹と弟を産んだ後も籍を抜かれず、とどめられた理由の一つだ。
この国では瞳の色で貴族の証と考える風潮がある。
もし、フィリスの瞳が珍しい色でなかったなら、秘密裏に売り飛ばされていただろう。
ジェスは温かみのあるブラウンの瞳だった。
つまりは。
「でも」
誰も、何も言わない。
尋ねてはいけないことなのだ。
今はまだ。
いや。
この先、フィリスに知ることがあるのだろうか。
「アーロン様」
一度も会ったことのない、書類上の婚約者。
署名すら、父とキャメロンの代筆だった。
夏が来て、首都の学校では長期休暇が始まった。
それなのにアーロンは、領地へ戻ってこなかった。
代わりに先日手紙が一通、グィネス夫人の元へ届き、学友の招きで避暑地へ滞在することになったと言う。
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