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義姉・レイチェルとアルフレッド、そして。
「わあ、おひめさまだあ」
離れたところから幼い子どもの歓声が上がった。
「あら、アルフレッド。目が覚めたの?」
レイチェルは貴族らしいピクニックランチを採るために、荷物を馬車で運ばせたらしい。
設営で大わらわの使用人たちに交じって、騎士に抱きかかえられた男の子が小さな手をあわせてばちばちと鳴らしている。
「三番目の息子のアルフレッドよ。移動中に寝てしまったから騎士に任せていたの」
「あるふ、もうすぐさんさいなの」
騎士に抱かれたまま一生懸命指を三本たてた。
「まあ。私はフィリス。十五歳よ。よろしくね」
「ははうえ、おひめさまのおなまえ、ふぃー、りしゅ、だって」
小さな舌ではうまく言えないらしい。
「フィーって呼んでちょうだい、アルフレッド。村ではみんなそう呼んでいたわ」
「うん、フィーね。ぼくはアリー」
柔らかな頬をくしゃっとさせてアルフレッドが笑う。
その無垢な瞳の色はグィネス夫人にとてもよく似ている。
「お母さまにそっくりでしょう。この子」
「ええ。とても。お顔ばかりでなく、賢いのもグィネス様譲りなのでしょう」
「そう言ってくれると嬉しいわ。ありがとう」
ランチはとても楽しいものになった。
アルフレッドとレイチェルとフィリスそしてイアンの同席が許されて、使用人たちや護衛騎士、果ては近くにいた牧童たちにも食事を振舞われた。
誰もが笑って、はしゃいで、存分に味わう。
丘の上での賑やかな休息は、フィリスに多くをもたらした。
それからレイチェルは子どもたち全員連れて訪れるようになった。
やがて隣の領地に嫁いだ義次姉一家、そしてブルーノの経営の為に商売窓口になっている男爵家へ嫁いだ義三姉一家がやってきて、一気に屋敷は賑やかになった。
彼らはみなフィリスに親切で優しく、末弟の婚約者として遇してくれた。
最初はぎこちなかった使用人たちとの間も取り持ってくれ、フィリスの居場所は庭だけでなく、厨房や執務室と少しずつ広がっていく。
馬の乗り方も習い、遠出が出来るようになったところで近隣の領地の見回りについていくことも許され、フィリスの世界は一気に大きなものへと変わった。
学習も順調で、このままいけば一年以内には学校の淑女科を卒業した女性と同等の教養が身についているだろうと、ベルン夫人に太鼓判を押された。
さらに、グィネス夫人と秘書官たちが簡単な帳簿の付け方など教えてくれるようになり、貴族の奥方としての仕事も覚え始めていた。
しかし。
肝心の婚約者・アーロンは依然として帰省する気配を見せない。
それは当主であるキャメロンも同じこと。
領地に主人たちが全く戻らないし、誰もそれを話題にしないと言うのは奇妙に思えたが、よく考えてみると実家もたいして変わらない。
いや。
ブルーノは実り豊かで統治する規模が全く違う。
アーロンの姉達……いや、グィネス夫人の娘たちは母と強く結束して、ブルーノの運営を堅実に行っている。
様々な事を経験し、考えながら日々を過ごしているうちに実りの季節も終わり、冬の社交シーズンがやって来た。
「では、行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませ」
馬車に乗り込むグィネス夫人をフィリスとレイチェル、そしてアルフレッドが見送る。
この国では国王主催の新年の宴が王宮で行われ、主要な貴族はほとんど参加する決まりになっている。
ブルーノ家では当主キャメロン、奥方のグィネス、嫡子のアーロンが出席すると返事を出した。
本来ならば婚約者であるフィリスも権利があるが、デビュタント前の年齢であることを理由に欠席を決めた。
フィリスは社交の経験がない。
初めてが王宮の新年会というのは、さすがに無理だろうというのがグィネスたちの判断だ。
そしてレイチェルも第四子を妊娠中のため新年の宴を欠席し、グィネス夫人の代理を行うこととなった。
「フィー、抱っこして」
「ええ、もちろんよ」
アルフレッドはすっかりフィリスに懐いた。
眠る時はさすがに別室で乳母が面倒を見るが、それ以外はべったりで、フィリスが講義を受けている時も、そばの小さな机で大人しく絵を描いたり長椅子で眠ったりしている。
庭に出てイアンと草木の話をしているとやきもちを焼いてむくれて、なんだか二人目の弟が出来たみたいだ。
悪阻の症状で横になることが増えたレイチェルからは詫びられたが、フィリスはアルフレッドが可愛くて仕方がなかった。
レイチェルと彼女の子どもたち、そして使用人たちに囲まれたささやかな年越しは、フィリスにとって初めての和やかなもので、とても心躍る思い出が出来た。
年越しから雪が本格的に降りはじめ、一気に銀世界になった。
ブルーノのこの屋敷から首都までの道に難所はなく、多少の積雪程度なら行き来は可能だが、それでも距離があるので時間がかかる。
無事宮廷行事を終えてグィネス夫人たちが戻ってきたのは、見送ってから一か月以上過ぎていた。
道中が大変だったのか、馬車から降りた人々はいちように疲れた顔をしている。
「まずは、お誕生日おめでとう、フィリス嬢。戻るのがぎりぎりになってごめんなさいね。なかなか思うように道が進まなくて……」
グィネス夫人は、フィリスの誕生日を覚えていて、それに間に合うように無理を押して戻ってきてくれたのだ。
彼女とそれに従う人々の優しさが胸に染みた。
「ありがとうございます。とても。とても嬉しいです……」
アーロンからは未だ、手紙の一通も届かなかった。
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