わたしたちの庭

犬飼ハルノ

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運命のデビュタント

「まあまあまあ! 予想以上だわ!」

 姿見の前に立つフィリスに、レイチェルは感嘆の声を上げた。

「フィーお姉さま。本当に、妖精のお姫様……いや、女王様みたいです」

「おねたま……しゅてき」

 傍らには六歳になったアルフレッドが妹の手を引いて立っていて、母同様にフィリスを手放しで褒めてくれる。

「ふふ。ありがとうございます。皆様のおかげです」

 タウンハウスにはフィリスのデビュタントの為にグィネス夫人のほかに義姉たちとその家族が祝うためにこうして駆けつけてくれた。
 彼らが取寄せてくれた衣装も装飾も一級品で、侍女たちは化粧も髪形も最新式を学んでフィリスに一番合うものを研究してくれたらしく、フィリス自身驚くほどの装いになった。
 複雑に編まれた髪を後ろに流し、貝で作られた花の髪飾りを施すと、ダークブロンドが引き立つ。
 フィリスの瞳の色を薄めた淡い黄緑色の生地は柔らかで、春の始まりのように瑞々しい装いとなった。


「あとは、アーロン次第ね……」

 そろそろデビュタントの会場がある王宮へむかわねばならない。
 昨夜、紳士クラブで酒盛りしていたアーロンを義姉の夫たちが掴まえて深夜にタウンハウスへ連れ戻したらしいが、その時に『出立前にちょっと会えばいいのだろう。それで母上との約束は果たせるはずだ』と言い放ったらしく、家族はみなあきれ果てていた。
 その後不貞腐れて自室に籠ったきりの息子を今、グィネス夫人自ら呼びに行っている。

「いざとなったら私がエスコート役を務めさせてもらうよ。もちろん喜んでね」

 次姉の夫である隣の領地の伯爵が胸を叩いて宣言してくれた。

「爵位はヤング伯が一番上だから仕方ないな。任せたよ」

 レイチェルと三姉の夫たちもそれぞれ頷く。
 彼らは学友だったらしく、私的な場ではくだけた言葉遣いで会話を楽しむ。
 その輪にアーロンが加わらないことが不思議で仕方ないが、それはこのかりそめの婚約者のせいなのだと思い直す。

「お待たせしてごめんなさい、アーロンを連れて来たわ。フィリス嬢、入っても良いかしら」

 グィネス夫人の声に、フィリスはぎゅっと両手を握りしめた。

「どうぞ」

 侍従たちが扉を大きく両側に開く。
 扉の前に立っていたグィネス夫人は、フィリスを見た瞬間、一瞬目を大きく見開き、やがて満足げな笑みを浮かべた。

「アーロン、この方がフィリス・ウエスト伯爵令嬢よ」

 彼女の後ろに、不機嫌そうに視線を下に向けている青年が立っていた。
 今すぐ踵を返したいのだろう。
 大きなため息をついて髪をかき上げ、ようやくこちらに視線を向けた。

「……っ」

 礼儀に反しているが、フィリスは先に挨拶をすることにした。
 これで、彼も義理を果たせる。

「初めてお目にかかります。ウエスト伯爵の長女、フィリスです」

 深く腰を落として頭を下げる。
 耳飾りが軽く音を立てた。

「あ……」

 アーロンの声に、顔を上げる。

「……はじめ、まして。アーロンです」

 彼はフィリスを見つめたまま、ゆっくりと名乗った。
 肖像画の愛らしい少年は確かにもういない。
 青みの強い緑の瞳と母親譲りの華やかな金髪はそのままに、すっかり立派な青年貴族へ変わっていた。

「ブルーノ家のみなさまには、大変お世話になっております。今日の為に多くの支度をしてくださいました。感謝しております」

 アーロンの婚約者になれたからこそ。
 本来はなかった筈のデビュタントに出席できるようになった。
 彼の意思を無視して、ここまで来てしまったことは詫びるべきだろう。
 言葉を続けようとしたその時。
 目の前に手を差し出された。

「デビュタントおめでとう。僕に貴方をエスコートする栄誉を与えてくれないか」

「え……?」

 信じられない。

「あの……?」

 思わず首をかしげて見上げると、見下ろすアーロンと目が合った。

「今まで、多忙を理由に帰らず悪かった」

「いえ……。そんなことは……」

 いつの間にか手を取られ、引き寄せられていた。

「母上。僕たちは先に行かせてもらいます。入場の時間が迫っていますから」

「……ええ、そうね。私たちは後から行くわ」

「え……?」

 何が起きているのか、理解できなかった。
 しかし、周囲の人々はみな、ほっとした顔をしている。
 これで、良いのだろうか。

「フィー姉さま。おめでとうございます」

「おねたま、いってらっさい」

 子どもたちも、彼らの両親も嬉しそうに笑っていた。

 これで、良いのだ。

「行ってきます」

 アーロンに手を引かれ、小走りについていきながらフィリスは小さく頭を下げた。


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