わたしたちの庭

犬飼ハルノ

文字の大きさ
24 / 55

嵐の夜に

 キャメロンが再び目を開けた時、そこは粗末な小屋の中だった。
 ずぶ濡れのままの服がべっとりと肌にまとわりつき、隙間風が入る室内はとても寒かった。

「うう……」

 呻くと、コートを着込んだ男が上から覗き込み、近くにいた誰かに何かを告げた。
 扉が開いたのか冷たい風が吹き込み、身体を縮こまらせようとして全身の痛みに悲鳴を上げた。

「お目覚めですか、キャメロン様」

 コートの男はよく見ると長年ブルーノの専属医師を務めていた者だった。

「とりあえず、止血はしています」

「ここは、どこだ」

「貴方様がウエスト準男爵と待ち合わせていた小屋ですよ」

「ああ。道理でどこか見覚えがあると……うっ」

「起き上がることはできませんよ。腰骨が折れていますから」

 さらりと言う医師の様子にようやく違和感を感じた。
 当主である己が、何故床に転がされたままなのだ?
 この小屋には簡易ではあるが暖炉があり、火を焚いていた匂いがするのに、今は消されている。

「幸いでしたね。おかげで……」

「ウエストのように生きたまま足を潰されなくて」

 突然扉が開き、女が入ってきた。

「おまえ……」

「大人しくしていれば、もっとましな最期を迎えられたのに、本当に貴方は愚かね」

「グィネス! おまえ……っ」

 かつての妻が、蔑みも隠そうとせず見下ろしている。

「今更もう、何も言わないわ。幸いなことに貴方はもう自力では指一本動かすことができない。どこまで頑張れるか見ものね」

「お前! 俺は当主だぞ! 約定を忘れたか、俺にもしもの事があれば……」

「真冬の悪天候の中、自ら進んで安全地帯である首都を出て、わざわざこの領地まで馬を駆った。そんなあなたが『屋敷へたどり着けずに』疲労から落馬するのも、風邪をこじらせて命を落とすのも、なんら不思議ではないわよね?」

「このアマ……っ」

「貴方、酒と薬と女に溺れていて気が付かなかったようだけど、この一年の間に、あなたを擁護していた人たちがバタバタと亡くなっていたの。まあみなさま高齢ですもの。こちらとしては長かったけれど」

「……まさか、そんな」

「もう、誰もいないの。貴方に生きていてほしいと、思う人は。この世にひとりもね」

 歌うようにグィネスは告げた。

「俺は……っ、渡さんぞ! 領主の指輪はお前らなんかに!」

 キャメロンの指にはブルーノ伯爵のみに継承される印証指輪が嵌っていて、それは肉にめり込み容易に外すことはできない。
 年に数度、領主の決済印が必要な時に、ブルーノ伯爵の使いがキャメロンの所へ書類を持って現れていた。
 それが、キャメロンの存在意義で、高級娼館で何不自由なく暮らせた理由だ。

「貴方の指を切り落とせば済むことだわ」

「な……」

「でも、しない。本当はもうずいぶん前から必要なかったのよ、それ」

「は?」

「とっくの昔に、王が新しい指輪を授けてくださったわ。貴方の所に運ばれていたのはただの紙切れ。大人しくそこで遊んでいてもらうための」

 『やんちゃな』キャメロンを盲愛する古老たちのせいで、重罪を犯しても処することができなかった。
 そして、アーロンを当主にすることも。

「ごきげんよう、旦那様。この天候のなか、貴方の帰還を知った領民たちが面会を求めて詰めかけていてね」

「おい……」

 ぶるぶるとキャメロンは震えだす。

「もちろんどうぞと答えたわ。良かったわね、貴方。神の審判を受ける前に全ての罪をおさらい出来て」

 上品な笑みを浮かべ、かつての妻が踵を返した。

「待て……待て待て、待ってくれ、俺を置いていくな、グィネス!」

 キャメロンの頼みに一瞥すらすることなく、グィネスと医師は去っていった。
 誰もいない部屋で、歯をカチカチ言わせて震え続けていると、扉が再び開き、男が入ってきた。

 茶色の瞳に、茶色の髪の庭師姿の男。
 あの、最後に矢を構えてキャメロンを貫こうとした男だ。

「マディ・ゴードン……、スタン・バリー……」

 低い声で、彼が人の名を口にした。

「な、なんだ……っ! 何が言いたい、お前!」

「若妻の身体欲しさに、その夫を捕らえて、殴って、木に縛って放置したのは。まさにこの季節の、こんな夜だったな」

「……っ」

「自分より見目麗しく、若々しく、人望のある異母弟が『風邪をこじらせて』亡くなったことをなかったことにしてこの十六年、お前はのうのうと生きてきた」

 スタン・バリー。

 キャメロンの父が使用人に手を付け、産ませた異母弟。
 卑しい洗濯メイドが母親だったのに、キャメロンや父よりも祖先の瞳の色を引き継いだ赤ん坊。
 運良く父が末の息子と会う前に亡くなり、女と赤ん坊ともども屋敷から追い出すようキャメロンは命じ、その後は存在自体忘れていた。

 なのにある日。
 ふと目に留まった庭師の妹の夫がソレだった。
 粗末ななりをしていても、成長した姿は回廊の最奥にある英雄とひどく似ていた。

 気に入らない。
 何もかもが腹立たしい。

 だから、木にくくり付けた。
 息絶えたと聞いた時は、せいせいした。
 その後のゴタゴタで女を手に入れそこなったのは惜しかったが、所詮は田舎の娘。
 すぐに忘れた。
 なのに。

「なんで、今ごろ……」

「なんでも。俺は忘れない。義弟の無残な死にざまも、最愛の夫を亡くした妹の嘆きも。そして……」

 庭師はそれ以上語らなかった。

「言いたいことは、もう終わった。次が待っているから俺は行く。今のお前は自力で逃げることも死ぬこともできない。それに関して、神はいたのだなと思う」

 男が立ち去ると、また次の誰かがやって来た。

「アン……、ジョー……」

 記憶にない誰かの名前を告げる。
 それは延々と。
 いつまでもいつまでも。
 尽きることなく続いた。

感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

星に願っても叶わなかったので自分で叶えることにしました

空橋彩
恋愛
子爵家の次女、オリヴィア・ワンフルールは100万人に一人と言われる『回復魔法の使い手』だった。 家族や友達に愛され、幸せな日々を過ごす一方で魔獣退治や戦いで傷ついた兵士たちを癒すために冒険者登録をして活躍をしていた。 17歳になったある日、オリヴィアの貴重な回復魔法の遺伝子と、この国の名誉公爵であり、稀代の傑物と呼ばれる、ヴィクトール・ツーデンの遺伝子を残すべく、国王より勅命がくだされる。 国のため、家族のためにと思いヴィクトールの元へと嫁ぐ決心をする。 しかし、ヴィクトールは結婚式ではベールすら上げず、もちろん初夜も訪れはない。 食事も別で、すれ違っても挨拶もしない。 主人が冷遇する女主人程立場が弱いものはなく、使用人達からも辛く当たられる事になったオリヴィアは星に願う。 『どうか、少しでも私を受け入れてくださいますように。』 しかしオリヴィアの願いは叶う事なく、冷遇はさらに続き、離れへと追いやられてしまう。 誰も助けてくれないなら自分で道を切り開くのみ、とやられたらただでは起きない逞しさを発揮して、この現状から抜け出そうとする、たくましい子爵令嬢のお話。 ファンタジー創作のご都合主義。 細かい事は気にするな!の精神で書いててます。 間違っている事だらけだけど、このお話の世界はそうなんだ、と流してください。 3話まではほぼ説明回。4話から主人公視点で物語が動き始めます。 以前投稿したものを大幅に見直し、改稿しています。少しでも読みやすく楽しんでいただけるようにしました。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。