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[2]冒険者2

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 ―コトリ峠第二展望台
 ここに来るのは初めてだった。北をむけば今までいた村が一望できる。南東の方角には今から向かおうとしている町、「アカシア」がある。そしてその町のさらに奥には大きな街が広がり、そして海へとつながっている。
 絶景だ。遠くの海がキラキラと輝いている。海は今までに何度か見たことがあるが、高台から見るのは初めてだ。
「ねぇ、」
スズカが俺に言う。
「ここにほぼ同じ大きさ、形の石があります。この石をあの木に向かって投げて充てられるか勝負しよう?」
的当てゲームか。木との距離は約二十メートル。石の大きさは直径約五センチメートル。
「やるからには手は抜かないからな」
俺はそう言うと、石を持って木の正面に立った。急に気が遠く感じられた。その姿をスズカはじっと見つめている。
石は見事に木に命中した。スズカも俺が投げた場所から投げた。そして命中した。
「やったぁ!」
「それじゃあ、二投目だな!」
俺はそう言って同じ位置から石を投げた。しかし、今度は僅かに右にそれた。
「次、私が当てられたら勝ちってことでいいかな?」
「いいよ。もし当てられたら峠を下り下りるまでスズカの荷物を持ってあげるよ」
スズカは俺のほうを向いてニコッと笑うと木の正面に立ち、石を投げた。そして幹の真ん中に当たった。
「次は負けないからな!」
俺はそういってスズカの荷物を持ち、歩き始めた。


 俺たちは冒険者連盟の地方支部のある町、アカシアに到着した。コトリ峠のふもとにあるこの町は隣接する街「カカオ」には劣るものの、活気がある町だ。
 連盟加入のために支部まで歩いた。木造の建物が並ぶアカシアの町で重厚感のある石造りの支部がひときわ目立っている。ねずみ色の外壁に式地を囲う一メートルほどのレンガの塀、大きな扉。そこに俺たちは足を踏み入れた。中は外とは異なり、高級感のある造りだった。
「本日は、どのようなご用件で?」
受け付けに行くと、茶色の髪の、おそらく俺と同じくらいの年の少女が担当してくれた。
「連盟に加入したくて、」
「かしこまりました。戸籍証明書はお持ちですか?」
「はい」
俺とスズカはその後に手渡された用紙に必要事項を書き込み提出してから支部を出た。早ければ明日には手続きが完了するらしい。明日の夕方にまたここへ来ることになった。


 支部を出てから俺たちは冒険に必要な道具をそろえるために、冒険者街と呼ばれるところに来ていた。ここは、服屋や本屋、食品店などが並ぶアカシアの中心街、「アカシア通り」には劣るもののそこそこ栄えている。
 俺たちは木造のおしゃれな冒険用具店に入ってみた。
「ケント君、これどうかな?」
スズカが土色のサファリハットをかぶって俺に訪ねてきた。帽子の土色が、今着ている茶色のコートと相性が良い。また、スズカの紺色の髪と瞳の色とも調和がとれている。
「ないよりもずっといいよ」
本当はかわいいと言いたかったがそれは控えておいた。ただ、スズカはそれでも満足していたらしくその帽子を買っていた。
 俺は手袋とウエストポーチを買った。村であらかじめ用意してきた装備と合わせて、これで充分だろう。


本当は村を拠点にしたいのだが、村からアカシアまで片道約二時間かかる。走れば半分の時間で着くがそれでも大変だ。村出身の冒険者もそのほとんどがアカシアかカカオを拠点にしている。だから俺たちはしばらくの間、町はずれにあるアパートで暮らすことになった。町に住めば支部に行くまでの時間をかなり抑えられる。

 俺はアパートの扉の鍵を開け中へと入った。正面に八畳のリビングルームがあり左側にもう一つ六畳の部屋がある。その他収納なども充実している。いくら街はずれだとはえなかなか快適な暮らしができそうだ。
これで本日しなければいけないことは全て終わった。明日からは冒険者だ。決して村での生活が嫌だったわけではない。だが、村を出て自分の力で生活していくことを考えると、とてもわくわくする。自分の暮らしができる。実際のところは、スズカがいるから一人ではないし、この家も二人で住むことになった。

 俺は六畳の部屋に布団を二枚敷いて、入り口から遠いほうに入った。明日の予定を考えた。初めての依頼を受ける。どんな種類の依頼がいいだろうか。初心者向けの依頼にもたくさんの種類がある、俺は学校で依頼の体験や実習はしているから基本的なことはわかっているつもりだ。清掃や配達も立派な仕事だ。
そんなことを考えているとスズカが準備を終えて隣の布団へ入ってきた。そして、小さな声で俺に訪ねた。
「これからどうするの?」
「あまり考えていない。すべてを先に決めてしまうと、冒険って感じがしなくなるし」
「そう、」
残念そうにスズカが言う。
「どうした?」
「わたしね、ケント君に頼ってもらえたのがすごくうれしかったの。たとえそれが他の人に断られた後だったとしても。だから私は承諾したんだけど、日用品と魔法の杖だけ持って家を飛び出してきたから、頼る人がケント君しかいなくて、この先のことがわからないと不安で…」
「ごめん…」
俺が悪かった。本当はある程度自分の頭の中で考えていた。この町でいっとき過ごしたら、カカオから海を挟んで反対側にある街、「スイレン」に行こうと思っていた。だけど答えるのが面倒だったから、考えていないと答えた。今度はちゃんと答えよう。
「しばらくの間はここで依頼をこなそうと思ってる。できれば指名してもらえるくらいまでは頑張りたい。だから、明日からは依頼を受けるけど、依頼主とのかかわりが多いような依頼を受けたい」
「うん、ありがとう。」
元気な声に戻った。スズカは俺の手を握って、視線をこちらへ向けた。
 スズカに手を握られたのは何年ぶりだろうか。四年ぶりだ。魔獣と遭遇した時、あの時は「握られた」ではなく「掴まれた」という方が正しいだろうか。
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