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しおりを挟む「魔法学院の最終学年では、卒業前の後期までに使い魔を召喚するのが暗黙の了解になっていてね」
丸テーブルで向かい合って座るアレインとゲイル殿下の間に新たに椅子を用意して、そこに腰を下ろすと、俺はお上品にパンケーキを切り分けて口に運ぶ彼を見ていた。たっぷりかけたジャムとハチミツとバター、こちらもパンケーキ同様頑張ってふわふわに仕上げた生クリームも添えながら、アレインは本当に幸せそうな顔をして食べている。
そしてもれなく口周りをベタベタにしている。端正に整った顔に生クリームが付いていて、なんだか、か、可愛い……
じゃなくて!!
「その授業に合わせてって、ことだよね?」
「うん。これは使い魔との合同授業なんだ。学院に入ってから自分に見合う使い魔を召喚できるように力や知識を蓄えてきたから、大抵は相性の良い子を迎えることができるんだけど、それでもいきなり実戦というわけにはいかなくて」
「卒業前に使い魔との付き合い方を学ぶのが目的だ。なあ、この菓子、本当に食べても平気なのか?」
ナイフとフォークを手に険しい顔をしているゲイル殿下が口を挟む。
「ハズキを召喚してからゴタゴタしていたのは、その授業をどうするかという話だったんだ。僕は別の課題を出して欲しいと頼んでいたんだけど、魔導士様方から色々と言われてね……」
そこでハッと思い出した。屋敷での事件の際、あの女が色々と言っていたが果たしてアレインの卒業や就職は大丈夫なのだろうか?随分と今更な気もするけれど、養ってもらっているのだから気にしておかなければ。
「あ、あのさ、前にあの女が言っていたんだけど、そもそもアレインの卒業とか就職ってちゃんとできそうなの?俺みたいなのを召喚したせいで危ういって聞いたんだけど…?」
俺の問いに答えてくれたのは、ついにパンケーキをもぐもぐ食べつつ目を輝かせているゲイル殿下だった。
「心配無用だ。お前程度の存在がアレインの成績に響くわけがないだろう……ところでこの菓子は、本当にお前が作ったのか?」
「ならいいや」
言い方はイラッとしたがアレインの将来が安泰ならそれでいい。
「僕自身もあの件があってから知ったくらいなんだ。まさかハズキをお迎えしたことで、卒業が危ういだとか内定が取り消しになるんじゃないかと言われているなんて思ってもいなかった」
「それでも実際に授業に差し支えてるんでしょ?」
「いや、そこまで深刻な話でもないんだよ。今魔導士様は五人おられるんだけど、お三方は特に何か言われたわけではなくて、後期の授業も別課題でもいいと仰っていただけてるんだけど、あとのお二方がゲイルと同じことを言ってて」
授業の間、別の使い魔を召喚しろって話か。俺は別になんでもいいんだけど、なんて言えば、多分アレインはすごく悲しむだろう。俺に対する執着がものすごいのはわかったし。
「アレインだけ特別待遇というのはたまにあることだが、それはアレインの実力が規定の授業内容に合わないからだった。しかし今回はアレインの能力がどうとか言う話ではない。皆同じ条件で受けることが可能な授業であるから、学友の反発も大きいんだ……なあ、おかわりはないのか?そっちの籠の中身はなんだ?良い匂いがしているぞ」
俺は黙ってゲイル殿下に籠を押しやる。中にはドライフルーツとクリームチーズを練り込んで焼いた菓子パンが入っている。これも今朝俺がせっせと焼いたものだ。二つほど取ってアレインの皿にも乗せてやると、アレインはキラキラした笑みを浮かべて口に入れた。
「俺、授業出てもいいよ」
と言いつつ、白い布巾でアレインのベタベタした顔を拭う。眩しい笑みを浮かべるアレインに微笑み返し、新しく紅茶を注いでやると、さらに嬉しそうに笑う。菓子パンを手にして、何とも幸せそうな顔をするから、俺まで嬉しくなってしまった。
「ん?授業がなんだって?」
「だから、使い魔としてアレインと授業に出てもいいよ」
アレインが首を傾げる。遠慮なく菓子パンを頬張っていたゲイル殿下が、ゲホゲホと咳き込んだ。
「ま、え?お前が…?」
「うん。だってそうすればアレインは何も問題なく卒業できるんでしょ?それに殿下だってアレインが通常通り授業を受けるように説得に来たんだから、俺は別に出てもいいと思ってるんだけど…?」
アレインの魔法を強化してやる、みたいな通常の使い魔ではないけれど、何か不都合があるのだろうか?その証拠にアレインもゲイル殿下も思いっきり顔を顰めている。
「え?ダメ?」
「ダメだよ!!!!」
クソデカボイスで叫んだアレインは、突然俺を正面から抱きしめた。ぎゅっとされると同時に背骨がボキっと音を立てる。温厚で柔和な印象のアレインだけど意外に力が強くて困る。
「ぐぇえっ!!」
「あんな危険な授業、ハズキに受けさせるなんて僕には耐えられない。君が怪我をしたら僕は、僕は……そのあたり一帯を吹き飛ばしてしまうかもしれない」
「怖いっ!!本当にやりそうで怖い!!」
感情が昂ると何をし出すかわからないのがこのアレイン坊ちゃんだ。俺はそれを見に染みて知っている。とは言え、
「怪我をするような授業なの?戦闘とか?」
「魔法使いと使い魔の訓練だ。当然戦闘訓練も含まれている……他にも菓子はないのか?まだ触れてない籠があるようだが…?」
アレインに抱きしめ殺されそうになりながらも、俺は三つ目の籠を殿下へ差し出した。中身は定番の厚焼きクッキーだ。今日のは紅茶の茶葉を細かく砕いたものが練り込まれていて、ほんのり紅茶の風味がする。ゲイル殿下はクッキーを掴み出し、キラキラと瞳を輝かせて齧る。サクッと良い焼き加減の音がする。
「純粋に戦闘なら結構自信あるんだけどなぁ。魔法で攻撃されたらどうにもならないなぁ」
小銃とか刀を向けられても平気だけど、魔法使いに手を翳されると頭を抱えて逃げ出すだろうな、間違いなく。
「魔法攻撃にはアレインが対処して、物理的な戦闘はお前が対処すれば良い。大抵の魔法使いは魔法に重点を置く分近接攻撃には弱い傾向にある。術者を戦闘不能にできれば魔法の発動は止まる……なるほど、この焼き菓子には紅茶の茶葉入っているのか。城の厨房にも作らせよう」
なるほど、と俺は頷いたけれど、アレインは納得のいっていない顔で俺の顔を正面から見つめた。抱きしめるのはやめてくれたけど、両手を握ったままだった。菓子でベタベタの手だ。
「ゲイルが言っていることは一理あるけど、それでも僕はハズキに危険な目にあってほしくないんだ」
「でも俺、このままじゃアレインに養ってもらうだけのお荷物だ」
本当は必死に稼がなくても良くて、好きな料理ばかりできるこの生活は有り難い。でも元々の自分の性格というか性分というか、働いていないと不安になるのも事実だった。
かと言って厨房で雇ってもらうのもアレインは許さないだろう。料理や菓子作りは趣味程度にしておかないと、厨房から離れられなくなってしまう。
「ハズキは僕のそばにいてくれるだけでいいんだよ?お荷物だなんて思わなくてもいいし、これでも公爵家だからお金は気にしなくて良いよ?」
神々しい美貌が不安そうに俺を見る。神を困らせてはいけない、などと意味不明なことを考える。
「そういう問題じゃない。というか、公爵家はそりゃお金持ちなんだろうけど、それは公爵家のものだろ?アレインにはわからないかもしれないけど俺からすればそれは他人のもので自分のものじゃない。俺がここで自立しようと思えば、使い魔として雇い主であるアレインの役に立たないといけない」
思った通りアレインは困ったように首を傾げた。
「でもお菓子や料理だってやってくれてるでしょう?」
「それは感謝の気持ちもあるけどただの趣味だよ。俺の元いた世界では、一食一飯の恩義は忘れてはいけないし、働かざる者食うべからずって言葉もある。俺はただアレインに甘えて何もしないままでいたくないんだよ」
「全然甘えてくれてないじゃないか」
今度はムスッと頬を膨らませる。甘えるってそういうことじゃないんだけどな、と思ったがアレインには通じそうにないや。
なので俺は趣向を変えてこう言った。
「俺ずっとこの屋敷でのアレインしかしらないだろ?だから学院にいるアレインのこともそばで見てみたいんだ。魔法の勉強とか頑張ってる姿って絶対にカッコいいだろうしなぁ。あ、それに外でも一緒にいられるだろ?アレインは俺ともっと一緒にいたくないの?」
「もちろんずっと離れたくないしなんなら一緒に寝たいし一緒にお風呂もはいりたいよ!!!!」
またもデカい声で言ったアレインの目は真剣そのものだった。俺は引き攣る頬を必死に抑えてなんとか微笑む。
「じゃあ問題ないだろ?そうですよね、殿下?」
話を振ればゲイル殿下は腹が満たされて満足した顔で頷いた。
「問題ない。それにお前は俺の剣を弾いたんだ、軟弱そうな見た目のクセに実は動けることはわかっている」
召喚された際に斬りかかってきたゲイル殿下だが、あの時は手持ちがおたましかなくて焦った。お気に入りのおたまだったのにダメにしてしまったな、なんて思いが過ぎる。
「わかった。僕だってハズキともっと一緒にいられると思うと嬉しい。だけど本当に用心してね?学院はそんなに楽しいところじゃないから」
本音を言えば自分の命もかかっているために、アレインの敵を見定めたかった。屋敷内にまで人を送り込んで入り込める相手は限られているだろうし、学院やその道中だって危険だろう。使い魔の契約のせいで運命共同体なのだから、何も知らないままでいるよりアレインのそばにいる方が、もしもの時に身代わりや盾くらいにはなれる。俺は人間よりも頑丈だから簡単に死にはしない。
そしてなにより屋敷にいるだけの生活に飽きてきた。この一月で平凡な人たちの魔法の力がそんなに強くないことも理解した。アレインやゲイル殿下が強いだけでそこまで恐れることはない。だからこそアレインの周囲の魔法使いたちがどれくらいの実力があるのかも知っておきたいし、単純にまるでファンタジーな世界に興味を持ち始めている。
これも良い機会だ、と俺は単純に思ったのだ。
でもアレインは違うようだった。
本気で俺の身を案じているのはいるのだが、アレインが最後に呟いた、“学院はそんなに楽しいところじゃない”という言葉には、どこか寂しさが忍んでいたのだ。
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