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しおりを挟むゲイル殿下が屋敷に来た日から数日後、俺はアレインに連れられて馬車に乗り、王宮内に併設されている王立魔法学院へ向かっていた。
あの日、ゲイル殿下はたくさんの作り置きしてある焼き菓子を手土産に、満面の笑みで帰宅した。帰るまでに何か言いたげにチラチラとこちらを見ていたが、いざ目が合うと睨むか鼻を鳴らすか、プイッとそっぽを向いてしまうため訳がわからなかったが。
そんな殿下が昨日、菓子の礼だと言って長剣を一本送ってくれた。届けに来てくれた殿下付きの使用人が恭しく掲げて差し出してきたその剣は、俺の身長に合わせて刃渡はそこまで長くなく細身で、そして重過ぎず軽過ぎず、しっくり手に馴染んだ。
なんでもゲイル殿下が直々に魔法で鍛錬したのだとか。なので決して刃こぼれすることも錆びることもない、と。殿下の好みなのか実にシンプルで機能的なデザインだが、黒い鞘にひとつ梅干し大のルビーが嵌め込まれていた。
「殿下ってキラキラした見た目なのにごちゃごちゃ装飾したりしないんだな。アレインと違って」
なんて言えば、アレインはしょんぼりした。
「ゲイルは昔から真面目で無駄なことが嫌いなんだ。物は物だと使えればそれでいいんだって。でも僕は装飾だって無駄だとは思わないよ?それはそれで職人が丹精込めて作った物だし美しいでしょう?決してごちゃごちゃした物が好きなのではなくて、僕は美しいものや美しいものをさらに美しくするのが好きなんだ、わかってくれる?」
「ああ、そう」
ふーん、と言って流しておく。俺にもよくわからない。ゲイル殿下に一票。
貰った剣は、こちらも飾り気のない黒革の剣帯と共に有り難く使わせてもらうことにした。アレインは「僕がもっと良いものを用意する」と言ってきかなかったが無視しておいた。
そんなやりとりがあったことを気にしてか、学院へ行く日の朝、鏡の前でいつも通り身支度をしていると、アレインはシンプルなシルバーのチェーンがついたネックレスを差し出してきた。薄紫の小さな石がひとつだけ付いていて、陽の光に輝く石はまるでアレインの瞳の色そのものだった。
「あのね、これは他の人からの魔法による干渉を防ぐお守りなんだ。ハズキに直接魔法をかけることができないように、僕が守りの魔法をかけておいたから役に立つと思うよ」
「急に意識を奪われるとかの魔法を防げるってこと?」
「そうだよ。ただ、強力な魔法だから物理攻撃まで防ぐ魔法は追加できなくてね……ごめん」
心底申し訳なさそうな顔をしつつ、そのネックレスを俺の首にかけてくれる。小さな留金を後ろで留めると、輝く薄紫の石が鎖骨の下に揺れる。シャツのボタンを上まで留めると見えなくなる位置だ。
「ううん、ありがとう。それだけでもすごく安心できる。それにすごく綺麗だし気に入った」
きっとこの前の会話を覚えていて、アレインにしてはかなり素っ気ないほどシンプルなネックレスにしてくれたんだと思うとなんだか微笑ましい。石の色は間違いなく自己主張だけど、まあこれくらいなら許せる。
「ハズキが綺麗だから本当はもう少し飾り立てて愛でたいんだけど、」
「絶対に嫌だ。却下」
「……そう言うと思って最低限にしたんだよ。その石は最高品質の魔石でね、魔力の馴染み方も効果の持続期間も全然違うんだ。北方の極寒の海に棲息している海竜の腹の中で数十年かけて錬成される胆石で、たまに排泄物に紛れて出てくるんだ。それをその道のプロが収拾して市場に出すんだけど、煎じて飲むと魔力量の減少を軽減できるんだ。加工して魔石にもできるし、」
「ちょっと!これ石じゃないの!?」
「胆石だよ」
キモい!!海竜ってなに!?しかも排泄物に紛れて出てくるのか!?煎じて飲むなんてまるでどっかの国のコーヒー豆じゃないか!!!!
「いい、もうわかった!とりあえずありがとう大事にする!!」
アレインはにっこり微笑むと、椅子に座る俺の後ろから抱きついて頭頂部にキスをした。鏡越しにスンと澄ました表情の自分と目が合う。
「本当はもう少し可愛く着飾って欲しいんだけど」
「嫌だ!」
「でも今日はハズキの初めての外出だよ?まあ、学院に行くだけなんだけど……」
「アレインはペットを不必要に着飾らせて悦に浸る趣味でも持ってんのかよ」
たまにいるよな。華美な首輪の猫とか、機能的じゃなさそうな服着た犬とか。まさにそんな気分。
アレインはパッと顔を上げるとムッとして言った。
「心外だよ!!君は自分をペットだと思ってるの!?そんな訳ないじゃないか!!」
いや十分ペットみたいだろうよ……
「それにペットは飾り立てたりしないよ!動き難くて可哀想だろう?……あ、ハズキのいた世界の人間はペットを飾るのが普通?ならごめん、言い過ぎたよね」
「そんなわけあるか!!人それぞれです!!」
首を傾げるアレインに俺も首を傾げたくなる。なんだかやっぱり根本的に噛み合わない。俺とアレインが分かり合えるのは食の好みだけだ。
とまあこんな感じで、いつも通りと言えばいつも通りに身支度を整えて現在。公爵家の紋章が入ったデカい馬車は王宮へと辿り着いた。
正面の大きな門の前で馬車を降りる。アレインが先に降り立ち、当然のように片手を差し出してエスコートしてくれる。複雑な心境でとりあえず手を取って馬車を降りる。アレインはこれまた当然のように俺の腰に腕を回して、ピッタリと体を寄せて歩き出す。
門兵というのだろうか、長槍を持った鎧姿の兵士が門の左右に立っていたが、アレインはその間をさっさと通り過ぎた。門兵が軽く礼をしているのもまるで無視だった。歩きながら振り返ると、俺たちの後に門を通過した人がいたが、門兵はそちらは直立不動で見送るのみだった。
さすが公爵家でゲイル殿下の従兄弟のアレインだ。身分の差というものを初めて実感する。
王宮は豪奢な城だ。俺は詳しくないけれど、ヨーロッパにあるなんたら宮殿みたいな感じだ。その城の周りに小ぢんまりとはしているけれどこれもまた見事な建物が点在している。
アレイン曰くその建物群は各省庁や騎士団本部、城で働く人達が住む区画なのだとか。そして城の裏側、一番奥まったところに王族が住む屋敷や後宮がある。
魔法学院は正門から左手奥に、神殿と併設する形で立っている建物だった。
その神殿はまさに俺が召喚されたところで、外から見ると高い尖塔が三つ空へ突き出した、荘厳な外観がちょっと近寄り難い見た目だった。大きな窓はカラフルなステンドグラスで、両開きの大きな木の扉は閉められている。
併設の建屋は三階建ての簡素な造りで、それこそちょっと装飾が華美な洋館のようだった。
アレインは迷いなくその洋館へ向かい、玄関と思しき扉から中へと入る。臙脂色の薄い絨毯が敷かれた廊下を進み、一階の奥にある部屋の前までやってくる。
「僕の教室だよ。僕と同じ最終学年は29人いて、こっちに15人、もうひとつ手前の教室に14人いるんだ。ほとんどが名のある貴族の令息令嬢で、年齢は僕より二、三歳上の方もいる」
「え、でも15.6歳から入学するんだよね?」
と言えば、アレインは肩をすくめて答えた。
「一年、二年留年してもここに入学したい人もいるんだ。僕やゲイルは一度目の入試で入っているけど、みんながみんなそうじゃない」
へぇ、と俺は頷いた。日本で言うところの難関国立大学や藝大のようなものなのだろう。そういうところは何度も受験に挑戦する人がいるみたいだったし。
「魔法使いを目指すほとんどの人は街の学園に通ったりもするけれど、僕ら貴族は王立卒業に重きを置く。王位継承権のあるゲイルもいる世代だから、在学中に懇意にしたいと考える人もいるしね」
「そういうことね」
「僕の名誉のために言っておくと、入試が難しいというのも本当のことだよ」
「アレインがすごいのは知ってるって」
取り繕うお坊ちゃんが可愛くて微笑む。アレインもにこにこと笑みを湛えているけれど、どこかいつもよりぎこちない。それは教室に足を踏み入れた途端、間違いではなかったと思い知る。
教室は前方と後方廊下側に出入り口があり、俺たちは後方から中へ入った。後方の壁際には天井まである本棚が並び、室内は椅子と机が普通の学校のように並んでいる。前方は黒板と教壇があった。
アレインはツカツカと歩みを進め、窓際の一番後ろの席につく。そして俺を膝に座らせた。なんでだよ!?と抗議しようとした時、ふと教室中から視線を感じた。
すでにほとんどの学院生は揃っているようで、各自が仲良しグループを作って談笑していた。ゲイル殿下も教室の前の方で席に着き、それを何人かの男子が囲んで話をしているのを見た。
しかしアレインが席に着いた瞬間、シーンと辺りが静まり返った。皆が一様にこちらを見て、何人かはそのまま視線を送り、何人かはまるで睨むようにして視線を外す。話しかけてくる人はいない。それらの反応は一瞬だったが、一瞬でも良い気分はしなかった。
「ね、ねぇ、アレイン?俺、お前の膝の上にいなきゃダメ?」
周囲の喧騒が戻ったところで、そっとアレインの耳元で小声で呟く。
「僕はその方が安全だと思う。何か問題でも?」
「問題は山ほどあるよ。アレインが授業を受け難いだろうし、お前の足がゴツゴツしていて俺はケツが痛い。そして恥ずかしい」
「誰も見てないから恥ずかしがることなんてないよ?」
「だとしても授業を受ける態度じゃない、だろ?」
アレインは不服そうに眉尻を下げた。そして片手を伸ばして隣の席の椅子を引き寄せる。ぴったり横付けにして、どうぞと言った。
「席は余っているから君はここに座って。僕のそばから離れないようにね」
まるで子どもに言い聞かせるようだ。俺はお前より何歳上だと思ってんだ?とは言え、未だにアレインは俺が百歳越えの吸血鬼だということを信じていないっぽい。
とにかく俺はアレインの隣で大人しくしていた。授業は座学だと午前二コマ、午後三コマで約一時間半。実技は午前中いっぱい、午後いっぱい、ということもあるそうだ。そして講師の魔法使いの都合もあるために予定通りにいかないこともある。講師の魔法使いは王宮に使える優秀な人間で、他にも仕事を抱えているらしい。アレインの外出がマチマチだったのはそのためだ。
学院を取りまとめる魔導士たちが受け持つ授業だけは毎週決まった時間にあるそうで、使い魔との授業もそれにあたる。今日は午後からだそうだ。
午前の授業は、俺が聞いていてもよくわからなかった。魔法理論とか言われたって、俺には魔法がどんなものかわからないので途中からウトウトしてしまった。
アレインは持参した革の手持ち鞄から教科書やノートのような紙束と、インクを付けて使う羽根ペンを出したが、特に何かノートを取ることもなくじっと席に着いていた。その横顔をチラリと見て、退屈そうだなと俺は思った。
授業が終わると各自席を立ち、何人かずつ連れ立って教室を出て行った。昼食を取りに食堂へ向かうらしい。ゲイル殿下がチラリと一瞬こちらを伺っていたけれど、何も言わずに友人らと連れ立って行ってしまう。
「アレイン…?」
「ん?」
小さく首を傾げてこちらを向くアレインに、俺はなんとも言えない感情を抱いた。いつものように微笑んでいるのに、どこか儚く虚だった。
「いつもこんな感じ?」
「そうだよ。僕はもう慣れてしまったけれど、ハズキには居心地が悪い思いをさせてしまったよね」
「そんなことない。全然、」
平気だ、と言ってしまいそうになって口を噤む。アレインは平気じゃないんだと思った。家族から疎まれていると話してくれた時と同じ寂しさが滲んでいた。学院でも腫れ物扱いだと聞いている。それを実感して、俺は胸がギュッと苦しくなった。
「お昼ご飯にしよう。僕はみんなと同じように食堂は使わないけど、いつもクレイグが昼食を持たせてくれていてね」
そう言って立ち上がったアレインが俺の手を引く。またも腰に腕を回し、ピッタリとくっ付いて教室を出る。
「静かな所でクレイグの美味しい昼食を食べられるんだから、僕はまだ幸せな方だよ」
と、アレインに連れられてやってきたのは、聖堂の裏手にある小さな庭園だった。煉瓦造りの遊歩道の左右に剪定された生垣があり、途中いくつか木のベンチが置いてある。
冬が近付く最近は日中でも肌寒いが、アレインは構わずに近くのベンチに腰を下ろした。
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