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2 ヴァサンとの対峙
しおりを挟むそんな関係だった私達は今日、結婚式を挙げた。
皆、疑問に思っているのだろう。
何故私と結婚するのだろうと。
こんなにも可愛げのなくてつまらない女なのに。
最高級品のはずのマーメイドラインの白いウエディングドレスは私への憎悪と嫌悪で黒く染められている気分だった。
そして、それを私に齎したはずのヴァサン・ジェミレアス自身が私に向ける瞳も冷たいものである。
私はなんの為に。なんの為にこの世界に戻ってきたのだろう。
また、自分が暗い世界に沈む。
――――――――――――
「で、君は何がしたかったんだ」
辛い時間を逃したくて、何も考えず過ごしていたらもう薄暗い初夜のベッドの上にいた。
それを覚ました扉が閉まった音は夫婦の寝室に現れたヴァサン・ジェミレアスが作り出した騒音だったらしい。
目の前に立つ彼は久しぶりに顔を見たからか、普段以上の強い圧と凄みを持っているように思える。
何時もの調子で、早々と義務的に夜を終わらせてくると思っていた彼は当たり前のように隣に腰掛け私に語り掛けた。
それ以前に私は驚いた。
彼は私に長い文を紡げたのか。
「声が聞こえていないのか、カトリーヌ」
再び驚愕する。
ヴァサンは私の名前を覚えていたのか。
「おい。本当にどうしたんだ」
その言葉にハッと気づく。一々小さい事に驚き過ぎて、私が何も話せていないと。
何故そんなことで驚いているのだろうと思わなくないがマトモな人として彼に扱われたことの無い私には「そんなこと」が重大だった。
「……いえ。大丈夫ですわ。それで、私が何をしたかったとは?」
「君が企てていたあの計画だ。何故平民になどと」
「私がそれを貴方へ言ってどうなさいますの。もう私達は結婚したのでしょう。逃亡が許されるのにも期限がありますわ」
私は当たり前の事を彼に伝える。
外へ出ないよう厳重に守られて、気づけば王子妃になっていた。そうなってしまえば、逃げようにも王家の一員と婚姻した者としての責務がある。以前の様に一介の貴族のつもりでは居られない。そう伝えたはずなのに、彼は私の言葉を聞いて舌を鳴らす。
「……やはり、駆け落ちか」
「え?」
ヴァサン・ジェミレアスは私の発言を勘違いしたらしかった。
「あの計画にいたブローニュ家の騎士。彼奴が相手だろう」
「い、いや」
「此処で何を言おうと変わらない。彼奴を庇っても無駄だ」
「ち、違っ……」
「カトリーヌ。君はもうここから逃げられないのだから」
ヴァサンは切れ長なグレーシャブルーの瞳を細め、私へ絶望を促す。
少しずつ距離を詰めて、私へ顔を近づけて、私の髪に手を触れて。
私は限界だった。
もう許容範囲を超えていた。
両目からボロボロと涙が落ちてくる。
泣かないと決めていたのに。
弱い姿は一人で留めるつもりだったのに。
「……っ、カトリーヌはそれ程まで彼を」
「違います!本当に違うと言っておりますのに……ヴァサン様の馬鹿!」
彼に掬い取られていた髪をブンブンと振り、顔をぐしゃぐしゃに乱す。じわじわと近づいていた彼を手や足で押し返して自分を護った。
自分の線を一度超えてしまったせいで彼への対応が吹っ切れてしまった。
そのせいで、一介の令嬢としての体裁を整えられなくなったのは自覚している。だが、戻すことも出来なかった。
「……違うとは?」
「私にそんな存在はいません!その者は私の侍女の恋人ですわ。そもそも、私は貴方のする他の令嬢への態度に無理を感じたからですのに!貴方の妄想で私を不義理にしないで!私は貴方の性格が嫌で、この結婚が嫌なだけなのに!何故、そんな存在に成り果てなければならないの」
ヴァサンはその発言に目を見開き。
私に向けられた手がシーツを握る私の手を取った。
いきなり何をするのかと掴まれた手を引こうとするが、彼は力で強く握りその手を留めた。
私の、背筋にビリビリと刺激が走る。
「……カトリーヌは俺が嫌いでは無いのか?」
「きらい!嫌いですわ!私は貴方のせいで振り回されているんですのよ!」
「そうか。君は……」
彼は自分の顔の近くに私の手を持っていく。その手は祈るように誓うように、両の手で握られている。
彼の銀髪が薄明かりのライトに照らされ光った。
「カトリーヌは俺の性格だけが嫌いか」
そう噛み締める様に言葉を口にしてヴァサンは口角を上げ、冷たさを放つグレーシャブルーの瞳が歪む。
「貴方は何をっ!」
「そうか」
彼はまた暴れだそうとする私を囲い込む様に抱き締める。
彼が吐く深い溜息は艶めいていて心臓が跳ねた。
「性格だけか。君はずっと兄が好きだ。それと正反対な俺は容姿も嫌われていると思っていたのでな」
「あ、に……?」
ヴァサンの兄と言うと我が国の第一王子オルレアン・ジェミレアスの事だろうか。
金髪碧眼の物語に出てくる王子様の型に嵌めたような優れた美貌と知能を持つ王太子だ。
市民や貴族、貧民街の者であっても誰でも彼を愛し彼を次の王と認めていた。
だが、私もその程度。好いていると言われるほど感情を向けたことは無い。
これは再びヴァサンの勘違いだ。
「君は出会ったばかりの頃から兄ばかり見ていた。俺といても俺ではなく兄ばかり。可愛らしい子供でしかない君は好意を隠せていないのだと」
そういえば婚約が始まった頃、ヴァサンのような寡黙で冷ややかな人とどうやって過ごしているのか不思議でよく気にしていたかもしれない。ヴァサンはそのことを言っているのだろうか。
彼の頬と触れ合った首筋がひんやりと冷たくて、体温ですらも氷の王子なのかと感心した。
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