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32とんだ失態(リント)
しおりを挟む「リント!」
不意に後ろから声を掛けられる。
この声は間違いなくミルフィだ!
俺は心が躍るように振り返った。
うそだろ?
そこにはいつものミルフィがいた。昼に会った時と同じ政務局員が着る紺色の上着に同色のロングのスカート姿だ。
思わず腕を絡ませているミルフィの顔と見比べる。
同じ?
あれ、こんなのおかしいだろ!
何かが違うと感じていた違和感にいきなり脳の中枢部に落雷が落ちたようなショックが走る。
突然思い起こされた記憶。
ピュタール国の竜人にとって番は唯一無二の存在だ。竜帝に近しい縁せきの者に番が現れればそのものが竜帝になる時代が続いた。
そんな歴史の中で幾度も後継者争いが繰り広げられ竜帝となり番と結ばれながらも番を誤認識させ、別の女性を番と認識させて竜帝の子どもを授かろうとするやからや番を追い落として新たな番の座に就こうとするものが幾度も現れた。
それを可能にしたのが番誤認識道具。いわゆる番の髪の毛や皮膚組織、血液や体液を使って別の女性を番と誤認識させる魔道具だ。
だが、あれはとっくの昔に禁忌の魔道具として末梢されたはずだが‥
はっとしてピンク色のワンピースを着たミルフィを凝視する。
「もう、リントったらそんなに見つめて恥ずかしいじゃない」
彼女がふっと目を反らし俺の胸をはたく。
かがんだ頭に訝し気な髪飾りがある事に気づく。
その髪飾りは花びらの形をしていて色は真っ黒で中心に血の色のような真っ赤な石がはめ込んであって、そこからまがまがしい魔力を感じる。
「これはなんだ?」とその髪飾りに触れようとした。
「ちょっと、やめて。髪が乱れるじゃない!」
明らかに動揺した素振りに俺はその髪飾りを奪い取った。
「やだ!やめてよ!返してったら!!」
声を荒げる彼女を無視してその髪飾りに魔力を流す。すぐにそこからミルフィの匂いがして禁忌の番誤認識道具だと気づく。
「バキッ!」花びらを真っ二つにへし折ると匂っていたミルフィの匂いが消えた。
ミルフィに見えていた女が全く別人だとやっと気づいた。
そこにいたのは見たこともないピンク色の髪に青い瞳の女だった。
「信じたのに‥リントだけはって‥やっとあなたを信じたのに、私がバカだった」
震える声でそれも囁くほど小さな呟き。
「違う!ミルフィ。これは罠だ。魔道具でこの女がミルフィに見えるようになっていたんだ!」
そこにすかさずミルフィもどきが腕を絡ませてきた。
「もう、リントったら、いいのよ、だって仕方ないじゃん。私達愛し合ってるんだから。ねぇ、ミルフィなんか放っておいて指輪買いに行こうよ。さっきの食事もすごっく美味しかった。うふっ」
「お前誰だ?禁忌の魔道具まで使って俺を騙すなんて誰の回しもんだ?」
ミルフィのふりをして俺に言い寄って来た女にいきり立つ。
「誰か教えてあげるわリント。その女はね。私の元婚約者ドルトを奪ったサクル・ウォルト子爵令嬢よ。よりによってまたあんたなの?ったく、どんな神経してるのよ。まあいいわ。二人でお好きにどうぞ。私は関係ないから!」
ミルフィの瞳から涙が溢れている。
泣きながら気丈に俺を拒否する彼女に伸ばそうとした指先が止まる。
俺の背すじは凍り付くほどの恐怖を覚え、後悔が押し寄せた。
こいつはミルフィを苦しめた女だったのか?そんな女が俺を騙してまだミルフィを苦しめたのか?
どうして気づかなかった。何かがおかしいと思ったのに‥
喉の奥が締め付けられて。ミルフィを止めようとするのに。
「ふふっ、ちょうどいいじゃん。リント、私あなたが好きになったわ。ねぇ、二人でうまくやって行こうよ」
サクルという女らしい奴が馴れ馴れしく俺の身体に触れようとした。
怒りと悔しさみたいな感情が腹の底から沸き上がりサクルを跳ね飛ばした。
「俺に触れるな!殺すぞお前!!」
サクルという女が地面に倒れ込んだ。
「痛っぃ~!なにするのよ。ひどいじゃない。このワンピース下ろしたてなのに!!」
怒りが増幅してまた女を攻撃したくなる。
だが、今はそれどころじゃない。ミルフィの誤解を解かないと。
気持ちを立て直してミルフィに声をかける。
「違う。ミルフィ。違うんだ。お願いだ聞いてくれ。俺は魔道具でミルフィを誤認識させられただけだ。何かがおかしいと思った。でも、君の匂いがするからはっきり拒絶出来なかった。でも、それはすべて魔道具のせいで‥それにあの魔道具は禁忌になってすべて処分されたはずだった。そんな魔道具があること自体が誰かの策略としか思えない。だから‥二度とこんな事は起こさないと誓う。ピュタール国に戻ってはっきり竜帝にならないことを決めて来る。そうすれば俺はもう誰からもこんな策略をされることはなくなるはずなんだ。だから、頼むミルフィ‥」
ゆっくりミルフィに近づいて行く。
指先を伸ばして彼女の髪に触れようとしたが。
ビリビリした空気が指先の行くてを阻む。どうやらミルフィが俺に触れられたくないと思っているらしい。
「そう、魔道具のせいなの。そうよね。あなたはピュタール国の次期竜帝になってもおかしくないんだもの。それってこれからもたくさんのハニートラップが仕掛けられるって事よね。その度にリント。あなたはそうやって言い訳をするのよ。そしていつかは別の女との子も出来たなんていうのかもね。私、もうそういうの耐えれないの。番が唯一って言ってる割にずいぶん嬉しそうにしてたわよね?私、遅くなって門にあなたがいなかったから、レストランに来たのよ。あなたは楽しそうにサクルと食事してた。それを見た私の気持ちがわかる?もう、うんざりだから。私達やっぱり無理だと思う。お別れよリント。さようなら。あなたもピュタール国に帰った方がいい。じゃあ」
ミルフィの言うことはすべて正しかった。
俺は竜帝の子どもである以上今までもこれからもミルフィを嫌な気持ちにさせる事になるのではと思う。
それにはきっちり話をつけて二度とこんな事が起こらないようにしなくてはならない。
「ミルフィの言うことは正しいと思う。だから、俺はそんな事が二度と起こらないようにピュタール国に帰って話をつけて来る。そしたら俺を信じてくれるか?俺を受け入れてくれるか?ミルフィ?頼むから帰ってきたら俺と話をして欲しい。もう一度チャンスをくれないか?頼むから‥」
俺は唯一無二の番に許しを請う。
ミルフィは何も言わなかった。
「ミルフィ?ピュタールに戻って話をつけて来る。だから帰ってきたら話し合おう。いいね?」
ミルフィは首を振った。拒絶の意味を込めてだろう。
「君の気持ちはわかる。今は許してくれとは言わない。でも、帰ってきたら話を聞いて欲しい。いいね?」
ミルフィはやっとゆっくりと頭を下げた。頷いてくれたのか?
詰めていた息をほんの少し吐き出せた。
「良かった。じゃあ、俺はピュタールに帰って来るから。いいね?帰ったら話をしよう」
ミルフィはまだ泣いていた。
そのままミルフィは向きを変えて食堂の方に歩き始めた。
彼女の背中は震えていて俺の心は後悔で散り散りに引き裂かれる。
後を追いたかった。きちんと食堂に送り届けてミルフィの安全を見届けたかった。
でも、足は地面に楔でも打ち込まれたかのように動かなかった。
どこからかクレイブが現れた。少し前から様子を伺っていたのだろう。
「リントさん。俺が彼女を見届けて来ますから安心して下さい。誤解なんだからきっと彼女はわかってくれますよ。今は少し動揺してるだけですよ」
「そうだな。頼むクレイブ」
俺はクレイブにミルフィの事を頼むと地面に倒れているサクルという女の胸ぐらを掴み上げた。
「お前、誰に雇われた。ただでは置かないからな!関わった奴らの名を言え!」
はらわたが煮えくり返りそうなほどの怒りが込み上げた。
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