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しおりを挟む太陽は会社から出ると30分ほどで猪瀬不動産についた。
猪瀬不動産は市内でも、わりとガラの悪い地域に合った。
古びた木製のドアを開けるとギイィ…と音がした。
そのままドアを開けて、城ケ崎ですと声を掛ける。
しばらくして声がした。
「お待ちしてました。さあどうぞ」
奥の部屋から年は60代手前くらいの男性が現れた。
「お電話した猪瀬です。早速で恐縮です。さあこちらにどうぞ」
猪瀬はつい立ての向こうにあるかつては革張りで豪華だったであろう応接セットに案内する。
その古びた応接セットのソファーの手前に座ると名刺を出して名前を言った。
「城ケ崎です」
お互いの名刺交換が終わると、猪瀬が本題に入った。
「城ケ崎高太郎さんから、彼のお母さんが亡くなられて彼が相続するはずの土地家屋を転売したいとのご依頼でして」
「ええ、確かに祖母が亡くなって叔父である高太郎に相続権があることは認めます。ですが肝心の叔父がどこにいるかもわからずこちらも相続の件をどうするか決めかねていたところでして…それに家の権利書もあるとか、権利書はまだ自宅にあったはずで、一体どうやってその権利書がこちらにあるかもわかりません。わたしとしましては叔父の高太郎に事情を聴かなければ納得できることではありません。この話をするには、とにかく叔父の居場所を教えていただかないと‥‥」
「待ってください。困りました。わたしはてっきりあなたとの話はでいていると思ったものですから…そう言うことならちょっと待ってください。連絡してみますので」
猪瀬は席を立って別室に入った。
しばらくして太陽の前に現れた彼が言った。
「高太郎さんは、今九州におられるそうで、こちらに来るのは無理とおっしゃっていますが…」
「わかりました。わたしが直接会いに行きます。電話番号と居所を教えてください」
「では、そのようにあちらに伝えますのでもうしばらくお待ちください」
猪瀬はまた別室に入った。
しばらくすると怒鳴り声がした。
「あんたが嫌だとかこっちにはそんな事関係ないんだよ。さっさと話しを付けて家を売れるようにしろ!わかってるんだろうな?利子は待ってはくれないぞ。一日過ぎるたびに加算されて行くんだ。それで困るのは誰なんだ。えっ?」
また猪瀬が太陽の前に戻って来て言った。
「高太郎さんが事情を説明されるそうです。ではこれが居所です。なるべく急いでいただかないとこちらも商売でして…」
猪瀬が太陽を睨みつけるような視線を向けてにやりと笑った。
「そんな事はこちらには関係ない事だ。わたしはただ祖母の残したあの家を売りたくないと思っているだけだ」
「そう言う話なら、あなたが買い取ってくれてもいいんだが」
「まだ売ってもいない家を買い取れと?何をばかなことを言ってるんだ。大体この会社は、本当に正規に認可を受けてるのか?何だか言ってることがおかしいだろう?」
「あんた、言いがかりもいい加減にしたほうがいい。うちはちゃんと認可を受けた不動産会社だ。あんたなんかに連絡しなくても良かったんだぞ」
「そんなわけないだろう。俺にも相続権はあることくらいあんただってわかるだろう?あんまりおかしなことを言うなら出るところに出てもいいんだ。こっちにも弁護士を用意して裁判を起こすくらい簡単なことなんだから」
「城ケ崎さんあまり話をややこしくするのはやめましょうよ。それより高太郎さんに会って話をした方が早いんじゃないですか?」
「まあ、それがいちばん先にやらなきゃならないことだ。ではこの話は保留と言うことでいいですね?」
「まあそう言うことになりますか…」
「では、わたしは失礼する」
太陽は、すぐに高太郎に連絡を取った。
「もしもし、叔父さん?」
「うっ、お前、太陽か?」
「ええ、そうです。今日いきなり猪瀬不動産から家を売るから出て行けって連絡が来て、一体どういうことなんです?権利書なんかいつの間に持ち出したんです?大体、叔父さんはおばあさんの葬式にさえ来なかったじゃないですか!それなのにそんな勝手なこと‥‥」
「いや、悪かったと思ってる。でも借金がかさんでもうどうしようもなくて、実家に頼もうかと行ったら、ばあさんは死んでて、誰もいなくてつい魔が差した。鍵の場所は知ってたし、権利書がどこにあるかも知ってたから‥‥」
太陽はいい加減にしろと思う。さんざん祖母を泣かして来ておきながら、死んでまでまだ勝手なことを言うこの叔父をもう叔父とは思いたくなかった。
「そう言う問題ですか?勝手なことばかりしておきながら、今さらあなたを助ける義理があるんですか?どうせギャンブルか何かで作った借金でしょ」
「だが、この借金を返さないと俺は取り立て屋に殺される‥‥」
「自業自得ですね。でもあなたに家の相続権を放棄するというなら一度だけわたしも考えてもいいです。でもこれが最初で最後です。もう二度とあなたに関わるつもりはありませんから、覚悟しておいて下さい」
「太陽?本当か?ほんとに助けてくれるのか、それならいくらでも相続権なんか放棄する。すぐこっちに来てくれないか、俺はどうしてもそっちには行けないから‥‥」
叔父の高太郎は、福岡にいて、向こうで仕事をしていてこちらに来るのは無理だと話した。
どうも借金のため九州で働かされているらしい。
それで仕方なく太陽が高太郎に会いに行くことになった。
どうしても本人直筆のサインが必要だ。
翌日飛行機で向かっても良かったのだが、太陽は勝手な叔父に頭に来ていて、家に帰るのも嫌になった。きちんと話を付けてから祖母の仏前に報告もしたかった。
それから駅に向かい、駅前のチェーン展開するレストランでこれからの事を考えた。
そして太陽は夜行列車サンセットに乗ると九州に向かった。
岡山で新幹線に乗り換えなければならないが、これが一番早く九州に着ける手段だった。
着替えも持たず、何もかもがいきなりだった。
列車が出発してやっとゆずの事を思い出した。そしてコマの事も‥‥
それで真白動物病院に急いで電話を入れたのだった。
ゆずからのメールもそのときに気づいたくらいだった。
【お話することは何もありません。もうわたしに関わらないで下さい】
彼女はそうメールを送って来ていた。
そんな風に思われても仕方がない事だと太陽は思った。
この件が片付いたら、きちんとゆずと話をしよう。
太陽は、1分でも1秒でも早く九州での用を済ませて彼女に会いに行きたいと思っていた。
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