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しおりを挟むマクシュミリアンは考えまいとしたが、なぜ彼女が怒ったのか考えずにはいられなかった。
何度も、考えるのはやめて、朝になったらすぐにビルグに連れて行けば済むことだと割り切ろうとする。
でもその度に、くららの欲情した顔や声が頭から離れない。
きっと発情期で気分が高ぶっているせいだ。
いや、天の定めなどと言うおかしなことを考えたせいだ。
二度とくららなんか相手にするもんか!
何度もそう思って、寝返りを繰り返した。
くららも眠れない様子で何度も寝返りを打っている。
その様子を見ているうちにくららも本当は交わりたかったのではないかとさえ思ってしまう。
何を考えている。
いい加減にしろ!
そんな事ある訳がない、僕が獣人だからくららは嫌だったんだ。
もう何も考えるな。
空は漆黒の闇の翼を広げていたが、次第にその翼を閉じようとしていた。
闇の翼がそろりそろりと折りたたまれて行くと、かわりに純白の光を携えた太陽が翼を広げ始める。
空は少しずつ薄っすらと白んで行く。
マクシュミリアンは、すっかり目が冴えてしまったので起きる事にした。
そしてすぐにくららの様子を伺ってしまった。
朝の柔らかな光が、明り取りの窓から差し込み、美しい彼女の顔を浮かび上がらせている。
黒くて長いまつ毛が美しい扇の形を醸し出し、小さくて整った鼻に可愛い薄ら紅の唇、白い肌の頬には紅色が差していた。
その寝顔は、まるで天使のように純真で可愛かった。
マクシュミリアンはベッドにひざまずき、くららの寝顔に見とれていた。
いつの間にか、昨晩あんな態度を取られたことさえも忘れて彼の心は和んでいた。
そうだ!くららのために朝食を用意しよう。
マクシュミリアンは、そっと裏口から出るとヤギの乳を搾り鶏小屋から卵を拾った。
ラーシュが森を開墾して作った畑には、トウモロコシやジャガイモや季節の野菜が植えられている。
いつもトウモロコシを粉にして、それをパン替わりに焼いて食べたり、ジャガイモをゆでて食べるのがマクシュミリアンとラーシュの食生活だった。
トウモロコシの粉で焼いた、トンと言う食べ物は日本で言えばナンのような細長い形をしてパリパリした食感の食べ物だ。
小麦粉は貴重でなかなか手に入らないので、パンは滅多に食べられないごちそうだった。
それでもヤギの乳で作ったチーズや卵があれば、食べ物に不自由することはなかった。
マクシュミリアンは、畑で野菜を取って来ると、ついでに森に入って野ぶどうももぎ取って来た。
裏のかまどでトウモロコシの粉をといてそれを焼き始め、卵でオムレツも作る。野菜と野ぶどうを木で出来たボールに彩りよく入れるとオムレツとチーズを木の皿に盛りつける。
トウモロコシの粉を焼いたトンが焼きあがるとそれを木のつるで編んだ籠に入れる。
いい香りがしてマクシュミリアンのお腹がグゥーと鳴った。
そろそろくららを起こしてもいいか?
マクシュミリアンは部屋の中央にあるテーブルに出来上がった食事を並べると、くららに声をかけた。
「くらら‥‥くらら、朝だ。起きて食事にしないか?」
「うぅん‥‥」
くららは聞こえたのか返事をしたかのようだったが、また寝返りをうつと眠ってしまった。
くららも昨晩はなかなか寝付けず、朝方まで起きていた。やっと空が白み始めたころにうとうとし始めたが、何やら気配がしてまた目が覚めた。
ベッドの中から薄っすらと目を開けて周りの様子を伺った。
ちょうどマクシュミリアンが裏口のドアを開けて出て行くのが見えた。
マクシュミリアン様は、どこへ行かれるのでしょう。
彼はまだ怒っているのかしら…‥
ふと、そんなことを思った。
くららは急いでその考えを訂正する。
いいえ、怒っているのはわたしの方ですわ。
まったく、あのようなことをして欲しいなんてわたしは言ってもいないのに、彼は勝手にわたしに触れてきたんですもの…‥
ああ…‥でも、わたしは彼にされるまま身を任せてしまいました。
わたしも彼を拒絶しなかったのですから、もう恥ずかしくて彼と顔を合わせることなどできません。
くららは目をぎゅっとつぶって唇を噛んだ。
ですが‥‥彼も言ったじゃありませんか、媚薬と言うものを飲むとそのようになると、あのようなことになってしまったのも仕方のなかった事なのです。
昨晩のことを考えると、くららは躊躇した。
あのようなことをした後でどのような顔をして彼と顔をあわせればいいのでしょう。
気恥ずかしくて顔が熱くなる。
いつまでもここにいるわけにもいかないと思うがベッドから出る勇気もなかった。
そんな時マクシュミリアンが声をかけて来た。
くららは慌てて寝返りを打つふりをする。
ゆっくり息をして眠ったふりをした。
それなのに‥‥くららのお腹がいきなり「グゥーグルルゥ‥‥」と鳴った。
まあどうしましょう。
こんなはしたない音を立ててしまって、きっとマクシュミリアン様にも聞こえましたわ。
マクシュミリアンの耳は非常によく聞こえる。
くららのお腹が鳴った音を聞き逃すはずがなかった。
思わず、口元が緩んだ。
くらら可愛い‥‥脳内で沸き上がったその言葉を慌てて消した。
「くらら、お腹が空いたんだろう?朝食を作ったんだ。一緒に食べないか?あの‥‥昨日の事はもう忘れないか、君は薬のせいであんなことになったんだし、それに疲れてもいた。僕も凄く疲れていたし、もし君に嫌な思いをさせたなら謝るよ。さあ起きて、くらら…」
出てきた言葉にマクシュミリアンは自分でも驚いた。
昨晩はあんなに腹を立てていたのに、いざ、くららの顔を見たり、可愛いお腹が鳴る音を聞くと、もう放っておけなくなった。
いや、起きた時からくららの為に朝食を作っていたのはどこの誰なんだ!
くららの事となると自分の行動すら制御出来なくなるみたいだ。
これも天の定めだからなのか?
いや、もうそんなことは考えるな。
彼女とはすぐに別々の道を歩むんだから…‥
お互い昨日の事は水に流して気持ちよく最後を楽しんだ方がいい。
くららはマクシュミリアンのかけた言葉に耳を疑った。
なんてお優しい方なの‥‥
くららは、がばっと上掛をはぐった。
起き上がりマクシュミリアンの方を見た。
彼は腰にエプロンを巻き付けている。それにパンを焼いたようないい香りもしていてくららは思わず声を上げた。
「マクシュミリアン様そのお姿はどうされたんですの?まさかわたしの為に食事を作って下さったのですか?」
「ああ、君の口に合うか分からないが、トウモロコシの粉で焼いたトンだ。他にもオムレツや野ぶどうもある。一緒に食べないか?」
「まあ…すごいですわ‥‥」
くららはベッドから出るとテーブルの上に乗った食事を見て驚いた。
もう彼が怒っているとは思わなかった。
それにわたしも悪かったんですもの。
「わたし、すぐに手を洗ってきますわ。いえ、着替えもまだでしたわ。あっ、何かお手伝いすることはありますか」
くららは矢継ぎ早に話す。
「いや、もう運んでしまったから、くらら、こんなむさくるしいところだ。着替えなんか後にすればいい。さあ手を洗って来て、せっかくの料理が冷めてしまうから」
「ええ、そうですわね。すぐに…」
くららは急いで裏口に出て昨日と同じように顔と手を洗った。
ふたりは食事を一緒にした。
「マクシュミリアン様、このお野菜はどうされたのです?それにぶどうもありますわ…」
マクシュミリアンは畑があることを教える。
「では、取れたての新鮮野菜なのですね。すごいですわ。何もかもすごくおいしいですわね」
くららは大喜びで次々に料理を食べて行く。
マクシュミリアンも、そんなくららを見てすごく楽しい気分になる。
こんなに楽しい食事はいつだっただろう?
くららがいるだけでこんな粗末な家が明るくなる。どんな食べ物でもおいしくなる。
彼女は本当に天使みたいだ。
もし、くららがこのままここにいてくれたらどんなにいいだろう。
ふと沸き上がった考えをすぐに打ち消す。
マクシュミリアンはラーシュが亡くなってからも、畑を続けていたし木こりの仕事も続けて来た。
でもひとりは寂しくて仕方がなかった。
それに薪を作っても買ってもらえなければ、すぐに困ったことになる。
彼女がここにいて助けてくれたら…‥
マクシュミリアンの気持ちは、流れる川のように刻々と変化していた。
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