この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

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1婚約者気取りはやめて

 
 「バイオレット嬢は大丈夫なんですか?」

 大きな声が医務室の外でした。

 ギィーと扉を開く音がしたと思うと男が飛び込んで来た。

 彼は金色の髪にそれに合わせたような琥珀色に煌めく瞳をしていて、まだ入っていいとも言われていないのに扉を開けて勝手に入って来る。

 何とも遠慮のない男性だと医務室の学園医であるマリーンは思った。

 「あなたは誰なんです?男性は入れませんよ!」

 マーリン先生は怪訝な顔をして言った。

 カーテンの向こうでベッドに寝ているバイオレットは気分が悪くてそれどころではない。



 「私は彼女の婚約者です。事件の事を聞いて来たんです。会わせていただけますよね?それに私はこの学園で講師をしているヴィルフリートと言います」

「婚約者?でも彼女が婚約したなんて聞いていませんわ。嘘を言うのはやめて頂けませんバルガン先生」

 マーリンは少し動揺したように髪を撫ぜつけた。

 「はっ?どうして私が嘘をつく必要があるんです。これでもこの学園で講師をしてるんですよ。そんな嘘をついて女子生徒に近づくはずがないじゃないですか。彼女のお兄さんに婚約を申し込んで了解はもらってるんです。だから入れて下さい」

 彼女は少し驚いたように目を開いたがすぐに彼の話に納得したらしい。

 「まあ、そうでしたか。そう言う事なら彼女すごく辛そうだから付き添ってあげて下さい」

 「もちろんです」

 男は3か月ほど前にこの学園に騎士練習生の講師としてこのペンダル学園に来たばかりだった。

 講師と言うのは隠れ蓑であって実は訳合ってこの学園に調査に来ているのだがバイオレットが倒れて医務室に運ばれたと聞いて慌てていた。

 彼はここに来る前にバイオレットの兄に婚約を申し込んでいたと言うのは本当の話だった。

 実は婚約を受けると返事を聞いたのは今朝だったが間に合ってよかったと思った。

 バイオレットがその話を聞いているかははっきりとわからないが知らないふりをするのは無理だろう。

 だから急いで駆け付けたのだ。

 彼の名前はヴィルフリート・バルガン25歳だった。



 「バイオレット嬢気分はどうだ?」

 もう、こんな時に誰なの?

 私は上掛を顔にまでかけてカーテン側には背を向けていたが気分が悪くてそれどころではないので吐き気がしそうなのをこらえて言った。

 「すごく悪いわ。でも、いいからもう心配しないで下さい。ここで横になっていれば少しは収まると思いますから」

 おかしなものを飲んだせいで誰が声を掛けているかなんて気にしている暇もなかった。

 ただ男性らしいと思う人に失礼のないように返事を返すので精一杯だった。



 「水は飲んだか?」

 「はい」

 「では背中でもさすってやろうか?」

 「えっ?」

 いくら何でも誰かもわからない人にそんなことをしてもらうわけにはいかないだろう。

 それに声からして男性と思ったので驚いた。

 ずいぶんおかしなことを言うと思っているうちにその人の手が制服の上からそっとあてがわれた。

 私はビクリとなったが、すぐに大きな手のひらが優しく上下してせり上がりそうな胃の内容物がすっと大人しくなった。

 その手は温かく力強くまるで父にでもさすられているかのようでやめてと言えなくなった。



 「きっと飲まされたのは媚薬のようなものだ。最近この学園でおかしな薬が出回っていると聞いた。その薬は人間の理性を奪い本能を覚醒させる働きがあって媚薬のように体が熱くなり人間が本来持っている欲望をこらえられなくするという代物らしいからな。どうだバイオレットどこか辛くないか?」

 彼の説明は理論的でちっともいやらしくは聞こえなかったが。

 結局私は媚薬を飲まされたって事なのか?

 チッ!あのマーガレットのせいと心の中で思う。何がバイオレット様これをどうぞだ!

 油断した自分にも腹が立つがまさか同級生にそんな事をされるとは思わなかった。

 それに飲まされたのは果実水とばかり…そんなおかしな味はしなかった気がしたけど…

 でも、言われるように確かに体の奥が熱い。下腹の中がざわついたみたいにズクズクしてまるで月のものが始まる前のようなむずがゆいような感じがしているが。

 どこか辛くないかですって?そんな事を言えるわけがないじゃない。ったく。

 一体だれ?知らないけれど失礼しちゃう。

 私は心の中で悪態をつく。

 一応この学園では淑女としての品位を落とすことのないようにと家族からきつく言われているので、吐き出したい言葉をぐっと我慢するが。



 「心配するな。俺に任せろ。こういうことは慣れているんだ」

 はっ?慣れているってどういう?

 そんな事を考えている間にその男の手は制服のシャツのボタンを外すとあっという間に簡易コルセットの紐を解いていた。

 「こんなに締め付けて…ったく。苦しかっただろう?」

 感心したような声は蕩けそうな声色だ。

 「何するんです。あなた一体誰?」

 私はやっと上掛をはぐと相手の男の顔を見た。 

 彼はぎゅっと眉間を寄せて一瞬手を止めた。



 えっと…この人は確かヴィルフリートじゃない。あの騎士練習生の講師としてやってきた。

 私は驚いて彼を見つめた。


 彼は私に婚約を申し込んこんでいると言ったヴィルフリート。 

 最初は冗談かと思ったが本当だった。

 そう言えばあれからどうなったんだろう?お兄様からこの人に婚約を申し込まれているとは聞いたけど受けるかはまだ決まっていなかったはず?

 あんな姿を見たんだものもうとっくに婚約はなかった事になったんじゃ?

 待て。最初は乗り気でなかった兄が彼の母親が公爵家の出目と知って心を動かされないはずはない。

 もしかして私の知らない間にすでに婚約が整ったとか?

 いくら何でもありえないから!

 私はいやだって言ってるのに私の気持ちなんてまったく意味ないって事?

 私は脳内でひとりそんな繰り言を繰り返す。



 「それを言う?安心しろ。俺達婚約が決まったって。まだ知らされてない?でも本当だから心配するな」

 「えっ?断ったんじゃないんですか?」

 「断るはずないだろう」

 「でも、どうして…」

 そもそも婚約を申し込んだ話だって彼が学園に来た時初めて聞かされたのは3か月前。

 いきなり。顔も知らない相手から。



 私は騎士練習生として練習を終えて汗びっしょりになって髪も顔もクシャクシャのときだったからあわてたなんてものじゃない。

 まったく、あの時は顎が落ちるかと思った。

 おまけに彼の第一声ときたら…と言ってもこれはまだ私と気づいていなかった時で…

 「君って女だよね?どうしてこんな所に?まさか騎士練習生なのか?おい、嘘だろ!えっ?女が?勘弁してくれよ。参ったな…そんなの聞いてないぞ。俺は男の生徒ばかりだと思っていたが…女が騎士練習生に?くそ!」

 彼はそんな事を小さな声でグダグダ言ったが全部聞こえてましたから。

 「君、名前は?」

 「はい、バイオレット・レスプランドールですけど、一応練習に参加する許可は頂いてますが」

 私はいけませんか?目線でその講師を睨んだ。

 だが、彼は私の名前を聞いて目をむいた。

 息をのんで大きくため息をつき肩を落とした。

 そのうち気を取り直したのか彼は慌てて私の方を向いて言ったのだ。

 「き、君がバイオレット・レスプランドールなのか?いや、顔は知らなかったから驚いた。いいんだ。今のはこっちの話だ。いきなりで驚いただけなんだ。俺はヴィルフリート・バルガン。実は君に婚約を申し込んでいるんだ。聞いていると思うが…いやぁすごいな。あの剣さばき見惚れたぞ。さすがは俺が選んだ婚約者だけの事はあるな。まだはっきり決まったわけじゃないがきっとそうなる。よろしく頼むよ」

 彼が何もなかったように手を差しだした。

 

 婚約者?何の事?そう言えば兄から婚約の申し込みがあったと手紙が届いていたが…ヴィルフリート・バルガン…脳内検索再生。

 「あっ、そうでしたね。あなたが…」

 まあ、見れば見惚れるようないいお顔立ちで金色の髪が光に反射していますわ。瞳も琥珀色で煌めいて何だかキッラキッラの人ですね。

 こんな男は苦手だ。私はそんな彼の顔を平然と見つめながら流れる額の汗を腕で拭う。



 はっ、私は突然淑女に立ち返る。

 「まだ決まったわけではありませんから、お構いなく先生」

 私はあの時この人と婚約なんて絶対無理って思った。

 差しだされた手を握ることもなく慌てて手を後ろにしてその場を立ち去る。

 「いや、誤解なんだ。まあ、はっきり婚約が整えば…なぁバイオレット」

 彼は後を追いかけて来たが私は無視して走り去った。

 彼の声は最後はほとんど聞こえなかったけれど、まあ一応失礼だったと言いたかったらしいとその時私は認識したけれど。

 それからはほとんど話をする事もなく2か月が過ぎていた。

 

 そんなわけで彼とはまったく親密な関係ではなかったはずです。

 おまけに婚約が決まったとは聞いていない。

 「ですが…それはお断りしたはず…」

 「とにかく誰がバイオレットにこんなものを飲ませたんだ。それを先に教えてくれ」

 「騎士練習が終わって帰ろうとした時、マーガレットに会って、彼女が果実水をくれたのでつい、喉が渇いてたから飲んだのよ。おかしな味はしなかったわ。なのにこんな事になって…」

 「もういいから黙って、すぐに楽にしてやるから…さあいい子だ」

 「いえ、そういうの本当に困りますから、こんな事が知れたら兄に、こ、ろされ、ま…」

 そう言うが早いか彼の唇が私の唇を塞いでいた。

 「…ムム…う、んっ…」

 甘い男の香りがほのかに匂って一瞬何も考えられなくなる。

 薬のせいか知らない男からの口づけさえも受け入れてしまうのが悔しい。

 なのにそんな事お構いなしに彼の手は濡れた秘所を探り始める。

 もう!なんなのよこの人!!





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