この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

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4こっぴどく叱られるはずが


 
 翌日私とマーリン先生、生徒会長のヨハンそしてヴィルフリートが学園長室に呼び出された。

 ヨハンが事を荒立てて先生に私の事を報告したからだった。

 もう、ヨハンったらそりゃあなたは私の事を思ってしてくれた事だと思うわよ。あなたは真面目だから…

 でも、今回の事はおせっかいとしか言えません。

 私は面と向かっては言えない気持ちを心の中でつぶやきヨハンの濃い茶色い髪や透き通るようなブルーの瞳をこっそり盗み見た。

 ああ、彼のあの平凡な顔のくせにすごくきれいな瞳。それに見合わないほどの逞しい筋肉。それがたまらなくくせになる。

 そして生徒会長なのに偉ぶったりしない。いつだって誰にだって優しくて真面目。

 彼はいつだってこの学園の正義の味方みたいな人なんだから。

 兄は最初はヨハンに狙いをつけていて、何とか彼の気を惹きつけろなどと無理なことを言っていたくせに。

 私も内心喜んでいたのに…

 何しろヨハンはフィジェル元公爵家の次男だから。


 それにしてもあいつ(ヴィルフリートの事だけど)ったら、ちっとも反省の色もなし?

 マリーン先生を騙して婚約者だって偽って医務室に入ったくせに!

 いや、騙してはいない。けど私は知らなかったんだもの。

 私はヴィルフリートと目が合うと彼がふわりとした笑みを向けて来た。

 私はふんと顔を反らした。

 な、何よ。そんな目で見ないでよって思う。


 「それでまずマーリン先生からお話を」

 「はい、学園長。私はヴィルフリート・バルガンがレスプランドール嬢の婚約者だと聞きましたので入室を許可しました。彼女はとても苦しそうであの様子では…その‥誰かの助けが必要かと思ったものですから」

 「だが、それはヨハンと言う事になっていた…いや、いいんだ。それであの様子とは?」

 学園長は途中で口ごもり慌てて話を変えた。

 マーリン先生は困り果てた様子でまた話を始める。

 「はい、それは…最近この学園でたびたび起こっている。その…何らかの薬物を盛られて身体が催すと言いましょうか…いえ、その、それは」


 もう、学園長ったら少しは女性の身にもなってもらいたいわ。

 そんなはしたない事を言えるはずがないのに…

 マーリン先生はまだ20代の若い先生だ。媚薬でおかしくなっているなどと言うことは口が裂けても言えない禁句だろう。

 学園長もその辺りを察してくれればいいのに。

 だから私もあのような事になってしまってと言いそうになる。


 「ああ、そのことには私も頭を悩ませている。だが、先生の立場でどうして生徒を立ち入らせたんだ?婚約者と言えど一緒にすればそのようなことが起きる事くらい君にも予想はつくはずだろう」

 「いえ、でも、婚約者の方が処置をするのが適任だと…」

 マリーン先生の声は究極に小さくなる。

 「な、何を言っている。処置だと?学園内でそのような行為を容認するなど。マリーン先生、あなたにこの学園で働いてもらうかどうか検討させていただく」

 学園長の声は冷たい。

 もう、困ったわ。何とかしなきゃ…

 「でも学園長今までは何も問題はなかったはずです。あの、どうかそれだけは…学園長お願いします」


 何?今までは問題なかったって?何の事?

 でもここは私に何もなかったと言えば…実際なかったんだもの。あんなの蚊にさされるようなものよと強気に出てみる?

 「学園長私からもお願いします。昨日はあのような事になって知って申し訳ありませんでした。でも、私は…いえ、その…少し背中などをさすってもらってだけでやましい事は何もしてはおりません」

 そう言いつつも私の頬は真っ赤になる。


 「でも、バイオレット君の衣服ははだけていたじゃないか、あれはまさに」

 ヨハンの顔も真っ赤になって、最後まで言ったはずだとでも言いたげで…もうヨハンったら余計な事を言わないでよ。

 「そんなのあなたの勝手な思い込みよ。私は断じてまだ純潔ですわ学園長!」

 私は恥ずかしくて身もだえそうになる。こんな事こんなたくさん人のいる前で言うなんて…瞳には涙の膜が張り嫌でも眦からこぼれ落ちそうになって私は目を見開いた。


 突然ヴィルフリートが私をかばうように私の前に出た。

 「学園長、聞いてください。昨日は婚約者であるバイオレットがそのような目にあっていると聞き急いで医務室に駆けつけたのです。あの場合彼女を助ける方法はバイオレットの身体の熱を少し逃がしてやること。それしかなく仕方がありませんでした。バイオレットは本当のことを言っています。私たちの間にはそのようなことはまったくありませんでした。胸元を少し緩めたままにして部屋を出て行った事は私の過ちとしか言いようがありません。それに彼に勘違いさせたこともお許しください」

 ヴィルフリートはそうさらりと言ってのけると振り返って私の眦をそっと指先で拭ってくれた。


 私はビクリとなってしまうが、その時彼が見せた安心してみたいな顔に目を奪われた。

 この人意外といい人かもなんて…

 とんでもないわ。

 そう、まるで婚約者気取りでって、そうだ。婚約者になったんだ。

 だからって一体何様なのよ!

 ああ…ヨハンの驚くような視線が痛い。もう完全に嫌われてしまったわ。

 お兄様ごめんなさい。もうヨハン捕獲は無理です。


 学園長は顔をしかめながら言う。

 「そうか、バイオレット・レスプランドール。昨日バルカンとの婚約が整ったと保護者から連絡が来ておるから今回は穏便にすませるつもりだが、二度とこのようなことがないように」

 「はい、すみませんでした」

 って言うか二度とあり得ませんから!!


 「学園長、私としては彼女との婚約も整いましたしそのことは何も問題ないかと、それより問題なのはあのようなものが学園に出回っている事でしょう」

 ヴィルフリートは落ち着き払ってそう言った。

 「まあ、そのことは後程会議でも取り上げるつもりだ。それにレスプランドール嬢にも責任がある。最近そのような問題が起こっていることは生徒に知らせてあるはず、もっと気を付けるべきだったんじゃないか?」

 学園長の声は静かだった。だが眼光は鋭い迫力で皆に向けられていた。



 私はあんな失態をしでかした事を追及されるのかとびくつく。

 思わずヴィルフリートの顔を見る。

 彼はすごくかしこまった顔で首を縦に振った。

 「ですが、それはバイオレットの責任ではありませんから」

 私はこくこくと首を振ると彼が私の手をそっと握って来た。

 初めてのふたりでの作業。なんて…いやそれは昨日ではないか。

 ああ…思い出すだけでも羞恥が爆発しそうになる。

 私は俯いてただ頬を甘く染めてしまう。

 そんなつもりではなかったのに…




 学園長の顔がほっと緩んだ。

 「まあ、それもそうだな。この件は穏便に済ませよう。しかしわかっているね。レスプランドール嬢それにバルガン君も少し慎んだ行動をしてもらわないと」

 「はい」ふたりの声が揃って。

 ったく、結局、婚約者はヴィルフリートに決まったとみんなに宣言したようなものだ。

 もう、こんな男と婚約なんて…お兄様ひどすぎません?


 突然彼は私を見つめて薄い唇から真っ白い歯をのぞかせた。

 「バイオレット、君を置いたまま先に帰った俺が悪かったんだ。許してくれ」

 私の紫色の瞳はまだどう答えていいかわからないせいで揺らいだ。

 彼はそのまま視線をヨハンに向けた。

 「ヨハン君にも迷惑をかけてすまなかった」

 ヴィルフリートはこくんと頭を下げた。

 その頭後ろからパンチでもしてやりたい!

 何よ。ちゃっかりいい子ぶっちゃってと私は素直に喜べず唇をぎゅっと引き結んだまま握られていない手でぎゅっと拳をつくる。


 「そう言う事だ。ヨハン今回の事はそう言う事情もあるから、まあ大目に見てやってくれ。君にはいつも感謝している。学園の風紀が守られているのは君のおかげだろう」

 「いえ、とんでもありません学園長、あの、それでマーリン先生の事も考え直していただけないでしょうか。先生には本当に良くして頂いてるのでお願いします」

 「そうか、そういう事なら。マーリン先生今回の件はもうここまでにしましょう。女生徒はあなたが頼りなんですからこれからもよろしくお願いしますよ」

 学園長の言葉は意味を含んだような言い方だった。

 「はい、もちろんです。くれぐれも落ち度のないように気を付けますので、ありがとうございます学園長」

 マーリン先生の視線は泳ぐようになっている。

 まあ、仕方ないわよ。あんなに怒られてマーリン先生もお気の毒。


 ヨハンがマーリン先生に飛びっきりの笑顔でにっこり微笑みかけた。

 ま、眩しいヨハン。

 うそ!ヨハンってもしかしてマーリン先生が?彼って結構堅物で有名なのに?



 ヨハンが部屋を出ようと回れ右をしたのでみんなも一礼して急いでついて廊下に出た。

 ヴィルフリートはやっと手を放してくれた。



 私はがっくりしながらもヨハンに微笑みかけると声を掛けた。

 「あの…ヨハン。心配かけてごめんなさい。でもほんとに何にもなかったのよ」

 「ああ、それなら良かった。僕は生徒会長として当たり前のことをしたまでだ。気にしないでバイオレット」

 「うん、ありがとう」

 「そうだ。婚約おめでとう。君も遂にか。これからは気易く声を掛けれなくんるな」

 「そんなの気にしないで、今まで通り私たちは友達じゃない」

 「ああ、もちろんだよ。じゃあまた後で、今日は執行役員会があるし」

 「ええ、後でね」

 私はさっきまでの嫌な気分がほんの少し晴れた。笑顔でデレデレとヨハンに手を振った。

 やっぱりカッコいい。もっと早くにヨハンに告白しておけば事態は変わっていたかも知れなかったのに…

 後悔先に立たずだわ。


 いきなりその手をつかまれた。

 「誰に手を振ってるんだ。俺と言うものがあると言うのに…」

 ヴィルフリートはヨハンをまるで仇でも見るように睨みつけている。

 「な、何言ってるのよ。まだ私の婚約者に決ま…っ。そうだったわね」

 私は彼を睨みつけた。ヴィルフリートの瞳が金色に艶めいて虹彩の色がグリーンや赤色が混じっている事を発見する。

 な、何よ。男のくせにやたら煌びやかな目をしちゃって…


 「何だよ。俺には微笑まないって‥ありかよ。あっ、それよりバイオレット俺はあの後すごく辛かったんだからな。なぁバイオレット。責任取ってくれないと」

 彼は周りをちっとも気にする様子もなく平然と言う。

 私は彼を睨みつけてやる。

 「もう…ほら」

 零れる笑顔。

 いきなり指先が私の眉間をそっと指で撫ぜた。

 どうやら私は眉間を寄せていたらしい。

 何よ!そんなまぶしい笑顔見せたって…

 腹が立って思わずその手を振り払う。

 「私はまだ気持ちの整理がついてないのよ。あなたと婚約なんて…私にだって選ぶ権利と言うものがあるわ!」

 「何だよ。俺のどこがいけないって言うんだ。中央国家機関で働くエリートで将来有望。それなりに顔もスタイルもいい。これでも女に不自由はしてこなかったんだぞ」

 くすりと笑う仕草がまた偉そうだ。

 「あら、だったら私なんかと婚約しなくて、どうぞ他の女性と結婚でも何でもすれば良かったじゃない!」

 「いや、それは過去の話で…今はバイオレット君一筋だから」



 私は一歩後ろに下がった。

 何この人気持ち悪い。そんなつもりなんかないくせに。

 初めて会った日の彼の事を思い出す。こんなじゃじゃ馬に呆れたような、失敗したっていうふうな顔をしていた。

 そんな人が私を婚約したいなんておかしいわ。

 「噓!私、好きな人がいるの。あなたとなんか婚約したくないから!もう私に関わらないで」

 私はヴィルフリートが伸ばして来た手を振りほどくようにするりと身体をひねると光が差し込んで来る方を目指した。表までの廊下を一気に走る。


 明るい日差しが差している入り口まで来ると私は後ろを振り返った。

 そこには誰もいなくて私は一気に気が抜けた。

 だって今まで私の事を好きだなんて、あんなふうにはっきり言われたのは初めてだったから…

 もう、ほんとにばか。彼は私をからかったのだ。

 好きでもないのにどうして私なんかと婚約したのよ!」


 でも、この婚約を断れるはずないとわかっている。

 大きすぎるため息も何の意味もないとばかりにすぐそばで同級生の笑い声がした。



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