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6そして試合は始まった
しおりを挟むそして放課後、騎士練習場にはすでに男子生徒や女子生徒の姿があった。
もうすぐ最後の試合があるのでみんな練習に気合は入っていた。学園を卒業して警備隊に入る生徒やヴィルフリートのように国家機関で働く生徒もいる。みんな剣の訓練には真剣に取り組んで来た。
一通りの練習が終わると今度は試合形式で練習が始まる。
その頃になってやっとヴィルフリートが現れた。
練習場の扉の前に立った彼に私は一瞬目を奪われる。
「あら、やっと現れたの。もう来ないのかと思ったわ」
「先生には俺から言っておいた。今日はバイオレットと手合わせをすると」
ヴィルフリートがシャツとブリーチズと言うズボンをはいて長いブーツを履いている。
少し長い髪は後ろで束ねていて琥珀色の瞳の虹彩がいつにもまして輝いている気がした。
いきなり彼が前髪を無造作にかき上げる。瞳孔がキュッと締まった気がするとすっと唇の右端を持ち上げた。
嫌な奴!
剣を肩に担ぎ上げ余裕の足取りでヴィルフリートは私に薄っぺらい笑みを浮かべてこちらに向かって歩いてくる。
虎が獲物の狙いを定めたみたいにゆっくりした足取りで。
そしてまだまだ距離がある位置で立ち止まると彼は持っていた剣をこちらに差し向けて一度振り下ろした。
もちろん剣の刃先はない練習用の剣なのだが。
一瞬何だか猛獣に見据えられたような感じがした。
な、何よ。
なぜか彼はいつの以上に落ち着いていて余裕すら感じる。
気のせいだから。
「そんなに怖い顔するな。何も取って食おうなんて思ってない。手合わせするだけなんだろう?」
視線が交差すると彼の目は面白がっているように眦が下がった。
私は負けないように背筋をグイっと伸ばすと余裕よと言わんばかりに剣をくるりと回して見せた。
「そんなの言われなくたって、あなたこそ泣いて謝ったって約束は約束だから」
顎をしゃくって口元を引き締める。
「そうだな。泣くかもしれんからその時は頼む」
さっきまで猛獣みたいだった雰囲気はあっという間に借りて来た猫みたいになった。
眉がさがり口角がへの字を描いてふぅと大きく息を吐き捨てた。
ふん!いけ好かない奴!
何でもないわ。いつもの私でいい。ただの見せかけよ。ほんとはひ弱で剣なんか握った事もないんだもの。
確かにここにきてヴィルフリートが剣をふるったのを見たことはなかった。一度も。泣いたって知るもんですか!
なのに…
同じ剣を持って同じ格好をしているはずなのに何かがいつもと違うような気がしてならない。
ううん、気のせいよ。
だって、薄桃色の髪は後ろできつく縛ってあるし、胸のいつも以上にしっかり布を巻き付けてある。ブーツの紐だってしっかり結んだから。
なにも問題はないはずよ。
何気に少し手が小刻みに震えてしまう。怖気づいたのは自分かもしれない。
そんなことあるはずがないから。
「何よ!もう怖気づいたのかしら?」
彼は何もこたえない。
代わりにふっと笑うような気配がして剣を一度ビュンと振り下ろした。
彼は視線を私に向けるとゆっくり頷いて見せた。
その顔。面白がってるの?
「今ならやめてもいいぞ」
「いいえ、楽しみだわ。支度は出来たの?」
ああ…もう腹が立つったら、いいわ。もう手加減なんかしてあげないんだから。覚悟しなさいヴィルフリート。
彼はふてぶてしそうに剣の両端を掴むとストレッチでもするかのように身体を左右に動かす。
「なあ、いい加減始めないかお嬢様」
ああ。言ったわね。
「もちろん受けて立つわ」
コテンパンにしてやるんだから!!
私たちは試合と同じように近づいて中央で向かい合う。
唇がカラカラに渇いて思わず舌先で唇をなぞる。
彼の視線がピクリと震えて鼻が膨らんだ。
緊張してるの?
いいから集中しなきゃ。
剣をカチンと合わせると互いの位置に着いた。
「いつでもいいぞ」
その一言で私の闘争魂に火が付いた。
「覚悟しなさい!」
剣を振り上げ一気に彼に目掛けて降りかかる。
「エイッ!」
掛け声とともに剣がこすれ合うが力で押されて一度引く。
今度は彼が切りかかって来た。瞬時に視線をずらして彼の全体を捕らえる。脇ががら空きだ。そう思って右わきに剣を振る。
一瞬の差で身体を後ろに持っていかれ剣は空を切る。
その反動で身体の重心は傾きぐっと脚を踏ん張る。
「バイオレット様しっかりー」
「きゃーすてき…」などと黄色い声援が飛ぶ。
もはやそんな声は私の耳には届いてはいない。
「恐ろしく強いな。俺の婚約者様は…」
彼が驚いたように眉を上げて唇を歪ませる。
「っ…」
なに?嫌味言う余裕ある?くぅ、腹立つ!
私はまた彼に剣を振り下ろす。互いの剣先が絡み合い力と力がぶつかり合う。
この男出会った時からこうだった。
「あなたなんか!あなたなんか大っ嫌い」
心の底から大っ嫌いだ。
「俺は好きだけどバイオレットの事」
「………嘘ばっかり!」
力任せにぐいぐい押し込む。剣先がこすれ合い耳障りな音がするが気にせずさらに力を込める。
彼の手が震えて、私の手も限界まで行っているのだろうプルプル震えている。
もう少し。後ほんの少し。
ヴィルフリートの瞳が見開かれ唇が噛みしめられた。
このまま押し切れば……
彼がグイっと力を掛けて来てそれまで優位だった剣が今度は彼に押し込まれる格好になって行く。
私は思わず口で呼吸する。いけない。落ち着いて剣の太刀筋を読まなきゃ。
ぎりぎり押し込まれて、あと一歩のところで私は剣を外に逃がした。
チッ!
そんな舌打ちが聞こえてぞわりと肌が粟立つ。
振り返った先に彼の瞳に炎が揺らめいたような気がしてまるで処刑台にでも上がったような気分になる。
今にも首をはねられそうなそんな気迫が見えた気がして剣を持つ手の中にじわっと汗がにじんだ。
「おい、バイオレット。これただの練習だろう?ちょっと手加減ってもんがあるだろう」
ヴィルフリートが剣を握っていた手をまるで痺れたじゃないかいい加減にしろよとでもいうように軽く振る。
何よ。こっちは真剣なのに…そのお気楽な態度は?
一瞬気が緩んでなぜかほっとしてしまう。
「なぁ、バイオレット。俺、剣持つの久しぶりだから。だから、さぁ、手加減してくれよ」
「なっ……」
調子がくるってしまう。
「もうやめないか。こんなの意味ないだろう?」
彼は剣をぷらぷらさせてそんな事をのたまう。
人を何だと?
こっちは必死で…
「自分が負けそうだからって認めるわけ?」
「だって、どう考えても男と女だ。力の差は歴然年…」
はっ?こっちが剣を取り落しそうになる。
「あんた。もう、絶対殺すからね」
私は再度戦闘態勢に入った。
剣を構え体制を整えると自ら彼に向かって剣を打ち込む。
今度は容赦なしの斜めからの払いの剣だ。
力いっぱい剣を叩き込む。
シャッキーン!
その剣を彼は一発で払いのけた。
私の手から剣が離れて剣が大きな音を立てて床に落ちた。
「大丈夫か!」
悲鳴のような声がしたと思ったら大きな身体に包まれた。
「すまん。一瞬我を失った。怪我はないか?おい、バイオレットしっかりしろ!」
私はそのまま意識を飛ばした。
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