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7なんだ。慌てなくても良かったって事?
しおりを挟むヴィルフリートは急いでバイオレットを抱えて医務室に行く。
外野で見ていた生徒たちが口々にふたりの事をわめきたてる。
「きゃーバイオレット様が…バルガン先生ひどい!」
「違うわ。バルガン先生は悪くないわ!バイオレットが悪いのよ」
「何よ!」
「なんなのよ?」
「やる気?」
「そっちこそ!」
「まあまあ、言い合いはそれくらいにしてもらえるか。それよりバイオレットを運ぶ方が先だ。そこを通してくれないか」
ヴィルフリートは入り口で騒いでいる生徒をたしなめる。
さぁーと波が引くように入り口の前が開いて、まるで”開けゴマ!”とでも唱えたように生徒が入り口を開けた。
「後の事はヨハン頼んだぞ」
「はい、任せて下さい。後で僕も様子を見に行きますから」
ヴィルフリートは最後まで聞く間もなく医務室に急いでいる。
意識を失った私は彼に抱き上げられてすぐに意識を取り戻した。
下ろしてと声を出そうとして思いとまどった。
私をこんな目に合わせたんだもの医務室まで運ばせてもいいわよ。
そんな不埒な考えが浮かんだのだ。
どうやら彼は相当急いでいるらしくバタバタと足音を立てて校舎を目指しているらしい。
耳には彼の心臓がやけにバクバクしていることが感じ取られ抱かれた彼の手はまるではめ込まれたように私の腕と太腿にフィットしていた。
急いでいる割には揺れもなく私は安心して彼の胸にもたれかかったまま目を閉じていられた。
「マーリン先生はいるか?至急彼女を見て欲しいんだ」
そんな事を言いながら医務室の扉を肩口でこじ開け医務室の中に私は運び込まれた。
「チッ、先生。いないのか…クッソ。こんな時に…バイオレットすまなかった。俺はなんてことを、あんなに本気になるつもりはなかったんだ。でも、思ってたよりお前強くて、俺焦って…何やってんだろ。ったく。女が男にかなうはずもないのにさぁ」
彼がぶつぶつ独り言を言う。
な、何よ今さら…最初は本気じゃなかったって事?ひどっ。私は真剣に…
でも、確かにそうかもしれない。男にかなうはずもないか?でもこんなくそ野郎に負けるなんて…と思わず言いそうにそうになるのをぐっとこらえる。
彼はそうぶつぶつ言いながら私をそっと、ほんとにそっとベッドに下ろした。
身体を包んでいた温もりが逃げて行ってその代りに上掛が胸の上までかけられた。
私はいつ目を開けたらいいかわからなくなってまだ意識を取り戻していないふりをした。
水道の栓をひねったのか水がジャージャー流れる音がしてキュッと線を止める音がしたと思ったら額にそっと冷たい布が触れた。
ガサゴソ音がしてギィーと椅子に腰かけた時の音がする。彼がベッドの前に腰かけたのだろう。
「はあ、先生を探してくるべきなのか。でも、バイオレットを一人にしておくわけにもいかない。はぁ…」
その生温かいため息は私の耳たぶにまでかかって来た。
ーもう、耐えられない。
私はパッチリと目を開くと顔を彼に向けた。なんて言えばいいんだろう?
「…あ、の…」
「…バイオレット気が付いたか?ああ…良かった。どうだ?痛いところはないか?どうだ?倒れた時にどこかぶつけたとか、剣が当たったとか、どうだ?」
どうだ?どうだ?の猛攻撃に一瞬どこも痛くないと言うのがいけない事のように感じてしまう。が…
私は思われている以上に頑丈らしく決してどこも怪我などしていなくて…
「ええ、大丈夫だから」とその声は以外にも何ともしおらしい声だった。
なのに、ヴィルフリートは心配そうな顔をして私を見つめた。
そんな顔をしないでよ。こっちまでおかしな気分になっちゃうじゃない。
小さいころから兄に囲まれてそりゃ男に心配そうな顔をされるのは慣れているけど…
そわそわしていたたまれなくなって行く。
耳朶がぶわぁと熱くなって見つめられていることをひどく意識してしまう。
いや、そうじゃなくって。どうして私がそんな気を使わなきゃいけないのよ!
「うん、特にはどこも痛くないし、平気。平気だから…もう戻っていいから」
「そうか、ならいいんだ。良かった」
彼はやっと肩の力を抜いてほっとした顔をした。
なぜか飼っている犬がご主人を心配してほっとしたみたいに見えてくる。
うそ、尻尾ないわよね?思わず目を擦る。
ああ、もう、ばかばか。
そうだ。勝負ありだったわ。ここは素直に…
「そうだ。あなたの勝ちみたいね。どうせ、それ見ろとか思ってるんでしょう?女のくせにばかな事をとか。ううん、いいのよ。だって本当の事だし。そんな事を言った私が悪かったんだから、ええ、もちろん婚約はこのままって事になるってわかってるわよ!」
素直を通り越してただの嫌味になってしまう。
「まあ、いいんじゃないか。だって昨日決まったばかりなんだし。昨日はいきなりあんな事になって驚いたけど、まっ、俺達これからもっといろいろ知り合った方がいいと思うから、それに卒業もこれで安心だろ。今はこのままでどうするかはまだ先でいいんじゃないか。それに俺も少し強引だったと思ってるし…なっバイオレット」
あまりにも素直な返事に気が抜けた。
「そうね…」ぽそりとつぶやく。
婚約したからと言って結婚するかどうかはまだ決まったわけではない。そう考えればこのまま卒業出来る方が好都合と言うものだ。
なんだ。それなら急いでおかしなことしなくても良かったんじゃない。
そう思ったらほっと気が抜けて来た。が。
いやいや違う。そうではない。私はヨハンが好きなんだから。
どうしても素直に婚約を受け入れられないのもこの気持ちにふんぎりがつかないからで。
だってヨハンはまだ婚約が決まってないんだもの。
もしヨハンが同じ気持ちだったら?
もしそうだったらヴィルフリートとの婚約を取り消してヨハンと婚約出来るかも知れない。
そう、もしヨハンが…
「やぁ…あん、だっ……ふぁ、あんっ…」
いきなりおかしな声が聞こえて来た。
私たちは顔を見合わす。
「今の声、もしかして…」
昨日の自分を思い出して羞恥が押し寄せた。
彼が眉を寄せてどういう事?みたいな表情を作った。
私はぶんぶん顔を振る。もぉ、誰よ。私だって知らないったら。
「…あっ、あぁぁぁん…もっ……あん……」
どうやら声は医務室にあるもう一つの部屋からしているらしかった。
学園の医務室には部屋がふたつあって、扉を開けるとすぐにあるベッドと奥に別室があってそこにベッドがあるのだった。男子生徒と女子生徒とが別れて休めるようにとの配慮らしい。
ヴィルフリートは立ち上がるとその声がする方に行く。
奥の別室から聞こえるその艶めかしい声に私は真っ赤になって手は自然と口を押えていた。
「おい、何やってる?」
扉をがばっと開いて部屋に向かって声を荒げる。
何やらばたばたと音がする。
「へっ!いや、な、何も。その…カレンがその、身体がおかしいって言うからここで休ませてもらっていたら、その…あれなんです。おい、早く服着ろよ!」
ケビンは慌ててベッドから飛び降りズボンを上げたらしい。
「だって…もう、急いでるわよ。何で入ってくるわけ?マーリン先生はいいって言ったのに」
「どういうことだ?マーリン先生はこんな事をするって知っているのか?」
彼の声は強張っている。
私は立ち上がって話し声のする部屋に近づいた。
中を覗くと同級生のカレンとその婚約者だったと思うケビンがいた。
カレンは急いでブラウスのボタンを留めてスカートのしわを撫ぜつけるとベッドから出てふたりが立ち上がった。
乱れた制服と髪の毛、それにベッドもぐちゃぐちゃで…
一瞬で何をしていたのか想像できた。
「あの…これって、まさか私が飲まされたような薬のせい?」
私はとっさに昨日の事が思い出されカレンももしかしてと思った。
「えっ?バイオレットいつからそこにいんのよ。あっ、そう言えばあなたも昨日おかしくなったらしいわね。それってマーガレットがくれたんじゃない?彼女あなたとヨハンをくっつけたがってたから、私はてっきりヨハンとそんな事になったのかって思ってたのに…バルガン先生が婚約者だったなんて驚きよ」
カレンは信じられないって顔で私を見た。
信じられないのは私の方だけどと言いたい。昼にあんな言いがかりをつけて来たのは一体誰なのと言いたいが。
それに一体カレンは何を言ってるのか意味不明で頭が混乱した。
「いいから話を聞かせてくれ、一体どうしてこんな事をした?」
ヴィルフリートはきつい口調でふたりを問い詰めた。
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