この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

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9これでもアルバイトしてます


 
 そうだった。今夜もアルバイトがあることを思い出した私は急いだ。

 こう見えて私は王都べズバルドルの繁華街で働いている。

 伯爵家の領地を失ってから兄たちは苦労していることは知っている。

 モービン兄さんは会社を興したがそんなうまく行っているとは言えないみたいだ。

 私を学園に行かせるためにかなり無理をしているのは実家に帰った時に気づいていた。

 だから私は少しでも役に立とうと居酒屋をかねた食堂で働いている。もちろん学園で私と同じような子はたくさんいてアルバイトは禁止だが見て見ぬふりで何も言われたことはなかった。



 「さあ、今日も頑張らなきゃ」

 私はこっそり女子寮の裏口から出ると学園のこれまた裏口を抜けて繁華街に向かった。

 目指すは繁華街の路地を入った小さな食堂。【コロケット】っていう店だ。

 

 実はここのご主人のブラッドさんは我が家の侍従をずっとしていた人で爵位がなくなった後も一番最後まで残っていてくれた人だった。

 そんな事もあって今でもうちの兄弟とは付き合いがあった。

 侍従をやめてから王都にやって来て夫婦で始めたお店だったらしいが数年前にブラッドさんが亡くなってからは気のいい奥さんが引き継いでいて人手が足りないと聞いて私がここで雇って欲しいと頼んだのだ。

 夫婦はべズセクト出身だったのでこの店ではべズセクトの懐かしい料理が味わえる店でそれも私に取ったらうれしい事だった。

 バイオレットは学園に行く事になって兄たちと初めてここにきてコロケットを知ったのだが、兄たちは王都に来るとここによく食べに来ていたらしい。

 

 もちろん女主人のラーシャさんは、私がパンダル学園の生徒だって知っているし時間も遅くならないよう気を配ってくれるので助かっている。

 それにまかないで夕食にだってありつけるという願ったりかなったりの職場だった。

 「ラーシャさーん。今日もよろしくお願いします」

 「ああ、ナイト今日も頼むよ」



 あっ、私はここではナイトと呼ばれてます。まあ、本名を知られるのもまずいし私が剣を使えると知ってナイトじゃないかって女主人のラーシャさんが言ったのがきっかけなんだけど。

 何と言っても私の故郷は牧草地帯でピッツァやフォカッチャ、それに仔牛の煮込み料理や生ハムもおいしいしチーズがたっぷりのドリアなんかもう…いけない。よだれ出てきそう。

 私は急いで裏手で着ていた白いシャツに長いロングスカートに編み上げのブーツはそのままで頭にはナプキンを被り、店で用意してもらったフリルのついた可愛らしいエプロンに身を包んだ。



 「ナイト、はいこれ3番テーブルに運んで」

 「はーい。これってフォカッチャに仔牛の煮込み。いい取り合わせだわ」

 私は慣れた手つきでそれをトレイの乗せるとあっという間に3番テーブルに運んだ。

 「お待たせしました」

 テーブルに料理を置くと隣のテーブルの片づけをしてカウンターに戻る。そしてまた料理を運ぶ。

 そんな作業を繰り返しもう少しで上がりの時間が近くなった。



 また客が入って来た。

 「いらっしゃいませ」

 「…バイオレットか?」

 うそ、まずい。

 「ヴィルフリート様。どうしてここに?」

 「どうしってって…普通、腹が減ったら飯食うだろ。お前こそ何してる?」

 「いえ、ここで仕事を…いえ、お食事ですね。お客さん何にします?」

 「そうだな…こら!後で話がある。いいな」

 「…っ……はーい」

 「おい、注文聞けよ。俺、仔牛の煮込みとフォカッチャで」

 「はいはい。仔牛の煮込み入ります」

 逃げるわけにもいかず仕事を続けるしかない。

 彼は私をじっと見張るみたいに見つめていたけれど、そんな事に構ってはいられないから。

 私は笑みを張り付けて元気よく注文を伝える。



 「ナイトいいねぇ。今日も笑顔が可愛い。俺にビールのおかわり」

 「はい、ビール入ります。すぐに持ってきます」

 あの人たちいつもの酒くせの悪い人たちだ。そう思いながらテーブルにある空のグラスを下げる。

 「なあ、今夜店が終わったら一緒に酒でも飲みに行かないか?どうだ?」

 いきなり3人のうちの一人が声を掛けて来た。

 「ああ、そういうの困りますので…」

 やんわりと断る。

 「そうかたい事言うなよ。あんた、ナイトって名前はここだけなんだろう?じゃあさ、ほんとの名前教えてくれないか」

 「だめですよ。教えれないからナイトって呼んでもらってるんですから、ビール持ってきますね」

 私はいつもの事と軽くあしらってカウンターに空のグラスを運ぶ。

 夜の食堂はどこもこんな客がいるものだと知っている。それに私だって最初は戸惑ってして感情的になったりしていたけど、もうそんな誘いを断るすべも心得ていた。

 そしてさっきの客の所にビールを持って行った。

 「お待たせしました」

 「おっ、早速早いじゃないか。それでさっきの話考えてくれたか?」

 さっき酒でもと誘った男だ。

 荷物運びか何かの仕事でもしているのか、少し薄汚れた服に腕からは逞しい上腕筋が見える。

 「ごめんなさいね。そう言うことはお断りすることになってるので…」

 私はさっとビールを置いた手を引っ込めるとにこやかにほほ笑んだ笑みを冷ややかな顔に差し替えた。

 そしてトレイを胸に抱えてくるりと向きを変えた。

 こういった店で働く女の子はある程度の男と知り合ってデートするとか結婚するのが大体普通らしいから男もそんな期待を持ってしまうのかもしれない。

 だけど私は違う。こんな所で男を漁る趣味はない。

 

 「そんな冷たくすることないだろう?なあ、いいじゃないか」

 隣の男はにやにや笑って私の身体を上から下までねめつける。

 背筋にいやな悪寒が走ってその場を逃げ出したいと思った瞬間、さっきの男が私の腕に手を伸ばして来た。

 斜め後ろの気配にするりと身体をねじってその腕をかわす。



「君たち、それは俺が先約ですよ?」

 いきなり今度は反対の席のお客がそう言って私は腰をぐっと引き寄せられた。

 身体のバランスが崩れてその男の膝の上に座り込むようになる。

 「ちょっと!いい加減にしてもらえませんか。危ないじゃないですか」

 私はすぐに立ちあがろうとするが腕をまわされて身動きが出来なくなる。

 「ねっ、今夜、俺と付き合ってくれないか」

 こっちの男は少し身ぎれいで上着も着て服もきちんとしている。

 この人もよく食事に来る常連だったはず…

 言葉使いもていねいだからと言ってこんな事するなんて。さいてい!

 「最低です!そんなことしても私は誰とも付き合いませんから、放してもらえません?」

 「ああ、すぐに、君がいいって言ってくれたらね」

 こうなったら容赦しないから。私は肘でその男のみぞおち辺りをグイっと打ち付けた。

 男がグフッとうなり声を上げて腕を離したすきにさっと立ち上がってカウンターに走った。



 「大丈夫かい?」

 「ええ、ラーシャさんもちろんです」

 気持ち的にはちっとも大丈夫ではないが、力ではあんな男なんかと思ってしまう。

 そうよ。あんな男のひとりやふたり。

 「でも、そうだ。もう上がりにすればいい。後はこっちでやるから」

 「でも、まだお客さんが…」

 そうはいってもヴィルフリートに見つかったことで居心地が悪かった。

 まあ、彼が時々顔を見せているのは気づいていたけど、今までは声なんか掛けて来なかったのに…

 「じゃあ、これ持って行ったら上がらせてもらっていいですか?」

 「ああ、もちろんいいから気にしないで」

 ラーシャさんはとってもいい人だ。

 私はさっきヴィルフリートが頼んだ仔牛の煮込みとフォカッチャをトレイに乗せて運んだ。

 「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 

 「さすがナイトだ。さっきのフック決まったよな」

 男たちがゲラゲラ笑いながらまた私にちょっかいを出して来た。

 伸びて来た手をかわそうと身体をひょいとひねるとその間から腕が伸びている。

 うん?

 「おい、さっきからいい加減にしろ!食事がまずくなるだろう。いいからもう帰ったらどうなんだ?グラスももう空になってる」

 「何だよ。お前ーこれは俺達の…」

 言うが早いかヴィルフリートがその男が伸ばした手をひねり上げた。

 「いてて‥放せ。野郎!」

 別の男がヴィルフリートに飛び掛かろうとしている。

 私はその男の足のむこう脛を蹴り上げる。

 「痛ぇ!クッソー」

 もうひとりも加勢しようと飛び出て来たがヴィルフリートが掴んでいた男をその男に向かって押し出してふたりは一緒に床に転がった。

 「クッソッ!」



 「いい加減にしてちょうだい!店で暴れるならもう出禁にするよ!いいのかい?」

 ラーシャさんが大声で叫ぶ。

 「クッソ。今夜は帰るけどお前覚えておけよ!」

 男たちは急いで立ち上げると転がるように店の出口に向かう。

 「あっ、ちょっと待ってお勘定。払ってよー」

 「チッ!こんな時までしっかりしてるぜ。ほら」

 男の一人がお金を出した。

 「まいどぉありがとうございました」



 私はお金を受け取るとそう言って男達を送り出した。

 振り返ると鬼のような形相の彼。

 「バイオレット!ったく。危ないだろう」

 眉間にぎゅっとしわを寄せ唇はひくついている。

 「大丈夫よ。それより早く食べないと冷めちゃうわよ」

 私は平然と言って彼に微笑みかける。まあ、少し頬が強張っているかもしれなかったが…

 「大丈夫じゃない。一体どうしてこんな所で働くんだ?」

 「いいから、食べるの食べないの?食べないなら私が頂くけど?」

 「……ったく」

 彼はぶつぶつ言いながら席について食事を始めた。


 私はカウンターから厨房の方に入るとすぐに帰り支度をする。

 「ラーシャさんすみません。じゃあ私帰ります」

 「ああ、気を付けて帰るんだよ」

 「はい、おやすみなさい」

 こっそり店内を覗くと彼はまだ食事をしている様子でほっとする。

 そう言えばヴィルフリート話があるって言っていたけど、どうせ説教でもするつもりだろう。

 私は急いでコロケットの裏口から出ると帰りを急ぐ。


 「誰が勝手に帰れと言った?」

 背後から声を掛けられてビクッとして振り返る。

 「えっ?いつ食べ終わったんですか?」

 「話があると言ったはずだ。いいから一緒に帰るんだ」

 ヴィルフリートに手をつかまれ私は彼と一緒に帰る羽目になった。





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