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12うそでしょ。うそだと言って!
翌日、私は朝から頭痛がして授業が始める前に医務室に行った。
「泣くなマーリン。もういいんだ。誰も君を責めたりしない」
そんな会話が聞こえて昨日のヴィルフリートの話を思い出した。
そうよ。マーリン先生は悪くないわ。
私はノックをするのも忘れた扉をバーンと開いた。
「あっ!」
目の前に広がる光景に思わず目を背けた。
何?ヨハンがマーリン先生を抱きしめてた。どうして?彼が先生を慰めて?
「バイオレット、驚かせたならすまない」
ヨハンがそう言ったのでやっと私は顔を正面に向けた。
「どういう事ヨハン」
やっとそれだけ聞いた。
「実は俺とマーリンは愛し合ってるんだ。でもうちの親はマーリンが元貴族の令嬢じゃないからって結婚を認めようとはしないんだ。ずっと説得していたけどまさか学園長があんな事をマーリンにさせていたなんて知らなかったから、もういいんだ。誰も許してくれなくたって…そんなことよりマーリンが妊娠したんだ。だから卒業したらすぐに籍を入れるつもりだ。この事は学園長にも話してあるから心配ないんだ」
ヨハンの彼女を見る目はそれはそれは愛し気で、私はヨハンのこんな顔を見たこともなかった。
私ったらヨハンはずっとマーリン先生が好きだったって事で…
「もしかして先生は…だからヴィルフリートを医務室に入れたんですか?ヨハンと私がそんな事になるって思ったから?」
聞かずにはいられなかった。
だって。もしも。ヨハンが先に来ていたら?
「待ってバイオレットそんなことするはずがないわ。あの時バルガン先生ははっきり婚約者だって言ったから…でも本当はヨハンじゃなくてよかったって思ったのは事実よ。でも本当にワザとなんかじゃないのよ、信じてちょうだい」
「バイオレット確かにあの時マーガレットにバイオレットの具合が悪いらしいって聞いたから医務室に行った。それであんなところを見てしまって驚いた。そんな事を医務室でしていたなんて知らなかった。それにマーリンだってそんなわざと人を陥れるようなこと出来るはずがないんだ。特に俺には別の人を探してほしいって言って決して婚約を受けようとはしなかったんだから」
「バイオレット、私は嘘なんかついていないわ。信じてちょうだい。もしあの場にヨハンが来ていたらきっとあなたとふたりきりにしたと思うわ」
「でも、もしあの日君とふたりきりになっていたとしても君には触れたりしなかった」
ヨハンはマーリン先生をかばいマーリン先生はヨハンをかばった。
ええ、よく考えればあの日は先にヴィルフリートが来たもの。彼は婚約者だって言って私を…
これは私の完全な勘違いだとはっきり悟った。
「ええ、信じるわ。あなた達が言っていることは全部本当だと…」
私はショックだったけど冷静になれば騙されたわけでもないし、嘘をつかれたわけでもないってわかったから素直になれた。
「ヨハン改めておめでとう。先生もおめでとうございます。身体を大切にして下さい。あんな事があって辛かったでしょうけど、ヨハンがいるんです。大丈夫ですよ」
私はとっさに脳内に浮かんだ儀礼的な言葉をつらつら喋った。
でも、内心は思ってもいなかった展開に頭はついて行けなくて起きた時からしていた頭痛はさらにひどくなった。
やっぱりショックなものはショックだ。
すぐに立ち直れるかもわからない。例え私に婚約者がいたとしてもだ。
でも、マーリン先生に頭痛薬を下さいと言える元気もなくて私は医務室を後にした。
その後の授業は最悪だった。
ヨハンとマーリン先生の幻影が見えるみたいに頭にあのシーンが浮かんでは消え消えたは浮かんだ。
昼が近くなってようやく頭痛も収まって来て私は朝食も食べていなかったので食堂に急いだ。
朝のショックな出来事のせいでずっと気が重かった。
でも、とにかくお腹が減って来たのだ。
とにかくランチを食べようとトレイをもって次々に食材を品定めする。
今日のお勧めは?チキンのハーブソテー。パンプキンスープに香草焼きサーモン、冷製サラダもおいしそうだ。
そうそう、こんなことになってはもうヨハンの事は諦めるしかない。良かったじゃない。告白していたらもっと惨めだったもの。
そうこれで良かったんだ。取りあえず婚約者はいるんだし卒業さえすれば後はまた考えればいいとして、今は食事を食べよう。
やっと少し落ち着きを取り戻した。
するとまたまた昨日のように女子生徒たちの噂話が聞こえて来た。
「ねぇ知ってる?ヨハンったらマーリン先生を妊娠させたって」
「噓?あのヨハンが?生徒会長で体ばっかりでかい?でも彼確か元公爵家の息子よね?」
「そうよね、いいのかしら?マーリン先生って確か商家の娘って聞いたけど」
「きっと父親に泣きついて何とかしてもらうんじゃないの。だってヨハンだってきっと本気じゃないわよ。あんな年上の…」
そう言ったのはエレナだった。
私は吐き気をもよおした。
昨日は私をかもにしたくせに今日はマーリン先生を。
よりによってすご~く気分がむかついている時に…ヨハンはそんないい加減な男じゃないし。
おかしな話だがヨハンがそんなふざけたやつだと言われた事に腹が立った。
ヨハンに好きな人がいたことはショックだったけど。
マーリン先生を応援するつもりはないけど。
でもヨハンが決めた人ならと少しは思えた。
「あなたたちいい加減にしなさいよ。人の事を好き勝手に言って、何であなた達にそんなことが分かるのよ。これはふたりの問題じゃない。それに貴族同士の婚約に何の意味があるのかしら…もうそんな話聞きたくもない!」
私は彼女たちの前でそうはっきり言ってやる。
ところがエレナが言い返して来た。
「何よ!バイオレットだってヨハンが好きだったじゃない。あんな年上のババアに先こされて悔しくないの?」
そうエレナが口火を切る。
はっ?なによそれ!
他の女生徒も。
「そうよ。私たち最後に残ったのが貴方たち二人だったからてっきりカップルになるんだとばかりに思ってたのに」
「マーリン先生に先越されるなんてバイオレットも…」
そこでエレナが腕を引っ張った。
私の顔は顔面蒼白と言うのだろうか。わなわな持っていたトレイが揺れ始め今にもトレイをぶん投げてやろうかと脚のグイっと前に出そうとしたところだった。
「でも、良かったじゃない。バイオレットにも婚約者が現れたんだし、ねっ。最後のひとりにならなくてよかったじゃない」
「あら、今度は私の番?」
私はさすがに食べ物を粗末には出来ないとトレイをそばのテーブルにバーンと置いた。
「いいわよ。掛かって来なさいよ。どうでもやり合いたいみたいだから、さあ!」
エレナの顔色が青くなり顔が強張った。
「私たちはそんなつもり…何よ。ちょっと騎士練習生だって偉そうに…行きましょう」
席を立ち走るように食堂を出て行く。
「おい、バイオレット。大丈夫か?顔色が悪いぞ」
ヴィルフリートが現れた。
「何でもないから」
私は食事をする気にもなれなくなって食堂を出て行く。後を追ってくるヴィルフリート。
「待てったら…」
彼に腕を掴まれて振り返る。
「怒ってるのか?」
「何を?」
「だって、俺が出しゃばらなかったらヨハンとって思ってるんだろう?」
「そんなの関係ないから。だってヨハンにはマーリン先生が…」
掴まれていた腕から彼の手がふっと離れて今度は私の両手を合わせるようにして握った。
「ああ、だから俺で我慢しろ」
「がまんって…」
ちょうど廊下で話をしていてヴィルフリートの琥珀色の瞳に日の光が差し込んでキラキラ輝いてみえた。
あの時もそう感じたっけ…
「取りあえず家大変なんだろう?卒業出来なかったらお兄さんが悲しむ。なっ」
「わかってるわよ。私だって婚約はこのままでいいと思ってるわよ」
その瞳が細められて目尻にしわが寄って口元が上がる。
そうかそうかと言うように首を折り曲げながら次の話を始めた。
「ヨハンは2年生の時怪我をしたんだろう?その時マーリン先生に手当てしてもらって恋に落ちたらしいぞ。だからお前が告白しても無理だったってわけだ」
「どうして私がヨハンを好きだって?」
彼の眉間にしわが寄る。
「そりゃバイオレットを見てたらすぐに気づくだろ。それにマーリン先生は学園長にずっと言い寄られて困っていたらしい。それでヨハンはしょっちゅう医務室に顔を出したり帰りに送ったりしていたらしい」
「それであんなことに…不潔だわ」
「そうか?バイオレットは愛し合うふたりが不潔に思えるのか?」
「それはまた別に事じゃない。それにあなただって私を愛してもいないのにあんな事…」
「あれは君を助けるためにした事じゃないか」
「そんなのいい訳よ!」
私は握られていた手を振りほどいてさっさと歩いて逃げる。
角を曲がったところでばったりヨハンとマーリン先生に会ってしまう。
ふたりは堂々と手を繋いで嬉しそうに歩いてくる。
ヨハンは私に気づくとこちらに走って来た。
「マーリンをかばってくれたんだろう?」
「聞いてたの?」
私は恥ずかしくなる。そんな大げさな事ではないのに…
「いや、今さっき友達から聞いたんだ。女子が悪口を言ってたら君がふたりの問題だって止めてくれたって。カッコよかったって褒めてた」
ヨハンは隣に来たマーリン先生を大きなあの腕でそっと抱き寄せると今朝みたいな優しいまなざしを彼女に向けた。
マーリン先生がふわりと笑って俯いて耳まで真っ赤にして少女みたいに見えた。
あっ、マーリン先生って本当にヨハンが大好きなんだ。
そんな考えがふっと脳細胞に染み込んだ。
その途端、まるで異物が入って来たかのように。
頭が反発するかのように脳がギシリときしんだ。
そんなの分かってたじゃない。朝あんなところを見たんだもの。わかってたはずよ。
でも…
そんなの。そんなの。そんなのって脳がリピートを繰り返す。
自分を守ろうとするバリヤーが張り巡らされて行くみたいに周りの音や色がなくなって行く。
「バイオレットありがとう」
ヨハンが突然そう言って私はヨハンを真正面から見つめた。
その瞳はやけに真摯で私はもう呼吸も出来なくなって、ううんって私は首を振ると駆け出していた。
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