この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

文字の大きさ
17 / 51

17私の婚約者はいい人みたいです


 
 ラーシャさんが最後の料理を運び終えて言った。

 「さあ、お祝いを始めましょうか」

 「ええ、ラーシャさんすごくうれしい」

 私は不安な気持ちを追い払ってラーシャさんに笑みを向けた。

 ラーシャさんが私を席に座らせてくれる。

 よく見れば私はいつものシャツとあの継ぎはぎのスカートをはいている。髪の毛だけは下ろして直したけど…


 右隣にヴィルフリートが座ってぐるりと囲むように兄やラーシャさんが座った。

 テーブルの中央に置かれたチーズケーキに大きなロウソクがたてられて火が灯された。

 私はケーキの炎を吹き消すとみんながお祝いの言葉を声を揃えて言った。

 「誕生日おめでとうバイオレット。「おめでとうバイオレット」」おめでとう」


 私は顔が赤くなって恥ずかしくなる。

 「ありがとう。こんなにお祝いしてもらったのは久しぶりですごくうれしい。やだ…」思わず涙腺が緩んで眦から涙が落ちた。

 学園に来てからは学年末で忙しくて誕生日に家に帰ることもなかったから。

 ふっと、それにしてもこんなに泣いてばかりで涙は枯れないのだろうか?なんておかしなことを思う。


 「バイオレットこれは私から…」

 ラーシャさんがきれいな包みを差しだしてくれた。

 「ラーシャさんこんな事してもらって…お料理やケーキだけでもうれしいのに。ありがとう」



 「バイオレット、俺たち兄弟からだ。モービンとコッズがよろしくって言ってた」

 「バイオレット誕生日おめでとう」

 兄たちからのプレゼントは大きな箱だった。

 「もう、いいのに。だって大変なんでしょう?ううん、素直に頂きます。ありがとうアルク兄さん、エドガー兄さん、後でモービン兄さんとコッズ兄さんにもお礼をいわなくちゃ」



 「バイオレット急だったから…これ。誕生日おめでとう」

 ヴィルフリートが小さな箱を差しだした。

 「えっ?良かったの。だって、今日たくさん貰ったじゃない。こんなの貰えないわよ」

 「いいから、これはまた別だろう?」

 「あ、ありがとうヴィルフリート」

 「なぁこれからはヴィルって呼んでくれないか?それ長いから面倒だろう?」

 「ええ、そうかも。じゃあヴィルありがとう」

 私はヴィルの顔を見てお礼を言った。

 その距離がとても近くて私の胸はズクンと疼いた。

 「どういたしまして」

 彼がにっこり微笑んだ。何?この笑顔。まぶしすぎる。私の脳内にキラキラ金粉が舞い上がった。


 私は一度深呼吸してからそれぞれの包みを開き始めた。

 ラーシャさんからはきれいな手鏡を「ああ、こんなの欲しかったんです。大切にしますね。ありがとうラーシャさん」

 私は手鏡をぎゅって握りしめて胸にあてる。



 4人の兄からはきっちりした上着とスカートをこれから仕事に重宝しそうだ。

 「もう、兄さんたち無理したんじゃない?こんなに高いものを…ありがとう。大切に着るから」

 思わず零れた満面の笑み。


 ヴィルからは美しい蝶の髪飾りを貰った。とても手の込んだ蝶の羽には色とりどりの小さな青や緑や赤色の輝石が散りばめられていてすごく美しかった。

 手に取った時思わず美し過ぎて声が出なかった。

 なに?これ?すごくきれい。こんなきれいな髪飾り。うれし過ぎる。

 私はうれしすぎて俯いたままで。

 「気に入らなかった?」


 はっと顔を上げた。心配そうなヴィルの顔が瞳の中に飛び込んで来た。

 「違うの。あの‥うれしくて…ほんとにすごくきれい…」

 手のひらで輝く蝶が今にも羽をひらひらさせて飛んでいくみたい。

 「つけてみてもいい?」

 私はこくんと首を折る。

 ヴィルが立ち上がって私の髪をひと房取ってその髪飾りを付けてくれた。

 「その髪色に凄く似合ってるよ」

 かぁッと頬が火照って膝の上でスカートを握って拳をぎゅっと結んだ。

 優しく髪を撫ぜ下ろされ私は背筋がしびれる。

 思わず彼と視線が合うと彼の琥珀色の瞳が驚いたように見開かれた。

 そして次には大きなため息をついた。


 ヴィルあなたのお父さんの事知らなかったわ。

 だってあなたはそんな事何も話してくれないし、彼はその事をどう思ってるんだろう?

 何だか偶然だとは思えない気がしてまた胸がざわめいた。

 いやだ。こんなにしてもらってそんなこと思うのは失礼よね。

 今はみんなと楽しい時間を過ごすべきよ。そう思い直した。


 「おいおいヴィル。お前バイオレットに手だしてないよな?」

 アルク兄さんが疑いの目を向けた。

 「あ、当たり前じゃないですか。婚約が決まったのだって数日前なんですよ」

 「だったらいいんだ」


 それからみんなでラーシャさんが作ってくれた料理を堪能した。

 べズセクトの懐かしい味に舌鼓をうつ。ドリアもピッツァも煮込んだすね肉の煮込みもボロネーゼも何もかもがおいしくて、そして18歳になったんだからと私はその日初めてワインも飲んだ。


 すごくいい気分だった。

 ヨハンの事なんかすっかり忘れていた。ヴィルのお父さんの事も。

 「プレゼントに美味しい料理にワイン。私すごーく幸せよ~」

 「バイオレット大丈夫か?酔ったんじゃないのか。まったく誰なんだよこんなに飲ませて」

 「ヴィル送り狼になるなよ」

 アルク兄さんが笑いながらそう言ったところまでで私は酔いつぶれたらしかった。


 私はそれからずいぶん経って目を覚ました。

 「あれ?ここはどこ…」

 はっと飛び起きて周りを見る。

 なんだ。自分の部屋じゃない。でも私どうやって帰って来たんだろう?確か店で料理を食べてワインを飲んだところまでは覚えているがそこから先の記憶は何もない。


 ああ。でも喉が渇いたな。

 ああ…水差しも空っぽじゃない。仕方がないキッチンに水を貰いに行って来よう。

 学園の女子寮はひとりずつ個室があてがわれていて、狭いけどプライバシーが守られるのでこんな時も助かる。

 私は起き上がると寝巻を着ていた。あれ?

 服はいつ着替えたのかしら?よく見ると着ていた服はきちんとたたんであった。

 アルク兄さんが言った事を思い出す。送り狼になるなよって…まさか。まさかよね。だってここ女子寮なんだから、いくらヴィルが先生だからって。ねぇ。


 とっさに身体のあちこちを探ってみるがどこも変わった様子はなさそうだ。

 ある訳ないわ。そんな事。いくらなんでも気が付くはずよ。

 脳みそはそんな記憶はございませんと言ってるし。

 とにかく水を飲みたい。


 私は急いでキッチンに行って水を飲んだ。

 水差しに水を入れて部屋に帰る途中廊下で宿直の先生とばったり会った。

 「誰?」

 「わぁ、びっくりした!私です。サリエル先生。レスプランドールです」

 「まあ、バイオレットじゃない。脅かさないでよ」

 「すみません。喉が渇いてお水を…」

 「そうでしょうね。あなたかなり酔ってたから」

 「えっ?先生ご存知なんですか?私どうやって部屋に帰ったんです?」

 サリエル先生は私が酔っている事を知っていた。と言うことは当然ここに入るとき見かけたという事じゃない。

 「覚えていないのね…まあ、あなたはよく眠っていたから無理もないわ」

 「じゃあ、先生が私を連れて行って下さったんですか?」

 「まさか、そんなの無理に決まってるじゃない!」

 「じゃあ、誰が私を部屋に連れて行ってくれたんでしょうか?」

 「バルガン先生よ。彼はあなたをおぶって寮の入り口から入って来て中に入って行こうとするから慌てて止めたのよ。でも彼はあなたの婚約者だと聞いてるし、私も一緒に部屋までついて行けば間違いも起こるはずもないと思ったから」

 サリエル先生は全くと言いたげにため息をついた。


 「ああ、そういうことですか…」

 脳内にヴィルに背負われている自分を想像して耳たぶまで火照って来る。

 「そんな顔しないで、大丈夫よ。何もなかったから。彼はあなたをベッドに寝かせるとすぐ帰って行ったから」

 サリエル先生は今度はあくびをした。


 教師のくせになんてのんきな!!

 先生は一部始終を見てたんでしょう?そんな恥ずかしいことになってるのに起こしてくれたって良かったんじゃ…

 ベッドにってまさか着替えまで彼が?

 「あのそれで寝間着をきせてくれたのは?」

 「それは私よ。バルガン先生はすぐに帰ったって言ったでしょう。まったくあなたって人は…そんな事男性にさせられる訳がないでしょう。本来ならここには女性しか入れない場所なのよ。あなたもそれくらい知ってるでしょう?今回は特別ですよ。もういいから早く休みなさいバイオレット」

 サリエル先生はじろりと私を見てまた大きなあくびをした。


 「はい、すみません。以後気を付けます」

 はいはい、先生すみませんでした。何しろ何にも覚えていない不毛の脳には一語一句確かめないと理解できないんですよ。と心の中でつぶやく。

 「ええ、今後は認めませんよ。それに私だったからよかったものの。他の先生だったらあなた退学かも知れなかったわよ」

 「そんなばかな。だって学園長だってあんな事してたんですよ。バルガン先生は私の婚約者なんですし」

 「いいから、もう休みなさいバイオレット!」

 サリエル先生の顔がむっつりした。

 そうかもしれませんね。こんな時間に付き合わせてすみませんでした。

 「はい、すみませんでした。おやすみなさいサリエル先生」

 「ええ、おやすみ」


 私は急いで自分の部屋に戻った。

 ベッドに寝そべるとヴィルに貰った髪留めを手に取った。

 月明かりが窓から入って来てその髪飾りをかざしてみると輝石がキラキラ輝いてとても美しかった。

 彼は案外いい人かも知れない。それに思っていた以上に素敵だなぁ。

 私はそんな事を思ってまた目を閉じた。



感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。