この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

文字の大きさ
19 / 51

19やっぱり私の思い違いだった?

しおりを挟む

 
 「兄さんいる?」私は兄の部屋をノックした。

 私は生徒会の仕事を少し早く終わらせるとその足でアルク兄さんの宿舎を訪ねた。

 宿舎は3階建ての大きな建物で入り口に門番がいる。そこで誰を訪ねるか言って身分証をみせる。家族であればすぐに入れる。

 宿舎にはたくさんの部屋があって部屋までは勝手に入れるようになっていた。

 

 「アルク兄さん?」

 「誰だ?」

 「バイオレットよ」

 「いきなりどうしたんだ?驚いた」兄はラフな姿で扉を開けてくれた。

 「こっちが驚くわ。そんな恐い声出して…ちょっと頼みがあるの。こんな所じゃ…ちょっと中に入ってもいい?」

 「ああ、いいけど散らかってるぞ。今日は片付けようと思ってたんだがな」

 兄はそう言いながら脱ぎ捨ててあった服を片付ける。

 「いいわよ。私が何年兄さんたちの世話をして来たと思ってるの…ふふふ」

 そう言いながらも私はごみや散らばった本を拾って一緒に片づけを手伝う。





 そして授業料の事を相談した。

 兄は今すぐは手持ちがないけど明日中に支払っておくと言ってくれた。

 「ごめんなさいアルク兄さん。私が働くようになったら必ず返すからね」

 「そんなこといいさ。俺は独身だし生活費はほとんどかからない。心配するな。それより送って行こうか?」

 「いいわよ。歩いて帰れるから。ありがとう。じゃあね」

 私は急いで兄の部屋を出て宿舎の門に急いだ。





 その時だった。

 あれ?ヴィルじゃないかしら?

 ちょうど門の外の木陰の辺りだった。

 えっ?ヴィルもここに住んでるの?もう、兄さんったら教えてくれてもいいじゃない。

 そうよね。私ってヴィルの事ほんとに何にも知らないな。

 思い切って声を掛けようとした時、ヴィルに抱きつく女性の姿が目に入った。

 もう空は暗くなりかけて太陽は西の彼方にすっぽりかくれていた。

 辺りは薄暗く顔までははっきりわからなかったが、あれは確かに女性だって事ははっきりわかった。

 長い金色の髪が風になびいてスカートが揺れてふたりの身体が重なったのははっきり見えたから。

 私は急いで反対の道に走り出した。

 見てはいけないものを見た気がした。

 ううん、別に気する事じゃない。彼が仕事を休んで誰と何をしていようが卒業すれば婚約は破棄すればいいんだから。

 そうするに決まってるんだから。

 ゆっくり考える必要なんてないんだから。


 ***


 翌日マーリン先生に呼び止められる。

 「バイオレットごめんなさい、少し話いいかしら?」

 「ええ、もちろんです先生」

 私たちは医務室に入ると扉を閉めた。



 「何ですか先生?」

 「先生なんてもう学園を辞めるんだしマーリンでいいわよ」

 「でも、先生は先生ですから」

 「じゃあ、実はあなたの就職先ってゴールドヘイムダルの事務室だって聞いたんだけど?」

 「はい、本当はゴールドヘイムダルに入りたいところですけどやはり女性は無理だと言われて事務官として頑張るつもりなんです」

 「ええ、それでね。ヨハンはずっとゴールドヘイムダルに入りたかった事は知ってるでしょう?もし、それこそ事務官とかあったら彼を雇ってもらえないかと思って」

 その澄み切った碧色の眼差しは縋りつくような重さを感じさせた。

 ああ、先生はヨハンの為に…ヨハンは先生の為に。か…

 私は急にヨハンと距離が出来たみたいな気がして…まあとっくに距離は出来ているんだけれど。

 「ああ…そうですよね。もし何かいい就職口があったら真っ先にお知らせします。ヨハ…いえフィジェルさんがそれで良ければですけど」

 ついヨハンと気易く呼べなくなった。



 「あっ、名前ね。フィジェルじゃなくなったの。お父様がその名前を使うなとおっしゃって私の姓のしたの。だからヨハン・ダルトワになったの」

 「と言うことは、もう、籍入れたんですか?」

 「ええ、昨日。私はもう少し待ってからにしようって言ったのよ。でもヨハンは後悔なんかしないって。だから私も少しでも役に立ちたくて」

 マーリン先生はじんわりと頬を染めて口元をほころばせた。

 うれしさがにじみ出るようなそんな顔に少し嫉妬した。


 でも、もういい。彼がそれほどまでにこの人を愛している気持ちがわかるような気がしたから。

 だってすごく可愛いんだもの。年上なのに私でも守ってあげたくなってしまうほど彼女は可憐で素敵な女性だってわかったから。


 「わかります先生の気持ち。でも彼はそんな事思うような人じゃないですよね?先生と一緒なら幸せなんですから、先生は心配なんかしないで彼に任せておけばいいんですよ」

 「ええ、そうだけど…私の方が年上だと思うとつい」

 「年なんか関係ありません。彼はマーリン先生を愛してるんですから」

 「もう、バイオレットったらあなたにまで元気づけられてはいられないわね」

 「そうですよ。そうだ。もしかしたらゴールドヘイムダルに入れるかもしれません。学園を卒業すれば幹部候補生としての入隊でしたが、それはお父様に取り消しにされたんですよね?でも、それとは別に一般公募で入隊もできるはずなんです。そうだ。明日は最後の騎士練習生の試験と試合があるんです。それさえ受ければ騎士練習生終了資格をもらえるはずですから、必ず来るように彼に言って下さい。そうすれば騎士になる夢も叶うはずです」


 「ええ、さすが騎士練習生だわ。必ずヨハンに行くように伝えるわ」

 「はい。私はいつでもふたりの力になりますからね。何でも言って下さい…。まあ、私に出来ることがあればですけど」

 「頼りにしてるわバイオレット」

 マーリン先生は笑顔で医務室からわたしを送り出した。


 私はもうヨハンの事に踏ん切りがつけたと思う。

 彼を好きだったことはいい思い出としてやって行けそうに思えた。


 「バイオレット」

 いきなり声を掛けられて振り向くとヴィルが怪訝な顔でこちらを伺っていた。

 視線が合うと彼は急いで走って来た。

 「ヴィル、そうだ。一昨日はありがとう。私すっかり眠ってしまって‥あのどうやって帰ったの?」

 私は昨日見たことなどなかった事のように平然を顔に張り付ける。

 彼はいつもの屈託のない顔でおどけるように話を始めた。

 「ワインなんか飲ませるんじゃなかったよ。あんなに酔っぱらうなんて、仕方がないからおぶって帰った。女子寮に着いたらサリエル先生が真っ蒼な顔をして出て来て…参ったよ。こんな事なら俺のところに連れて行けばよかった。そしたら。なあ、出来たかも知れなかったよな」

 彼は迷惑そうに眉を上げた顔をしていたがいきなり素の顔になった。


 「あのさぁ…やっぱり俺達もう婚約したんだし、今夜、俺のとこ来ないか?」

 「何よ!あなたなんか。私たちは、まだ結婚したわけじゃないのよ。そんなこと出来るもんですか!」

 あなたは昨日女の人と抱き合ってたくせに!!

 「何だよ。マーリン先生だって妊娠したんだぞ。みんなやってるって事じゃないか!」

 じろりといつになく琥珀色の瞳がぎらぎらして私を見つめる。

 腕を伸ばされ私を抱き留めようとして来た。

 いつになく私はその迫力に少し後ろに下がってしまう。

 「触らないでよ!」

 「なんでだよ!」


 彼が私の腕をつかんだので私はその手を払いのけた。

 乱暴な言い方に横暴な態度に言い知れぬ嫌悪感を覚えた。

 その手で昨日は別の女の人と…違うわ。嫉妬なんかじゃないもの。

 そんなどうでもいいことが脳内でこだましていた。

 何よ。あなたなんか。婚約してるのにそんな事をする不誠実な男だから腹が立つだけよ。

 ほんの少し彼の事見直してたのに。私の勘違いだったんだ。何だかがっかりして大きなため息が零れた。

 それに…

 「ヴィルはそのために指輪やドレスを買ったの?それが目的であんなに優しくしたの?」もはや心の声はだだ洩れだった。


 「なんだよ!バイオレットだってまだヨハンの事忘れられないんじゃないか?医務室に行って何を企んでるんだ?まだチャンスを伺ってるんじゃないのか?」

 いつものヴィエルじゃなかった。人を軽蔑したような冷たい目。光を失い瞳孔が開いて黒い部分が広がってまるで獣が獲物に照準を合わせたかのような獰猛な瞳だ。

 おまけに拳はぐっと握り締められていて少し恐いと思った。この私が?

 こんな男に負けるもんですか!!

 「そんなこと思ってないわ。ヨハンはもう学園には来ないし就職だって…それでマーリン先生から相談されてただけなんだから。私はただふたりの力になりたいだけよ」

 「そうなのか?」

 ヴィルは眉を上げて目を見開いた。


 ふん、そんなに以外?見損なわいでよね。あなたとは違うんだから!

 「あなたなんか大っ嫌い。卒業したらすぐに婚約破棄するから心配しないで!」

 そう言った端から今すぐにしようかとも思ったがさすがにそれは出来ないだろうと思った。

 何を企んでるのか知らないけれどお互い様だわ。

 私は彼を睨みつけると物凄い勢いで走り去った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

処理中です...