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19やっぱり私の思い違いだった?
しおりを挟む「兄さんいる?」私は兄の部屋をノックした。
私は生徒会の仕事を少し早く終わらせるとその足でアルク兄さんの宿舎を訪ねた。
宿舎は3階建ての大きな建物で入り口に門番がいる。そこで誰を訪ねるか言って身分証をみせる。家族であればすぐに入れる。
宿舎にはたくさんの部屋があって部屋までは勝手に入れるようになっていた。
「アルク兄さん?」
「誰だ?」
「バイオレットよ」
「いきなりどうしたんだ?驚いた」兄はラフな姿で扉を開けてくれた。
「こっちが驚くわ。そんな恐い声出して…ちょっと頼みがあるの。こんな所じゃ…ちょっと中に入ってもいい?」
「ああ、いいけど散らかってるぞ。今日は片付けようと思ってたんだがな」
兄はそう言いながら脱ぎ捨ててあった服を片付ける。
「いいわよ。私が何年兄さんたちの世話をして来たと思ってるの…ふふふ」
そう言いながらも私はごみや散らばった本を拾って一緒に片づけを手伝う。
そして授業料の事を相談した。
兄は今すぐは手持ちがないけど明日中に支払っておくと言ってくれた。
「ごめんなさいアルク兄さん。私が働くようになったら必ず返すからね」
「そんなこといいさ。俺は独身だし生活費はほとんどかからない。心配するな。それより送って行こうか?」
「いいわよ。歩いて帰れるから。ありがとう。じゃあね」
私は急いで兄の部屋を出て宿舎の門に急いだ。
その時だった。
あれ?ヴィルじゃないかしら?
ちょうど門の外の木陰の辺りだった。
えっ?ヴィルもここに住んでるの?もう、兄さんったら教えてくれてもいいじゃない。
そうよね。私ってヴィルの事ほんとに何にも知らないな。
思い切って声を掛けようとした時、ヴィルに抱きつく女性の姿が目に入った。
もう空は暗くなりかけて太陽は西の彼方にすっぽりかくれていた。
辺りは薄暗く顔までははっきりわからなかったが、あれは確かに女性だって事ははっきりわかった。
長い金色の髪が風になびいてスカートが揺れてふたりの身体が重なったのははっきり見えたから。
私は急いで反対の道に走り出した。
見てはいけないものを見た気がした。
ううん、別に気する事じゃない。彼が仕事を休んで誰と何をしていようが卒業すれば婚約は破棄すればいいんだから。
そうするに決まってるんだから。
ゆっくり考える必要なんてないんだから。
***
翌日マーリン先生に呼び止められる。
「バイオレットごめんなさい、少し話いいかしら?」
「ええ、もちろんです先生」
私たちは医務室に入ると扉を閉めた。
「何ですか先生?」
「先生なんてもう学園を辞めるんだしマーリンでいいわよ」
「でも、先生は先生ですから」
「じゃあ、実はあなたの就職先ってゴールドヘイムダルの事務室だって聞いたんだけど?」
「はい、本当はゴールドヘイムダルに入りたいところですけどやはり女性は無理だと言われて事務官として頑張るつもりなんです」
「ええ、それでね。ヨハンはずっとゴールドヘイムダルに入りたかった事は知ってるでしょう?もし、それこそ事務官とかあったら彼を雇ってもらえないかと思って」
その澄み切った碧色の眼差しは縋りつくような重さを感じさせた。
ああ、先生はヨハンの為に…ヨハンは先生の為に。か…
私は急にヨハンと距離が出来たみたいな気がして…まあとっくに距離は出来ているんだけれど。
「ああ…そうですよね。もし何かいい就職口があったら真っ先にお知らせします。ヨハ…いえフィジェルさんがそれで良ければですけど」
ついヨハンと気易く呼べなくなった。
「あっ、名前ね。フィジェルじゃなくなったの。お父様がその名前を使うなとおっしゃって私の姓のしたの。だからヨハン・ダルトワになったの」
「と言うことは、もう、籍入れたんですか?」
「ええ、昨日。私はもう少し待ってからにしようって言ったのよ。でもヨハンは後悔なんかしないって。だから私も少しでも役に立ちたくて」
マーリン先生はじんわりと頬を染めて口元をほころばせた。
うれしさがにじみ出るようなそんな顔に少し嫉妬した。
でも、もういい。彼がそれほどまでにこの人を愛している気持ちがわかるような気がしたから。
だってすごく可愛いんだもの。年上なのに私でも守ってあげたくなってしまうほど彼女は可憐で素敵な女性だってわかったから。
「わかります先生の気持ち。でも彼はそんな事思うような人じゃないですよね?先生と一緒なら幸せなんですから、先生は心配なんかしないで彼に任せておけばいいんですよ」
「ええ、そうだけど…私の方が年上だと思うとつい」
「年なんか関係ありません。彼はマーリン先生を愛してるんですから」
「もう、バイオレットったらあなたにまで元気づけられてはいられないわね」
「そうですよ。そうだ。もしかしたらゴールドヘイムダルに入れるかもしれません。学園を卒業すれば幹部候補生としての入隊でしたが、それはお父様に取り消しにされたんですよね?でも、それとは別に一般公募で入隊もできるはずなんです。そうだ。明日は最後の騎士練習生の試験と試合があるんです。それさえ受ければ騎士練習生終了資格をもらえるはずですから、必ず来るように彼に言って下さい。そうすれば騎士になる夢も叶うはずです」
「ええ、さすが騎士練習生だわ。必ずヨハンに行くように伝えるわ」
「はい。私はいつでもふたりの力になりますからね。何でも言って下さい…。まあ、私に出来ることがあればですけど」
「頼りにしてるわバイオレット」
マーリン先生は笑顔で医務室からわたしを送り出した。
私はもうヨハンの事に踏ん切りがつけたと思う。
彼を好きだったことはいい思い出としてやって行けそうに思えた。
「バイオレット」
いきなり声を掛けられて振り向くとヴィルが怪訝な顔でこちらを伺っていた。
視線が合うと彼は急いで走って来た。
「ヴィル、そうだ。一昨日はありがとう。私すっかり眠ってしまって‥あのどうやって帰ったの?」
私は昨日見たことなどなかった事のように平然を顔に張り付ける。
彼はいつもの屈託のない顔でおどけるように話を始めた。
「ワインなんか飲ませるんじゃなかったよ。あんなに酔っぱらうなんて、仕方がないからおぶって帰った。女子寮に着いたらサリエル先生が真っ蒼な顔をして出て来て…参ったよ。こんな事なら俺のところに連れて行けばよかった。そしたら。なあ、出来たかも知れなかったよな」
彼は迷惑そうに眉を上げた顔をしていたがいきなり素の顔になった。
「あのさぁ…やっぱり俺達もう婚約したんだし、今夜、俺のとこ来ないか?」
「何よ!あなたなんか。私たちは、まだ結婚したわけじゃないのよ。そんなこと出来るもんですか!」
あなたは昨日女の人と抱き合ってたくせに!!
「何だよ。マーリン先生だって妊娠したんだぞ。みんなやってるって事じゃないか!」
じろりといつになく琥珀色の瞳がぎらぎらして私を見つめる。
腕を伸ばされ私を抱き留めようとして来た。
いつになく私はその迫力に少し後ろに下がってしまう。
「触らないでよ!」
「なんでだよ!」
彼が私の腕をつかんだので私はその手を払いのけた。
乱暴な言い方に横暴な態度に言い知れぬ嫌悪感を覚えた。
その手で昨日は別の女の人と…違うわ。嫉妬なんかじゃないもの。
そんなどうでもいいことが脳内でこだましていた。
何よ。あなたなんか。婚約してるのにそんな事をする不誠実な男だから腹が立つだけよ。
ほんの少し彼の事見直してたのに。私の勘違いだったんだ。何だかがっかりして大きなため息が零れた。
それに…
「ヴィルはそのために指輪やドレスを買ったの?それが目的であんなに優しくしたの?」もはや心の声はだだ洩れだった。
「なんだよ!バイオレットだってまだヨハンの事忘れられないんじゃないか?医務室に行って何を企んでるんだ?まだチャンスを伺ってるんじゃないのか?」
いつものヴィエルじゃなかった。人を軽蔑したような冷たい目。光を失い瞳孔が開いて黒い部分が広がってまるで獣が獲物に照準を合わせたかのような獰猛な瞳だ。
おまけに拳はぐっと握り締められていて少し恐いと思った。この私が?
こんな男に負けるもんですか!!
「そんなこと思ってないわ。ヨハンはもう学園には来ないし就職だって…それでマーリン先生から相談されてただけなんだから。私はただふたりの力になりたいだけよ」
「そうなのか?」
ヴィルは眉を上げて目を見開いた。
ふん、そんなに以外?見損なわいでよね。あなたとは違うんだから!
「あなたなんか大っ嫌い。卒業したらすぐに婚約破棄するから心配しないで!」
そう言った端から今すぐにしようかとも思ったがさすがにそれは出来ないだろうと思った。
何を企んでるのか知らないけれどお互い様だわ。
私は彼を睨みつけると物凄い勢いで走り去った。
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