この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

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23怪我の功名?

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 私は診療所で様子を見て大丈夫そうなので帰ってもよい事になった。

 歩く事は出来るがなるべく今日明日はあまり無理をしない方がいいと言われた。

 寮の部屋は2階だったがまあこれくらいなら何とかなるだろう。一人だと不便だがしばらく先生や友達に助けてもらえばいいはずと判断する。

 だが、問題はヴィルだった。

 彼は私を診療所に連れて来てくれた。

 私のそばにずっと付き添い、おまけに連れて帰るのも自分の仕事とばかりすっかりその気になっていた。

 「安心しろ。俺がおぶって連れて帰る」

 さすがにそれはどうかと。

 「ヴィル、私、もう歩けるから…」

 「何言ってるんだ。無理したらダメだって医者から言われたばかりだろう。いいから俺に任せろって」

 ヴィルは私を軽々とおぶると学園まで連れて帰ろうとする。

 医者も医者でそうしろとばかりに。

 「今日は無理をしない方がいい」などと言うから…



 私は渋々ヴィルの背中に手をかけた。

 「バイオレット。こら!しっかりつかまれ。これ以上ひどくなったらどうする気だ?」

 「はいはい」

 私は仕方なく彼の背中に身体を寄せた。



 彼の背中は思っていたよりも広くて心地良くて私は思わずその背に頬を寄せてしまった。

 「ヴィル、重くない?」

 「何だ?重いわけない。あんな剣振り回すくせに意外と軽いな」

 「もう…」

 「だがバイオレット、お前どうして階段から落ちた?」

 「ああ、アマリがいきなり振り返って身体がぶつかったのよ。ほんとについてない。夜会出れるかな?怪我や病気は理由にならないって書いてあった。どうしよう」

 「心配するな。俺が抱いてでも連れて行く。バイオレットは夜会に参加すればいいんだろう?座って飲み物でも飲んでいればいい。なっ!」

 「うん。それはそうだけど…あなたにばかり手間をかけるから申し訳なくて」

 「いいんだ。男として当然の事だ。心配するな」

 何だかおかしい。彼が男らしく思えて来た。

 違う。私は今気が弱っているから。だから…でもあの話はした方がいいかも。



 「うん、ありがとう。あの、こんな話今するべきかわからないけど今日、騎士練習場の裏手で男子生徒が騒いでて…」

 「何があった?」

 「ええ、前に薬を回している男子生徒がいたでしょう?」

 「ああ、あの時ハイになってたやつらか。あいつらが使っていた薬物は別名、水晶って言われてる。疲れが取れたように身体が軽くなったと感じる。神経を興奮させてハイな気分になる。それも常習の癖がつきやすくて面倒な薬物なんだ。それでその子らがどうした?」

 「ええ、話をしてたのがあの子たちだったの。それが何を話してたと思うヴィル?卒業したらあの薬物をどうやって手に入れるかって話をしてて、街のボルガータ商会に行けば手に入るって話してたのよ。ボルガータ商会ってアマリのお父さんがやっている商会でべズバルドルではアマリの婚約者が切り盛りしているのよ」

 「ボルガータ商会か…あいつらをマークしてたんだがなかなか尻尾をださなくて困ってたんだ。バイオレットそれは確かなのか?」

 「ええ、確かよ。確かにボルガータ商会って言ったわ。そこに行けば手に入るって、でもアマリに聞いたらあれは疲労回復薬だって言ってたわよ。本当はそんな薬物とは無関係なんじゃない?だってアマリがそんな事…」

 「バイオレット、そのアマリって言うのがその薬物をあいつらに渡しているのか?」

 「まさか。彼らは名前は言っていなかったし。それにアマリがそんな事するはずないわ。きっと何かの間違いよ」

 「待てよ。そう言えばアマリが振り返ったからバイオレットは階段から落ちたんだよな?」

 彼は何かを考えるように首をひねる。

 「ええ、ヴィルったらアマリがそんなことするはずないわよ。でも驚いたわ。アマリったらいきなり振り返るもんだから…そう言えばアマリを見た?彼女は大丈夫だったのかしら?」

 そんなことあるはずないから。 

 「大丈夫に決まってるだろ。ったく。怪我をしたなら一緒に医務室にいたはずだ」

 ヴィルは冷ややかな声で冷たい言葉を吐いた。

 私は素っ気なく「じゃあ、良かったんだけど」と言うしかない。



 「いいかバイオレット、今夜は医務室で休め。俺が付き添う。いや、それともうちに来るか?それがいいかも知れないな」

 「何言ってるのよ。どうしてあなたの所なんか?私、自分の部屋に帰りたい。だって着替えもしたいし、一人の方がゆっくり休めるもの」

 「いいから言うことを聞いてくれ。俺のところが嫌なら医務室でいいから」

 何気に彼が必死で言うけど。

 どうして?

 「でも、あなたとふたりきりなんて…」

 「それか?誰かに頼むから今夜は部屋に一人でいない方がいい」

 「わかったわよ」

 私は少し苛立った言い方をした。

 「そんなにすねるな。一応念のためだ」

 彼が心配していることはすぐに分かった。でも、それは好きとか嫌いとかではなく。

 彼の仕事上の安全確保のためだけだってわかってる。だってそうでしょう。彼は自分の所に連れて行く気はなかった。わかってるわよ。

 でも、安全の為に部屋には帰らない方がいいと思っただけで。

 まあ、そんな誘いになんか乗らないけど…

 もう、何を考えてるんだろう私。

 ヴィルには彼女がいるかもしれないって言うのに…



 付き添いはマーリン先生が名乗り出てくれたが、彼女はつわりがひどいのを心配して迎えに来ていたヨハンも一緒に付き添うことになった。

 ヨハンは付き添いの付き添いらしい。

 何しろ時間はもう就業時間を過ぎていたから。ったく。


 私は医務室の奥の部屋のベッドに寝かされるとマーリン先生が着替えを手伝ってくれた。

 マーリン先生がすこし席を外すと私とヴィルとヨハンの3人で一緒の部屋で過ごす羽目になった。


 私の気まずさと言ったら、これなら自分の部屋に戻った方がどんなにかいいのに…

 ヴィルは凄みのある視線をヨハンにぎろりと向けている。

 ヨハンはそれより私が心配らしく話しかけて来た。

 「バイオレット階段から落ちたんだって、でも捻挫くらいですんで良かったよ。痛みはどう?」

 「ええ、ありがとう。痛みは少しあるけど大丈夫。わたしこれでも丈夫だから」

 「ああ、良かったよ。バイレット、試合の事聞いた。すごいじゃないか。アルビンと対戦したって?」

 「ええ、私はもっと出来たのに、ランケル先生ったら勝負ありを出すから」

 「クックッㇰッ!」

 ヨハンは笑いをこらえきれないらしい。

 「まったくバイオレットらしいよ」

 「ヨハンったらどうしてこなかったのよ。試験をを受ければ一般公募で騎士になれるのにぃ」

 私はヨハンを見つめて言った。

 ヨハンの顔がすっと真面目になる。

 「ああ、それも考えたんだ。でも、そうなるとマーリンのそばにいるのが難しくなるだろう?ゴールドヘイムダルに入れたとしても夜勤とか急な呼び出しもある。時間も不規則だし。それならもっと決まった時間に帰れるような仕事がいいと思って」

 そうか。ヨハンも色々考えてたんだね。

 「そうだよね。マーリン先生のそばにいたげなきゃね。それで仕事は見つかったの?」

 「ああ、貿易会社の管理職なんだ。学園を卒業していることにしてもらったから管理職になれた。これなら時間も決まってるし倉庫の荷物整理や帳簿をつける仕事だから僕にもできる」

 「そう良かったわ。そうだ。夜会には来てよ。卒業するには必ず出席しなきゃいけないのよ。だから学園長だって何も言えないはずだから。それに支度は心配ないから」

 そう言った自分は手伝えないのだが…夜会は明日に迫っているというのに

 「ねえ、いいでしょうヨハン」

 私はベッドの端から手を出してヨハンの服の袖を切っぱる。

 ヨハンは参ったな見たいな顔をして照れ臭そうに頭をかいた。

 「ああ、そうだな。マーリンに聞いてみる。彼女がいいと言えば参加するよ。みんなと最後の思い出になるし…」

 「ええ、すごく楽しみ」

 私はうれしくて痛みを忘れて笑った。

 そして自分でも驚くくらいヨハンとマーリン先生の事を心からお祝いしたいって思っていた。



 その時マーリン先生が帰って来た。

 「バイオレット身体拭くだけでもいいかしら?」

 「はい、助かります」

 「じゃあ、私、お湯を持ってくるから、腕とか脚、拭きましょう」

 もちろんそうしたい。だって試合で汗いっぱいかいたし…助かった。

 「すみませんマーリン先生」

 「いいのよ。じゃあバルガン先生もヨハンも後で少し席を外してちょうだい」

 「ああ「もちろん」」

 ふたりの声はぶっきらぼうなヴィルの不機嫌な声と、竹を割ったような爽快なヨハンの声とが混じり合った。


 私ったらヴィルがいたのをすっかり忘れてたわ。

 出て行く時のヴィルはすっかり拗ねた顔をしていた。

  マーリン先生が思い出したように声を掛ける。

 「そうだわ。ヨハン何か食べるものを買って来てほしいわ。バイオレットは何がいい?」

 「ああ、何でもいいです」

 「あっ、それ。俺が行って来ます。バイオレットの好きなものは知ってるから。少しの間彼女の事お願いします」

 ヴィルはそう言って意気揚々と部屋を出て行った。



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