この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

文字の大きさ
41 / 51

41波紋のように広がる不安

しおりを挟む

  私は警ら隊の人たちと一緒に診療所に急いだ。

 街中にある診療所に運び込まれたヴィルはすぐに手当てを受けた。彼の意識はまだない。

 「バイオレットお前も見てもらえ、脚かなり痛むんだろう?ほら、ここはいいから」

 「でも、ヴィルが…」

 「ヴィルはこれから治療だし大丈夫だ。どうせここにいても出来る事もない…なっ」

 兄にそう言われて私は別の部屋で脚に湿布薬を貼ってもらってしっかり足首を固定してもらった。

 そして処置が終わってすぐにヴィルの所に戻った。

 「えっ?ヴィルは?何があったの?」

 私は治療室に入って驚く。

 「兄さんヴィルは?」

 「ヴィルは残念だが…」

 アルク兄さんはその先を言いよどみ首を力なく振った。

 「うそ!ヴィルいや。死なないでヴィル!」

 私はヴィルの身体を激しく揺さぶる。


 どれくらい経ったのだろう。

 息も出来ずに必死でヴィルにすがって泣きわめいていた。

 「う、ん…うんっ?」

 ヴィルの瞳が開いた。

 えっ?さっきまで腫れあがっていた瞼は何もなかったみたいにいつものヴィルに戻っていて…

 えっ?どういう事???


 とにかく彼は意識を取り戻した。

 「ヴィル!よかった。兄さんヴィルが気が付いたわ」

 「えっ?どういうことだ。確かに心臓が止まって息もしていなかったはずなのに…」

 アルク兄さんがぎょっとした。

 「俺は…?」

 「ヴィル、あなた刺されて死ぬところだったのよ。でも、良かった。意識が戻ってほんとに」

 私はさっきのひどい話など忘れたかのようにヴィルに縋りついた。

 「いや、あの…きみは誰だ?」

 「誰って…私がわからないの?ヴィル?うそでしょ…」

 「いや、まったく知らない人だ。それにここはどこだ?」

 「ここはべズバルドルにある診療所だ。君の名前はわかるか?」

 兄さんは落ち着いてそう言った。こんなこともあるかもというような態度でヴィルに尋ねた。

 「ああ、もちろん。俺はヴィルフリート・バルガンだ。行政府で働いている」

 「ああ、その通りだ。今はいつかわかるか?」

 「ええっと…3月✕日か?」

 「ああ、そうだ。ヴィルはどこにいたか覚えてるか?」

 「待合宿のカペラに行った事は覚えている。マリエッタに金の都合が遅くなると伝えに行ったらマリエッタが怒って男たちに俺が彼女を殴ったって言ったから俺は酷く殴られたはずだが?」


 「ええ、そうよね。そこに私が現れて男たちは私に水晶を飲ませようとしたの。あなたはそれを止めようとして刺されて…」

 ヴィルは私の話の途中にしゃべり始める。

 君の事など知らないとばかりに…

 「いや、君の事は見ていない。マリエッタとバートとあのチンピラだけだった」

 「うそでしょヴィル。私はあなたの婚約者よ?覚えてないの?ヴィル!!」

 私はベッドの端に座っていたが彼の言葉を聞いてその場に崩れ落ちた。

 「しっかりしろバイオレット…」

 アルク兄さんが私を起こしてくれる。

 うそ、うそよ。ヴィルが私を知らないなんて…これは何かの間違いよ。

 いや、いやだ。ヴィル。お願いこんなのうそだって言ってよ。

 それとも本当の事を知られたからお芝居でもしてるの?

 ヴィルお願い、私に本当の事を話してよ。

 やっぱりマリエッタて人が好きなの?

 私を騙してたの?

 いや。こんなの嫌。こんな…こんな嘘をついて私とのことをなかった事にしたいわけ?

 私の指先は自然と髪飾りをしていた辺りに伸びた。

 「えっ?な、ないわ。髪飾りが…あれはヴィルのくれた大切な髪飾りなの。兄さんどこかで見なかった?…大変。探さなくちゃ…髪飾りが…大切なわたしの…」

 私はパニックになって部屋を飛び出そうとした。

 「バイオレット、どこに行く?」

 「さっきの待合宿に決まってるわ。髪飾りがないの…あれは…」

 私は完全に理性を失っていて…



 そこにゴールドヘイムダルの大隊長のレオン・ヘンドリックが騎士を数人連れて現れた。

 「ヴィルフリート俺達と一緒に来てくれ」

 「なんです?レオンさん一体どうしたんです?」

 ヴィルはレオンの事も覚えている。なのにどうして私の事は覚えていないって言うのよ。

 私はヴィルに向かって言った。

 「ねぇヴィル。私。バイオレットよ。覚えてるでしょう?」

 レオンさんが私を止めに入る。

 「バイオレット。ヴィルを連れて行く」

 「なに?どういうことなの?教えてよ」

 「それは無理なんだ。ヴィルを連れて行くしかない」

 「連れて行くってどこに?」

 「神殿だ。大司教のガイル・ホワティエのところだ」


 この国の神殿はべズバルドルの街はずれにある山の上にある。その山はアステール山と言い神が最初に舞い降りた場所とされていて、山の頂上はまるで剣で切り取ったみたいにまっ平になっていてそこに神殿が立っているのだ。

 ちなみにオーディン神教はティルキア国が支配していた国々にも広まりティルキア国から独立した国々も今でもオーディン神教を信仰していてあちこちに聖堂がある。

 ホワティエ大司教はその中でも一番位の高い司教なのだった。


 「どうして?」

 「詳しい事は言えない、とにかく急ぐから」

 「兄さん!なんとか言ってよ!そんな事で納得するとでも?」

 私はそばにいたアルク兄さんにつかみかかる。

 「いいからバイオレットそこをどくんだ!これは大司教の決めた事なんだぞ。誰も逆らうことは出来ない!」

 兄は事情を飲み込んだのか癇癪を起こしたみたいに声を荒げた。

 こんな顔の兄は初めて見た。


 レオンがヴィルの腕を掴んで立たせた。

 あれ?ヴィルは立ち上がれないほどの怪我をしていたはず…なのに?

 あれ?ヴィル怪我治ってない?

 うそよ。さっきまで腫れていた顔は嘘みたい引いていたし、ひこずっていた足もしっかり床についている。

 それに刺された傷は?

 どうなってるの?何かおかしいわ。


 そのままヴィルはレオンたちに連れて行かれた。

 もう、取り残された私は一体どうすればいいの!?




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...