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42落ちた先に見えたもの
しおりを挟むヴィルは行ってしまった。
残されたわたしに出来ることは自分で考えることだけ。
おのずと答えははじき出された。
やっぱり私、騙されてたんだ。脳内に浮かぶのはそれしかなかった。
だってそう考えるしかないじゃない。
「バイオレット大丈夫か?」
アルク兄さんがポンと肩を叩いた。
「大丈夫?なわけないわよ兄さん。でも…はぁ…もう結果は見たでしょう?マリエッタを助けるためにヴィルはお金を騙し取るつもりで私たちに近づいたのよ。だからモービン兄さんに婚約の話をして学園にやって来たんだわ。私ったら最初っからおかしいって思ったのよ。なのに…まんまと騙されて…ばかみたい」
泣くもんか。あんな奴の為になんか。
私は必死で唇を噛む。
兄さんが今度は身体ごと抱きしめてくれた。
「バイオレット、お前が悪いんじゃない。そんな汚い手で騙す奴が悪いんだ。いいからヴィルの事なんかもう忘れろ。あんな奴どこかに行ってちょうど良かった。さあ、今日は俺のところに来い。明日はべズセクトに帰ってゆっくりすればいい。さあ元気を出せ」
そう言って兄は私を元気づけるようにさっと私を抱きかかえる。
「もう、兄さんったら、下ろしてよ。みんなが見てるじゃない。私はもう子供じゃないのよ。下ろしてよ」
「何言ってる。脚、痛むんだろう?無理するな。今日は一緒に飯でも食べて、おっ、そうだ。バイオレット卒業式だったな。年も18歳か。酒も飲めるしワインでも買って帰って今日は卒業祝いだ。なぁ!」
「もう、兄さんったら調子よすぎよ」
でも、そんな兄のおかげで一人で悲しまなくていい。
私はきっとこのショックをひとりでは受け止めれない。
その夜はエドガー兄さんも呼んで3人で一緒に夕食を食べてワインを飲んで私は酔っぱらった。
「ヴィルの馬鹿野郎!二度と私の前に姿を見せるな!お前なんかこっちから願い下げだぁ!」などと散々悪態をつき酔いつぶれた。
翌日は午後になって頭痛のするままアルク兄さんのところに向かった。
兄さんは仕事に行ったのできっと何かわかったに違いないと思ってヴィルの事を聞くために尋ねた。
「兄さんあれからヴィルの事わかったんでしょう?教えてくれるまでここから離れないから!」
「まったくお前という奴は…」
兄は私を部屋から連れ出すと階段の所まで連れて行く。
「いいか、絶対人に漏らすなよ。ヴィルは司祭の所で極秘の特別任務に就くことになったらしい。どうやらヴィルは神に選ばれたらしい」
「神に選ばれたって…」
「やっぱりヴィルはあの時死んだんだ。ヴィルが死んだとき大司祭に神のお告げがあったらしい。詳しい事は分からないが、とにかくヴィルは死んだ。生まれ変わったヴィルはバイオレットの事を覚えていないそうだ」
「でも…どうして私だけ?」
「そんな事わかるわけがないだろう。とにかくレオンからそう連絡を受けた。こっちも忙しいんだ。わかったらお前はもうヴィルの事は諦めろ、いいな?」
「でも……」
わかるわけないじゃない。大司祭の神のお告げなんて…私の記憶まで奪わなくてもいいのに…そんな事をもごもご口ごもる。
私は兄に言われてあることを思い出す。
そう言えば…ホワティエ公爵家一族にはティルキア国が始まったころにあったという不思議な魔力があると言われていた。
昔はそんな力のあった人々が王家や貴族にもたくさんいたらしいが、そんな力も千年の間にだんだん持つものがいなくなり今この国にはそんな力を持つものはもういないのではと言われている。
私だってそんな人間は見たことはない。
他の国にはまだ魔力を持つ人がいるらしいとは聞いた事がある。
それはティルキア国が大陸を支配して色々な国に移住して行ったからだとも言われているのだけれど。
ただ、ひとりだけ。ホワティエ一族の大司祭ガイル・ホワティエは…まあ、それさえも怪しいと言われているが。
詳しい事はきっとほとんどの人が知らないだろう。
あっ!そう言えばヴィルもホワティエの血筋を引いていた。
もしかしてヴィルに何かの力があったという事?
ううん、まさか…ヴィルにそんな力?ないない。
でも、ヴィルが選ばれたのが偶然じゃないって事?
それにヴィルは確かに一度死んで…生き返った。
なのに…もう、私の事は何も覚えてないの?
どうしても納得のいかない私はまだ兄に食い下がった。
「どうして私を忘れたの?教えてよ兄さん?」
私はそんなはずはないとさらにしつこく聞いた。
「あのなバイオレット。とにかくヴィルはお前の知ってるヴィルじゃない。ヴィルは死んだ。お前だって見ただろう?」
「でも…」
「諦めろ。ヴィルはもう別人なんだ。きっと国の為に働く事になって個人的な感情は邪魔になると判断されてお前の記憶は消されたんだろう。なっ、もう諦めるしかない。いいなバイオレット」
アルク兄さんが大きくため息を吐くが私だって引き下がるわけにはいかないじゃない。
「だから結婚も諦めろって事?でも、そんな権利があるの?そんなのひどいわ」
「これ以上は何を言っても変わらない。もう諦めろ!」
「……」
砂を噛むような、
空を掴んでもつかめないのと同じような。
足元がぐらぐら崩れ落ちて行くような。
「あっそうだ。バイオレット。ヴィルの事だが、マリエッタはヴィルの情報屋だったらしい。カペラは水晶の売人が使っている宿でヴィルは情報を得るためにマリエッタを使っていたんだ。マリエッタは勝手にヴィルに入れあげていたらしいが、ヴィルがどういうつもりでマリエッタに言ったのかはわからないが、金を工面してやるって言ってたらしい。まあ、マリエッタが言ってるだけだから本当かどうかもわからんが…」
「じゃあ、ヴィルはやっぱり私を利用するつもりで?」
「それは…まあ、今となってはもう確かめようがない。何しろ記憶がないんだ。バイオレットの事は覚えてないんだからな。もうヴィルの事は忘れろ」
兄は私を庇っているのかそれ以上は何も言わなかった。やっぱり私はヴィルに利用されたんだ。
でも、どうして私の事だけ?
「それって…もう、最悪じゃない」
そして私は悶々とした気持ちを抱えたまま馬車に乗ってべズセクトに向かった。
それから2週間べズセクトで過ごした。
脚はすぐに良くなった。
それからは怒りをぶつけるように薪を割ったり、すべてを忘れようと森を馬で駆け、兄たちと無茶苦茶剣の練習をしたりした。
そしてゴールドヘイムダルの事務官として働き始めた。
ヴィルの事はひたすら忘れようとしていた。
あんな恩知らずの男なんかこっちから願い下げだし、男のくせにお金目的で女に近づくなんてほんと!小心者のくず野郎だもの。
ずっとそうやってヴィルを憎むことで彼への感情をどうにかしようとした。
でも、本当は彼が恋しくて仕方がない。
彼を愛している。この想いはきっと永遠に変わらないだろう。
私は仕事を始めてからもずっと苦しんでいた。
ずっとヴィルを忘れられずにいた。
あんな奴!なのに。
そんな時妊娠がわかった。
ヴィルは…私に彼の証を刻みつけていたなんて…なんて皮肉な奴なんだろう。
ヴィルの子供を…
あんなに憎もうとした男の子供を授かった。
でも、私はそれがすごくうれしかった。
うれしくてうれしくてたまらなかったのだ。
ああ…ヴィルフリート。あなたが愛しくてたまらない。
騙されたとしても私はあなたの事が忘れられないの。
あなたは死んだって事になったけど新しい命が私の中に宿ったのよ。
ねぇヴィル。
だから…だからこの子を産むから。
産んで立派に育てるから…
私は暗闇でやっと一筋の光を見つけたと感じた。
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