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46あの…覚えていないんですか?と引くが
しおりを挟むここは診療所の療養施設。怪我や病気で入院している人の建物だ。
「こんにちは」
私はエリオットと一緒に廊下ですれ違ったここの看護師さんに挨拶をする。
「あら、バイオレット。それにエリオット君も。そうだ。彼、気が付いたのよ。早く行ってあげて、きっとお待ちかねよ」
看護師さんはそう言ってくれた。
「いえ、そんなんじゃないんです」
「あら、毎日心配そうな顔でお見舞いに来てたのは誰かしら?」
「もう、違いますってば…」
私は看護師さんにからかわれて赤くなる。それでもヴィルが気が付いたと聞いて病室に向かう足は急ぎ足になる。
持って来た籠をぎゅっと握りしめると笑みがこぼれる。
反対の手には手をつないだエリオットが一生懸命ついて来る。
だってヴィルはあれから3日間も意識が戻らなくて一時は本当に危険でどれほど心配したか知れないんだから…
私をかばってあんな事するなんて…
目が覚めたらもうあんな無茶は二度としないでって言っておかないと…
私はもう怒ってなんかなかった。もちろんヴィルの事を許すつもり。
でも、彼の記憶が戻っているかはまだわからなかった。
私は扉をノックする。
「…は、い…」
緊張したような乾いた返事が返って来る。
私はそっと扉を開けて病室を覗く。
彼はベッドに横になったままでこちらをみた。
目が合うとさっと目をそらされた。
病室には彼が着ていた隊服は診療所の人に洗濯されて壁にかかっていた。
彼のベッドのサイドテーブルには隊服のポケットに入っていた短剣や私がなくしたあの蝶の髪飾りが置いてあった。
何度かこの病室を訪れたがそれを見たのは初めてだった。
私の目は彼が持っていた髪飾りに行く。
そわそわしたようなヴィルの態度に私はさらに期待してまう。
もしかしたら記憶を取り戻したのかもしれないと。
私はヴィルが刺された時愛してるって言ってしまったし、ヴィルが思い出していれば話はスムースにいくはずだと思う。
だってそうじゃない。あなたの気持ちが本気だって今なら信じれるわよ。
だってあなたは私をかばって死にそうになったんだから…
私は平然を装いながらヴィルのそんな仕草なんか気にしないって顔で彼に声を掛けた。
「ヴィルさん?気が付いたのね。良かったわ。心配したのよ」
私はあえてヴィルさんと呼ぶ。
ヴィルはベッドに寝転んだままで「ああ、ごめん」って言ったきり。
それ以上は固まって言葉が出ないみたいで…
「もう、どうしたんです?」
そう言いながらも私は微笑んだ。
「いや、バイオレットがどうしてここにって思って…だって俺、色々しつこく聞いて怒らせたみたいだったし、お見舞いになんか来てもらえないって思ってたから…」
うそ…ヴィルは覚えてないの?
確かにあの時はいらいらして怒ったけど…
一気に気持ちが沈んだ。
私があなたを愛してるって言った事も忘れたわけ?
ううん。それでもあなたは私を助けてくれたんだもの。
「そんな…ヴィルさんあなたは私を助けてくれたんだもの。お見舞いに来るのは当然だわ。あの…何も覚えてないんですか?」
私だって焦る。
少し声が大きくなっていたらしく繋いでいたエリオットの手がぎゅっと握りしめられた。
不安げなエリオットと目が合う。
「エリオット違うの。怒ってるんじゃないのよ。ただ…」
私はエリオットを抱き上げる。
ヴィルは起き上がってベッドボードに背をもたれかけた。傷が痛んだのか少し顔を歪める。
髪は後ろで束ねていて頭の上が赤い色のヴィルに少し違和感を感じてもう昔の彼じゃないのかもって思う。
よそよそしい態度に期待していた自分がおかしくなる。
やっぱり覚えてないんだ。
浮いた気持は泡のように消えていく。それでも彼は私を助けてくれた。そう思えばいくらでも優しくもなれるはず。
「もう、寝てなきゃ…あなたはずっと意識がなかったのよ」
私は何とか明るく振る舞おうと声を弾ませてみる。
「いいんだ。それより話がある」
「話って?でも手短にね。あなたはまだ休んでなきゃ…あっ、それとも何か食べる?」
私は微笑んで持って来た籠を見せる。
「今はいい。あの…バイオレットはあそこにある髪飾りが誰のものか知らないか?」
ヴィルがサイドテーブルに置かれた髪飾りに目をやる。
「いつから持っていたのか…多分3年前に何かがあってか、それにもし俺が女に贈ったとしたらどうして俺が持っているんだろうって、ひょっとしてその女に突き返されて仕方なく持ってたのかとも思う。なぜか手放せなくていつもポケットにでも押し込んで持っていた。なぁ、バイオレット。どうしても思い出せないんだ。あの髪飾りの事、何か知らないか?」
あの時カペラで亡くしたあの髪飾り。ずっと失くしてしまったと思っていた。
それなのに…ヴィルが持ってたなんて、それも私の事は忘れてしまっていて。
なのに…髪飾りはずっと持ってたんだ。
どうしよう。本当のことを言うべき?
胸の奥に秘めて来た彼への気持ちが抑えきれなくなりそうで恐い。
その時エリオットがぐずり始めた。
「ママ、のみゅ、あれ。ほちいよ」
私はすぐに察しが付く。
今日はヴィルが意識が戻ったと聞いてラムサンドとオレンジ果汁を持って来たのだ。
「もう、ごめんなさい。この子ったら籠に入ってるこれが欲しいみたい」
私は籠からオレンジ果汁を取り出す。
私はほっとしたのかがっくり来たのかわからないままエリオットを椅子に座らせる。
「エリオットここに座ってね」
ベッドの近くにある椅子にエリオットを座らせると籠に入った果汁をカップに入れてエリオットに渡す。
エリオットは嬉しそうにそのカップを両手で受け取るとすぐに飲み始めた。
「いちぃー」エリオットが美味しいと声を上げた。
「可愛いな。エリオットって言ったな。今いくつかな?」
ヴィルが目を細めてエリオットに尋ねた。
「にしゃい!」
エリオットが片手を上げて人差し指と中指で二の文字を作る。
その途端片手に持ったカップが傾いてそばにいた私のワンピースにこぼれた。
「うわっ、ひどい。もう、大変…エリオットったら…オレンジ染みになるのよ」
「ママ…ごめんしゃい」
エリオットの瞳に涙が盛り上がる。
「いいのよ。怒ってるんじゃないの。ただ、ママは驚いたの。ちょっとこれ洗ってくるから…ヴィルさん少しの間エリオットをお願いしてもいい?」
「ああ、エリオットは俺が見てるから」
そう言ったヴィルの顔は何か考えているみたいだったが、私はそれよりワンピースの方が気になって急いで病室を出た。
診療所の手洗い場でワンピースにかかったオレンジ果汁を何度も洗い流す。おかげでワンピースのスカート部分が片方濡れたが仕方がない。
外は温かいし日差しもある。すぐに乾くだろう。
私はエリオットを頼んでいたことを思い出すと急いでヴィルの病室に戻った。
「すみません。おかげで助かりました。エリオットいい子にしてた?」
ヴィルはベッドに座ったままでエリオットは機嫌良さそうに椅子に腰かけたままだった。
私はほっとする。
「あの…バイオレット少し話があるんだが…」
ヴィルの声が強張っている。何か緊張したような雰囲気も漂っていて。
「ええ、何かしら」
私は何でもないふうを装う。
ヴィルはベッドから起き上がると私を真っ直ぐに見つめた。
「バイオレット確か3年前さっきと同じようなことがなかったか?君は濃い青色のドレスを着ていて…そうだ。ペンダル学園の夜会だった。俺が君のドレスにワインをこぼして急いで君の部屋に戻って…」
そこまで言うとヴィルは息を止めた。
そこからは言葉にならなかった。
一気に記憶が戻ったのかヴィルは驚愕に目を大きく見開いて私をじっと見つめた。
ヴィル?もしかして…もしかして私の事を思い出したの?
私は思わずごくりとつばを飲み込んだ。
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