この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

文字の大きさ
48 / 51

46あの…覚えていないんですか?と引くが


  ここは診療所の療養施設。怪我や病気で入院している人の建物だ。

 「こんにちは」

 私はエリオットと一緒に廊下ですれ違ったここの看護師さんに挨拶をする。

 「あら、バイオレット。それにエリオット君も。そうだ。彼、気が付いたのよ。早く行ってあげて、きっとお待ちかねよ」

 看護師さんはそう言ってくれた。

 「いえ、そんなんじゃないんです」

 「あら、毎日心配そうな顔でお見舞いに来てたのは誰かしら?」

 「もう、違いますってば…」

 私は看護師さんにからかわれて赤くなる。それでもヴィルが気が付いたと聞いて病室に向かう足は急ぎ足になる。

 持って来た籠をぎゅっと握りしめると笑みがこぼれる。

 反対の手には手をつないだエリオットが一生懸命ついて来る。


 だってヴィルはあれから3日間も意識が戻らなくて一時は本当に危険でどれほど心配したか知れないんだから…

 私をかばってあんな事するなんて…

 目が覚めたらもうあんな無茶は二度としないでって言っておかないと…

 私はもう怒ってなんかなかった。もちろんヴィルの事を許すつもり。

 でも、彼の記憶が戻っているかはまだわからなかった。


 私は扉をノックする。

 「…は、い…」

 緊張したような乾いた返事が返って来る。

 私はそっと扉を開けて病室を覗く。

 彼はベッドに横になったままでこちらをみた。

 目が合うとさっと目をそらされた。


 病室には彼が着ていた隊服は診療所の人に洗濯されて壁にかかっていた。

 彼のベッドのサイドテーブルには隊服のポケットに入っていた短剣や私がなくしたあの蝶の髪飾りが置いてあった。

 何度かこの病室を訪れたがそれを見たのは初めてだった。

 私の目は彼が持っていた髪飾りに行く。

 そわそわしたようなヴィルの態度に私はさらに期待してまう。

 もしかしたら記憶を取り戻したのかもしれないと。

 私はヴィルが刺された時愛してるって言ってしまったし、ヴィルが思い出していれば話はスムースにいくはずだと思う。

 だってそうじゃない。あなたの気持ちが本気だって今なら信じれるわよ。

 だってあなたは私をかばって死にそうになったんだから…


 私は平然を装いながらヴィルのそんな仕草なんか気にしないって顔で彼に声を掛けた。

 「ヴィルさん?気が付いたのね。良かったわ。心配したのよ」

 私はあえてヴィルさんと呼ぶ。

 ヴィルはベッドに寝転んだままで「ああ、ごめん」って言ったきり。

 それ以上は固まって言葉が出ないみたいで…

 「もう、どうしたんです?」

 そう言いながらも私は微笑んだ。


 「いや、バイオレットがどうしてここにって思って…だって俺、色々しつこく聞いて怒らせたみたいだったし、お見舞いになんか来てもらえないって思ってたから…」

 うそ…ヴィルは覚えてないの?

 確かにあの時はいらいらして怒ったけど…

 一気に気持ちが沈んだ。

 私があなたを愛してるって言った事も忘れたわけ?

 ううん。それでもあなたは私を助けてくれたんだもの。

 「そんな…ヴィルさんあなたは私を助けてくれたんだもの。お見舞いに来るのは当然だわ。あの…何も覚えてないんですか?」

 私だって焦る。

 少し声が大きくなっていたらしく繋いでいたエリオットの手がぎゅっと握りしめられた。

 不安げなエリオットと目が合う。

 「エリオット違うの。怒ってるんじゃないのよ。ただ…」

 私はエリオットを抱き上げる。


 ヴィルは起き上がってベッドボードに背をもたれかけた。傷が痛んだのか少し顔を歪める。

 髪は後ろで束ねていて頭の上が赤い色のヴィルに少し違和感を感じてもう昔の彼じゃないのかもって思う。

 よそよそしい態度に期待していた自分がおかしくなる。

 やっぱり覚えてないんだ。

 浮いた気持は泡のように消えていく。それでも彼は私を助けてくれた。そう思えばいくらでも優しくもなれるはず。

 「もう、寝てなきゃ…あなたはずっと意識がなかったのよ」

 私は何とか明るく振る舞おうと声を弾ませてみる。


 「いいんだ。それより話がある」

 「話って?でも手短にね。あなたはまだ休んでなきゃ…あっ、それとも何か食べる?」

 私は微笑んで持って来た籠を見せる。


 「今はいい。あの…バイオレットはあそこにある髪飾りが誰のものか知らないか?」

 ヴィルがサイドテーブルに置かれた髪飾りに目をやる。

 「いつから持っていたのか…多分3年前に何かがあってか、それにもし俺が女に贈ったとしたらどうして俺が持っているんだろうって、ひょっとしてその女に突き返されて仕方なく持ってたのかとも思う。なぜか手放せなくていつもポケットにでも押し込んで持っていた。なぁ、バイオレット。どうしても思い出せないんだ。あの髪飾りの事、何か知らないか?」

 あの時カペラで亡くしたあの髪飾り。ずっと失くしてしまったと思っていた。

 それなのに…ヴィルが持ってたなんて、それも私の事は忘れてしまっていて。

 なのに…髪飾りはずっと持ってたんだ。

 どうしよう。本当のことを言うべき?

 胸の奥に秘めて来た彼への気持ちが抑えきれなくなりそうで恐い。


 その時エリオットがぐずり始めた。

 「ママ、のみゅ、あれ。ほちいよ」

 私はすぐに察しが付く。

 今日はヴィルが意識が戻ったと聞いてラムサンドとオレンジ果汁を持って来たのだ。

 「もう、ごめんなさい。この子ったら籠に入ってるこれが欲しいみたい」

 私は籠からオレンジ果汁を取り出す。

 私はほっとしたのかがっくり来たのかわからないままエリオットを椅子に座らせる。

 「エリオットここに座ってね」

 ベッドの近くにある椅子にエリオットを座らせると籠に入った果汁をカップに入れてエリオットに渡す。

 エリオットは嬉しそうにそのカップを両手で受け取るとすぐに飲み始めた。

 「いちぃー」エリオットが美味しいと声を上げた。

 「可愛いな。エリオットって言ったな。今いくつかな?」

 ヴィルが目を細めてエリオットに尋ねた。

 「にしゃい!」

 エリオットが片手を上げて人差し指と中指で二の文字を作る。

 その途端片手に持ったカップが傾いてそばにいた私のワンピースにこぼれた。

 「うわっ、ひどい。もう、大変…エリオットったら…オレンジ染みになるのよ」

 「ママ…ごめんしゃい」

 エリオットの瞳に涙が盛り上がる。

 「いいのよ。怒ってるんじゃないの。ただ、ママは驚いたの。ちょっとこれ洗ってくるから…ヴィルさん少しの間エリオットをお願いしてもいい?」

 「ああ、エリオットは俺が見てるから」

 そう言ったヴィルの顔は何か考えているみたいだったが、私はそれよりワンピースの方が気になって急いで病室を出た。


 診療所の手洗い場でワンピースにかかったオレンジ果汁を何度も洗い流す。おかげでワンピースのスカート部分が片方濡れたが仕方がない。

 外は温かいし日差しもある。すぐに乾くだろう。

 私はエリオットを頼んでいたことを思い出すと急いでヴィルの病室に戻った。


 「すみません。おかげで助かりました。エリオットいい子にしてた?」

 ヴィルはベッドに座ったままでエリオットは機嫌良さそうに椅子に腰かけたままだった。

 私はほっとする。

 「あの…バイオレット少し話があるんだが…」

 ヴィルの声が強張っている。何か緊張したような雰囲気も漂っていて。

 「ええ、何かしら」

 私は何でもないふうを装う。

 ヴィルはベッドから起き上がると私を真っ直ぐに見つめた。

 「バイオレット確か3年前さっきと同じようなことがなかったか?君は濃い青色のドレスを着ていて…そうだ。ペンダル学園の夜会だった。俺が君のドレスにワインをこぼして急いで君の部屋に戻って…」

 そこまで言うとヴィルは息を止めた。

 そこからは言葉にならなかった。

 一気に記憶が戻ったのかヴィルは驚愕に目を大きく見開いて私をじっと見つめた。



 ヴィル?もしかして…もしかして私の事を思い出したの?

 私は思わずごくりとつばを飲み込んだ。

 



感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。