そして、私は遡る。戻れないタイムリーパーの秘密

藍染惣右介兵衛

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第四章【時空の漂流者】

第二幕『そして、女は遡る』

 ――――ゴトンッ――ガタンッ――ガタタンッ――――

 女の一日はこの不快な終電の足音で終わる。

「この喧騒とも今夜でお別れかい。離れるとなると寂しいものがあるねぇ」

寝床に入ろうとした時に昼間のことを思い出していた。

「――間違えた!……。あのボウヤに教えた手順、あれだけじゃタイムトリップは不可能だよ!」

よくよく考えて、思い返してみると順序の間に入るはずの重要なプロセスが一つ抜けている。

「……うん、よし、これが正しい順序だ。ま、明日見かけたら渡してやるかね」

新しく正しい手順を書き直したものの、人の往来が多い町である。明日町を出るまでにボウヤが路地を通らないかもしれない。






 「若いというのは希望だねぇ。未来への希望に満ちて、エネルギーに溢れている……。そんな時代がもう半世紀も前になるのかい」

女は寝床に入り、成人したばかりの自分の姿を想像して懐古心に浸っていた。


 
 「二十歳の小娘だった頃に戻りたいもんだよ……」

先程書き上げたタイムトリップの手順が頭の中をよぎる。

『過去へ戻れても、自分の意識と同調しちゃいけないよ。同調すると夢の中から戻った過去が現実に逆転してしまうかもしれない。絶対やめときな』

昼間ボウヤに注意したばかりじゃないか。タイムトリップの成功は片道切符なのさ、ループ地獄のね。



 女は寝息をたてはじめ、夢の中へと入って行った。


 ――二度と覚めぬ、夢の中へ――








 視界は薄い赤のフィルムを通したような色彩、場所は雑居ビルの中だ。

「何度か来ているけれど、この色合いは好きになれないねぇ」

夢うつつのまま音無しの世界に入り込んでしまったらしい。



 「さあて、番人に見つかるまで散策するかね……」

階下へ降り、見慣れた路地をしばらく歩いていく。人通りもない、街燈も灯っていない、似ているようで現実世界とは異なった場所だ。



 路地を過ぎて商店街へ出ると、洋服店のショーウィンドウが見える。

「こんな洋服に帽子、スカートが似合った時代もあったんだねぇ」

色は赤みを帯びているため、正しい色彩は解らないが若々しいデザインの洋服が飾られている。








 女は無意識に願ってしまった。ショーウィンドウの洋服が似合っていた二十歳の頃に戻りたいと。

すると、たちまちショーウィンドウの洋服は消え去り、若々しい日の女自身を映し出した。

「ああ……、二十歳の私がいるよ。懐かしいもんだ……」

そこに映し出された若い女は、大きな鏡の前で真新しい洋服の試着をしている。

 「あれは初めて自分で作ったワンピースだねぇ」

手を伸ばせば届きそうな気がしていた。このショーウィンドウに飛び込めば、あの若かりし頃に戻れるのではないかという淡い期待。この瞬間、禁忌を完全に忘れていた。







 「――おや?」

過去の自分を見物するのに必死で気付かなかったが、ショーウィンドウに小さな黒いヒビが入っている。

女はそこを叩いてみた。もっと若い頃の自分を見ていたいからだ。
すると、ショーウィンドウは音もなく砕け散った。













 ――只今、入りました。臨時ニュースです。
 ――物理学者の……教授が…………初の……ノーベル……

 「……あれぇ? お母さん、今呼んだぁ!?」

女は姿見の前で縫い終わったワンピースをチェックしている。

「呼んでないわよー!ラジオの音でしょ!お裁縫終わったらご飯手伝ってちょうだい!」

炊事場から母の声が聞こえる。




 「どうかなぁ? このワンピース」

「自分で縫ったのかい? アンタもいつ嫁に行っても大丈夫だね!」

「えぇー!? 嫁になんか行かないよぉ。都会へ出て、占い師するんだから!」

「またそんなこと言って、お父さんの前でそんな馬鹿なこと言わないでよ」
グツグツと煮物の香り立つ炊事場で、母と娘の会話がしばらく続いた。

 

 


 父と母と娘の3人での食事、これまでの日常の風景だ。

「――それで、いつ発つんだ?」

父は心配そうな表情で娘に問いかける。

「うん、明日かなぁ。住むとこも決めたし、一旦都市部へ出て、仕事探してみるよ」

「そうか……。まあこんな田舎じゃ野良仕事か商店街手伝うしかないからな……」

「仕事見つかったら連絡しなさいよ。それと、見つからなかったら帰ってきなよ!」

見つからなかったら帰ってお見合いでもしろと言うのだろうか?

「大丈夫、大丈夫だから!お父さんもお母さんも心配し過ぎ!」







 部屋に戻った女は大きなカバンに荷物を詰め込んでいく。

「細々したものは現地調達すればいいかなぁ……?」

「占いの専門書は必須ね、あと研究ノートも」

分厚い易経の専門書、自分で作り上げた占いの研究ノートをカバンにしまい込んだ。



 その晩、女は夢を見た。誰かを占っている夢を見ていた。

『言っておくけど、タイムトリップができるようになっても一銭の得にもなりゃしないよ』

目の前には若い男が座っている。どこかで見たことがあるような顔だ。



 「――タイム……トリップ……?」

目を覚ました女は戸惑った。タイムトリップという言葉に聞き覚えがない。
それに、夢の中にいた若い男にも会ったことがないはずだ。








 汽車に乗ってからも、女は夢の内容が頭にこびり付いて離れなかった。
体中から妙な違和感が湧きあがってくる。それが希望なのか、絶望なのか解らなかった。

「大丈夫、絶対うまくいく……ごめんね。お父さん、お母さん」



 女は生まれつき、目が良かった。
千里眼と言えば聞こえがいい方だが、それとは違う異質なものだ。
見た者の過去と未来の姿が見えてしまう。

 知人、友人、両親……そして、自分。
この世界から消えてしまう年齢が解ってしまう。


「七十年かぁ、あと五十年も生きられるならいいよねぇ。あたしが生まれた頃は人間五十年って言われてたぐらいなんだから……」

手鏡で未来の姿を見て、自分の死期を確信している。









 ――――汽車は女を都会へと運んで行く……。
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