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第四章【時空の漂流者】
第三幕『螺旋の終わりに』
「今夜さあ、うちの店に歌って踊れる漫才トリオ『まったり』のリーダー来るんだって!」
都会の夜、とあるキャバレーの控室で女の同僚が目を輝かせている。
「――えっとぉ、それ誰だっけ……?」
田舎を出て六年、はじめの三年間は占い師として生計を立てられた。
当初は物珍しさから日に何人かの客が来たが、二年目、三年目と月日が経つにつれ閑古鳥が鳴く状態となっていた。
それでも昼間は客を待つ占い師、夜はキャバレーで接客をしている。
「……いっそのこと、他の街へ移ろうかなぁ……」
都会の喧騒や周囲の人間が織り成す欲望の愛憎劇を耳にする度に嫌気がさしていた。
「ルミナ……変な名前だねぇ。キザで女ったらしに違いない!」
女は帰路につきながら、店で配られたイベント告知ポスターを見て思わず吐き捨てた。
高架下の路地に建つ新築の雑居ビル、そのビルの二階で女は占い屋をしていた。
賃料は安いと言えないが、居住区も完備されて暮らしに不便はない。
「今日も眠れない……薬あったかなぁ……あとお酒お酒」
朝方から昼前までが睡眠時間だ。女は眠れない日、処方された睡眠薬を飲む。
午前十一時、起床して占い部屋の清掃を始める。
ここ何ヶ月も客は来ない、来ないが部屋の清掃だけは欠かさない。
「あー、研究ノートどこにやったっけ……? ま、いいかぁ」
女は少しずつ忘れていた、今まで培ってきた占いの技術を。自分でも気付かないうちに……。
薬とアルコールが女の体と精神をじわじわと蝕んでいた。
昼間から浴びるように酒を飲んだ女は酩酊状態で占い部屋にどっかり鎮座している。
窓際に机を置いているため、人の往来や客の出入りが見やすい。
「あ、客が来る……」
綺麗な背広を来た長身の若い男が階下の看板を見ている。
「こんにちは。占い館はここかな?」
「いらっしゃーぁい……、どのお酒に致しますかぁ?」
女はすっかりでき上がっていた。客の来訪など予想していなかったのだ。
「あんた、キャバレーで働いてる占い師さんだろ? さっき店にも挨拶行ったんだ」
「――どっかで見たことある顔だねぇ? 誰だっけ?」
若い男は帽子を脱ぎ一礼して、
「俺は漫才トリオリーダーのルミナ。今夜、店で単独ショーをやらせてもらうんだ」
店で配られたポスターを思い出していた。そのルミナがなんでうちに?
「……それでぇ……占いが欲しいの? 酒が欲しいの? あたしが欲しいの? どれ?」
唐突に出た言葉だった。
「キャバレーで訊いたんだ。あんたがとびっきりの美人だってね。今晩のショーが終わったら食事に付き合ってくれないか?」
若い男は女の手を取り真剣な眼差しを向けている。
「あちゃー!変な約束しちゃったなぁ……」
夕刻、ようやく酔いが覚めた女はひどく後悔していた。
「やっぱり、名前の通りキザで女ったらしだったねぇ。食事に付き合え? 連れ込み宿で抱かせろって言ってるようなもんじゃないか!安い女なら他探しな!」
クシャクシャと告知ポスターを丸めた後、勢いよくゴミ箱に投げ込んだ。
「でも……でも、ちょっといい男だったかなぁ?」
女はゴミ箱からポスターを拾い上げ、シワを伸ばして元の場所へ戻した。
「男かぁ……。未来の姿さえ視えなけりゃ、すぐに結婚してもいいぐらいなんだけどねぇ」
昼間来たルミナという男の過去や未来の姿を酩酊状態で視れなかったことを後悔していた。
その晩、ルミナの単独ショーは大いに盛り上がり、大成功で幕を閉じた。
客に交じって一緒に酒を飲み、ときに歌い、エンターテイナーとしての実力を遺憾なく発揮していた。
「そろそろ出かけないか? 店長には言ってあるからさ」
仕事中、女はずっと断わり文句を考えていた。あれこれ考えている途中に声を掛けられた。
「――あの時は酔ってたからね。返事してなかったけど、食事だけなら行く。それ以降は……」
「え? 大丈夫。食事に誘ったんだから食事だけだって」
屈託のない笑顔で男は答えた。
時間は0時を過ぎている。この時間に営業をしている飲食店は同業者ぐらいだろう。
若い男と女はキャバレーの近くにあるスナックバーに入った。
「あんた、占い師だろ? 俺の運勢はどうかな?」
女はその男の顔を視た。過去を視て、未来の姿を視ようとしていた。
「ごめんねぇ、今道具持ってきてないし無理なんだぁ」
酒のせいなのか、薬のせいなのか、男の過去も未来も視えなかった。
そこで、女は完全に諦めた。今夜、この男と関係を持つことを……。
「占い師ならさ、こんなのは知ってるかい?」
若い男は背広の内ポケットをゴソゴソと探り出して一枚の紙を取り出した。
「……時逆昇術? なにかの占いなのかなぁ?」
これまで見聞したことのないような言葉が箇条書きになっている。
「これは時間を巻き戻せる術さ。あんた、一度もないのかい? 過去に戻りたいと思ったこと」
「……時間が戻る……痛《つ》っ……」
一瞬だが強烈な頭痛に見舞われる。二十歳以降から続く持病のようなものだ。
「そんなことが可能ならいいんだけどねぇ……」
「とりあえず、ほら。これ手順書いてるから」
そう言うと、男は紙を手渡してきた。
朝方、女は自宅の布団で目が覚めた。手にはルミナという男から受け取った紙が握られている。
「そうかぁ……。泥酔して肩借りて帰って来たんだっけ……?」
時刻は午前七時を回ったところだ。起きる時間には早過ぎる。
「もうちょっと飲んで寝ようかなぁ……」
寝床の傍に置いてあった酒瓶を手に取り、グビグビと飲み始めた。
そして、いつものように睡眠薬を飲む……。
「――これで眠れる。」
ウトウトと微睡み始めた女は気付いた。酒瓶と薬の瓶、昨日と並びは同じだが違和感がある。
「……あれ?……お酒…この薬……いつもの薬じゃな……」
女の意識はそこで途絶えた。
夢を見ていた。階下に置いた占いの看板が汚される夢だった。
『……まったくどこのガキの仕業だい? 人の看板にスプレーペンキでイタズラするのは!』
誰かが怒る声がする。
四角い看板には黒のスプレーが雑に塗られて、店の名前が少し消えていた……。
「占い館ミザリーなのに、これじゃ……だよ……」
――――そして、女は……
――――死んだ――――
都会の夜、とあるキャバレーの控室で女の同僚が目を輝かせている。
「――えっとぉ、それ誰だっけ……?」
田舎を出て六年、はじめの三年間は占い師として生計を立てられた。
当初は物珍しさから日に何人かの客が来たが、二年目、三年目と月日が経つにつれ閑古鳥が鳴く状態となっていた。
それでも昼間は客を待つ占い師、夜はキャバレーで接客をしている。
「……いっそのこと、他の街へ移ろうかなぁ……」
都会の喧騒や周囲の人間が織り成す欲望の愛憎劇を耳にする度に嫌気がさしていた。
「ルミナ……変な名前だねぇ。キザで女ったらしに違いない!」
女は帰路につきながら、店で配られたイベント告知ポスターを見て思わず吐き捨てた。
高架下の路地に建つ新築の雑居ビル、そのビルの二階で女は占い屋をしていた。
賃料は安いと言えないが、居住区も完備されて暮らしに不便はない。
「今日も眠れない……薬あったかなぁ……あとお酒お酒」
朝方から昼前までが睡眠時間だ。女は眠れない日、処方された睡眠薬を飲む。
午前十一時、起床して占い部屋の清掃を始める。
ここ何ヶ月も客は来ない、来ないが部屋の清掃だけは欠かさない。
「あー、研究ノートどこにやったっけ……? ま、いいかぁ」
女は少しずつ忘れていた、今まで培ってきた占いの技術を。自分でも気付かないうちに……。
薬とアルコールが女の体と精神をじわじわと蝕んでいた。
昼間から浴びるように酒を飲んだ女は酩酊状態で占い部屋にどっかり鎮座している。
窓際に机を置いているため、人の往来や客の出入りが見やすい。
「あ、客が来る……」
綺麗な背広を来た長身の若い男が階下の看板を見ている。
「こんにちは。占い館はここかな?」
「いらっしゃーぁい……、どのお酒に致しますかぁ?」
女はすっかりでき上がっていた。客の来訪など予想していなかったのだ。
「あんた、キャバレーで働いてる占い師さんだろ? さっき店にも挨拶行ったんだ」
「――どっかで見たことある顔だねぇ? 誰だっけ?」
若い男は帽子を脱ぎ一礼して、
「俺は漫才トリオリーダーのルミナ。今夜、店で単独ショーをやらせてもらうんだ」
店で配られたポスターを思い出していた。そのルミナがなんでうちに?
「……それでぇ……占いが欲しいの? 酒が欲しいの? あたしが欲しいの? どれ?」
唐突に出た言葉だった。
「キャバレーで訊いたんだ。あんたがとびっきりの美人だってね。今晩のショーが終わったら食事に付き合ってくれないか?」
若い男は女の手を取り真剣な眼差しを向けている。
「あちゃー!変な約束しちゃったなぁ……」
夕刻、ようやく酔いが覚めた女はひどく後悔していた。
「やっぱり、名前の通りキザで女ったらしだったねぇ。食事に付き合え? 連れ込み宿で抱かせろって言ってるようなもんじゃないか!安い女なら他探しな!」
クシャクシャと告知ポスターを丸めた後、勢いよくゴミ箱に投げ込んだ。
「でも……でも、ちょっといい男だったかなぁ?」
女はゴミ箱からポスターを拾い上げ、シワを伸ばして元の場所へ戻した。
「男かぁ……。未来の姿さえ視えなけりゃ、すぐに結婚してもいいぐらいなんだけどねぇ」
昼間来たルミナという男の過去や未来の姿を酩酊状態で視れなかったことを後悔していた。
その晩、ルミナの単独ショーは大いに盛り上がり、大成功で幕を閉じた。
客に交じって一緒に酒を飲み、ときに歌い、エンターテイナーとしての実力を遺憾なく発揮していた。
「そろそろ出かけないか? 店長には言ってあるからさ」
仕事中、女はずっと断わり文句を考えていた。あれこれ考えている途中に声を掛けられた。
「――あの時は酔ってたからね。返事してなかったけど、食事だけなら行く。それ以降は……」
「え? 大丈夫。食事に誘ったんだから食事だけだって」
屈託のない笑顔で男は答えた。
時間は0時を過ぎている。この時間に営業をしている飲食店は同業者ぐらいだろう。
若い男と女はキャバレーの近くにあるスナックバーに入った。
「あんた、占い師だろ? 俺の運勢はどうかな?」
女はその男の顔を視た。過去を視て、未来の姿を視ようとしていた。
「ごめんねぇ、今道具持ってきてないし無理なんだぁ」
酒のせいなのか、薬のせいなのか、男の過去も未来も視えなかった。
そこで、女は完全に諦めた。今夜、この男と関係を持つことを……。
「占い師ならさ、こんなのは知ってるかい?」
若い男は背広の内ポケットをゴソゴソと探り出して一枚の紙を取り出した。
「……時逆昇術? なにかの占いなのかなぁ?」
これまで見聞したことのないような言葉が箇条書きになっている。
「これは時間を巻き戻せる術さ。あんた、一度もないのかい? 過去に戻りたいと思ったこと」
「……時間が戻る……痛《つ》っ……」
一瞬だが強烈な頭痛に見舞われる。二十歳以降から続く持病のようなものだ。
「そんなことが可能ならいいんだけどねぇ……」
「とりあえず、ほら。これ手順書いてるから」
そう言うと、男は紙を手渡してきた。
朝方、女は自宅の布団で目が覚めた。手にはルミナという男から受け取った紙が握られている。
「そうかぁ……。泥酔して肩借りて帰って来たんだっけ……?」
時刻は午前七時を回ったところだ。起きる時間には早過ぎる。
「もうちょっと飲んで寝ようかなぁ……」
寝床の傍に置いてあった酒瓶を手に取り、グビグビと飲み始めた。
そして、いつものように睡眠薬を飲む……。
「――これで眠れる。」
ウトウトと微睡み始めた女は気付いた。酒瓶と薬の瓶、昨日と並びは同じだが違和感がある。
「……あれ?……お酒…この薬……いつもの薬じゃな……」
女の意識はそこで途絶えた。
夢を見ていた。階下に置いた占いの看板が汚される夢だった。
『……まったくどこのガキの仕業だい? 人の看板にスプレーペンキでイタズラするのは!』
誰かが怒る声がする。
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