そして、私は遡る。戻れないタイムリーパーの秘密

藍染惣右介兵衛

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第九章【そして、私は遡る】

最終幕『世界と胡蝶の夢』

 村さんが消え去った後、部屋の入り口で立ちすくむサリーさん。

こちらに背を向けて肩を震わせている……


 「玉成《ミツ》……村さんの労働年数の超過はお前の誤りだ。随分とアバウトなやり方じゃないか? それなら、お前次第でサリーさんの年数も短縮できるんじゃないのか?」

村さんを解放した後、モニターに向かっている玉成《ミツ》に尋ねた。

「村山さんは俺がワザと延長した。ここでの仕事に長けていたからな、それだけのことだ。延長は可能でも短縮はできん。亜空間《ここ》はそういうシステムだ」

「それは……玉成《おまえ》のエゴだろ!」

声を荒げた私に玉成《ミツ》は少しも動じなかった。



 「エゴが許されるからに決まってるじゃねえか! 俺が亜空間《ここ》を創り出して、管理しているんだ! それよりも、一人抜けた分の補充枠が見付かってない。俺は別の時代にアーカイブ・ホリックを探しに行く」

どうやら先程からモニターを噛り付くように見ているのは、アーカイブ・ホリックを探しているかららしい。

「それなら、サリーさんの三千年以上ある労働期間を私が半分肩代わりすることは可能なのか?」

私の提案にサリーさんも玉成《ミツ》もあ然とした表情を見せた。









 「――本気か!? 千五百年分はここで過ごすんだぞ!? 解放されても、どこへ行くのかさえ解らないんだぞ! 馬鹿を言うんじゃねえ!」

「今、私は管理者になれないって否定しなかったよな? 管理者になる資格はあるんだろ? なんたって、元アーカイブ・ホリックなんだからな」

やはりそうだ、元アーカイブ・ホリックならループを抜けていても管理者になれるのだ。

「いいよぉ……、現界の千五百年分もこんな場所で過ごすんだよ?」

泣き顔で目を真っ赤にしているサリーさんが呟いた。




 「サリーさん、村さんが抜けた分の管理者が必要ってコイツが言ってたでしょ。私の寿命、知ってますよね? 五十六年が長いか短いか人によりますけど……普通で言えば早死にですよね?」

サリーさんが老占い師の頃、未来視で寿命を教わった。私は五十六年しか生きられない。

「だからって君が管理者にならなくてもいいんだよぉ……。千五百年は長過ぎるよ……」

「じゃあ、千五百年分のんびりアイスコーヒー飲みながら過ごしましょうよ!」

私の開き直った言葉を聞いた玉成《ミツ》は呆れた顏を見せた。










 「割ってもあと千六百年ほどは残ってるぞ……。本気なら勝手にしろ! 今すぐ管理者にしてやる! しかし、お前は現世で二度と起き上がらん亡骸と化すぞ!」

要するに、亜空間とぴったり結びついて現実で目覚めなくなるってわけだな。

「……生を受けて三十年間生きた。五十六年生きるのも、三十年しか生きないのも変わりない。ここが玉成《ミツ》の言うとおり、水槽の中の実験宇宙なら尚更だ……。早くやってくれ」

「つまらん世界に遊び相手がいなくなると余計つまらなくなるな……」

ボヤくような玉成《ミツ》の言葉に私は過敏に反応した。

「現世《あっち》では二度とお前とは遊ばないよ玉成《ミツ》。もし、目覚めてお前に会ったら、死ぬほど殴り倒すかもしれないな……」




 「もういいっ! 水掛け論になるだけだ! 山本美沙理の残り期間の半分をお前が管理者として肩代わりする手続きに入る!」

「ちょっと待ってよぉ……!」

「サリーさん! いいから……」

玉成《ミツ》を止めようとしたサリーさんを制止する。









 カタカタとキーボードを叩き、モニターを凝視している玉成《ミツ》。
どうやら私を管理者とする手続きを進めているようだ。

「五分だ……。あと、五分でお前は亜空間の管理者となる。もう後戻りはできんぞ……」

「胡蝶の夢……胡蝶の夢の世界だな。どこが本当の現実《リアル》なんだろうな? 私が生きた世界は本当の世界だったのか、それとも……」

「結局、俺にもそれは解らん。俺がいる研究室《ラボ》がある世界ですら、誰かの実験室で作られた宇宙かもしれん。人間は科学で宇宙を創り出せても、その始まりの謎が解けずじまいだ……」

目を瞑りながら上を向いた私に玉成《ミツ》は答えた。




 「――そろそろ五分だ。山本美沙理、そいつにブルーライトを照射してみろ」

なるほど、ブルーライトを照射して戻らないか確かめるのか?

「ふぇ? うん、わかったよぉ……」

サリーさんが私の顔にブルーライトを照射する。
十秒ほど照射しただろうか、特になんの変化も起きる様子はない。

「私は管理者になったんだな?」

「……そうだ、お前は今から亜空間の管理者。山本美沙理の下で村山さんの空きを埋めてもらう。期間は現界の千六百年分だ」

玉成《ミツ》が言い終わると、私は肝心なことに気付いた。



 「玉成《ミツ》、最後に頼みがある。親友《ツレ》の頼みだ、聞いてくれるだろ? 俺は現実で目覚めないだろ? それ、なんとか処理しておいてくれよ……」

ドンッと机を思い切り叩く音がした。

「お前っ! 親もいるってのにどうしてあっさり死ぬことを選んだ!? 寿命が短いのを知っているからか!?」

玉成《ミツ》が怒りをぶつけて来た。

「あのな、人を死なせる前にそれを言え! 私が精神を患ってるのは言ったよな? お前に相談したこともある。人前では明朗快活に振る舞って来たが……もう疲れていたんだ」

「それは逃げだ! お前は逃げたんだ!」

「玉成《ミツ》! 逃げたと言うのもお前のエゴだ! これを水掛け論と言うんじゃないのか!?」

こうして言い争っているときだった。いつの間にか、玉成《ミツ》が座るデスクの上に作業服が現れている……。作業服の隣には、管理者の道具《ツール》一式、工具箱も現れた。










 「これを着れば管理者の出来上がりだな!」

上着に袖を通して、ズボンを穿き替えた。やはり、肩口に不細工な太陽みたいなマークがある。

「もうなにも言うことはない……。タワーに戻ってくれ」

「ああ。それじゃあ、また来るぞ! 今度はお茶でも用意しておけよ!」

私が言うと、玉成《ミツ》はまた呆れ顔になってため息をついた。



 「行きましょうか? 管理者の美沙理さん!」

サリーさんの手を取って、玉成邸を飛び出した。

「君ぃ……本当にこれでよかったのぉ!? すごーく長いんだよ?」

「すごーく長く一緒に過ごせますね! なんなら千六百年後にあの馬鹿《ミツ》に延長してもらいましょうか!?」


















――永遠に終わらない日曜日、戻れないタイムリーパー。











――ここにいる自分はいつから『自分』なのか、いつまで『自分』なのか。





――ここにある世界はいつから『世界』なのか、いつまで『世界』なのか。








――旅の始まりはいつなのか、『始まりの謎』は絶対に解けないのか。



――鶏が先に生まれたのか、卵が先に生まれたのか。














――――この世界が胡蝶の夢の如く、不確かなものなのか。











 ――それは、おそらく誰にも解らない。















 ――さあ、覚めない夢の続きを見ようか……。



                                       Fin
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