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第一章【病むを得ず】
第四幕『疑惑のタイムリープ』
父が私を折檻していた頃にタイムリープすることを決心した。
一大決心という程でもないが、自身の中でモヤモヤとする憎しみと向き合うことになるのだろう。
一度蘇えった記憶というものは、なかなか印象深いものだ。
その場面を鮮明に思い描くことができる。これがタイムリープのコツでもある。
私はタイムリープを使い、記憶に蘇えった過去を垣間見た。
ズルズルと洗面所の方へ引きずられていく幼い私……。
「この野郎、小さな子どもになんてことしやがるんだ!」
つい私はそんなことを口にしてしまう。
勿論、別世界から来た人間の声は聞こえていないし、姿も見られていない。
ただ、この時はっきりとした。
自分の心中で燻っている父への憎悪の正体がここにあった。
「消えてしまえ」「死んでしまえ」「いなければいいのに」
思春期の反抗とはまた違う。
歳を重ねても、理由もなく湧き上がる感情の源泉を発見した。
つまり、私は確信してしまったのだ。
父は母と結婚する前、格闘家を目指して修行していた。
そんな男が幼い子の側頭部をチョップするのだ。
しかも、手加減はしているようには見えなかった。
脳はずいぶん揺さぶられただろう。
下手をすれば障害が残ったかもしれない。
いや、脳内出血で死んでいた可能性だってあるのだ。
「この結果を母に話してみるかどうか……」
私は迷っていた。
今更、幼い頃の病気の原因が父の折檻にあったとは言いづらい。
大体、タイムリープの説明をすることから始めるとなると面倒になる。
そもそも、退行催眠のことだって誰にも言っていない。
母はどこにでもいる普通の母親だ。
看護師で死への理解はあるものの、タイムリープとなると難しいだろう。
私は心の箱の中に真相をパタンと閉じ込めて、フタをすることにした。
そして、今の私と父はと言うと、いたって普通……とは言えない状態だ。
それほど言葉を交わさない。まず、自分から話しかけることがない。原因が判明しても、体と心が拒絶している。建前ではとっくに赦しているはずなのに、本音は憎悪がむき出しのままなのだ。
「赦さない」「赦している」この狭間で揺れている振り子状態だ。
そして、私は蝕まれる。
幼い頃患った小児てんかんや離人症は十代半ばまで私を苦しめたが、その後、三〇代になるまでは健康体を保ってくれた。
私は再び病気になった。病院で医師は私にこう告げた。
「おっしゃる症状から察するに、不安神経症とパニック障害ですね。考えられる原因としてはストレスや不眠などが影響していると思われます」
卒倒しそうになる嘔吐感に過呼吸は運転中も容赦なく私を苦しめた。
スーパーで買い物中にパニック発作が起きて倒れそうになったこともある。
「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」
と、救急車を呼ばれる寸前だったこともある。
原因はよく解っている。単にストレスを感じているからだ。
過去を垣間見るタイムリープが私の精神を自分でも気づかないうちに少しずつ蝕んだのだろうか?
「そんなにタイムリープを酷使していないのに精神病患者かよ?」
安定剤が大量に入った袋を掴みながら、私は自分が滑稽に思えて仕方なかった。
(――いやいや、ちょっと待て。悲嘆に暮れるのはまだ早い)
私はタイムリーパーだ。
原因の原因を調べられる術を持っているではないか。
タイムリープ自体が私を蝕んだのかどうかは、それを再び実践しなければ解らない。
ただ、問題なのは、どの時期に戻って問題の原因を探るかだ。
我々には思い出深い過去がいくつかある。少し目を閉じて思い出してほしい。
それがゲームで言うところのセーブポイントだ。タイムリープでは、そのセーブポイントにしか戻れない。好きな過去に戻れるわけではない。ただし、無理矢理セーブポイントを増やす方法はある。先に触れた退行催眠での記憶の発掘もその一つであるが、タイムリーパーの間では外法扱いされている。
私は『どの過去に戻るか?』の選択をするところからスタートした。
いや、まだスタートすらしていないと言うべきか……。
――そして、私は遡る……。
一大決心という程でもないが、自身の中でモヤモヤとする憎しみと向き合うことになるのだろう。
一度蘇えった記憶というものは、なかなか印象深いものだ。
その場面を鮮明に思い描くことができる。これがタイムリープのコツでもある。
私はタイムリープを使い、記憶に蘇えった過去を垣間見た。
ズルズルと洗面所の方へ引きずられていく幼い私……。
「この野郎、小さな子どもになんてことしやがるんだ!」
つい私はそんなことを口にしてしまう。
勿論、別世界から来た人間の声は聞こえていないし、姿も見られていない。
ただ、この時はっきりとした。
自分の心中で燻っている父への憎悪の正体がここにあった。
「消えてしまえ」「死んでしまえ」「いなければいいのに」
思春期の反抗とはまた違う。
歳を重ねても、理由もなく湧き上がる感情の源泉を発見した。
つまり、私は確信してしまったのだ。
父は母と結婚する前、格闘家を目指して修行していた。
そんな男が幼い子の側頭部をチョップするのだ。
しかも、手加減はしているようには見えなかった。
脳はずいぶん揺さぶられただろう。
下手をすれば障害が残ったかもしれない。
いや、脳内出血で死んでいた可能性だってあるのだ。
「この結果を母に話してみるかどうか……」
私は迷っていた。
今更、幼い頃の病気の原因が父の折檻にあったとは言いづらい。
大体、タイムリープの説明をすることから始めるとなると面倒になる。
そもそも、退行催眠のことだって誰にも言っていない。
母はどこにでもいる普通の母親だ。
看護師で死への理解はあるものの、タイムリープとなると難しいだろう。
私は心の箱の中に真相をパタンと閉じ込めて、フタをすることにした。
そして、今の私と父はと言うと、いたって普通……とは言えない状態だ。
それほど言葉を交わさない。まず、自分から話しかけることがない。原因が判明しても、体と心が拒絶している。建前ではとっくに赦しているはずなのに、本音は憎悪がむき出しのままなのだ。
「赦さない」「赦している」この狭間で揺れている振り子状態だ。
そして、私は蝕まれる。
幼い頃患った小児てんかんや離人症は十代半ばまで私を苦しめたが、その後、三〇代になるまでは健康体を保ってくれた。
私は再び病気になった。病院で医師は私にこう告げた。
「おっしゃる症状から察するに、不安神経症とパニック障害ですね。考えられる原因としてはストレスや不眠などが影響していると思われます」
卒倒しそうになる嘔吐感に過呼吸は運転中も容赦なく私を苦しめた。
スーパーで買い物中にパニック発作が起きて倒れそうになったこともある。
「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」
と、救急車を呼ばれる寸前だったこともある。
原因はよく解っている。単にストレスを感じているからだ。
過去を垣間見るタイムリープが私の精神を自分でも気づかないうちに少しずつ蝕んだのだろうか?
「そんなにタイムリープを酷使していないのに精神病患者かよ?」
安定剤が大量に入った袋を掴みながら、私は自分が滑稽に思えて仕方なかった。
(――いやいや、ちょっと待て。悲嘆に暮れるのはまだ早い)
私はタイムリーパーだ。
原因の原因を調べられる術を持っているではないか。
タイムリープ自体が私を蝕んだのかどうかは、それを再び実践しなければ解らない。
ただ、問題なのは、どの時期に戻って問題の原因を探るかだ。
我々には思い出深い過去がいくつかある。少し目を閉じて思い出してほしい。
それがゲームで言うところのセーブポイントだ。タイムリープでは、そのセーブポイントにしか戻れない。好きな過去に戻れるわけではない。ただし、無理矢理セーブポイントを増やす方法はある。先に触れた退行催眠での記憶の発掘もその一つであるが、タイムリーパーの間では外法扱いされている。
私は『どの過去に戻るか?』の選択をするところからスタートした。
いや、まだスタートすらしていないと言うべきか……。
――そして、私は遡る……。
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